第11話 襲撃者


◇◇◇―――――◇◇◇


 この船に来て、何もかも変わった。

 何日も続けて働かなくてもよくなった。そもそも何もさせてもらえないで………1日に3回、温かい食事が出る。

 身体も、1日1回「シャワー」で洗い流さないといけなくなった。空間作業服も毎日クリーニング済みのものに交換して、いつも清潔。鉄とか、土とか、血とかの臭いがしなくなった。


 24時間の大半を、与えられた4人部屋で過ごして、仲間たちと話したりする。その時にリベルターに入ろうって決めた。戦いで人間が死ぬより、ステラノイドの方が死んだ方がいいって思ったから。


 なのに………


「ソラト………?」


 ふいに声をかけられ、大型船窓が並ぶ観察通路でぼんやり宇宙空間を眺めていたソラトは、振り向いた。

 レインが、不思議そうに首を傾げて立っている。


「ソラト……だよね?」

「うん………」

「よかった。ステラノイドってホントに皆そっくりだよね。兄弟みたい」

「ホシザキ型は、ステラノイドの中で一番多く製造されてるから」


 カイルや、殺されてしまったシュウヘイ、アルザ、それに今いるステラノイドの4割がソラトと同型のホシザキ型だ。それでも、声とか、微妙な顔つきの差とか、髪型、それに……網膜にミクロン単位で刻まれた有機個体コードから発せられる特殊なパルス読み取ることによって、ソラトたちは個体の違い判断できる。


「何か、用か?」

「うーんと………お礼がいいたくて」

「?」

「助けてくれて、ありがとね。ソラトがいなかったら、私………」

「人間を助けるのは俺たちステラノイドの、本能みたいなものだから。俺じゃなくても別の個体が助けてたと思う」


 驚いたようにレインが顔を上げる。余計に不思議になって、やっぱりソラトは首を傾げてしまった。

 しばらく沈黙が続く。ソラトから、レインに聞きたいことも、話したいこともないから。


「………辛くないの?」

「え?」

「その……〝製造された〟とか、働かされたり、とか、仲間が……殺されたりとか………」


 今まで、そんなこと聞かれたことなかった。

 でも、人間からの質問だから、答えないと。


「俺たちは人間じゃ働けない所で使われるために作られたクローンで、そのために生まれてきた。………でも、何日も働いて体が痛くなったり、仲間が監視員に殺された時……胸が締め付けられる、みたいな感覚があったり、寒くなったり………それが、〝辛い〟?」


「人間はね、ソラト。どうしても辛かったら、辛いって気持ちに出てしまうし、悲しかったら泣いちゃうし………嬉しかったら笑うんだよ」


「俺は、俺たちはステラノイドだから」


「でも………人間なんだよ? ソラトも、ステラノイドは皆。人間として生まれてきたのに、私たちが勝手にステラノイドって決めちゃっただけで………」


 レインの言葉に……どうしたらいいのか、どう答えていいのか、分からない。


「だからね………ソラトたちも、辛かったら辛いって言っていいし、悲しかったら泣いても………嬉しかったら笑っても、いいんだよ?」


「悲しい………泣く……嬉しい……笑う………?」

「笑うって、こんな感じ」


 レインは、頬を緩ませて、口角が少し上がった。

 ソラトはそれを見て………なぜか胸の辺りの温度が、少し温かくなったように、感じた。


「ソラトも」

「………顔の筋肉、そんな使い方したことない………」


 船窓に映る自分の表情はいつも同じ。緊張した時は、少し強張ったような表情になる。

 レインは、表情を元に……むしろ暗くなった表情で俯いた。


「………ご、ゴメン。何か押し付けちゃったみたいで………」

「………」


 分からない。

 色々、「感情」があるのは知ってる。だがそれがどんな気持ちで、どう顔に出せばいいのか、言葉にしたらいいのか、分からない。

 ステラノイドには、必要のない機能だったから。


「レイン。俺………」


 その時、甲高い非常警報が鳴り響き、ソラトの声をかき消してしまった。
















◇◇◇―――――◇◇◇


「………状況を報告しろ!」


 ブリッジに入ったオリアスに、副長のアトーレ・イルディス中佐は艦長席から立ち上がり、携帯端末を手渡しながら報告する。


「ルーク級強襲艦2隻を捕捉しました。デベルの発進も観測しています」

「古い艦種だな。UGFか?」

「いえ。おそらく……この辺りを根城とする宇宙海賊かと」


 地球各国の軍隊を糾合したUGFは人類最強の軍隊と言える。

 だが、それでも広がりすぎた人類圏に比べその規模はあまりに小さいと言わざるを得ず………地球統合政府による収奪に近い植民地支配が続いた結果、貧困から宇宙海賊へと身を落とす者が続出。宇宙海賊が貨物船を襲撃する結果宇宙植民都市では流通の停滞や物価の上昇がもたらされてさらに貧困が増大………この負のスパイラルが延々と続いている。


「艦長! 海賊船から通信です」

「音声通信で開け」


 オペレーターのシェナリンが回線を開いた瞬間、不愉快なだみ声がブリッジに響き渡る。


『あ、あー。俺たちはバルクス海賊団だ! そこのデカい船! ただちに機関を停止して降伏しな。お前ら〈ドルジ〉の資源小惑星を襲ったそうじゃねえか。奪った資源とステラノイド、耳を揃えてこっちに引き渡しな』


