第5話 マイン・カルデ


◇◇◇―――――◇◇◇


 ゴォン……! という低い轟音と足下を取られそうな地響き。



「な、なに………?」

「事故か? でもこんな揺れ………」



 倒れ込みそうなレインを、ソラトはすかさず支えた。

 またどこかの坑道が落盤したのか? でも、これだけの衝撃は………今まで経験が無い。

 それに地響きは………エアロックのある方角から聞こえてきた、ような気がする。



「とにかく格納庫に。監視員もいないし」

「う、うん………」



 なぜか、点々と配置されているはずの監視員が、今回に限ってほとんど姿が見えなかった。

 そのおかげで難なく格納庫前まで来れたが………



「………おい、アルザ。いないのか?」

「ソラトか!?」



 薄暗い格納庫には〝マイン・カルデ〟が計6機、左右に3機ずつ並んでいる。

 人影のない格納庫でソラトが声を上げた瞬間、1機の〝カルデ〟の足下からひょっこりと……ソラトと同じタイプのステラノイドが姿を現した。

 アルザは主に、作業用デベルの整備を担当している。見た目はソラトと同い年ぐらいに見えても、15年以上生きておりこの鉱山の古参の一人だ。



「アルザ、〝カルデ〟を1機用意してくれ。移動だけだから一番状態の悪い奴………」

「聞いたか!? この小惑星自爆するって………」



 自爆? 何言ってるんだ………?



「自爆って、どういう………」

「お、俺もよく知らないんだけど……。監視員の話を盗み聞きしたヤツがいて、今ここが襲撃されてて持ちこたえられそうにないから、敵の手に渡る前にこの小惑星を自爆させるって………!」

「そんな!」



 息を呑んで声を上げたのは、レインだった。

 そこでようやくソラトの後ろにいた彼女に気付いたアルザは、



「……だ、誰だそいつ?」

「レイン。人間だ」

「は、はじめまして………」

「事情はよく分からないけど、彼女を宇宙港まで連れていきたいんだ」



 それは………アルザが口を開こうとしたその時、ダダダダダ! という銃声がソラトの背後で轟いた。



「きゃ!」

「な………!?」

「くそっ! 監視員の奴らだ! ソラト、早く乗れ!」



 その時、格納庫正面ゲートから「待ちやがれクズガキ共!」と銃を抱えた監視員が3人、こちらに迫ってきた。



「く……!」



 こっちだ! ソラトはレインの腕を掴み、ボロボロのキャットウォークへと走る。



「〝カルデ〟に乗る気だぞ!」

「させるな! 撃ちまく………ぎゃ!?」



 ガン! とアサルトライフルを乱射する監視員の一人の頭部に、パワーレンチが直撃。



「な………クズガキがァ!!」



 すかさず〝手近なコンテナの陰に隠れたアルザは、さらにもう一本レンチを投擲する。

 それは上昇中のキャットウォーク目がけて発砲していたヘビーマシンガンに直撃し、その質量で銃口を歪めてしまった。



「アルザ、逃げろ!」

「俺はいい! 早く………ぎゃ!」

「アルザッ!!」



 眼下で、無数の銃弾を浴びて倒れ伏すアルザ。



「あ、あ………」

「く……、こっちへ!」



 キャットウォークが完全に上昇し、外部操作スイッチを押すと〝カルデ〟のコックピットハッチが開かれる。



「ダメだ! 入っちまう!」

「キャットウォークが邪魔くそで………!」

「こっちに〝ラーシャン〟を寄こしやがれッ!」



 最初にレインを中に、「奥のスペースへ」。そう言うと彼女はすぐに座席の後ろにある、一人が辛うじて収まりそうな空間へと入った。

 今はもう取り外されているが、製造された当初の〝カルデ〟は複座機で、後ろのスペースはその名残だ。ソラトも素早くシートに座り、コックピット格納・封鎖。ニューソロン・ドライブ起動。各システムを手際よく………奥のスペースに収まったレインが思わず息を呑む勢いで、立ち上げていく。



 メインモニター、サブモニター共に光が灯され、外部の光景が明かになった。右端に次々表示される、傍目には到底読み取りが追いつけそうもない速さで更新されていく機体情報………制御関数、各駆動系圧、パワーパラメータ、ニューソロン炉出力計………怒涛の如く流れる情報を瞬間的に読み取り、ソラトは最適な制御関数やコマンドを入力していく。


 頭にB-MIユニットを取り付け、さらに情報をダイレクトに脳内に接続。システム認識能力を大幅に向上させる。まるで、このデベルと一体化したような感覚は、既にソラトにとって馴染んだものだ。



