第3話 リベルター
◇◇◇―――――◇◇◇
「艦長、作戦開始時間まであと30分を切りました」
マーレ級多用途強襲航宙母艦LSS-10〈マーレ・アングイス〉のブリッジ。
〝リベルター〟が満を持して就航させた、最新の航宙艦だ。搭載可能な戦闘用デベル機数は25機。地球・統合政府軍の北洋級やビショップ級に比べても遜色ない、むしろ新しい技術が意欲的に採用されている次世代の船だ。全長501メートル。薄青で流線形のフォルムを持つ船体は、軍艦というよりも豪華客船と呼んだ方が相応しいようにすら思える。
そのブリッジで、オペレーターの報告に艦長席に座る男……ベリック・オリアス大佐は小さく頷き、厳しい表情でメインスクリーンを睨みつけていた。
「……UGFの動きはどうだ?」
「センサー範囲内及び哨戒部隊からの接近報告なし。月基地、及び軌道上基地からの発進等もありません」
つまりは、こちらの動きにまだ気づいてないということか。オリアスはあごひげを撫でながら、しばし思案する。
UGF……統合政府軍(Unified Government forces)の動きは本作戦における最大の懸案事項だ。質はともかく〝リベルター〟は、まだ正面からUGFと戦えるだけの数的戦力を有してはいない。
リベルター。それは宇宙移住者たちが密かに築き上げた、地球からの独立のための秘設軍隊。
〝77人の宇宙飛行士〟の功績によって人類が宇宙へ本格的に進出してより、まもなく200年の時が経過しようとしている。地球、ラグランジュポイントにはスペースコロニーが。月、火星、金星にも植民都市が築かれ、今や木星や土星にすら人類の一部が居住していた。
だが、無尽蔵の資源を手にしたはずの人類は、未だ格差や貧困といった数百年前から続く問題を解決できずにいる。いや、むしろ人類圏が過度に拡大し、統合政府の目が隅々まで行き渡らなくなった結果、宇宙に居住する人類の環境は以前に比べて悪化したといっていい。
そして……金や資源といった富が地球に集中する現在のシステムが事態にさらなる混迷をもたらす。行き過ぎた地球重視政策によって蔑ろにされた各宇宙植民都市では、貧困や暴力が蔓延。それがさらに宇宙植民都市での経済を悪化させるという悪循環が延々と続いていた。
地球のみならず宇宙で生活する人類市民を守るため設立されたUGF……統合政府軍はその任務を果たすに足る規模や能力を有しているとはいい難く、地球の目が届いていない処では、地方軍指揮官が現地の有力組織から賄賂を受け取り、その横暴を意図的に見逃すなど、腐敗すら広がっている有様だ。
さらには、人類の進歩に貢献したはずの〝77人の宇宙飛行士〟のクローンや孤児たちを〝ステラノイド〟として地球系企業が統合政府黙認の下、安価な消耗品として、過酷な環境で非人道的に彼らを扱っている現状。これは、人類が宇宙に進出する以前にまで、地球の思想・常識が退化したと言ってすらいい。
現在、宇宙開発は停滞の一途を辿り、宇宙植民都市間の経済が崩壊するのは時間の問題と言われている。
地球統合政府やUGFの支配から脱し、宇宙居住者による独自の政治・経済・社会システムを作り上げ、秩序と道徳を取り戻す。そのための〝力〟が、我らリベルターなのだ。
「艦長、意見具申してもよろしいでしょうか?」
ブリッジ士官の一人…作戦参謀士官でもあるシオリン中尉が立ち上がる。「よかろう」とオリアスは先を促した。
「は……。恐れながら、本艦の現在位置は確かにUGF月基地、地球軌道上基地から敵対部隊が発進した場合、それを迎え撃つのに理想的と考えます。ですが、作戦地〈GG-003〉の敵性部隊の規模を鑑み、本艦及び艦載の第2小隊も戦闘に参加するべきではないでしょうか?」
「なるほど。確かに本艦と追加の戦力を投入すれば〈GG-003〉における作戦は盤石となるだろうな。更には本艦の存在を示すことによって、地球統合政府に対し我らの存在をよりインパクトのあるものとして伝えることもできる」
「は………」
「だがな、シオリン中尉。………今後我ら〝リベルター〟はUGFに対して優位な環境で戦うことができるだろうか?」
「そ、それは………」
