第2話 目撃
◇◇◇―――――◇◇◇
資源小惑星〈GG-003〉内部には、人工的に空気が満たされた巨大な空洞がいくつかある。
そこでは日夜、ステラノイドたちが原始的な方法でレアメタル原石を採掘し、コンテナに集積し、人力で運び出している。この資源小惑星で採れるレアメタル…〝アルキナイト〟は、宇宙船やデベルの動力コアにも使われる素材となるが、加工前の状態では電子機器や人体に有害な微弱放射能を常時放出し続けており、その採掘は極めて前世紀的で過酷・危険な方法で行うしかない。
まるで数百年前の奴隷鉱山の様相で、人として認められていない少年たち……ステラノイドたちが日々過酷な作業に駆り出されいてる。
その一角では、
「こんのォ、クズガキがッ!!」
バキッ! という拳が誰かの頬にめり込む音。したたかに殴り飛ばされたソラトは、後ろ手に縛られた状態で、為す術なく硬い地面に倒れ伏す。
間髪入れずに、もう一人が倒れ込んだソラトの腹を思い切り蹴とばし、「がは……っ!」とソラトは血反吐を吐きながら、必死に頭と腹を守ろうとする。
「ゴミクズ同然のくせに、いつも、俺たちに盾突きやがってよォ!」
「今日という今日こそはぶっ殺してやるぜ!」
顔、腹、とにかく全身を殴る、蹴るを繰り返され、縛られた状態のソラトはただそのリンチを受け入れるしかない。
よしんば、縛られていない状態でも抵抗することはできない。今抵抗したら、大勢の仲間たちが見せしめに殺されることになるから。
あの後、グレネードによって強制的に中がこじ開けられ………中にいた32人のうち24人が爆発の衝撃やさらなる落盤で死んだ。責任は全てステラノイドであるソラトらに押し付けられ、………〝指導〟の名の下に今制裁を受けているのだ。
無抵抗のステラノイドに暴力を振るうのは、鉱山の監視ばかりで退屈な人間の監視員にとって、うってつけの鬱憤晴らしだった。
周囲で働く他のステラノイドたちはまるで、ボコボコにされているソラトなど存在しないかのように振る舞っている。だが、一様に皆唇を噛みしめて歯噛みし、顔を背けていた。止めようとすれば、次に暴力のはけ口になるのは自分。それに、下手をしたら殺されるかもしれないからだ。そうやって撃ち殺されたステラノイドが、もう何人もいる。
永遠に続くかのような暴力の連鎖。
だが、
『おいお前ら! その辺にしておけよ。ただでさえ〝第1世代〟は供給が滞ってんだ』
「あ? で、でもよォ監督………」
「このクズガキ、何かにつけて俺たちに………」
『もうすぐ地球から次のステラノイドが送られてくる。そしたらそいつは、宇宙に放り出しちまえ』
スピーカー越しに低く響く、鉱山監督の声。
へへ………と下卑た笑みを浮かべ、息荒くほとんど動かないボロボロのソラトを見下ろす監視員たち。
「へ! そういうことなら………」
「命拾いしたなァ! だが、もう長くないだろうが、な!」
最後に思いっきり蹴り上げられ、「が……っ!」と仰向けに倒れこんだソラトは血を吐き、ひどく咳き込む。
監視員たちは、2、3通りの捨て台詞をソラタに吐き捨てた後、ゾロゾロ………とようやく立ち去った。
「う、う………!」
「大丈夫か!? ………ちくしょう、あいつら!」
台車を動かしていた〝第2世代〟ステラノイドの一人……エリオがソラトに駆け寄り、素早く両腕両足の拘束を解いた。
「大丈夫か………?」
「見た目ほど大したケガじゃない………俺は、〝第1世代〟だからな………」
ようやく両手が自由になったソラトは、最後の血反吐を吐きだすと、口元に垂れ流れていた血を手の甲で拭った。
〝ステラノイド〟と呼ばれる、過酷な環境で消耗品として扱われる少年たちには、大きく2種類の系統が存在する。
〝第1世代〟…人類の宇宙進出に多大な功績を残した〝77人の宇宙飛行士〟の遺伝子データを元にクローニングされた世代。遺伝子操作により頑丈な肉体と優れた知性・情報処理能力を有し、複雑な技術と感性を要する〝デベル〟の操縦は、ほとんどこの第1世代によって行われる。そして最も危険な作業も行うため、最も消耗率が高い。
