第29話 アデリウムの真意

◇◇◇―――――◇◇◇



 ニューコペルニクス市から少し離れた地点にあるリベルターの秘密宇宙港。

艦船が出入りするベイは巧妙にカムフラージュされており、外部から見ればただの月面地形の盛り上がりに過ぎないが、ここは現在、〈マーレ・アングイス〉やリベルター艦の母港として機能しており、その傍らにはシャトルの発着場もある。


1機のシャトルが、秘密宇宙港へとゆっくり進入していった。






「アルディさん! 入ってきた資材の荷下ろし、終わりました!」

「おうご苦労さん。後はこっちでやるからお前らは適当に休んで………お?」



 組み立てが終わったデベルは片端から出払っており、今はガラン、としたただっ広いだけの空間に過ぎない宇宙港のデベル格納庫。

 通路の影からひょっこり姿を見せた二人に、今現在はほとんど手持ち無沙汰の整備長アルディは「おう」と軽く手を挙げ、第2世代ステラノイドのエリオは「ソラト!」と彼の方に駆け寄った。



「パイロットスーツ無しで大暴れしたらしいじゃねえか。よく生きてたもんだ」

「怪我、治ったんだね。良かった!」


「すいませんアルディさん。エリオも。………そういえば、〈マーレ・アングイス〉はどこに?」



 レインと姿を見せた、私服姿のソラトの問いに、「ああ………」とアルディは後頭部を掻きむしった。



「もう、出航しちまったんだ」

「出航?」

「ま、まだ前の戦いから1週間ぐらいしか経ってないんですよ?」



 戸惑ったように顔を見合わせるソラトとレイン。キョロキョロと二人とアルディの顔を交互に見やるエリオの肩を、アルディは何の気なしにこっちに引き寄せながら、



「詳しくは分からねえが、〈チェインブレイク作戦〉の第1段階の開始が前倒しされたみたいでな。〈アングイス〉も3日でとりあえず修復作業が完了した訳だし、昨日、ステラノイドの補充兵とデベルを載せて行っちまった。カイルもアキユキも、一緒にな」


「俺たち置いてけぼりにされたんだぜ! ひどいよな!」

「阿呆。第2世代を乗せてどうしろってんだ。デベルに乗れる訳じゃねえだろうが。ま、俺はこっちでやることがあったんで残ったんだが………」



 生意気なエリオの頭をぐりぐりと少し小突いて黙らせるアルディ。



「………ま、そういう訳だソラト。元々お前らは整備部門ってことでここに引き取られた訳だし、明日からシフトを組んでやるよ。ただ、見ての通り使える機体はあらかた〈アングイス〉が乗せてっちまってな。仕事らしい仕事と言えば、さっき土星コロニーから届いた………」



 と、その時、ソラトたちの背後の通路から複数の足音が聞こえ、そこにいた誰もが振り返った。

 姿を見せたのは2人のリベルター兵士。その前に立つ士官。見覚えのあるその姿は………



「シオリン中尉………」


「怪我から回復したと聞きましてね。悪いがすぐに私について来ていただきたい。………これから、リベルター本部に出頭してもらう」



 その一方的なもの言いに、真っ先に反発したのはレインだった。



「ちょ、ちょっと待ってください! ソラトはまだ退院したばかりで………」

「怪我は回復しているのでしょう? 戦闘員として行動するには問題はないはずです。それと、ミス・アークレアにも一緒に来ていただく」

「わ、私?」


「おいおいおい。ソラトは、まあこの際仕方ねえとして、レインは民間人だろうが」



 レインを庇うようにソラトが一歩進み出、アルディも鋭い眼差しを向ける。

 シオリン中尉はそれを冷めた表情で一瞥して、



「ミス・アークレアは先の戦いで、〝ラルキュタス〟以上の我が軍の最重要機密である〝オルピヌス〟に搭乗し、超電磁構造分解粒子ビーム〝プロメテウス〟砲を実戦で使用。戦果を挙げられました。………アデリウム様はその戦いをご覧になり、是非ともミス・アークレアともお話されたいとお考えです」