「そう。UGFの総戦力はリベルターの10倍以上。今後の作戦は全て、我らの数的不利の下で遂行されなければならなくなる。………だからこそ、この作戦は第1小隊のみで完遂されなければならないのだ。量で太刀打ちできなければ質で。そうでなければリベルターが地球の楔を断ち切るなど………到底できはしない」
意見具申を却下する。それだけ伝えるとシオリン中尉は「はっ!」と完璧な敬礼を見せて自らの席へ戻っていった。
………頼むぞ、月雲大尉。最初から躓いては様にならんからな。
リベルター最新鋭機〈シルベスター〉を駆り、間もなく作戦を開始する月雲以下第1小隊の幸運を祈り、オリアスもまたその時を待つ。
〝リベルター〟の活動目的は大きく3つ………
一つ、宇宙植民都市を地球から政治的・経済的に独立させること。
一つ、宇宙移住者たちの安全を確保し秩序を取り戻すこと。
一つ、人類がこれまで築き上げてきた、正義と道徳を執行すること。
あと20分。メインスクリーンには資源小惑星〈GG-003〉の姿が映し出されていた。
◇◇◇―――――◇◇◇
「………?」
散発的な発砲音に、コンテナの陰に隠れていたソラトはふと顔を上げた。
誰か、処刑されてしまったのか? まだ採掘が始まったばかりの方角から聞こえてきたけど………
用心深く誰も周囲にいないことを確認し、ソラトは立ち上がった。まだ脇腹が痛いけど、耐えられないほどでもない。体中の擦り傷や痣も、何日かすれば自然と治る。ステラノイド第1世代は、酷使に耐えられる頑丈な身体が取り柄なのだから。
とりあえず銃声が聞こえた方角へ。もし誰か死んだのなら、代わりが必要なはずだ。コンテナの陰で休んで10分少々しか経ってなかったが、もう十分だ。
あちこちで見下ろしている監視員の目を盗みながら、ソラトは歩いていく。何も持たずに動いている姿を見られたら、どんな理由があってもリンチにされるから。
と、
「おい! そっちに行ったぞ!」
「逃がすな! ………くそ、ちょこまか動きやがって!」
思わず反射的に近くの岩陰に身を隠す。
最初に聞こえたのはタタタ………という、やけに軽い足音。銃を持った監視員ならもっと重い足音に………
「だ、誰か!」
聞いたことのない声。ステラノイドじゃない。それに声のトーンから男性でもない………
鉱山で働かされるようなステラノイドは、第1世代も第2世代も、皆男子だ。女はいなかった。
足音が近づいてくる。向こうから坑道の道は、ここと繋がる一本のみ。
………こっちに、来る。
ソラトは、チラッと向こうの岩壁にある、人が2、3人、入れそうな亀裂に目を向け、次いで大きく深呼吸した。
誰だか知らないけど。監視員に追われているなら、助けないと。
誰かのために自分を犠牲にするのは、ステラノイドにとって当たり前の………
「はぁっ……! はぁ………!」
追われている人影が息荒く、ソラトが隠れている岩塊の傍を駆け抜けようとした瞬間、ソラトは素早くその……細い腕を掴んでこちらへと引き込んだ。
「きゃ………!」
「静かに。こっちへ」
念のため、その人間の口を手で塞ぎ、半ばひきずるようにソラトは亀裂へと向かい、自分とその人間ごと亀裂の中へと、飛び込んだ。
数秒後、
「おい! こっちじゃないのか?」
「確かに………見えるか?」
「いや、誰もいねえ」
「おいクズガキ共! ここに女が来なかったか? 人間の、女だ! ………ち、使えない奴らめ」
「行くぞッ!」
バタバタと、数人の監視員たちが走り去っていく音が上から聞こえる。
亀裂の入り口からは見えない死角。そこにソラタたちは潜んでいた。
用心深くピクリとも動かず、そして〝少女〟にも一切動くことを許さず喋らせず、………数分が経過してようやく、ソラトはその手を少女の口から離す。
「ぷは………!」
小さく咳き込みながら、過呼吸ぎみに深呼吸する少女。
でも………何でこんな所に? 上の様子に注意しながら、ソラトは内心首を傾げた。
「大丈夫、か?」
少女は、過呼吸だったり、嗚咽を漏らしたりでしばらく何も答えない。
だが、ようやく一息、大きく深呼吸すると………
「ひ、人が………殺されてたの………」
「誰が?」
「わ、分からない……! 髪が黒くて………」
「あの辺りなら、ジックか、シュウヘイか。………くそ」
第1世代は次の補充が来るまで殺さないんじゃなかったのかよ………!