 メインモニターの端で、監視員たちが射撃を止めて逃げ散っていく。人間が持つ銃火器では、作業用でもデベルの装甲を撃ち抜くことは不可能だ。


「ソラト、あれ………」



 震える手でレインが指差した先。

 画像を拡大すると……1機の〝ミンチェ・ラーシャン〟が100ミリ複合ライフルを発射していた。

 足下に向かって………



「く………今はレインを宇宙港に………!」

「ダメッ!!」



 ソラトは驚いて、思わず振り返った。

 レインは、目に涙を溜め、溢れかえったそれが一筋……頬を伝う。



「ソラトお願い、他の………ステラノイドたちを助けてあげて」

「………!」



 今優先するべきは、レインの安全確保、だと思っていた。

 でもレインは、ステラノイドを助けてほしいと………



「〝ミンチェ・ラーシャン〟相手に、コイツじゃ勝ち目はない。せいぜいできても時間稼ぎ………」

「それでも………!」



 俯き、震えるレイン。

 ソラトは……決めた。



「分かった。しっかり掴まってて」



〝ミンチェ・ラーシャン〟相手に戦い、一人でも多くのステラノイドを助け出す。

 そして、レインを宇宙港まで送り届ける。



「………行くぞ」



〝カルデ〟の手で邪魔なキャットウォークを押し、ソラトは機体を一歩、二歩と歩ませる。

 そして脚部ブースターを展開。巨体に似合わぬ加速で、〝カルデ〟は荒涼とした地面を爆ぜさせながら、駆けた。













◇◇◇―――――◇◇◇


「こんの………クズガキ共がァッ!!」


 逃げ散るステラノイドら目がけ、容赦なくズガン・イードリックはトリガーを引き、〝ミンチェ・ラーシャン〟の100ミリ複合ライフルを叩き込んだ。

 着弾、直撃。バラバラに消し飛ばされるステラノイドたち。



「ひ、ひひ………!」



 どの道、天国には行けない身だ。

 この仕事も、暴力衝動を満たしたくて引き受けた。



「ステラノイド、クズガキ共が………皆殺しだァッ!!」



 さらにライフルを叩き込み、一発で何人ものステラノイドが原形をとどめない血と肉片へと変えられていく。

惨憺たる景色によって舗装された足下を〝ミンチェ・ラーシャン〟は悠然と進む。



「死ね! 死ね! この………ん?」



 死屍累々の中、よろりと誰かが立ち上がった。

 黒髪の………あのクソ生意気なクズガキか? ステラノイドってのァ、どいつも似たような顔ばかりで困るぜ。



 そのステラノイドは、逃げるでもなく、ただ立ち上がり………こちらを睨みつけていた。



「んだよォッ! ブルッちまって逃げられねえかァッ!?」



 なら即、楽にしてやるよ!! ズガンはその眼前にライフルを突き付け、引き金を………



 だが次の瞬間、〝ミンチェ・ラーシャン〟目がけ何かが投げつけられた。機体周囲に展開するAPFFが一瞬淡い輝きを放つ。



「………んあ?」



 機体の足下に転がっていたのは、アルキナイトの原石を多く含んだ岩塊。

 ちょうど、デベルの手に収まりそうなサイズの………



『やめろッ!!』



 接近警報。

 拡大表示すると、1機の〝マイン・カルデ〟がこちらに近づいてきていた。

 それにこの声、俺たちの邪魔をした………



「あんの………クズガキかァッ!!」



 ズガンはトリガーを絞り続け、複合ライフルからビームと実弾を撃ちまくる。

 だが………〝カルデ〟は想像以上の機動力を見せて、一発も当たらない。



「んだよこりゃあァッ!!」



 クズガキの………ただの消耗品のクセしてよォッ!!


 激高したズガンの銃撃は一切当たらず、脚部ブースター全開で急接近してくる〝カルデ〟。

 その手に握られているのは、マイクロブースター付のブーストピケックス。採掘用工具だが、アルキナイト鉱石を多く含んだ岩盤を破砕するのに十分すぎる強度を持っている。全高17メートルのデベル大のツルハシだ。


 あの一撃を食らえば………〝ラーシャン〟といえど潰される。



「だがな………!」



 眼前に迫った〝カルデ〟がブーストピケックスを振り上げる。そしてマイクロブースター全開で、〝ラーシャン〟目がけてそれを振り下ろした。



「ふ………っ!」



 バカな奴。ズガンは内心、愚かなステラノイドを嘲った。




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