終章

第39話 差し込んだ光

◇◇◇―――――◇◇◇



『………光が、差し込みました。私たちを苦しめ、押さえつけていた地球統合政府、そしてその陰で私たちの財産を吸い上げ続けてきた〈ドルジ〉はその力の多くを失い、最早私たちをかつての境遇に留める力を有してはいません。

 私、シアベル・アルニシアはニューコペルニクス市を、そして独立を希求する宇宙植民都市を代表し、地球統合政府ジョージ・トンプソン・シーモンズ大統領に対し宇宙植民都市の独立に向けた交渉の席に望むよう、要望しました。今後の地球と、宇宙植民都市の理想的な関係を構築するため、相互の利益のため………人々が社会の構造を理由に涙を流し、苦しみ、そして救われぬまま死ぬ世界を変えるため、シーモンズ大統領閣下が最善の決断を下されることを、私は信じています。


 光が、ようやく差し込みました。しかし、私たちは私たちの政治的・経済的自由への、その第1段階に立ったに過ぎません。私たちの前にはまず、再建という壁があり、安定した経済成長への高い、高い山々がそびえています。私たちは自由への、長い、長い苦難の時を歩むことになるのかもしれません。


 ですが、私たちは今、知らなければなりません! 私たちを縛り付けていた楔は、打ち砕かれたのです! 私たちの自由への道を阻む、UGFの戦艦は沈みました。〈ドルジ〉の鞭も、消えて無くなりました。私たちの、私たち自身のための改革を阻むものは、遂に私たちの内に潜む〝恐怖〟や〝怠惰〟、そしてこれまでの停滞した世界に立ち戻ろうとする意志。私たちは、私たちの敵を挫き、私たち自身に問いかけ、そして願うことができる時を迎えたのです! 搾取されない世界への、財産の保障を! 愛する者を奪わせない、生きる権利を!


 地球統合政府も同じ約束を私たちと交わしました。安全保障と財産権を。しかし彼らは約束を守らず、〈ドルジ〉のような巨大企業が権勢を振るうがままに任せました。彼らに失望し、私たち自身による安全と正義の執行を望んだ時、今日この時に至る私たち自身による長い戦いが始まったのです。そして、私たちは私たちの自由を阻むものに勝利しました。不当な搾取は停止され、立場の弱い者たち………孤児たちやステラノイドたちが過酷な環境で死ぬまで働かされる世界が許されることは、もうありません。


 そして今や、このニューコペルニクス市は地球統合政府によって制限された自治を認められた、貧しい月面都市の一つではありません。ここに住まう者たちが建設し、ここに住まう者たちに富を分配することができる、そしてここに住まう者たちの権利と生活を守ることができる、自由な国家となったのです!



 私は、今ここに宣言します! 月面自由都市共和国ニューコペルニクスの建国、そして自由なる宇宙植民都市を連合する〝宇宙植民都市自由連合体〟の発足を! 私たちの自由、そして権利は私自身によって守られ、二度と、奪われ、踏みにじられることはありません。私たちが望み、行動する限り!!』











◇◇◇―――――◇◇◇


「………っ」


 感覚が、ある。身体の感覚が。

 そう気づいた時、ソラトは少しずつ、自分の意識がはっきりしていくことに気が付いた。

 まだ重い瞼を開けると、白い天井が見え、柔らかい照明が一瞬ソラトの視界を刺激する。のろのろとした思考は、そこでようやく自分がどこかの一室にいることをソラトに認識させた。窓の外の景色は、見慣れたニューコペルニクス市の光景。ここは前にも入院した、ニューコペルニクス市民医療センターだろうか?


