第10話 遺伝子に刻まれた呪い
◇◇◇―――――◇◇◇
長テーブルや椅子が片付けられた大食堂に、ステラノイド計315人が集められた。
〝リベルター〟襲撃前までに生き残っていたステラノイドの数は441人。だが襲撃の混乱による、〈ドルジ〉傭兵の虐殺で100人以上が殺されてしまった。
生き残ったステラノイドは、これから月面、ニューコペルニクス市の〝リベルター〟本部で一時保護され、それぞれ社会復帰することになっている。
集まったステラノイドたちの前に立つのは月雲大尉。
ジェナとトモアキが遠巻きにそれを見守っていた。
「………てな訳で、NC(ニューコペルニクス)市に着いたら全員〝リベルター〟本部まで連れていく。基本的にはカウンセリングと社会一般教養の再教育の後、12歳以下は孤児院。それ以上の者には能力・希望に応じて仕事が与えられる。………悪いがこのご時世だ。結構キツめな仕事ばかりだが、給料と寝床、3食食事、休日は〝リベルター〟が保証する。ここまでで何か質問は?」
雑然とした第2世代に対して、第1世代は年不相応に、4列でピシッと整列している。まるでロボットだ。
と、先頭に立っていた第1世代ステラノイドが一歩進み出た。ソラト………じゃない、カイルだ。第1世代のまとめ役でもある。
「どうした、カイル?」
「月雲大尉。俺たちステラノイド第1世代207名は、〝リベルター〟に志願します!」
「断る。ガキを入れるほど人手に困ってるわけじゃねえんだよ。………他には無いな? じゃ、別命あるまで解散で」
じゃあな、と軽く片手をヒラヒラさせながら立ち去ろうとする月雲に……カイルと、それにソラト、数人のステラノイドが立ちはだかった。
「………おい」
「俺たち第1世代は過酷な環境に耐えられる身体と、全員デベルを操縦する能力を持っています。戦闘技術についても教えてもらえればすぐに習得します!」
「戦闘になれば死ぬのは人間です。でも俺たちステラノイドなら………」
「それ、本心で言ってんのか?」
はい! とカイルたちが力強く頷く。
月雲は、暗い目で彼らを見下ろして、
「遺伝子の刷り込みで言わされてる訳じゃないって、誓えるか?」
「い、遺伝子………?」
「お前らステラノイドは、人間のために生まれ、人間のために死ぬよう作られた生き物だ。お前らの心の底にある、本当の気持ちは………作られた段階で抑えつけられてるんだよ」
「で、でも俺たちは………!」
「お前ら、あの鉱山でいいように酷使されてる時、どう思った?」
ステラノイドたちは、困惑したように顔を見合わせた。
月雲は畳みかけるように、
「正直に答えろ」
最初に答えたのは、ソラトだ。
「………胸が、苦しくて、早く終わればいいっていつも思ってて………でも仲間のためになりたくて………」
「典型的なステラノイドだな。ストレス抑制、過度な集団帰属意識、自己犠牲本能………全部製造時に遺伝子に設定されたプログラムなんだよ。
〝リベルター〟はな、地球統合政府からの宇宙植民都市独立のために戦う、軍隊だ。血と泥にまみれて、休みはほとんどない。物資が滞れば、何日も食えない状態で戦い続ける羽目になる。………お前らが死ぬほど嫌いだった、あの鉱山と環境はほとんど変わらないんだよ」
「なら! 俺たちが犠牲になった方が………!」
「バカ野郎!!」
怒鳴りつけられて、ソラトたちは驚き、一歩後ずさってしまった。
両拳をきつく握りしめた月雲が、ズカズカと彼らに迫る。
そして、ソラトの胸倉をぐい! と掴み上げた。
「ステラノイドの方が人間より価値が低いとか、ステラノイドが犠牲になった方がマシだとかな………二度と言うんじゃねえ」
「う………ぐ………!」
「分かったな。返事しろ!」
「俺たちは………俺たちは………!」
分かってる。
もしこのまま絞め殺されるとしても、ステラノイドは「分かった」の一言すら、言おうとしないだろう。
それはステラノイドにとって絶対的な価値観。いわば「呪い」なのだから。
「月雲大尉っ!」
「ち………」
見かねたトモアキが駆け寄り、月雲は舌打ちしてソラトを放り出した。
床に崩れ落ちたソラトを、慌ててカイルたちが抱き起こす。
だがそれを一瞥することなく、月雲は厳しい表情のまま、早足にその場を立ち去った。途中からジェナやトモアキもそれに続く。
ざわつきだす第2世代たち。だが対照的にピクリとも動かず、月雲が立ち去るまで第1世代たちは整列し続けた。
◇◇◇―――――◇◇◇
〈マーレ・アングイス〉の第2格納庫は、延べ10機のデベルを格納できる。
並んでいるのは〝リベルター〟現主力戦闘用デベル、LAD-16〝ラメギノ〟だ。低コストで安定した性能、優れた整備性を誇り、資金力にまだ現在ほど余裕の無かった初期リベルターにおいて大量生産・大量配備を可能とした。だが現在、より発展した〝シルベスター〟への機種転換が急ピッチで進められている。
その次に並ぶのは、〈GG-003〉で接収した〝マイン・カルデ〟。
それが5機、自動制御の作業用アームによって次々と「装備」が取り付けられていく。高機動化キットやAPFF発生装置の追加、新世代ニューソロン炉への換装、さらには老朽化した各種部品も次々と取り払われ、〝ラメギノ〟の補修用装備を一部改造したものが取り付けられていく。
「………〝ジェイダム・カルデ〟ねぇ」
その光景を見守りながら整備長のアルディ・アスナックはポリポリと後頭部を掻いた。今年60になる初老の男だが、まだまだ現役を退く気は無い。かつて、この作業用デベルを製造していた地球の会社に勤めていた経験もあり、アルディにとってそれなりに見慣れたフォルムだった。
コイツを戦闘用に作り替えるとは思ってもみなかったが………
「てか、よくこの短期間で改修設計図を作れたな、シオリン中尉さんよ」
「民間業者で未だ運用され、ステラノイド達が主に搭乗する〝カルデ〟を戦闘用に改修する案自体は、かなり以前から月本部でも検討されてきました。ステラノイド兵をリベルターで運用する計画も。私は本部から派遣された特務参謀ですので、本部の意向の下独自の指揮系統を構築する権限を有しています。なるべく早期に、全ての〝マイン・カルデ〟を〝ジェイダム・カルデ〟に改装して下さい」
「………ジェイダムってのは、旧時代の誘導爆弾の名前じゃなかったか?」
「〝マイン・カルデ〟の〈マイン〉自体、地雷を意味しています。爆弾のような重厚な見た目と、ステラノイド共々所詮は消耗品であるという侮蔑の意味が込められているようですが」
「なら俺たちが〝ジェイダム〟って名付けるのも、結構な悪趣味になるんじゃねえのかねぇ」
「本部の意向ですから」
それだけ言うと、シオリンは踵を返し、格納庫から立ち去る。
その後ろ姿を横目で見守りながら、
「ま………綺麗事で戦争はできねぇってことか。ステラノイドはデベル乗りとして一流だろうし。ただな、シオリン中尉よぉ………」
その「綺麗事」ってのが蔑ろにされてきた結果が今の人類の惨状なんじゃねえのか? 内心でそう問いかけてやったが、当然立ち去った後のシオリンが答える訳もなかった。
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