第6話 決着


◇◇◇―――――◇◇◇


〝マイン・カルデ〟の一撃。

 だがそれは………青色のエネルギー力場に弾かれてしまう。



「く………ダメか!」



 素早くソラトはブースター全開で後退。さらにライフルの追撃を回避した。



「く………」


 APFF。それは戦闘用デベルには当然取り付けられている、対実弾フォースフィールド。

 これがある限り、物理的な攻撃は戦闘用デベルに通用しない。これを撃破するためには、ビーム兵器を使ってAPFFを弱めてから実弾を撃ち込むのが最も合理的とされる。


 だが〝マイン・カルデ〟には………



「ソラト! この機体にビーム兵器は!?」

「無い!」



 反乱防止のため、ビームの類は一切装備されなかった。

 だからこそ、遺伝子操作されていない人間のパイロットでも、ステラノイドを圧倒することができる。

 勝ち目は、無い………!



「とにかく皆がシェルターに行くまで!」

『死ねよクズガキがァッ!!』


 割り込んでくる通信。「く……!」と歯噛みしながら、ソラトは迫る〝ラーシャン〟のハンドアックスをピケックスで弾いた。



「近接戦で………!」

『APFFがある限りお前に勝ち目はねェんだよォッ!!』



 次々に繰り出される斬撃を弾き返しながら………サブモニターに次々表示される駆動部の異常報告。

 パワーで押し負け、次の瞬間にはブーストピケックスを蹴り飛ばされてしまう。



「無理させすぎたか……!」

『死ねえええェェェェェェッ!!!!』



 振り上げられる〝ラーシャン〟のハンドアックス。



「く……!」


【警告:脚部スラスター オーバーヒート】

【緊急冷却処理中】

【出力46パーセントに低下】


 後退が間に合わない!

 せめてコックピットの被害を最小限に………

 レインだけでも………!



 だがその時、拡散した無数のビームが〝ラーシャン〟全身を包み込み………そしてその巨体を明後日の方角へと吹き飛ばした。



『んがァッ!?』


「!?」



 上から!?