 何故俺はここに? まだはっきりしない意識で頭の中の断片的な記憶を組み立て直す。〝エクリプス〟にコックピットを破壊されて、そのまま裂かれ潰されてしまった身体。レインがやってきて………UGFの追手が来る前に逃がそうとして………月雲大尉が………



「……ん?」



 ふとソラトは、横たわっている自分の足の上に、何かが乗っかっていることに気が付いた。ゆっくり身を起こしつつ、それを目にしようとする。


 レインが、ソラトの足下に上半身を投げ出すような姿勢で、うつ伏せに倒れていた。静かな寝息から、おそらく眠っているだけだと思う。それを妨げないよう、ソラトは足を動かさず、キョロキョロと辺りを見渡した。



 1週間前に入院していたニューコペルニクス市民医療センターの病室によく似た光景。同じような病院の一室なのだと推測する。

 そうだ………。と、ソラトは続きの記憶をようやく探り当てた。死にかけた所を月雲大尉が助けに来て、………アメイジング何とかって………



「んっ………」



 ベッドに身を投げ出していたレインの身体が一瞬震え、むくりと起き上がった。

 まだはっきりしていない目を2、3度しばたかせて、何秒かした後にようやくソラトと目を合わせる。



「あ………」

「おはよう。レイン」



 レインの顔を見て、ソラトは思わず頬が緩んだ。

 レインは、ぼんやりしていた目にようやく力を入れ始め、そこでソラトのことを認識したのか、驚いたようにハッと息を呑む。



「ソラト………!?」

「うん」



 良かった。ソラトの心の中を、暖かい何かが満たし始める。またレインに会うことができて、ソラトはステラノイドとしての使命を全うした時以上に、満たされた気持ちになる。


 と、レインは………唐突に眉根を寄せ始め、ギュッと唇を噛みしめた。



「レイン………?」

「このばかっ!!」



 レインは肩を怒らせて立ち上がり、次の瞬間、ソラトの頭に思い切り拳骨をぶつけてきた。「でっ!?」とソラトは防ぐことすらできず、混乱して小突かれた頭を抱える。



「は? え………!?」

「もうっ!! あんな無茶して! 何で………っ!!」



 ぎゅ……っと思い切り抱きしめられる。その温かさと、生きている実感に、ソラトは黙ってレインを抱き締め返した。



「もうソラトに会えないかと思った………!」

「俺も………」

「二度と………あんなことしないで………っ!」

「嫌だ」



 ごっ! と二度目の拳骨を食らってしまった。



「何でよっ!?」

「同じ状況になったら、レインを守るために同じことをする。………ステラノイドとして、とかじゃなくて、俺がそうしたいから」



 間近なレインの瞳を、ソラトは真っ直ぐ見つめた。

 少し身を離したレインは、怒ったような、戸惑ったような表情を何度も繰り返していたが、



「………バカ」



 と、また強く、ソラトを抱き締め直した。その温かさが、嬉しくて、ソラトはしばし身を委ねる………




「お熱いねぇ。二人とも」




 男の声に、二人は慌ててパッと互いに離れた。

 見ると、開かれたドアの前で、青いサングラスの………月雲大尉がニヤニヤと笑いかけながらこっちを見ている。



「月雲大尉………」

「いいぞ別に続けても。見てるから」

「見ないでください………」



 レインが口を尖らせると、「わはは。悪ィ」と悪戯っぽく笑って、月雲大尉は病室に入ってきた。



「元気になったじゃねえかソラト」

「あの、大尉………。俺、どうして………?」

「そりゃあ、最近のイケてるナイスガイは光の速さで飛んでナンボだからな。………あの後、土星のコロニーに連れて行った。あっちの方が科学も、医学も進んでるからな」



 土星?? 話の飛躍に訳が分からず、ソラトは思わず月雲とレインを交互に見やる、レインも「う~ん」とどう解説したらいいのか分からないようで、気まずげに視線を逸らす。



「………んで、土星の胡散臭い医者に見せて、上と下に分かれちまったソラトの身体をくっつけてもらって、月に連れて帰った。ま、その間1ヶ月、ずっと寝てたから分からんだろ」



