第9話 宇宙を巡る現状


◇◇◇―――――◇◇◇


「よく来てくれた。私はベリック・オリアス大佐。〝リベルター〟所属艦、〈マーレ・アングイス〉の艦長を務めている」


 差し出される大きな手。連れてこられたレインはおずおずと、その手を握り返した。

 艦長室と呼ばれるここは、かなり大きな部屋。だが、机と機能性を重視したような椅子、収納棚以外にはほとんど調度品らしい物も置かれておらず、艦長という地位に比して質素なイメージを感じさせた。



 数秒の沈黙。レインはすぐに、自己紹介を求められていることを理解し、思わず一瞬真っ白になってしまった頭を大慌てで呼び覚まして、



「えっと、レイン・アークレアです。ニューコペルニクス・アカデミーに留学予定で………」

「失礼ながら君のことは前もって調べさせてもらったよ。優れたデベルアスロン選手らしいね。私も旧アメリカの生まれでね。君は祖国の誇りだよ」

「そ、そんな大げさです………」



 思わずレインは顔を赤らめ、俯いてしまった。

 オリアス艦長はフフ、と笑いかけながら、かけたまえ、とレインに近くのソファを勧めた。

 恐る恐る、やや硬いそれに腰を下ろすと、その反対側のソファにオリアスも座る。



「何か飲み物はどうかね?」

「い、いえ別に………」

「そこまで緊張しなくてもいい。君に危害を加えるつもりはない。………ただ〝リベルター〟の活動目的上、君にはしばらく私たちの監視下で生活してもらうことになるだろう。もちろん、本来送るはずだった生活に沿うよう、最大限こちらも努力することを約束する」


「ありがとうございます………。あ、あのオリアス艦長?」



 ん? とオリアスが真っすぐレインを見る。

 レインは、少し躊躇ったが、意を決したように先を続けた。



「私、宇宙に上がったばかりで社会情勢とかよく分からなくて………〝ステラノイド〟って何なのでしょうか? ソラトたちの話を聞く限り、まるで奴隷みたいで………」


「………そうだな。彼らの存在は、ある意味で旧時代の奴隷制度そのもの。いや、それよりもさらに悪質なものだ。地球の、統合政府の下で生活していれば、彼らの存在について知る機会は無いだろう」



 オリアスはふと立ち上がると、艦長室側面にある大型モニターを起動し、一つのデータを呼び出した。

 映し出されたのは……カプセルの中で浮かび、眠るように目を閉じている、ソラトと似たような面立ちの少年たち。



「これ………!」

「かつて人類の宇宙進出に多大な貢献を残した〝77人の宇宙飛行士〟。その遺伝子をベースに改良を繰り返し、人類には過酷な環境で労働させることを目的としたクローンユニット。遺伝子に『人間の役に立つこと』『自分を犠牲にすること』という刷り込みを施された、生まれながらの奴隷。それが彼らステラノイドだ。さらに、宇宙移住者の孤児なども人身売買業者を通じて彼らと同じ境遇に送られることも多く………少なくとも100万人以上のステラノイドが存在すると言われている。


 彼らは安価で製造・売買される消耗品で、民間業者によって過酷な環境で働かされるか、統合政府軍の標的機パイロットとして、水面下で消費される。毎年どれだけのステラノイドが虐殺されているかは………想像もできん」


「そんな………そんな酷いこと………」



 嘘だ。だなんてもう言えない。

 実際にレインは見てきたのだ。男たちによって殺された、ソラトと同じタイプのステラノイド。

 それに、彼らが虐殺される現場。

 彼ら自身にも触れて………



「………人類が〝進出歴〟を定めて間もなく200年。その繁栄はある意味、彼らステラノイドの犠牲によって成り立ってきた側面が大きい。最小限の食料や装備の支給だけで賃金を支払う必要が無く、製造・調達コストは極めて安い。遺伝子上の刷り込みによって、人間の為なら苦痛や死すら厭わない。

