第12話 後背の敵


◇◇◇―――――◇◇◇


「前方! ポイント2-2-4でエネルギー量急上昇! これは………交戦反応ですッ!」


「何!? 今度はどこの隊だ………?」



 先手を取られたか? セイグはメインスクリーンに表示される交戦反応を睨み据えた。

交戦反応は、微弱なイオン残留物のその先にある。


 微弱なイオンの残留物を追尾するUGF第4艦隊。

 旗艦〈ヴォーデン〉のブリッジは、突如としてセンサー範囲内に出現した莫大なエネルギー反応を調査するべく、慌ただしさを加速させていく。



「………ニューソロン粒子放出量から艦種・機種推定! ルーク級強襲艦2、〝ミンチェ・ラーシャン〟6、〝シビル・カービン〟4と未確認大型艦1、未確認デベル3が交戦している模様!」


「未確認部隊は……〈GG-003〉を襲撃した連中か………?」



 ルーク級2隻と民間払下げの戦闘用デベル10機では、〈ドルジ〉社の傭兵部隊を撃破するのは不可能。


「戦闘の模様を逐一報告せよ」

「了解! ………セイグ総司令っ! 〝ミンチェ・ラーシャン〟2機と〝シビル・カービン〟2機が撃破されました! これは……未確認機1機による戦果ですッ!」



〝ラーシャン〟や〝カービン〟を遥かに凌駕するデベル。……それなら合点がいく。

 セイグは艦長席に座り直し、指示を飛ばした。



「よし………! 第1から第5小隊までデベル隊、出撃準備だ。未確認部隊の足を止めろ!」


「で、ですがまだ距離が………」

「全機に長距離ブースターユニットを装着させろ。別に全滅させずとも良い。未確認艦のエンジンさえ潰せば………我が艦隊が追いつき、袋叩きにできる」



 取りかかれ! セイグが鋭く命じると、ブリッジオペレーターたちは直ちに動き出した。

 と、



「艦長! 後方より北洋級1、接近中!」

「東ユーラシアだと!?」

「文書通信です! ………第4艦隊の作戦を支援する用意があると」



 舐めたマネをッ! 思わずセイグは艦長席のアームレストを殴りつけた。



「背中を炙ってるつもりだろうが………支援は不要だと伝えろ! 第4艦隊の職分を侵す行為は、USNaSAと東ユーラシアの政治的対立にも繋がりかねんと言っておけ!」



 やがて、各艦から続々と長距離ブースターユニットを取り付けた〝アーマライト〟が出撃していく。

 その数、15機。艦隊保有機数のおよそ3分の1に相当する。



「デベル各隊に告ぐッ! まず第1に敵艦の推進システムを狙え! 敵艦の足を奪った後は後退し本艦隊と合流して敵を叩け。………東ユーラシアが見ているぞ! USNaSA七星条旗の下、無様な真似は許さんッ!!」













◇◇◇―――――◇◇◇


「くたばりなッ!!」


 月雲の〈シルベスター〉が大きくハンドアックスを振り上げ、既にAPFFが消し飛ばされた〝シビル・カービン〟を1機、その上半身を刃でぶち抜いた。


 鉄クズと化し、宇宙空間に漂うソレを蹴とばし、スラスター全開。こちらの動きが止まっている内に狙い撃とうととした〝ミンチェ・ラーシャン〟2機の射線軸から、まるで踊るような軌道で逃れた。



「当たらねェよ! 俺みたいに、よく狙いなッ!」



 右へ、左へ、ステップを踏むように複雑な回避機動を取りつつ敵機へ急接近。

 1機の〝ラーシャン〟が目の前に近づいた瞬間、複合ショットガンを撃ち放つ。至近距離、しかもAPFFの弱い部分を重点的に狙われた結果、わずか2発で〝ラーシャン〟のAPFFが消失する。


 エネルギーの盾を失った敵機に、〈シルベスター〉は数分前の敵機と同様の運命を、ソレに与えた。



「これで、半分は削ったな………」

『サァ、いよいよ大物釣りと行こうじゃないかッ!!』



 阻もうとした1機の〝シビル・カービン〟を両断したジェナの〝シルベスター〟が、分厚い弾幕を張るルーク級強襲艦に迫る。当然弾幕は襲い来る彼女の機体に集中するが………回避プログラムに頼らないジェナ独自の回避機動を読み切れず、ルーク級の近接防御火器は1発たりともジェナ機に有効打を与えられない。



『邪魔だね!』

「ジェナ! 熱くなりすぎるなよ。トモアキも敵艦に近づきすぎるな!」



 畜生、ジェナの奴………俺に小物を押し付ける気だな。



 月雲のぼやきなど知る由もないジェナは、ルーク級の近接防御火器を手玉に取りつつ、複合ライフルを連射。強烈なビームが瞬間的にルーク級のAPFFを抉り、そこに実弾が殺到。

 一つ一つ、ルーク級を彩るように炎の花が開き、その度に機関砲や短距離防御ミサイルランチャーが潰されていく。



「ふ、さすが俺の見込んだ女だぜ………ってうお!」



 未だしぶとく残っていた〝シビル・カービン〟からの至近弾。〝シルベスター〟のコックピットに一瞬衝撃が走る。



「危ねぇなアッ!!」



 お返しとばかりショットガンの拡散ビーム、実弾を次々命中させることによって、こちらに迫ってきていた〝シビル・カービン〟はわずか数秒で戦闘能力を失う。



 次の瞬間、視界の片隅が眩く輝きだす。

 見れば………無数の弾痕が穿たれた1隻のルーク級が、あちこち炎上しながら、やがて真っ二つにへし折れて爆散するところだった。



「いいね。アメイジングだぜ………!」



 こりゃあ、〝本日のアメイジング・パイロット〟はジェナで決まりか? 

