第40話 思い・思惑

◇◇◇―――――◇◇◇


「………はぁ~やれやれ。これで戦争も終わりか」

「まだ終わりではありません。UGFがNC市制圧のために艦隊を展開する可能性があります。俺たちは、1機でも多く〝シルベスター〟をロールアウトし、戦力を強化する必要があります」


「少しは息抜かねえと、無駄に体力消耗しちまうぞ」

「休息は十分に取っています」



 そうかよ、とアルディは手すりに身を預けながら、呆れたようにステラノイド……カイルの方を見やった。〈GG-003〉から救い上げたステラノイドのリーダー格であるこの少年は、〝アイランズ21〟コロニー群での負傷から回復して早々、〝リベルター〟秘密宇宙港に戻り、次々と搬入される新型戦闘用デベル〝シルベスター〟の最終調整作業の陣頭指揮を執っていた。〝アイランズ21〟での過酷な環境から救出され、真新しい空間作業服や装備を支給されたステラノイドたちが早速作業に加わり、人間がやるよりもずっと、作業スピードは速い。


 カイルも、常人ではありえないスピードで、タブレット端末上のコマンドを次々操作し、タスクを処理していた。



 壁面のモニターでは、ニューコペルニクス市独立に沸く市民の光景が映し出されている。どこもお祭り騒ぎで、宇宙港にいた〝リベルター〟作業員の多くも、街へと繰り出していた。………今、その空いたシフトをステラノイドが代替しているような有様だ。



「あいつらも………やっとこさ助け出されたばっかだっつのに、真面目だねえ」

「彼ら第1世代ステラノイドは俺たち同様、自分で志願しました。………先の戦いで、多くのステラノイド兵が損失したので、新しい戦力は貴重です」


「………確か、〈GG-003〉の連中は………」

「結果的に、第1世代ステラノイドの6割が死にました」



 淡々と語るカイルであったが、その口の端が少し震えているのを、アルディは見逃さなかった。

〈マーレ・アングイス〉が帰港した時、第1世代ステラノイドの多くが死に、生き残った者の大半が傷つき、担架で運び出されていた。出迎えたエリオら第2世代ステラノイド達の表情は青ざめ、アルディも………1ヶ月前の惨憺たる気分に、ふう、と顔を上げる。


「お前のせいじゃねえよ、カイル」

「ですが、アルディ整備長。俺は仲間の死に責任を負う立場にあるます。そして、生き残った仲間たちの安全を保障することによってその責任を全うしたいと考えています」

「気負って潰れるなよ」

「メンタル、身体機能共に問題ありません」



 淡々とカイルはそう答えると、組み立て途中の〝シルベスター〟に取りついている仲間たちの方へ………



「おい待てカイル」

「何ですか?」



 振り返るカイルに、アルディはニッと笑ってクラシックな腕時計を見せた。



「昼飯の時間だ。気負うのはいいが、仲間の面倒はちゃんと見ろよ」



 新型機の搬入・組み立て・最終調整に、月雲の特装〝シルベスター〟整備。やることは山ほどある。特に月雲曰く、アメイジング……何とかシステムなる超光速航法システムというオーバーテクノロジーは、土星の風変りな科学者たちからデータを取り寄せつつ、整備から何から試行錯誤で取り組む必要があるだろう。




それに、これからじっくり、アルディは少年たちの面倒を見てやるつもりだった。










◇◇◇―――――◇◇◇


『地球統合政府は、この度の反政府組織〝リベルター〟による一連……建設中スペースコロニー群〝アイランズ21〟や軌道エレベーター〝グラウンド・インフィニティ〟への攻撃・破壊を受け、緊急議会を招集しました。地球統合政府シーモンズ大統領は………』


『独立を宣言した月面都市、ニューコペルニクス市市長シアベル・アルニシア氏は声明を発表し、これまでの地球系企業による経済的搾取、地球統合政府の黙認と加担を批判すると共に、各宇宙植民都市へ独立への足並みを揃えるよう………』


『情報が次々公開されています。地球統合政府人権裁判所は、東ユーラシアに本社を置く宇宙開発企業グループ〈ドルジ〉がクローン労働者や宇宙植民都市内の孤児たち……通称〈ステラノイド〉を製造・酷使してきたとして、〈ドルジ〉会長ズワール・ガラ氏他関係者1242名に対して、人権に関する複数の罪を理由として逮捕状を発布。クローン労働者には、人類の宇宙開発に多大な影響を与えてきた、〝77人の宇宙飛行士〟と呼ばれる著名な宇宙飛行士・科学者の遺伝子が使用されていたと断定されており、その衝撃は世界中に………』