 ソラトが見上げるとそこには………青い見慣れないデベルがホバリングしていた。



『無事か!? そこのデベルパイロット』



 通信。見慣れない機体からだ。



「ああ………」

『さすがステラノイドだ。アメイジングな戦い方しやがるぜ』

「あんたは………?」



 だがその時、転がっていた〝ラーシャン〟がむくり、と起き上がった。



『な、なな………めた真似をおおおおおおおォォォォォッ!!!!』



「く……!」



 オーバーヒートから回復したブースターを再度展開して回避。

 だがまだ〝ラーシャン〟のAPFFは破れきっていない。



『死ッねええええええェェェェェ!!!』

『させるか! こいつを使いなッ!』



 こちらに向かって青い機体から投げられたのは、ライフルにしては銃身の短い………



「これは!?」

『このショットガンならAPFFを吹き飛ばせる、できるか!?』



 投げられたデベル用銃火器を受け取り、〝マイン・カルデ〟は翻りながら銃口を〝ラーシャン〟に向けた。


 撃つだけならできる。

 だがこの〝マイン・カルデ〟には火器管制装置の類は積まれていない。あくまで鉱山作業用の機体だからだ。



 まず距離を取る。だが〝ラーシャン〟はそれを上回る出力で迫ってくる。



『逃がさねえええええェェェェ!!』



銃口を〝ラーシャン〟に向けて一発放つ。拡散されたビームは………一部が〝ラーシャン〟の腕部を薙いだに過ぎず、APFFへの致命傷には至らない。

 それに………



「2発目が………」

『バカ! スライドを引くんだよ!』

「スライド………?」



 ライフルならともかく、この手の武器の事は知らない………。

 そもそも火器自体、ステラノイドには与えられていなかった。



『終わりだなアアアアアァァァァァァ!!!!』



 再びハンドアックスを振り上げた〝ラーシャン〟が迫る。

 回避は………



 だが次の瞬間………〝カルデ〟の手が一人でに動き、銃身の下部にある部品を引いて薬莢を排出し、二発目を撃った。



『どぐあッ!?』



 またしても吹き飛ばされる〝ラーシャン〟。至近距離の直撃で、APFFがほとんど消滅しかかっている。



「今のは………」

「ソラトッ! 動き続けて! 火器制御は私がする!」



 レインが後ろのスペースにある制御端末を起動し、目にも止まらない速さでコマンドを撃ち込んでいた。














◇◇◇―――――◇◇◇


「レイン………今のは………?」


 呆然とした表情のソラトに、後席の名残である端末を再起動していたレインはニッと笑いかけた。



「私、デベルのことなら少しは心得があるの」



 レイン・アークレア。

 スペリオルセカンドベイ出身。

 月のニューコペルニクス・アカデミーへの留学生。

 月に留学する理由は………地球・デベルアスロン世界大会で今度こそスジャワコーナに勝って、金メダルを手にするため。人類最先端を行く月面都市のデベル開発の場に足を踏み入れるためだ。



 人型開発機械〝デベル〟は、地球では軍用・作業用の他にもスポーツとしても人気を博しつつあった。特に全高17メートル以上の人型機械による重力/無重力下レースと格闘、射撃による総合得点を競う〝デベル・アスロン〟への熱狂は、もはや留まるところを知らず、10年前にはオリンピックの正式種目にも選ばれたほど。


 巨大機械による徒手空拳や近接武器を使った格闘技や射撃術は、平和な地球にとっては数少ないリアルな刺激になる。だからこそレインもこの世界へ足を踏み入れた。



 今、自分には〝本物〟の戦争をしているソラトを助ける力がある。

 ソラトは私のために、持てる力を振り絞って戦っている。

 だから私も、持っているその力を、今使わないと………。



「ソラトは操縦に集中して! 後ろからショットガンを制御するッ!!」

「わ、分かった!」



 回復した〝ラーシャン〟がなおも迫る。

 通信越しに聞こえる怒声は、もはや何の意味もなしていない。



「当てるッ!」



 なにせ的の方からこっちに来てくれるんだから。

 レインが端末上に設定した【兵装発射】ボタンを押し込んだ瞬間。ショットガンの銃口から拡散ビームが発射。〝ラーシャン〟は回避機動に移るが……



「回避プログラムなんて!」



 移動する的と同じ! 素早く銃口を右へ、左へ動かして敵の回避パターンを予測して次々拡散ビームを命中させる。

 敵パイロットからの絶叫が目障りで、こちらからの制御で音量を少し下げた。


 そして次の一撃で、〝ラーシャン〟のAPFFは完全に消し飛んだ

 だが敵機の勢いは止まらない。



『ンンンンンンオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!』



 こいつ………狂ってる!

 すかさずスライドを引いて排莢。次弾装填………間に合わない!



 だがその時、端末上に【System disconnected】の表示が。



「ソラト!」

「フィールドが無いならッ!!」



 両腕の制御を戻したソラトは、思い切り〝マイン・カルデ〟の拳を引く。

 そして全ブースターフルパワーで〝ラーシャン〟に急迫し………



「うおおおおおおおおおおおァァッ!!!」



〝マイン・カルデ〟の持てる全質量エネルギーを込めた拳の一撃が〝ラーシャン〟の胸部コックピットをぶち抜き、そしてそのボディを突き上げた。


 ふわり、と胸を穿つアッパーカットによって浮き上がり、吹っ飛ばされる〝ラーシャン〟。


 既に物理的に潰された敵パイロットが姿勢を回復するわけもなく………その巨躯は次の瞬間、硬い大地に叩きつけられた。















◇◇◇―――――◇◇◇


「やるじゃねえか」



 胸部コックピットを破壊され、ピクリとも動かない〝ミンチェ・ラーシャン〟の姿をサブモニター越しに一瞥し、月雲は心の中で作業用デベルのパイロットに賛辞を贈った。



 なかなかアメイジングな戦いぶりだったぜ。

 ま……〝本日のアメイジング・パイロット〟はトモアキで決まりだけどな。初陣で共通戦果含め3機の撃墜。こいつは鍛えぬけば最高のパイロットになれる。戦争で腕を振るわせるのが勿体なくなるぐらいに………



