第2章 リベルター
第7話 船出
「艦長。全ステラノイドの収容、完了しました」
「よし。本艦は直ちに発進。月面、ニューコペルニクス市に向かう」
「………ニューコペルニクス、ですか?」
うむ。と、メインスクリーン側面に移る資源小惑星の姿を見下ろしつつ、艦長席のオリアスは、報告してきたオペレーター…シェナリンに頷いた。
現在、〈マーレ・アングイス〉は〈GG-003〉の宇宙港に接岸している。ようやく400人以上のステラノイドと、破壊した敵デベルの価値のある残骸、それに搬出前のアルキナイト鉱石を満載して、今は出港準備完了を待つばかり。
「前の宙域でそれなりに物資を消耗したからな。物資の補充とクルーの交代、それとステラノイドを月本部で保護する」
「でしたら補給艦を送ってもらった方が………」
「新市長シアベル女史のたっての希望らしい。月本部も了承済みだ。………彼女の新市長就任、直に祝ってやりたいしな」
そうですか、とシェナリンはそれ以上追求しなかった。
ところで、とオリアスは今度は逆に問い返す。
「ここの鉱山企業……〈ドルジ・メタル〉社の社員たちは捕捉できたか?」
「傭兵は半数が戦死しましたが、残り半数は確保。社員はほぼ全員確保。鉱山総監督と思しき人物も、シャトルで脱出した所をジェナ中尉が捕らえ、現在全員スリープカプセル内に拘束しています」
「ステラノイドの製造、それに酷使は重大な人倫への犯罪だ。シアベル女史は、専門の国際刑事裁判所を月面市内に置くと息巻いてるしな。出るところにでて、しっかり罪を償ってもらおうじゃないか」
おそらく、宇宙における人類社会の最高刑である〝スリープカプセル刑〟を課せられるのは間違いない。ステラノイドに対する人道上の重罪を犯した〈ドルジ〉の社員らは、今拘束しているスリープカプセルに入れられたまま、肉体の老化スピードはそのままで収容所に安置される。そして眠った状態のまま、やがて老化による身体の壊死によって永遠の眠りへ誘われるのだ。
。
最も手間がかからず、そして最も人道的と言われ、死刑を廃したこの時代においてスリープカプセル刑は最高刑罰と位置付けられていた。
と、その時、今度は操舵席から報告が入る。
「艦長。出港準備完了しました」
「うむ。では、UGFの追手が来る前に退散するとしよう………発進!」
リベルターが誇る、全長501メートルの巨体を誇るマーレ級多用途強襲航宙母艦。
その推進に不可欠な2基のDDVR-X707高エネルギーイオン推進エンジンに火が灯され、ゆっくりと前進を開始する。
この緊張感が心地よく感じられて、初めて宇宙船乗りは一人前と言えるだろう。
「全推進システム、異常なし」
「各部署、発進後ファーストチェック開始。典型フェイズ35まで逐次データアップせよ」
「全球警戒システム、敵性反応なし」
各部門からの手際のよい報告。
操舵・航法士官を務めるは、グナ・リアナン中尉。ラテン系の快活な面持ちの男で、リベルターに入隊する以前には月―火星間航路の貨物船パイロットを務めていた、宇宙船を操ることにかけてはベテラン、プロフェッショナルだ。
兵装管理士官のギルバート・ドモレック中尉は、オリアス同様元UGF士官だったが、頑なに宇宙居住者たちを武力で押さえつけようとする地球統合政府のやり方に反発を覚え、リベルターに身を寄せた。UGF時代にはさぞ疎まれただろう、優れた士官だ。
他、シェナリンやシオリン中尉によって、ブリッジは制御されいている。
最初に月面軌道造船所から出航した時と同様、順調な船出だ。
既にこの鉱山から統合政府、ひいてはUGFへ通報が行っているだろうが、彼らの艦隊が殺到する頃には〈マーレ・アングイス〉は遥か彼方だ。
「………さて」
「艦長、どちらへ?」
「少し、ステラノイドたちの様子でも見にいかねばな。月雲たちに任せておけばまあ間違いはないだろうが。………イルディス副長、後は任せた」
はっ! と控えていた浅黒い肌の士官が敬礼して応え、立ち上がり、ブリッジから離れたオリアスに代わって艦長席へと座った。
◇◇◇―――――◇◇◇
この、大きな船に来て、全部変わった。
「よっしゃお前ら! 脱げ!」
月雲、と名乗った人間の男は、やけに勢いよくそう言い放つと……まず先頭にいたソラトの腕を強引に掴んだ。
そして有無を言わさず、ソラトはそれまで身に着けていた空間作業服を剥ぎ取られて下着だけになり、同じ目に遭わされた何人かごとに変な部屋に入れられた。