『………はい! こちら日本・天坂市にあります保志崎製薬本社前です! 今、多数の警察官が中に入り、周囲には厳戒態勢が敷かれています! 保志崎製薬は、この度のクローン労働者、通称〈ステラノイド〉の製造に関わった容疑が持たれており、保志崎製薬にある遺伝子研究所では〈ホシザキ型〉と呼ばれる、創業者や現会長の保志崎隆司氏、一族幹部らの遺伝子をベースにしたクローン労働者が製造されていたという証言が………』



 複数のホロウィンドウが表示され、それぞれが世界中の報道………一連の事件の顛末を熱心に解説している。



〝リベルター〟月本部にあるアデリウムのための宮殿区画。

 優雅に玉座に腰を下ろすアデリウムは、半分まで中身が減ったワイングラスを、そっと左手のテーブルの上に置いた。控えていた少年侍従……話題の渦中にあるホシザキ型のステラノイドが、教えられた通りの所作でワインを注ぎ、一礼して引き下がる。



 アデリウムはグラスを取り上げ、しばし、その紅い液体の揺動を愉しんだ。

 その傍らには、シオリンが無表情で控えている。



「ふふ………〈ドルジ〉も地球統合政府も、しばらくは火消しに躍起になることだろうな」

「はい、アデリウム様。その間に我々は、NC市への経済援助、インフラ再整備、戦力の強化と部隊の再編制・配備に専念できます。………ですが、よろしかったのですか?」


「ふ………ステラノイドの件であろう?」


「はい。ステラノイド兵は、現在の〝リベルター〟において貴重な戦力です。消耗も速やかに補填できます。それを、非戦闘部門に戻すなど………」



 はは………と静かに笑ってそれを遮りながら、アデリウムはワインをまた呷った。



「シオリンよ。お前は、少々ステラノイドを過小評価しすぎるきらいがあるな」

「………」

「戦いは終わらぬ。地球の力は未だ強大だ。軌道エレベーターを一つ消し去ったぐらいでは、な。遠からずステラノイドたちも選ばねばなるまい。力なく死ぬか、それとも守るために戦うか。………次の戦いは、彼ら自身に意思を選ばせる。それが彼ら自身の強さにもなる。余は、力ある者の、自らの意志による世界の変革を目の当たりにしたいのだ。無能な者どもに、この世界を支配させぬために」



 シオリンは、怪訝な表情を浮かべるだけで応えなかった。

 分からずとも良い。アデリウムも特に言葉を続けなかった。〝リベルター〟の目的と、アデリウム自身の目的は、ベクトルこそ同じであっても異なるものだ。アデリウムはあくまで〝リベルター〟最大の出資者であり創設者の一人、そして最高司令官である。



 状況は、ほぼアデリウムの思うがままに動いた。

〈ドルジ〉の失脚により地球統合政府の趨勢はUSNaSAに優位に流れ、シーモンズ大統領はこの動きを逃さなかった。結果、〈ドルジ〉や東ユーラシアの意思に沿っていた地球統合政府の政策は大きく転換され混乱。UGFの軍事行動も大きく制限される。


 その間にアデリウムはシオリンの指摘通り……主拠点となるNC市の再建と発展、戦力の強化と再編に専念できる。そしてステラノイドの解放運動にも注力することによって、世論の支持も獲得できるだろう。



「時に、〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟は?」

「土星コロニーにて修復・改装中との報告を受けております。〝ラルキュタス〟は大破、〝オルピヌス〟も少なくないダメージを受けているようで」


「うむ。今は休息の時であるな。敵味方双方にとって」

「ですがUGFの動きに注視する必要もあります」



 わかっている。と、アデリウムはグラスを掲げ、中身を眺めながら、ポツリとうそぶく。



「ソラトよ………。自分が大切だと思っているものを守れたか? だが、これで終わりではない」



 守るための力を保持することによってのみ、望むものを守ることができるだろう。

 そのために、ソラトがまた自らの意思で〝剣〟を振るう日は、遠い日のことではあるまい。




 それまで………しばしの安寧を享受するといい。




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