第28話 強襲


◇◇◇―――――◇◇◇


………息が………!



「う……ぐ……ぅ………!」



 まだ建設中の、スペースコロニーの外壁で。


 無重力で浮かび上がる身体。だがそれよりも、身体がただひたすらに酸素を、欲し続けている。

 ヘルメットの中の最後の酸素が尽きてもう数分………もしかしたら数十分? もう分からない。

今『罰』を受けているステラノイド……ホシザキ型のユキテルにとって分かっているのは、酸素はもう補充されないということ。このまま、宇宙空間で酸欠で死ぬしかないということ。



「ぐ………あっ………!」



 ユキテルに罰を与えているのは………スペースコロニー建設の監督たち。暗いヘルメット越しに、ニヤニヤと笑っているのが分かった。



〈ドルジ〉資本の下建設が急ピッチで進められているスペースコロニー群〝アイランズ21〟。その最も新しいコロニー〈仮称No.15〉の建設はスケジュールより遅れていた。

 外壁取り付けを行う作業用デベル〝マイン・カルデ〟が2機、ついに老朽化に耐えられなくなって基礎構造部分が破損してしまったからだ。基礎部分の修復には何日もかかり、それだけ作業も遅れる。人間の監督たちがもっと交換用パーツを補充してくれれば起こらなかった問題だが………死ぬまで働かせるために存在するステラノイドの話に耳を傾けるような人間は、ここには存在しない。



 ほとんど休む間も与えられず、作業が遅れれば第1世代たちが何日も寝ずに働き続け、それでもスケジュール通りに事が進まなければ、年長のステラノイドが処罰される。



 結局、ステラノイドの中で最も年長であるユキテルが『罰』を受けることになった。宇宙空間で、仲間たちが作業している中、酸欠になって苦しみながら死ぬ罰を。



『おい。あとどのくらい持つと思う?』

『ま、よくて10分ぐらいだろうな。賭けるか?』

『前の奴は30分でくたばっちまったからなァ!………おいクズガキ共ッ! さっさと作業しねえと、こいつよりももっと苦しむように殺してやるからなッ!』


 苦しむユキテルを遠巻きに、ニヤニヤと笑う男たちは、監視員や〈ドルジ〉の作業監督たち。


 開いたままの通信回線越しに、振り返るステラノイドはいない。作業の手を止めたら、それこそ罰を受けることになる。………この宇宙空間で、空間作業服背中の酸素パックを抜かれたら、人間である第2世代であれ、遺伝子強化された第1世代であれ、長くは生きられないのだから。


 それに銃口。常に監視員の銃がステラノイドたちに突き付けられており、働きの悪い………と監視員に勝手に決めつけられたステラノイドは、殴られ、時に銃殺される。誰かが死にそうでも、手を止めることは許されないのだ。



 ユキテルは、もうぼんやりと考えることすら覚束ない。監督たちの下卑た笑い声、黙々と作業を続けるステラノイドたち。

 でも、第2世代が罰を受けなくて良かった、と思う。

 人間の孤児である彼らが死ぬぐらいなら俺たちの方が………!