「あ、あの………」
「ん?」
「た、助けてくれて、ありがと………」
「別に……俺たちステラノイドにとっては当たり前だから」
薄暗闇の中で、少女はキョトン、と首を傾げた。
「ステラノイド、って?」
「ここで働かされてる奴は皆そうだ。俺みたいなクローンもいれば、人間で孤児になってここまで落ちてきた奴もいる」
「奴隷……なの………?」
ドレイ? 何だそれ。言葉の意味が分からず、今度はソラトが首を傾げる番だった。
だが、そんなことより、
「何で、ここにいるんだ? 連れてこられたのか?」
「道に迷っちゃって………宇宙港にいたはずなんだけど」
この資源小惑星〈GG-003〉の半分は宇宙港になっているのはソラトも知っていた。宇宙港に近づくのは固く禁じられており、破った者は即処刑。地球や月からの宇宙船が小惑星を行き来している時も、小惑星表面に出ないようきつく言われている。
「………どうやって、ここに来たんだ? ここから外には出られないのに」
「大きいドアがあって、ロックもされてなかったから………てっきり第7ゲートに行けると思って………」
事情はよく分からないけど、要は宇宙港に連れて行けば問題ないわけだ。
確か、宇宙港区と鉱山区を運営している会社は別と聞いたことがある。監視員じゃ、容易に手出しできないはず。
「私、どうしたら………」
「中から戻るのは多分無理だけど、小惑星表面伝いに外から行くのは、大丈夫だと思う」
ソラトがそう言うと、少女はハッと顔を上げた。土埃だらけの手で触ってしまったので、それに亀裂の中に滑り込んで入ってしまったので、髪も服も元は綺麗に整えられていたと思うが、すっかり土まみれでボロボロになってしまっていた。
そんな彼女を見て、ソラトは何故か少しだけ、体感温度が上がってしまった。こんなこと初めてだ。
それより、
「……近くに作業用デベルの格納庫があるから、1機借りて、それから宇宙港に行く。大回りになるけど、30分もあれば大丈夫だと思う」
「で、でもそんなことして………」
「俺たちステラノイドは、人間の役に立つために作られたから」
次のステラノイドの補充が来たら、殺される運命。
それなら少しでも、誰かの役に立ちたい。それが、ステラノイドの本能だって……何年か前に死んだ、製造から20年生き続けてきたというステラノイドの長老から聞いたことがある。
「………レインよ」
「?」
「レイン・アークレア。地球、スペリオルセカンドベイ出身。年は16。あなたは?」
何秒か経って、ようやく自己紹介を要求されているのだとソラトは気づいた。
「……ソラト。製造ID:IUU-6654。生まれは分からない。製造されて、多分、10年以上は過ぎてると思う」
なぜか、少女……レインは複雑そうな表情になったが、次の瞬間には優しげな表情を見せて、
「ゴメンね、ソラト君。私なんかのために」
「別に………。まだ上手くいくって決まった訳でも………」
その時、「おい……!」と上から声が降りかかり、レインは慌てて自分で口元を塞ぎ、ソラトは警戒しつつ、何秒か過ぎ去っても以降の反応がないので、恐る恐る視覚から顔を覗かせる。
「誰だ………?」
「俺だよ、シオンだ。早くそこから逃げた方がいいぜ。監視員の奴ら、虱潰しにあちこち撃ちまくったり、爆弾をここみたいな亀裂に………」
分かった。と、上から声をかけてきた……確かアーチル型のステラノイドにソラトは頷き返し、
「レイン。ここから出る。俺から離れないで」
「分かった………」
その10分後、すっかり怒り狂った監視員の手で先刻までソラトたちがいた亀裂の中に銃弾と、そして手榴弾が投げ込まれる。
爆発で完全に塞がれたことを確認すると、遠巻きに見やっていたステラノイドたちを怒鳴りつけながら、監視員たちは次の……隠れていそうな場所を漁り出していた。
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