「ルーク級2隻と民間機だけで何を………!」

「もういいシェナリン。回線閉じろ。………妙だな」


 宇宙海賊が主に狙うのは、小規模で護衛の乏しい貨物宇宙船ばかり。ルーク級のセンサーでもこちらが大型で、しかも武装していることは理解しているはずだ。

 それが、たった2隻で強気に出るのは………。

 それに奴ら、ステラノイドのことを知っていた。

 これは………


「よし、コースを変更し海賊船から距離を取れ。デベル隊全機発進準備。第1小隊を出すぞ」


 了解! と慌ただしくなるブリッジ。

 その時、シオリン中尉が席から立ち上がった。


「艦長! ここはステラノイド兵を投入するべきではないでしょうか?」

「………ステラノイド兵、だと?」

「はっ。僭越ながら、本部からの意向を受け、参謀本部から与えられた独自指揮系統の下〈GG-003〉で接収した〝カルデ〟7機に戦闘用改修を施しました。ステラノイド兵への即席マニュアルも完成しているので、簡易ブリーフィングの後直ちに実戦投入が可能です」


 オリアスはこの状況下で、思わず天を仰いでしまった。………やはり月本部の、主戦派らはステラノイドたちを………


「………〝カルデ〟の改修、ご苦労だった」

「! では………」

「前方海賊には第1小隊を向かわせる。残る第2小隊と〝カルデ〟隊は待機だ」

「艦長ッ! 戦力の小規模投入は戦術上………」


 シオリン中尉、とオリアスは窘めるように彼の言葉を遮った。


「私はこう言ったはずだ。量で太刀打ちできなければ質で。そうでなければリベルターが地球の楔を断ち切るなど、到底できはしない……と。海賊程度なら第1小隊で、十分でなければならんのだ」


 そう言うとオリアスは話は終わったと、前を向く。

 シオリンは、何か言いたそうに一度口を開いたが………何も発することなく席に戻った。



 メインスクリーン脇の戦術マップ上で、10機の反応がこちらに接近してくる。















◇◇◇―――――◇◇◇


『非常警報発令! 非常警報発令! 海賊船ルーク級2、戦闘用デベル〝ミンチェ・ラーシャン〟6、〝シビル・カービン〟4が接近中! 第1小隊は直ちに出撃・迎撃せよ! 繰り返す………』


「よっしゃあ! 行くぞ野郎ども!」

「女もいるんだよッ!」

「おっと………レディもな。〝本日のアメイジング・パイロット〟はどいつだァッ!?」


 無重力区画にあるデベル格納庫。

 飛び込んだ月雲は軽くフロアを蹴り………そのまま弾丸のように〝シルベスター〟の胸部コックピットに飛び込んだ。


「っし! 全システムオンライン! 各部オートチェック!」


 ニューソロン炉、各種メインシステムを次々を立ち上げていき、システム異常が無いか素早くサブモニター上の表示に目を通す。


 ジェナ、トモアキの両名もそれぞれの〝シルベスター〟に飛び込み………警報発令から2分後には、3機の〝シルベスター〟の出撃準備が整った。



『月雲大尉、一番カタパルトデッキへ!』

「あいよ!」


『ジェナ中尉は2番へどうぞ!』

『OK!』

『トモアキ少尉はそのまま待機願います』

『了解っ!』



 先に行ってるぞ! 月雲は乗機の〝シルベスター〟を格納庫前方にあるカタパルトデッキまで歩かせた。


 カタパルトデッキに到達した瞬間、前方のフォースフィールドが次々解除され、逆に後方の格納庫との間にフィールドが展開。さらに左右のレールが青く輝き始める。

 プラズマ空間湾曲式射出カタパルト。射出時の速度は、亜光速にも達し、遠距離の敵相手に一気に突っ込みたい時には理想的だ。


 ただ、パワーチャージに少々時間がかかるのが難点だが。


「第2小隊! オプリス、聞こえてるか?」

『………ああ、感度良好』


 サブモニターに映し出されたのは、〈マーレ・アングイス〉艦載のもう一つのデベル隊隊長、オプリス・ファングレス大尉。金髪の美男子だが、ステラノイド並みに表情が硬いのが玉に傷だ。


「〈アングイス〉のケツ持ち、任せたぜ」

『さっさと行ってこい』

「わぁーてるよ。………それと、ガキ共は戦場に出すなよ。いいな?」


 ステラノイドたちが乗る〝カルデ〟が戦闘用改修されたことは、すでに月雲の耳にも入っていた。

 あいつらは………こんなミミッチイ人類の揉め事で死んでいい命じゃない。月雲はそう確信していた。



 一瞬脳裏に思い出すイメージ。

 破壊されたUGF所属〝カービン〟のコックピット。

 血反吐を吐き、苦痛に顔を歪め、やがてこと切れたのは………



『………俺にはその権限がない。だが、最大限努力する』


「ありがとよ………シェナリン! 待たせんなよ!」

『カタパルト、パワーチャージ完了しましたッ! どうぞ!』


 月雲は両側のコントロールスティックを力強く握りしめた。


「月雲!〝シルベスター〟1番機! アメイジングに行くぜッ!!!」


 マーレ級多用途強襲母艦1番館〈マーレ・アングイス〉。

 その左舷カタパルトから、まるでプラズマキャノンのように1機の〝シルベスター〟が発進した。




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