 酸素は無い。

 もう、意識が………。




 だがその時、おぼろげになった視界の端で………何かが光った。



『ん?』

『何だありゃ?』

『お、おいおい! ば、爆発だぞありゃ!』

『クズガキ共が! ヘマしやがって………!』

『違うぞっ! あれは………』



 次の瞬間、コロニー外壁の影から突如として………監視員が乗る〝ミンチェ・ラーシャン〟が3機、飛び出してくる。

 だがそれは次の瞬間、無数のビームと実弾に貫かれて、一瞬で爆散した。



『うお!』

『くそ、こいつは戦争じゃねえか!』



 我先に逃げ出していく監督や監視員たち。

 だがその時、彼らに暗い影が………と思った瞬間、巨大なデベルの両足が、エアロックへ急ぐ監督や監視員たちを容赦なく、踏み潰した。


 外壁の一部が、ひしゃげる。



『ユキテルさんっ!』

『大丈夫か!? 今………!』



 監視の目が無くなった瞬間、近くにいたクレイオ型ステラノイドのフォシアスが自分の予備の酸素パックを、ユキテルの空間作業服に取りつける。



「ふ………は、ぁっ!」



 十数分ぶりの新鮮な空気を貪り、ユキテルはフォシアスの手を借りて、コロニー外壁へと足を着けた。



「い、一体何が………?」



 ユキテルは建設監督たちを踏み潰した、〝ラーシャン〟や〝カルデ〟とも違う見たことも無い型のデベルに振り返ろうとした。がその時、



『おいガキ共! 無事だな? 代表者を一人出してくれ』



 おそらく、デベルパイロットからの通信。

 すっかり手を止め、集まりだしたステラノイドたちの視線は、全てユキテルただ一人に向けられる。


 ユキテルは一歩、彼らの前に出た。



「俺がそうだ」

『名前は?』

「ユキテル」

『いい名前だ。………俺たちは〝リベルター〟。お前らを助けに来た。ステラノイドを全員集めて、このコロニーの宇宙港に向かえ。いいな?』



 助けに………戸惑ったようにざわめき出すステラノイド達。

 建設中のスペースコロニーや資源小惑星を襲撃し、過酷な環境に縛り付けられているステラノイドを解放して回っている謎の組織のことは、噂話程度にユキテルも耳にしていた。彼らが………


 意を決したユキテルはさらに一歩進み出て、



「ここには………第2世代、1000人以上の人間の孤児が無理やり働かされてるんだ。みんな、中の工場にいる。もし助けてくれるなら俺たちのことより、彼らを全員………!」


『………またこのオチか。全員耳を揃えて助け出さねぇと、アメイジングじゃねえんだよ。いいから! 第1も第2も、全員耳を揃えて宇宙港に連れてこい! そこに停泊している船に乗るんだ、分かったな!?』



 その時、ユキテルたちが立つコロニー外壁を、いくつもの太いビームが掠める。

〝ミンチェ・ラーシャン〟と〝シビル・カービン〟。それにUGF正規軍の〝イェンタイ〟だ。



『ち………行けッ! 早く!』



 ユキテルら目がけてそう怒鳴りつけながら、見慣れぬデベルはコロニー外壁から一気に飛び上がって、〈ドルジ〉や正規軍のデベル隊に向かって突進していく。

 見れば、視界いっぱいにビームや実弾が飛び交い、コロニー群全体が戦闘に呑み込まれているかのようだった。UGFではない、見たことも無いフォルムの戦闘艦の姿もある。



『ゆ、ユキテル……! 俺たちどうしたら………』

『てか、何なんだよあいつら………』



 未だ混乱が冷めやらない仲間たち。

唐突な事態に自分も呆然としていたユキテルはハッと我に返ると、



「と、とにかく脱出だ! ここにいたら皆死ぬぞ! 第8工事区の〝カルデ〟も呼び戻せ。中の工場との連絡は? それに………」



 矢継ぎ早に指示を飛ばし、ようやくその場にいた200人近いステラノイド達は、「生き残る」ための行動を開始した。














◇◇◇―――――◇◇◇


「へ! 数ばかり多くたってなァッ!!」


 迫る4機の敵デベルは、UGF・東ユーラシア軍の制式機〝イェンタイ〟。

 たった1機、月雲は〝シルベスターカスタム〟を駆り、ビームショットガンをばら撒きながら敵小隊の懐に飛び込むと………まずAPFFを消失した1機の胸部をハンドアックスでぶち抜き、もう1機を実弾ショットガンで蜂の巣にする。


 残る2機からの追撃をかわして素早く離脱するヒット&アウェイ。月雲のため徹底的にカスタマイズされた愛機の動きは、これまで月雲が乗りこなしてきたどの機体よりも鋭い。



「いいね。この〝シルベスターアメイジングカスタム〟は!」



 自隊の半数を失った2機の〝イェンタイ〟からの射撃は、繰り返し目まぐるしく回避機動を取り続ける月雲の〝シルベスター〟にかすりもしない。



「アメイジングだぜ………!」



 ビームショットガンで2機の〝イェンタイ〟のAPFFを破壊。実弾への絶対的防壁を失った敵機は、状況を覆せないと悟ったか、こちらに背を向けて戦線離脱を………


 だがその時、突如として飛び込んできたもう1機の〝シルベスター〟によって、2機の敵機は無残に撃ち落とされた。

 別部隊の直掩に当たっているトモアキ機ではない。ジェナは、まだNC市の病院にいる。



「よお、オプリス。新型機の乗り心地はどうだ? アメイジングだろ?」

『悪くない。お前もたまには正しいことを言うんだな』



 新たにロールアウトした〝シルベスター〟の1機。〈マーレ・アングイス〉第2小隊長のオプリス・ファングレスに引き渡されたその機体は、次の瞬間、向こうに見えるスペースコロニーに向かって飛び去る。