「あ、アデリウム、様………?」

「リベルターの最高司令官だ。『王』と呼ぶ連中もいるがな。滅多に姿を見せねえ」



 レインにとって聞き慣れない人名に、そう補足を加えたのはアルディだった。

 レインは、さらに困惑を深めた表情で少し振り返る。



「リベルター………組織の王様、なの?」

「アデリウム様はリベルター創設の中核となられた偉大なお方であり、それに足る風格と品格をお持ちです。リベルターの主要作戦の一つであるステラノイドの解放も、アデリウム様の勅命によるものです」



 つまりソラトらは、アデリウムなる人物のお陰であの境遇から救い上げられた訳だ。

 シオリンは一度ソラトを見やり、次いでレインへと視線を向け直しながら、



「アデリウム様はミス・アークレアのデベルパイロットとしての力量を高く評価されておいでです。ついては………アデリウム様御自ら貴女にリベルターへの参加を………」

「ダメだッ!!」



 完全にレインとシオリンの間に割って入ったソラトは、バッと両手を広げてレインを庇う。



「俺は、俺たちステラノイドは戦います! 死ねと言われれば死にます! でもレインを………レインをこれ以上危険な目に遭わせるのは………!」

「俺も言わせてもらうぜ中尉。いくら何でもウチの王様は、ちーとばかし節操がなさすぎるんじゃねえのか? ステラノイド徴兵の一件といい今度は………」

「失礼しました。少々私見が入っていたようです。ミス・アークレアの招聘については、私の想像が過分に入っておりました。アデリウム様はただ、ミス・アークレアとの会見をご希望されております」



 一体何のために………? 少なくともそれは、リベルターにとって利益にならない、もしくは損になるような話ではないだろう。ソラトは警戒を解かず、アルディもシオリンを睨む。その場にいたエリオは、話についていけず混乱しきった表情でシオリンとソラト達を交互に見やるより他ない。



 ソラトもシオリンも、お互い黙ったまま、譲らず………ただ数分の時が流れる。

 その静寂を打ち破ったのは、ソラトを静かに制し、その傍らに進み出たレインだった。



「行きます。その人の所に連れて行ってください」

「レイン………」

「私も、その人に会って………確かめたいことがあります」


「………よいでしょう。アデリウム様は寛容なお方。貴女の問いかけに最大限の誠意を以て、お答えくださるでしょう」



 シオリンが指し示すは通路。兵士たちは既に先導する用意を整えている。

 レインは歩き出した。ソラトも、それに続く。


 シオリン中尉が踵を返し、レインたちと同様格納庫から立ち去るのを、アルディやエリオはただ黙って見守るより他なかった。

















◇◇◇―――――◇◇◇


 シオリン中尉に秘密宇宙港から連れ出された1時間後には、ソラトとレインはリベルターの月本部宇宙港へと降り立っていた。ソラトが乗艦していた〈マーレ・アングイス〉と同型の航宙艦が2隻、並んで停泊しているほど広大な空間だ。



 ソラトの傍らに立つレインが、その光景に感嘆の声を上げる。



「す、すごい………」

「マーレ級は、これまで旧式艦や民間船の改造で補ってきたリベルター艦隊戦力を一新するものです。今後はあのようなマーレ級を中心に、艦隊を刷新することになるでしょう」


「地球と戦うためですか?」



 誇らしげに語るシオリンに、静かにそう問うたのはソラト。

 シオリンは片眉を少し上げながら、



「現段階では、そうですね。地球からの政治的・経済的支配からの脱却は宇宙植民都市全てにとっての悲願です。我等リベルターは、地球からの楔を断ち切るために活動しています。………そのための〈チェインブレイク作戦〉も、すでに第1段階が達成されつつあります」