危険な宙域において彼らを大量動員することによって我々は莫大な宇宙資源を獲得。太陽系の半分へ飛躍するに至ったのだ。………彼らの死屍累々の上にな」



 思わず吐き気がしてレインは口元を押さえた。

 人類が宇宙に進出して198年。地球での人々の生活は飛躍的に進歩したと言われる。

 貧困は撲滅され、教育・社会福祉は隅々にまで行き届き、昔より安価に物とサービスを購入できる。

 レインもそうやって、彼らの犠牲の上に豊かな生活を享受してきた人間の一人。その事実が改めて、レインの心を抉り取る………


 ソラトたちは知らなかった。スプーンの使い方も、シチューの食べ方。それ自体すら。

 栄養バーと水以外の食事があることすら、まともに知らなかった。


 彼らはただ人類に使い潰されるためだけに、何も教えられずに………



「………ってます」

「レイン君………」

「ま、間違ってますそんな事! 死ぬまで酷い環境で働くために生み出されて、死んで………! 誰にも知られないで! 何で、何でそんな………!」


「そうだレイン君。ステラノイドの酷使は人類が築き上げてきた常識と良心から大きく逸脱した行為だ。科学の誤った使い方の一つで、非人道性の極み。………彼らの救済は、我等〝リベルター〟の活動目的の一つだ」



 ハッ、とレインは顔を上げた。モニターの前に立つオリアスは力強く頷いた。



「このような戦闘力を整える以前から、〝リベルター〟はステラノイドの製造・使用に反対し、実際に彼らの一部を助け出し、地球統合政府に規制を求めてきた。………だがステラノイドによる安価な資源調達方法のうま味を知ってしまった政治家たちはそれに反発し………私たちの活動すら妨害し、UGF艦隊すら派遣して、一度は助け出したステラノイドを奪い、また元の過酷な環境に連れ戻そうとすら………!」


「………!」


「そして、地球統合政府の暴政の犠牲者は、彼らステラノイドだけではない」



 これも見たまえ。と、オリアスはモニター横の端末を再度操作する。

 次に映し出されたのは数枚の写真。


 デモ行進する無数の市民。

 今にも崩れそうなボロボロの家屋。そこに暮らす人たち。

 痩せこけた子供たち………



「人類は宇宙空間において大きく3つの場所に居住している。月面都市、火星都市、そしてスペースコロニー。進出歴制定後、宇宙を新たな住まいと定めた、彼ら宇宙居住者たちの3割が………現在、旧時代の貧困国並みの生活を強いられている」


「な、何でです? 宇宙には莫大な資源があるって………」


「そうだ。現に月面ではヘリウム3α、火星やコロニーでは金属資源が毎年、莫大な量を産出している。………だがそれらによって生み出される利益のほとんどは、地球統合政府や地球系企業に吸い上げられているのが現状だ。社会的・民族的後ろ盾のない宇宙居住者から安い賃金で長時間労働を強いられ、反抗すれば………UGFに潰される。これらの映像は、おそらく地球では見ることはできないだろう」



 次に表示されたのは………一列に並ばされ、次々処刑されていくスーツ姿の人たち。

 デモ隊に発砲する軍隊。戦闘用デベルまで。



 破壊されたみすぼらしい街。

 呆然と佇む女性。



「酷い………!」

「地球統合政府による支配は、旧時代の植民地統治そのものだ。だがそんな状況下でも富を蓄え、新興富裕層に達することができた者もいる。………〝リベルター〟はそうした人々が金・人・資源を集めるによって成立したのだ」



 これが、リベルターのマーク。

 青地に、三角形を重ね合わせたような奇妙な紋様。



「青は宇宙居住者にとって自由を表す色。この記号は………リベルターの活動目的である『独立』『秩序』『正義の執行』を表している。


………さて、彼らのことや情勢の説明は以上にしよう。そろそろ、君の身の振り方について話そうじゃないか」



 私は………レインはすぐに言葉を紡ぐことができない。

 少なくとも、もう何も知らない地球人の学生ではあり得ない。おそらく、地球市民として知ってはいけないことすら、レインは知ってしまった。



「私は、これから………」


「すまない。意思決定の前に君を取り巻く状況について簡単に説明させてもらう。まず君は、しばらく〝リベルター〟の〈GG-003〉襲撃における、………不幸な犠牲者として記録される必要がある。そして君自身は、名前と個人IDを変えなければ」




 え………? 事情が飲み込めないレインに、オリアスはゆっくりと、丁寧に説明して見せた。







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