 もちろん、この戦いの間傍観していた訳ではない。できることなら作業用デベルのパイロットを危険に晒さずに、自分の手であのキチガイを葬りたかった。

 だがそれよりも………



「………ったく、これで21機か? 中隊規模じゃねえか」



 資源小惑星内部の地面に足を付けた月雲の〈シルベスター〉。

 その足下に転がっているのは、3機の〝シビル・カービン〟。両腕両足を潰され、ほとんど胸から上だけの状態だ。ハンドアックス1本にしては、ジェナにも引けを取らない、なかなかアメイジングな戦いができたぜ。



「よおガキ共! 無事か!?」



 外部通信でそう声をかけてやると、おずおず……と何人かの少年たち、ステラノイドが顔を覗かせる。この〝シビル・カービン〟共は逃げるステラノイドに向かって発砲しようとしていたのだ。こっちは、一発撃たせる前に気付いて止められてよかったぜ。



「お前らを助けに来た! もうこんなキチガイ共の下で働かなくてもいい。………誰か代表者を出してくれ!」



 ステラノイドたちの混乱が手に取るように分かった。無理もない。

 これまで助けてきたステラノイドも似たような反応だった。

 だが数分後には、次々姿を見せたステラノイドの中から、一人の少年が進み出る。



「………名前は?」

『カイル』

「いい名だ。もうすぐ俺たちの母艦がこっちに来る。身支度しな」

『俺たち〝第1世代〟はいい。せめて第2世代だけでも全員ここから………』

「余計な心配だぜ。ここには2000人以上のステラノイドが働かされてるのは知ってんだ。ばっちり全員乗れる、バカでかい船だぜ」


『………今日までに生き残っているのは、441人だ』



 くそ………月雲は内心歯噛みした。

 もっとグロテスクな状況に出くわしたこともあるが………ここの傭兵、社員連中。全員ただじゃおかねえ。

 もっと早く〝リベルター〟が戦力を整えていれば。



「全員、助けてやる。支度しな」



 と、その時、『隊長!』と………本日のアメイジング・パイロット、トモアキからの通信が飛び込んできた。



「首尾はどうだ、トモアキ?」

『小惑星内のニューソロン炉の安全、確保しました! 現在、ここから発進したシャトルをジェナ中尉が追跡中です!』


「そうか………。〈マーレ・アングイス〉に連絡だ。〈GG-003〉を制圧したと連絡して呼び寄せろ」


『了解!』



 小惑星外でクリアな通信を確保するため、トモアキの〈シルベスター〉が離れていく。

 さてと、



「………おい少年! 無事だよな!?」


『ああ………』



 そっけない声。〝本日のアメイジング・パイロット〟になり損ねた作業用デベルのパイロットだ。倒れ伏した〝ラーシャン〟の前で停止し、動いていない。



「お前も、さっさと機体を戻して旅支度しな」


『俺はいい。それより彼女を安全な………』


「だ・か・ら! 全員が乗れるデカい船だって言ってるだろが!!」



 くそ………どこの似非科学者か知らないが〝77人の宇宙飛行士〟のクローンをこんな自己犠牲の塊にしやがって。

 じいちゃん家の壊れた(壊した)アンティーク時計の方がもう少しワガママだぜ。



 と………サブモニターの一つが、赤茶けた一角を映し出す。

 それは………



「………悪かったな。アメイジングな俺だって全知全能万能じゃないんだ。もう少しマシな世の中にしてやるから、そう恨んでくれるなよ」



 助けられた命とそうでない命。

〝そうでない命〟に、月雲は独り言のようにそう声をかけた。届いてないだろうが。


 次の月雲の仕事は、助けられた命を………未来に繋ぐことだ。


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