「チェインブレイク………」



 ソラトにとっては聞き慣れないその単語。レインも同様で思わず二人して顔を見合わせた。

 そんな二人を見かねたようにシオリンは捕捉するように口を開く。



「偉大なるアデリウム様が立案された、地球による支配体制を不可逆的に破綻させるための大規模軍事作戦です。作戦成功の暁には、地球は地球以外の支配権を失うこととなります。アデリウム様は、〈チェインブレイク作戦〉成功の鍵を握るものが………〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟であるとお考えです」



 だから自分たちが呼ばれたのか………? その2機を駆り、ニューコペルニクス市防衛戦を戦った自分たちを。



 やがてシオリン先導の下、ソラトとレインは大きなエレベーターへ。リベルター月本部の、地下深くへと降下していく。


 エレベーターのドアが再度開かれた時、目に飛び込んできた光景は………軍事基地の中とは思えない、飾り立てられた通路。


 レインのように地球の古い宮殿……ヴェルサイユ宮殿やバッキンガム宮殿を訪れた経験のある者なら、おそらく既視感を覚えることだろう。

 ソラトには、ニューコペルニクス市のボナパルト区のような古めかしい建造物の内部のよう、ぐらいにしか認識できない。



「こちらへ。玉座の間でアデリウム様はお待ちです」



 やがて、その奥に至ったソラトたちの前に、巨大な扉が立ちはだかる。

 二人の、飾り立てられた軍服を着た、若いリベルター兵が扉の両脇を守っていた。



「アデリウム様に謁見を賜るため、ソラト、レイン・アークレア両名を連れ、参上しました」



 シオリンがリベルター兵にそう告げると、一人が無言で頷き、もう一人と目配せする。

 扉の両脇を守る兵士たちが扉の金色の取っ手を掴み、ゆっくりと、その先の空間が明かとなっていく。

 デベル格納庫並みに広大で磨き上げられた空間。深紅の絨毯がどこまでも伸び、その先には3段の段差と、金色の椅子。



 そこに、一人の男が座っていた。

 ソラトとレインを導いていたシオリンが、その男が座る位置からやや離れた地点で止まる。ソラトたちも。

 シオリンは恭しく一礼した。


「………アデリウム様。ステラノイドのソラト、レイン・アークレア両名をお連れしました」


「大儀である。ソラト、そしてレイン。余が、アデリウムである」



 この人が、リベルターの『王様』………。


 黒髪に金色の瞳を持つ、シオリンと大差ないだろう若い男。身に着けているのは深い青のスーツ。

しばし、ソラトとその男……アデリウムの視線が交錯した。見返される金色の瞳は、ソラトにいかなる情報も与えない。



「ソラト、レイン。そなたたちの此度の働き、見事であった。〝ラルキュタス〟を始動させ、UGFの大部隊を押し返したソラトの功、余は………」


「アデリウム、様。聞きたいことがあります」



 アデリウムの言葉を遮り、意を決した表情のレインが一方進み出た。

 主君の言葉を遮るその振る舞い、シオリンは見かねたようにその前に立ちはだかり、



「ミス・アークレア。アデリウム様は風格と、そして品格をお持ちのお方だと申し上げたはずです。アデリウム様に無礼な真似は………」


「よい、シオリン。………レインよ、申してみよ。答えよう」



 鷹揚に頷くアデリウムに、レインはゆっくりと口を開いた。



「ありがとうございます。………オリアス艦長から聞いたんですけど、リベルターの活動目的は宇宙植民都市の政治的・経済的独立。それに正義の執行にある、と」

「いかにも。余がリベルターを創設するに際し、そう宣言した。リベルターが宇宙植民都市の大衆に支持される所以である」

「では、ソラトたち………ステラノイドを戦わせるのは、リベルターの正義に沿うことなのですか?」