 モニターの片隅で、トモアキの〝シルベスター〟がハンドアックスを振り下ろし、最後の〝ミンチェ・ラーシャン〟の頭部を潰す。おそらくコックピットにも甚大な被害が出たのだろう、まだ原形を留めてはいるが、そのまま動くことなく宇宙を漂っていく。



 残り1隻……デベルの護衛が無い今、ルーク級はただのデカい獲物、いい的だ。

 この戦いも余裕で………



『月雲大尉っ! あれ………!』

「なにっ!?」



 コックピットモニターに映し出される15個の、流星のように奔る光点。



 その瞬間、コックピットに響き渡る敵対反応の接近警報。

 戦術マップモードのサブモニターに表示されているのは、3機の〝シルベスター〟、〈マーレ・アングイス〉、そして残存する海賊のルーク級が1隻。



 今、〈マーレ・アングイス〉の背後から………15機ものデベル編隊が現れる。そして、月雲らの母艦目がけ、信じがたい速度で接近しつつあった。

 しかも、推定されるその機種は………














◇◇◇―――――◇◇◇


「〝アーマライト〟………UGFか?」

『は、はい! 〝アーマライト〟15機が本艦に接近中です! 本艦に機関停止を要求しており、聞き入れない場合は攻撃すると』

「敵艦の姿は?」

『センサー有効範囲内に確認できず! おそらく………』



 長距離ブースターユニットで遠征してきたか。推進剤切れで帰艦できなくなるリスクが高いと言うのに、ご苦労なことだ。


乗機〝ラメギノ〟のコックピット。シェナリンからの状況説明を聞きながら第2小隊長大尉オプリス・ファングレスはしばし瞑目したが、次の瞬間にはカッと目を見開き。


「状況説明はもういい。第2小隊、出撃する」

『………お願いします! 一番カタパルトへ!』



〝ラメギノ〟の頭部センサーが一瞬、煌めきを放ち、周囲の整備員たちが安全な場所まで退避したことを確認すると、オプリスはコントロールスティックを傾け、〝ラメギノ〟をカタパルトデッキまで歩ませた。



「2番機、3番機。通信感度はどうだ?」

『2番、問題ありません!』

『3番、通信感度クリア』


「これは防艦戦だ。〈アングイス〉との連携を密に保て。艦から離れすぎるなよ」



 了解! とそれぞれから力強い応答。

 2番機、ジエ・カンシェ。3番機、アドル・スミトラーゼ。どちらもまだ20代に入ったばかりの若手パイロットだが、オプリス手ずから鍛え上げた猛者だ。

 性能上、明らかに陳腐化した〝ラメギノ〟よりUGFの最新鋭機である〝アーマライト〟の方が格上。だが、その差を練度でカバーできるのが第2小隊だ。



〝ラメギノ〟の主武装は、100ミリBP(ビーム/実弾)複合ライフルと左腕部格納のシールド格納ブレード。2番機も同様の装備。アドルの3番機のみ、両肩の複合キャノンやロングレンジライフルという重武装で、オプリスらの近接戦をサポートする。



