求めるカタチ

 父親から「授業料は払うが、それ以外は自分でなんとかしなさい」と言われ、私は食費や光熱費を支払うためにバイトで稼がなければならなくなった。右も左も分からないまま社会に放り出された。勉強とバイトの日々で、体はどんどん錆びていくようだった。


でも、学校生活は順風満帆だった。県外の学校だったこともあって知っている人はクラスに1人もいなかったけど、すぐに友達ができた。

クラスのみんなと分けへだてなく話せる。親の監視がなくなった成績に対しても、周りからは羨ましがられる方に回った。


ただ、やっぱり周りの友達と私には大きな差があった。妹と同じようにアイを持っていた。

1人1人大小様々なカタチをした甘美な果実のようなアイは、とても目を惹かれた。ガラス張りの箱の中から果物園を見回しているような感じがして、孤独を一層感じるようになった。

周りに友達がいて、話しているのに孤独を感じる。この不思議な感覚は誰もが持っているアイを、私だけが持っていないから。


きっとすぐに消える。そう思っても、時折浮かんでくるアイの無い自分という事実。

逃げようとしても私の周りをついて回ってくる。これを頭の中から取り除くためには、私もアイを持つしかない。

飢えた心に突き動かされた私はアイを手に入れることを決心した。


 私は暇な時間をネットに費やした。〝孤独″や〝寂しさ″という言葉などで検索し、アイを持つ方法を探してみた。

最初は掲示板で悩み相談をしてみた。匿名で悩みを相談できることもあって凄く気が楽だった。悩みを相談するということだけでも、乾いた心が潤う感覚を覚えた。


助言は幾つかあった。猫や犬などを飼うとか、ボランティアをしてみるとかあったが、私の生活状況では現実的じゃなかった。ひどい場合には出会い目的であることが見え見えなキモい奴が使い古された口説き文句を送ってきた。

ネットは当てにならないと思い、私はあきらめた。

単調な日々を繰り返すしかなくなった私は、錆が少しずつ蓄積していくのを無視して耐えていくしかなかった。


 その単調な日々に変化の兆候が訪れたのは高校1年の秋が深まった頃だった。私は男友達に告白された。仲の良い男友達だったけど、恋愛対象には見てなかった。

でも嫌いじゃないし、素直に嬉しかった。好きじゃなかったけど、私は日を改めて交際のオッケーの返事をした。


 それからは中学校の時に経験した恋人達が行うことを繰り返した。手を繋いだり、キスしたり、抱き合ったり。

ただ高校生ともなると多感になり、性的な関心を示すのはお互いにあった。それが恋人のアイを象徴しているように思った。


私は彼にその行為をしていいか聞かれた時、ゆっくり頷いた。初めてだったのもあって怖かったけど、彼は私のその心を探るように、確認しながら優しく包んでくれた。

一度したらハードルは下がり、アイを結ぶことに躊躇ためらう気持ちは薄れていった。その度に私と彼は火を灯し、手を強く絡めあった。少しずつアイが築かれているような気がして、私の心は水の膜に覆われ、みずみずしい体を手にした気持ちになった。

それは私の心の中に、彼の存在が大きくなっている証拠でもあった。


 ただ一度灯した火は永遠ではなかった。また、水も有限であると改めて知らされた。


彼は性的な関心を強め、アグレッシブな行為に及ぶことが多くなった。それに応えるのはその先にある潤いのためであり、彼の求める熱に追いつけなくても、追いついているフリをする。彼はそれで満足していたし、私も乾いた心を潤してくれるならそれくらいの要求には応えようと思った。


 打算的なアイ。純粋な恋心はいつの間にか失っていた。知恵をつけるのはけがれを表し、またけがれを知らなければ馬鹿を見るのがこの世界の現実。それは中学生の頃から知っていた。

情報過多なこの時代だからこそ、無垢むくな中学生の風貌ふうぼうでも知ることができる。様々な情報規制を大人達が叫んでいるけれど、そんなの無駄。いくらでも穴はあるし、穴を埋めても穴はまた誰かが作ってしまう。


そもそも知らないことが良いことなんていう昔話の言い伝えのようなものを未だに信じているようだけど、閉鎖的な社会を裏では肯定しながら、表ではそれはいけないことだという空気を作っている大人達の意図がよく分からない。


どっちつかずのものを掴んでは離しを繰り返すくらいなら、離すか掴むかどっちかにすればいいのにと思ってしまう。私はまだ未成年だからこんなことが言えるかもしれないけど、どっちつかずの空気を吸っている私は喉を掻きむしりたくなる。

知っていれば自分で対策できるし、防衛できる。

そう。自己防衛。



 彼のエスカレートする性的な行為を手の平で転がして抑えつける日々の中、私は知ってしまった。彼の腕の中で肌と肌が触れあう感覚を。

それを知ってしまってからはアイを結んでも心が潤うことはなくなった。その後、余韻よいんに浸る彼の腕の中で、彼の温度に包まれている時、私は心が水の中に浸かっている気持ちになれた。


それを明確に自覚してからは彼との性的な行為を軽くあしらうようになった。それを悟った彼は、私に「嫌か?」と聞いた。

私はどう返すか迷った。

もし嫌だと正直に話してしまえば、今の心の安寧あんねいは保てなくなるかもしれない。私はすぐに過った未来の危機を悟り、「そうじゃない」と返事した。


 それがいけなかった。彼との付き合いが1年になりそうだった頃、彼はキスの最中に私を強引に押し倒した。餌にかぶりつく獣のような彼を見た瞬間、一気に熱は冷めた。規制された情報の穴を通って観たものを真似した猿のような彼は、私のことをどんどん置いていく。

もう愛想尽きた。

ぷつんと切れた糸のを聞いて、私は覆い被さる彼の体を押し退け、身を引いた。私の行動に白黒させる彼の瞳は疑問を突きつけていた。


「ごめん。別れて」


私は服を着て、すぐに彼の部屋を出た。

背中越しに「なんで? 待ってよ」と聞こえたが、空耳にして彼への気持ちを空気に捨てた。


 その後も彼は理由をしつこく聞いてきた。私は、「もう嫌いになった」とだけ言って彼から遠ざかった。私が彼と別れたことは学校の情報網ですぐに伝わり、私と彼の変化について日に日に誰も不思議に思わなくなっていた。

彼も日を追うごとに熱が冷めたようで、他の女子と2人で歩いているところを見かけた。やっと他に移ってくれたと心底安堵あんどした。


ただ心が乾く日々を続けるのは耐えられない。一度感じた果実の味を忘れるなんてできない。私は他の男と付き合うかどうか品定めしたが、どうにも彼と同じに見える。

それとなく女友達に聞いてみたが、やはり思った通りだった。本人達は満更でもないようなことをいう子もいたけど、私は願い下げだ。


打算を明確にした物の方がいいかもしれない。危険な橋を渡るのは論外。現在の学校生活を棒に振るわけにはいかない。身寄りもなくなった状態の私に後ろ盾はない。


 私はネットの中を彷徨さまよう。違うキーワードで検索しまくった。

すると、ソフレの文字を見つけた。内容を読んでいくと、温もり、寂しいという言葉が私の目の奥を貫いた。

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