そして、頭から温かい水を浴びせられて、「次はこれで身体キレイにしろよ!」って言われて、変な泡立つ何かを体中に塗り付けて、髪にもつけて、またそれを温かい水で洗い流す。
これだけの大量の水を見るのは生まれて初めてだった。
「っし! 多少はさっぱりしただろ! しっかりタオルで水分を取ってから、これに着替えろよ」
人数分与えられた、真新しい空間作業服。前着ていたのが、ほとんどくすんだ灰色でボロボロのものだったのに対して、こっちは新品で真っ白。
「すげ……新品だ!」
「ホントに……俺たちが着ていいのか?」
「おうよ! 大事に使えよ! あと下着も新しいのに着替えろよ」
下着から何から、身に着けるものが全部新しくなった。
ボロボロで汚かった、鉱山でのステラノイドの姿はもうほとんど残ってない。
第2世代たちは、体が清潔になったことや真新しい空間作業服にはしゃいでいるようだったが、ソラトら第1世代は………あまりの環境の変化に困惑して顔を見合わせていた。
着替えが終わったら次は………
「いよっし! 次はメシだメシ! 腹いっぱい食った奴から今日は寝ちまえ!」
清潔で新しい空間作業服をもらったから、次は腐ってない栄養バー………かと思っていたのだが、
並んだステラノイドたちのトレーに次々乗せられたのは、柔らかそうな液体の中に、栄養バーとは違う見たことも無い固形物が浮かんだ………始めて見る食べ物。
「〝クリームシチュー〟っていうのよ。おかわりが欲しかったら、たくさんあるから言ってね」
ここでも反応が、第2世代と第1世代で分かれる。人間の孤児たちからなる第2世代たちは、勢いよく競うように食べながら、中には泣きながら食べる者もいるのに、ソラトら第1世代は………
「これが人間の食い物………?」
「どうやって食うんだ? 手で取っても………っつ!?」
ドロドロした液体に触れようとしたステラノイド……クレイオ型のトーラムが驚いて手を引っ込めた。
「こ、こいつすごい熱い! 絶対食い物じゃないぞ!」
「でも第2世代は食ってるし………」
「………俺たち第1世代に食えるようにはできてないんじゃないのか?」
それなりに腹は減ってても、どうやって食べたらいいのか。そもそもどうやって口に入れたらいいのか分からないソラトたち。
「だ、誰か第2世代呼んできてこいつの食い方………」
「………皆、何してるの?」
きょとん、とした表情で、少女…レインが近づいてきた。
◇◇◇―――――◇◇◇
「皆……何してるの?」
そう言いながら、レインは思わずキョトンとした表情を隠せなかった。
テーブルにお行儀よくついている〝第1世代〟と呼ばれるステラノイドたち。
テーブルの上には人数分、大盛りのシチューが並んでいるが………誰一人として口をつけようとしない。クローンである彼らは似通った仕草で、困惑した様子で手元にあるシチューの盛られた皿を見下ろしている。
「好き嫌いはあるかもだけど、食べないと元気出ないよ」
「で、でも。これどうやって食べるんだ?」
「そこのスプーンを使えばいいじゃない」
こう、か? とソラト……と思しきステラノイドが一緒に持ってきた食器を、………なぜかスプーンの先の方を握って柄の部分からジャガイモを突っつこうと………
「ち、違うってソラト! そうじゃなくて柄の部分を持って………」
「あ、俺カイル」
「俺がソラト」
「………とにかく、まずスプーンの柄の部分をこう持って………」
「こうか?」
「違う違う! 普通に握るんじゃなくてこう………添えるみたいに」
「添える?」
いちいち問い返してくるステラノイド相手に、レインは何とか試行錯誤させながら正しくスプーンを持たせ、ソラトにスープとジャガイモをスプーンの上に乗せて持ち上げさせることに成功する。
「それを、口に運んで」
「…………はく………」
不器用な手つきでソラトは、スープがしっかり染み込んだジャガイモとクリームスープを口に入れる。
第1世代の誰もが不安げな表情でそれを見守っていた。
「ど、どうだソラト………」
「俺たちが食っても大丈夫そうか?」
「………ん、食える」
口の中で溶ける、とソラトは先ほどよりは慣れた手つきで、二口目をすくい始めた。
第1世代が座って10分後になってようやく、全員が最初の一口にたどり着くことができた。
「………どう?」
「何か………分からないけど、もっと食べたいって気持ちになる」
「それは、〝おいしい〟って言うのよ」
おいしい………とソラトたちはキョトンとした表情を見せた。
「もっと食べたいって気持ちになったら、〝おいしい〟………?」
「そうそう! ………って、皆今までどんなの食べてたのよ」