 ここに敵機はもういない。月雲も愛機の推力全開に、その後を追った。



「第1段階は、これでもう仕上げか」

『油断するな。この戦いの成否に、〈チェインブレイク作戦〉の命運がかかっている』

「へ、分かってるよ!」


『ならいい。………だがこの戦い、死んだ部下の弔い合戦にさせてもらうッ!!』



 前方で10機以上の敵機が6機の〝ジェイダム・カルデ〟隊を取り囲んでいる。球状の防御陣形の中には、おそらく逃げ遅れた無防備な〝マイン・カルデ〟が。



『貴様ら!』



 いつになく激高したオプリスが複合ライフルからビームを撃ちまくりながら、直撃によってAPFFを失った1機の〝シビル・カービン〟をバトルアックスで引き裂く。

 先のNC市防衛戦で、オプリスは3番機……アドル・スミトラーゼ少尉を失った。


月雲も、まだ若く血気盛んだった彼の面立ちを、はっきり覚えている。だが軍人である以上、部下の死は当然避けられない。その喪失感を怒りに変えて、戦いの原動力にするしかないのだ。今は。



「アメイジングな俺もいるんだよ!」



 月雲もそれに追随しながらショットガンを乱射。精密さは二の次、敵部隊の包囲を破るのが最優先だ。

 果たして………瞬く間に5機の〝ミンチェ・ラーシャン〟や〝シビル・カービン〟を失った敵部隊は、恐れをなしたように〝ジェイダム・カルデ〟の遠距離射撃を受けながら逃げ散っていった。



「無事かお前ら!?」

『な、何とか………』

「死んだ奴はいないかって聞いてるんだよ!」

『〝カルデ〟2機が損傷。死者はいません』



 メインモニターに表示された通信ウィンドウに映し出されたのは、黒髪に青い目のステラノイド。ソラトと同型だ。



 この作戦………投入されたデベルパイロットの半数がステラノイド兵だった。

 リベルターは期限付きで、本格的にステラノイドを前線に引き出すことに決め、そして能力はあれど年端もいかない少年たちは、むしろ自分たちから進んで戦う道を選んだのだ。


『人間よりも自分を犠牲にしなければならない』。悪意に満ちた製造者が遺伝子に刷り込んだ使命に従って。




「よし。お前らは損傷機と助け出したステラノイドを連れて〈アングイス〉に戻れ」

『了解!』



 計8機の〝カルデ〟が母艦目がけて宇宙空間を駆け飛び、やがて視界から消え去る。



「死なせたくないよな。あいつら………」

『味方に犠牲のない戦争など、あり得ない』

「そいつはどうかな?」



 ニヤリと笑いかける月雲に、『………何だと?』とオプリスは怪訝な目を向けた。悪戯っぽい目でそれを見返しながら、



「俺たち2機が今から全機ぶちのめしちまえば、味方の損失は0で済むだろうが。それが〝アメイジング・パイロット〟って奴だろ?」



 馬鹿げている。

 だがオプリスは、フッと笑いかけた。



『………そうだな。その通りだ。今はお前の冗談に付き合いたい気分だ』

「決まりだな。………来たぞッ!!」



 態勢を立て直し、バーニアスラスターの尾を纏いながら20機もの大群で押し寄せてくる〝シビル・カービン〟〝ミンチェ・ラーシャン〟それに〝イェンタイ〟。

 対するこちらは2機。だが月雲はニヤリと不敵に、メインモニター越しの敵機に笑いかけた。



「あの程度なら………潰せるな?」

『無論だ。フ………〝本日のアメイジング・パイロット〟はこの俺で決まりだな』

「へ、抜かせ!」



 競うように、2機の〝シルベスター〟は敵機の大群へと突っ込んでいき………刹那、無数の炎の花がコロニー群の片隅で、咲いた。



 そして、コロニー群からUGF駐留艦隊や〈ドルジ〉私兵部隊が駆逐された3時間後。

 一際強烈な閃光………プラズマ核爆弾の光がコロニーと同数、迸り、その巨大な構造物がゆっくりと動き出す。



 地球へ向かって。



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