 死ぬまで働け、と命令され、どれだけ屍が重なろうと働き続ける。

 死ぬまで戦え、と命令されれば最後の一人まで戦う。


 遺伝子操作によって『人間の役に立つこと』『自分を犠牲にすること』、この二つの枷を課せられたクローンの少年たち………ステラノイド。


 リベルターは一度、彼らをその過酷な環境から救い出した。真新しい服、新しい住まい、温かい食事、仕事を与え、人としての常識や尊厳を取り戻させた。

 そしてその後に………武器を与え、命令した。戦えと。


 ニューコペルニクス市防衛戦では、〈GG-003〉から救い出されたステラノイド第1世代がデベルパイロットとして戦場に駆り出され、大勢が死んだ。今も、〈マーレ・アングイス〉に乗り、〈チェインブレイク作戦〉の完遂のため、戦うことになる。


「今が、皆戦わないといけない時なのは分かってます。………滅茶苦茶に壊された街を、見ました。死んだ人たちも。二度と同じ悲劇を繰り返さないために、戦うべき時は今であることも、分かってます。………でも、だからこそ聞かせてください。なぜ、ソラトたちに武器を持たせたのですか? 足りなくなった兵士の頭数を揃えるためなんですか?」



 アデリウムは、何ら感情を映さない金色の瞳で、睨むレインを見返した。そして、落ち着いた声で答える。



「いかにも。余はリベルターの不足した兵力を補うため、保護したステラノイドを戦力として合流させた。その点は、否定せぬ」

「! なら………」


「だが、余はいかにリベルターが潤沢な戦力を有していたとしても、ステラノイドに武器を持たせ、戦えと命令するつもりであった。レインよ、何故か答えられるか?」

「………いいえ。でも、そんなこと!」



「戦うことでしか手に入れられないもの、守れないものがあるから」



 ぽつり、とアデリウムの問いかけに答えたのは、ソラトだった。レインは驚いたように振り返る。


「ソラト………」

「戦わないと、何も変えられない。誰も守れない。………俺たちがもっと早く、戦うことを選んでいたら、死なずに済んだ仲間たちがいる」



 暴力を振るわれ、殴り殺された仲間がいた。

 乏しい食料を第2世代たちに振り分けるため、自殺を選んだ仲間がいた。

 怪我を負っても治療するためのものを何も与えられず、そのまま死んだ仲間たちがいた。

 事故が起こった坑道で、無理やり道を空けるために、生き埋めにされた仲間たちがいた。



 ソラトたちは戦わなかった。ただ、命令のまま働き続けた。

 戦う手段が無いだけではない。人間のために犠牲になるのは、当然のことだと考えていた。例え、どれだけ惨たらしく殺されても………


「ならば問おう、ソラトよ。何故、今余の前に立っているのだ?」

「守るため。レインを、俺が大切だと思ったもの全てを、戦って守るため」


 レイン。

 仲間たち。

 平穏な日々。

 温かい食事。


 ステラノイドとして働いて、死ぬこと以外知らなかったソラトの手に、今これだけのものが溢れている。

 守りたい。失いたくない。それは、ソラトたちステラノイドが、これまではっきりと抱いてこなかった、意思。

 ソラトは、レインの方を真っ直ぐ見つめ、そして再びアデリウムの方へと向き直った。


「だから………俺は、力が欲しい。大切なものを誰も、何も、もう二度と奪わせない力を」


 アデリウムは、頷いた。


「ならば〝ラルキュタス〟を受け取り、お前たちを支配する〝楔〟を打ち砕くがいい。それが、そなたたちステラノイドにとって、真の意味での〝解放〟となる」



 刹那、ソラトたちの眼前にホロウィンドウが出現。そこには数基の楕円シリンダー型スペースコロニーと、リベルター、UGF双方のデベルによる戦闘が映し出されていた。マーレ級の姿も見える。