コレ、と明るい髪色のステラノイドがレインに手渡してきたのは、ごく普通の栄養バー。
「これが俺たちステラノイドの食事。それと水」
「それしか食ったこと、無かった」
「これを………今までずっと、毎日……?」
「うん。第1世代ステラノイドは、3日に1本食えればいい方。頑張れば1週間に1本でも大丈夫」
そんな………ようやく人並みに食事し始めたステラノイド達を見て、レインは内心惨憺たる気分になった。
食事の仕方も知らなくて、それにまともな食事を、今まで満足に食べたことがないなんて………
「………レイン」
「どしたの?」
「………俺、もう大丈夫だから」
そう言ってスーッと差し出されるソラトのシチューは………全然減ってなかった。
それを見たレインは、
「………ソラト」
「ん?」
「全部食え」
「でも俺、別に栄養バーだけでも………」
「残さず食え」
笑顔にも関わらず地の底から這い出たようなレインの暗い声音に、ソラトたちは思わずビクッと震えてしまった。
「わ、分かった………全部食う」
「よろしい! さ、皆も残さず食べてね………見てるから」
◇◇◇―――――◇◇◇
大型倉庫を改造した大食堂で、ぎこちなく食事を続ける第1世代ステラノイドたち。
観察室越しに、オリアスと月雲、それにシオリン中尉がその様子を見下ろしていた。
「………ステラノイドたちは、まともな食事の仕方も知らんのか?」
「艦長。〝77人の宇宙飛行士〟の遺伝子データから製造された第1世代たちは、遺伝子強化による身体・知的機能が強化され、技術的な素養も遺伝子レベルで刷り込まれることによってほとんど学習することなく高度な作業を行うことができると言われています。ですがその反面、人類社会と接触することがほとんどありませんので………私たちがごく当然に行っている社会生活を知らない場合がほとんどです。食事の仕方はもとより………」
「ま、元の頭がいいならすぐに適応できるでしょうよ」
月雲に話を遮られたシオリンは、怪訝な表情を彼に向ける。が、当の月雲はどこ吹く風だ。
見れば、もうスプーンの使い方で戸惑っているステラノイドはいない。もう全部食べ切った者もいるぐらいだ。
「彼ら第1世代も、本部で保護を?」
「当然だ。戦闘用ではないし、戦闘用であっても……人類の下らないもめ事に付き合わせる訳にはいくまい」
「ですが第1世代はUGFや民間軍事企業の訓練標的機パイロットも務めていた前例が………」
「おいおい。肉壁にでもする気かよ」
「そうは言っていません! 現状、数的不利にある我らリベルターにステラノイドの戦力が加われば………」
「バカ言うな。あいつら、ショットガンの使い方すらまともに知らないんだぜ。デベルを操らせれば一級品だろうが、兵装士官にするにゃ………」
「ステラノイドは、元の頭はいいとおっしゃいましたよね!?」
やめないか。オリアスが低く窘めると、「は………」とシオリンは沈黙した。
「ステラノイドが我々の戦いに加わるか否かは、彼ら自身に決めさせる。まずは我らリベルターの保護下に置いて、人間としての尊厳と常識を回復させる。彼らが未来を選択するのは、その後だ」
「………そもそも彼らステラノイドを〝人間〟と扱うこと自体無理があるのでは? 彼らはそもそも人類の過酷な労働を代替する目的で………」
「………何オバカピーなこと言ってんだお前。その考え方がアホすぎるってんで俺たちが命かけてあいつらを救い出したんじゃねえか。そんなんでよくリベルターの士官になれたな」
月雲の辛辣な言葉に「な、何を………」とシオリンは言い返そうとしたが、
「いい加減にしないか。私、ひいては〝リベルター〟の最終決定は変わらん。現時点において彼らステラノイドを戦力として合流させる意図は我々にはない。………それより、ステラノイドたちの世話をしているあの少女、………確か」
「レイン・アークレアです、艦長。身元照会してみましたが、地球、USNaSA(アスナーサ、南北アメリカ合衆国)出身の………」
「中尉、後で簡単なプロフィールにして私の執務室まで頼む。………ついでに彼女も連れて来てくれないか? 一度話をしておかなければ。これからのことについて」
観察室から立ち去る寸前、オリアスは再度、眼下の光景を見下ろす。
口元にシチューがついたままのステラノイドの少年に、レインはハンカチでその汚れを拭っていやっている所だった。
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