 カタパルトデッキに機体を立たせ、オプリスはその時を待った。

 と、



『〝ジェイダム・カルデ〟5機、準備できてます!』



 勇ましい少年の声、それにサブモニターに表示されたまだ幼さを残す黒髪の少年の面立ち。

 日ごろふざけてばかりの月雲が、意気地になって出したがらないのも道理だ。


 写真で見せられた、月雲が〝リベルター〟へと加わるきっかけとなった〝彼ら〟によく似ている。遺伝子レベルで同一なので当然なのだろうが………



「コックピット待機すら不要だ。我々と本艦の装備だけで十分対応できる」

『ですが………』

「大人の揉め事に子供が首を突っ込むのは感心しないな。艦長の指示に従いたまえ」

『俺たちはステラノイドです!』

「年はいくつだ?」



 その問いに、ステラノイドの少年は少し返答に窮したようで、



『………製造から10年は過ぎてます』

「人間の基準でそれは〝クソガキ〟と言うのだ。いいから大人しくしていろ」



 話は終わりだ。これ以上騒がれても鬱陶しいだけなので、多機能端末を操作し一方的に通信をシャットアウトする。

 その時、ブリッジからの通信に入れ替わり、ブリッジにいるシェナリンの表情が映し出された。


『お待たせしました。1番2番、発進準備完了!』

「結構。………オプリス・ファングレス、〝ラメギノ〟出るぞ!」



 プラズマを帯びた射出による心地よい加重。

 猛烈な速度で打ち出されたオプリスの〝ラメギノ〟は、機体の制御が可能になった瞬間から素早く翻り、迫るUGFの〝アーマライト〟隊目がけて突っ込んだ。














◇◇◇―――――◇◇◇


「始まったぞ!」

「すげぇ………!」


 5機の〝ジェイダム・カルデ〟が並ぶ第2デベル格納庫。

 大型モニターに映し出された戦闘の様子を、手の空いた整備員らが集まり、見守っている。


 最初に発砲したのは最前衛の〝アーマライト〟2機。撃ち出されたいくつものビームの光条を、〝ラメギノ〟は目まぐるしい機動で回避していく。

 そして、至近距離から複合ライフルを連射。回避機動が間に合わず1機の〝アーマライト〟が数発の直撃を食らってAPFF消失。そこに容赦なく〝ラメギノ〟のシールドブレードが殺到した。


 腕を切り裂かれ、返す一撃で胸部コックピットにも一閃を食らった〝アーマライト〟は、一瞬ビクンと震えたかと思うと、動かなくなる。ブレードを格納した〝ラメギノ〟は無力化した〝アーマライト〟を踏み台に再度飛翔し、今度は距離を取ろうと後退する、もう1機の〝アーマライト〟に追いすがった。



 そこには、一切の性能の差は感じられない。オプリスのデベルパイロットとしての圧倒的な技量が、その一切を感じさせないのだ。



 さらに1機の敵機を引き裂いた〝ラメギノ〟に、格納庫にいた誰もが喝采するが、



「でも………やばいんじゃないか? 〝ラメギノ〟3機で〝アーマライト〟15機を相手にするなんて」

「やばいも何もそもそもの性能差が………やっぱり〝カルデ〟を出した方が………」



「〝ジェイダム・カルデ〟ってなァ作業用デベルに追加スラスターやら無理やり兵装を取り付けたようなもんだ。あんなガチな戦い方はできねぇよ。……〝アーマライト〟相手じゃいい的だ」



 いつの間にか後ろで仁王立ちしていた整備長のアルディの言葉に、「まあ、確かに………」と整備員たちは顔を見合わせるが、



「問題ありません。追加スラスターを制御できれば高機動戦闘は可能です」



 んあ? アルディが振り返ると、そこには黒髪のステラノイドが一人、立っていた。



「おう、ソラトか」

「カイルです。ソラトは今、〝カルデ〟のコックピットで待機しています」

「………ったく、ステラノイドってのは皆同じ顔に見えて困るぜ」


 もう一人、やっと脚部周りの調整が完了した〝カルデ〟にステラノイドが地を蹴って、器用に無重力を浮かんで飛び込んでいく。あれもソラト……カイルとよく似ている。



「だがなカイル。お前ら戦闘なんてしたことねえだろ? デベルの操縦はできてもな。兵装の管理と戦術ができてねェと………」

「問題ありません。シオリン中尉からの戦術マニュアルは全て記憶しました」

「………ステラノイド第1世代特有の瞬間記憶能力か。スキャナーみたいに見たもの全部頭ン中に、高速で記録できるんだったか? んなもん実戦で応用できてねえと意味ねェんだよ。マニュアル通りに進む戦闘なんてありえねえ」

「ステラノイドは与えられた知識・情報の応用が可能です。製造時にインプットされた技術情報を状況に応じて………」



 分かった分かった! アルディが鬱陶しげに片手を振ると、無表情のカイルは踵を返して、1機の〝カルデ〟へと向かっていった。



何人かの整備員が怪訝な一瞥をカイルの背に投げかけながら、


「気味悪いっすねぇ………」

「見た目は同じ人間なのに………」


「おい。誰があいつらをあんな風にしたと思ってる? 俺たち人類だろうが。すき好んんで、奴らああなったんじゃねえんだよ」



 やや怒りを含んだアルディの言葉に「す、すいませんっ!」と整備員たちは一歩引き下がった。

 ったく………アルディは不躾な部下にぼやきながら、居並ぶ〝ジェイダム・カルデ〟を見上げた。


 と、



『整備長。直ちに〝ジェイダム・カルデ〟隊を出撃させてください』



 大型モニターの片端、ブリッジからの通信だ。

 いつものシェナリンではなく、映し出されているのはシオリン中尉の姿。



「アルディだ。それは艦長命令か?」

『いえ。状況を鑑み本部の権限を以てして私が命じます。今後の〈チェインブレイク作戦〉遂行のため、今本艦がダメージを負うことをは好ましくありません』



 まともに戦ったこともないようなステラノイドに、10機以上の〝アーマライト〟の相手をさせる気かよ。アルディは内心歯噛みしたが、この状況下、命令を遂行せざるを得ないことは承知している。



「了解した。すぐに出させる」

『頼みます』



 それだけ言うと、大型モニターの片隅からシオリン中尉の姿は消え去った。



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