「これは………?」

「〈チェインブレイク作戦〉の第1段階。スペースコロニー群〝アイランズ21〟を強襲、これを加速させ地球への落下コースに乗せる」

「!?」



 淡々と語るアデリウムのその言葉に、青ざめるレイン。

 ソラトは黙って、その模様を見守るしかない。



「そんな………! スペースコロニーを地球に落としたらっ!」

「〝アイランズ21〟において移動可能なコロニー全てがユーラシア大陸東側に落着した場合、東ユーラシア連邦の主要人口密集地の7割が消滅。2次災害等の被害も合わせ38億人以上の死者が発生し、その後の急激な気候変動により地球環境・経済は不可逆的に壊滅します」



 レインの背に、シオリン中尉は抑揚のない声音で解説する。

 レインは、地球人だ。リベルターが進めるこの作戦が達成された場合、レインの故郷だってただでは済まない。

 だがソラトには、戦慄よりも不審感の方が先によぎった。


 リベルターを構成しているのは宇宙植民都市出身者だけではない。地球統合政府の腐敗に反発した元UGF士官、地球生まれだって数多いはず。月雲大尉がそうだ。



 一方のレインは、アデリウムの手前まで詰め寄って咎めるような口調で、



「それが………それがリベルターの正義なんですか!? 何も知らない人たちを巻き添えにして! そんな………!」

「待って、レイン。………この人の目的はそこじゃない。コロニーを落とす気なんて、最初からないんだ」



 え………? とソラトの言葉に、驚愕したようにレインが振り返る。

 レインを制したソラトは、真っ直ぐその視線を見返し、そしてアデリウムに向き直りながら、



「アデリウム様。あなたの言っていることが本当なら、その〈チェインブレイク作戦〉は上手くいかない」

「ほう………。なぜそう思うソラト? 答えてみよ」

「人間は出生地を〝故郷〟と呼び、特別視します。地球に壊滅的な打撃を与えることに地球出身のリベルター士官や兵士は反発するはずです。軍事力の保持を認められていない宇宙植民都市の解放のため、強力な装備と戦闘力、練度を有するリベルターの特性上、その構成員の少なくとも22%以上が地球出身者・元UGF軍人と推測でき、地球を壊滅させる形で〈チェインブレイク作戦〉を帰結させるためには、地球出身者及び倫理的理由により作戦参加を拒否する者以外で作戦を遂行する必要があります。リベルターは組織としての性質上良心的従軍拒否を容認する傾向にあり、その場合の作戦参加率は………」


 なおも続けようとするソラトを、「はははは………!」と笑いながらアデリウムは制した。


「知性溢れるステラノイドであれば当然見抜けると思っていた。その通り、余の目的は地球の破壊ではない。それは余が築いたリベルターの本意でなければ、正義にもなりえぬ」


「俺たちがここに呼ばれたのは、〈チェインブレイク作戦〉の本当の目的を達成するためですね?」


 確信を帯びたソラトの問いかけにアデリウムは鷹揚に頷いた。

 そして、スペースコロニー群の映像がかき消され、地球軌道上を映し出すホロウィンドウが新たに現れる。青と白の、生命に満ち満ちた星、地球。

 遥か地表目がけて、一本の黒い線が伸びている。線の端、地球軌道上側に巨大な構造物が見える。



「スペースコロニーの強襲、地球落下作戦は陽動に過ぎぬ。余はそなたらに………〈ドルジ〉最大の資産にして地球と宇宙との最も効率的な架け橋………軌道エレベーター〈グラウンド・インフィニティ〉の破壊を命じる」














◇◇◇―――――◇◇◇


 地球軌道上の一角に、複数の巨大な輪環を組み合わせたかのような、超巨大建造物が存在する。


 地球統合政府・UGF地球軌道上基地〈オービタル・ワン〉。

 地球の最大最強の宇宙要塞にして、地球を守る7個のUGF宇宙艦隊の母港でもある。UGF主力艦であるビショップ級や北洋級が何隻も入出港し、絶えずUGF主力デベル〝アーマライト〟や〝イェンタイ〟部隊が周辺宙域をくまなく哨戒している。