 わははっは! と大笑いする月雲に、置いてけぼりにされたソラトはもう呆然と見つめるより他ない。

 ただ、思わずソラトは自分の腹部の辺りを手で探る。少しだけ盛り上がっている感覚に、思わずギョッとした。



「う、上と下って………」

「おっと。ここから先はR-18だぞ。お前まだ18じゃなかっただろ? 後の話は、そうだな………参議院の被選挙権が入る歳になったら教えてやるよ」



 聞きたくないかも………と考えてしまうが、月雲も細かい話をする気は無いようで、「ふぅ」と手近な椅子に腰を下ろした。



「ま………これでとりあえずは一件落着だ。ご自慢の軌道エレベーターを吹っ飛ばされた〈ドルジ〉も、被害を受けたUGFもしばらくは出張ってこない。交渉も始まってるしな。これでようやく………お前らステラノイドを駆り出す大戦争も終わりって訳だ」


「でも………戦いはまだ続くんですよね?」


「そりゃあな」



 月雲はしばらく沈黙し、窓の外の光景を見やった。ソラトも、レインも同じ方向に視線を向ける。



「………ニュース見たか? レイン」

「え、ええ。NC市が独立するって………」

「それだけじゃねえ。スペースコロニー群も、火星や木星コロニーも、地球に富を吸い上げられている宇宙植民都市はこぞって独立運動だ。UGFはそれを抑えつけようとするだろうが、俺たち〝リベルター〟は独立運動側に立って、これから展開することになる。そのための組織だしな」


「大尉も、また戦場に?」



 おう。と月雲はニカリと笑った。



「次は火星だ。あっちじゃまだ地球系企業の力が強くて………かなりの数のステラノイドが酷使されてるって話だからな。4~5年はそっちにかかりっきりになる」

「そんなに………」


「大尉。俺も………」



 俺も戦います、と身を乗り出そうとしたソラトの前に、月雲は勝ち誇ったようなにやけた笑みを浮かべて、タブレット端末を突き付けた。



「そうそう。今日はこれを渡しに来たんだったぜ。よく読め」



 受け取り、ソラトは端末内に表示された一文に目を通す。レインも顔を近づけてそれを覗き込み、



「た、大尉。これって………」

「ああ。我らがアデリウム王直々の命令だ。………戦闘部門に移したステラノイドは全員、元いた部門に戻す。ソラトは整備班だったな」



 端末には命令書が………戦闘部門より整備部門への配置戻しに関する命令が表示されていた。最後にはアデリウムの電子サインもある。



「命令順守は組織の拠って立つ所だからな。まあ、シオリンみたいなはねっ返りもいるが………もう、戦いで死ぬ必要はない」

「でも………!」

「お前には別の戦いがあるんだよ。一番近くにある幸せを、守ってやれ」



 そう諭されて、ソラトはハッとレインの方を見る。

 レインもソラトへと向き直り、静かに微笑んだ。



 月雲は、そんな光景に満足そうに頷くと、「んじゃ」と立ち上がった。



「渡すモンも渡したし………またな」

「あ………大尉」



 呼び止められた月雲は、扉の前で足を止め「んん?」と振り返る。

 ソラトは、つい視線を逸らしてしまうが、すぐに気を取り直して月雲を見やり、



「その………ありがとうございました。俺のことだけじゃなくて、仲間たちのことも。もし大尉がいなかったら俺たち………」



 はは、と笑いながら月雲はこちらへと引き返してきて、不意にソラトの髪を思い切りその大きな手で掻き上げた。


「わ………っ!?」

「はは、カナトと同じ反応しやがるぜ。………いいんだよ。それが俺の仕事だ。もし感謝してるってなら、大事なものをしっかり守って、生きてみろ」




 最後にぞんざいにソラトの髪をクシャっと掻くと、月雲は振り返らず、手をヒラヒラさせながら病室を後にした。




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