〈オービタル・ワン〉は軌道エレベーター、〈グラウンド・インフィニティ〉の主要防衛拠点としても位置付けられており、2000キロ先、地球から宇宙へと伸びる細い直線……実際には直径50メートルもの威容を持つエレベーター・ケーブルを宇宙要塞の展望ガラスから目の当たりにすることができた。



 艦船70隻。

 所属デベル300機以上。

 総人員14万人以上。


〝UGFを潰せるのはUGFだけ〟とはよく言われる。この人類圏においてUGFを除き本格的な軍事力は存在しない。そう信じられてきた。

 リベルターなる組織が各地で出没を繰り返し、その度にUGFが甚大な被害を受け続ける、その時までは。


 そして今現在、〈オービタル・ワン〉の司令室に警報が鳴り響いた。



「ラグランジュポイント4、〝アイランズ21〟防衛第9艦隊より通報! 未確認勢力……推定〝リベルター〟による攻撃を受けたとのこと! 救援を求めていますッ!」


「既に北洋級1隻、〝イェンタイ〟を20機以上を失い、制宙権を奪取されたとのこと。………閣下、これは………!」


「な、何を呆けておるかッ! 第2、第3艦隊を残し後は全て出撃させろッ!!」


 基地総司令官の怒声を受け、慌ただしくオペレーターが各艦隊に指示を飛ばしていく。

 基地宇宙港湾口は、突然の出撃命令にしばし混乱の様相を呈し………真っ先に隊伍を整えて出撃したのは、セイグ・オリアス・イスニアース准将率いる第4艦隊であった。









「全艦、最大艦速で〝アイランズ21〟へ急行せよ! 第9艦隊との通信を回復し、現在の展開位置を確認するんだ」


 セイグの早口の命令に「了解!」とオペレーター士官が慌ただしく端末を操作し始める。

 こちらが再攻撃を仕掛ける前に打って出たか。組織規模に比する被害は向こうの方が大きいはずなのに。セイグは思わず歯噛みする。

 第3艦隊の残存戦力を連れて〈オービタル・ワン〉に帰還後、セイグは直ちに再攻撃を基地総司令官、それにUGF本部に訴えた。だが、予想した通り彼らの反応は鈍く、しばらく悶々とした日々を過ごさなければならなくなった。〈ドルジ〉辺りが手を回して、自分たちに不利な証拠を抹消する間の時間稼ぎのつもりなのだろう。NC市の武力封鎖すら認められなかった。


 その結果………UGFは疲弊したリベルター戦力の再編成を許し、スペースコロニー群への攻撃という事態を招いてしまった。


〝アイランズ21〟に到達するまで、およそ20時間余り。セイグは苛立たしげに指でアームレストを叩きながら、


「………ニフレイの〝エクリプス〟。どうなっている?」

「〝フリュム・アーム〟の再装備を完了し、修復・整備も完了。いつでも出せます」

「よし。ではポイントD412に到達後、長距離ブースターユニットを装着し出撃可能な全機を〝アイランズ21〟に急行させる。それまでに友軍の展開ポイントを確認しろ!」


 ただでは済まさん。リベルターども………


 セイグはメインスクリーン越し、遥か彼方のリベルターを睨み、次いで出撃用意のために必要な指示を矢継ぎ早に飛ばし続けた。


 そして数時間後、第4艦隊の各艦から続々とUSNaSA系UGF戦闘用デベル……〝アーマライト〟が出撃。

 遠距離遠征用のブースターユニットを装備した一群は目的地…スペースコロニー群〝アイランズ21〟目がけ、次々にブースターに点火。瞬く間に宇宙空間のただ中へと消え去っていく。



 その中には巨大な右腕を有する、〝アーマライト〟とは全く様相が異なる機体……ニフレイ・クレイオが操る〝エクリプス〟の姿もあった。



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