〝第2世代〟…宇宙移民者となった者の中で、身寄りを失い人間社会からも零れ落ちた孤児たちが人買いに売られて落とされた世代。第1世代に比べれば単純作業に回されることが多いが、それでも鉱山などの過酷な環境に耐えられない者も多い。第1世代のステラノイドは、元は人間である第2世代を守るためにまだ壊れていない空間作業服や状態のいい温度調節装置、比較的腐っていない栄養バーや水を彼らに優先的に回してはいるが、それでも次々命を落としていた。
第2世代の同年代ならしばらく立ち上がれないだろう傷や痣。だがソラトは脇腹を押さえながらも立ち上がり、
「仕事に……戻らないと」
「そ、その傷でか!? ………カイルに頼んで、少し休んだ方が………」
「皆に迷惑はかけられない………。もしノルマが達成できなかったら………」
毎週、過酷な採掘目標が課せられ………もし果たせなかったら、適当なステラノイドがその場で処刑される。
今週も……この坑道落盤でもしかしたら危ないかもしれない。それに、鉱山監督の言う通り、おそらくソラトはじきに処刑される。それまでに少しでも働いて、皆の負担を減らさないと………
「ダメだ、ソラト。お前は少し休め」
「カイル……」
カイルは、少しずつ人だかりができる周囲をかき分けてくる。〝77人の宇宙飛行士〟の中でソラトとカイルは同じ人物をベースに製造されており、カイルの方がやや年上の兄弟に見える。
「ごめん、カイル。俺何も………」
「いや、お前は最善を尽くした。お前が時間を稼いでくれなかったら、残りの8人も緊急用シェルターに退避できずに死んでたかもしれない。………せめて30分ぐらい隠れて休め。その後、一次加工エリアの応援に行ってくれ」
アルキナイトを一次精錬する一次加工エリアでの作業は、主に第2世代のステラノイドが行う単純作業だ。採掘以上の長時間労働になるが、体への負担は少ない。
「すまない、明日には調子を戻す」
「エリオ、ソラトを隠れ場所まで」
「分かった」
「一人で、大丈夫………」
岩壁に寄りかかりながら、ソラトはエリオ
の差し出される手を、軽く拒んで、骨が折れたのかもしれない脇腹の苦痛を抑えながら、歩き出した。
もう、自分は長くないのかもしれない。次のステラノイドがやってきたら、おそらく鉱山監督の言う通り、ソラトは処刑される。
だから、今ある生を……他の仲間たちのために少しでも価値のあるものにしなければ………
ステラノイドにとって、死や苦痛は身近なものだ。それに耐えるための肉体と心を持った第1世代にとって、それは恐れの対象ではない。
そうでなければ、この過酷な環境には耐えられないのだから。
よろめきながら、ソラトは一歩一歩、ポツポツと岩壁の上に姿を見せた監視員に見とがめられないよう気を付けながら、歩き続けた。
◇◇◇―――――◇◇◇
「うわ………!」
資源小惑星兼民間宇宙ステーション〈GG-003〉は元は二つに割れていた性質上大きく二つの区画に分かれる。
一つは小惑星内に埋蔵されている莫大なレアメタルを採掘・加工・搬出する鉱山区。当然関係者以外立ち入り禁止で、スペースプレーンから作業の様子を見ることすらできなかった。
そしてもう一つが、今レインが降り立っている宇宙港区。出発した地球・サンパウロ宇宙港に比べたらやや田舎じみている所はあるが、機能的で清潔さが完璧に保たれており、月旅行目的の観光客や、もしくはその逆、それにビジネスマンらが慌ただしく往来している。
頭上を見上げると、【月方面ニューコペルニクス宇宙港 15:30 第7ゲート】と表示されているのを見つけた。
だが、初めてここに降り立つレインには、第7ゲートがどこにあるかが分からない。近くにあるゲートはどれも二桁台だ。
こういう時役に立つのが………
「第7ゲートに行きたいんだけど」
『ルートを算出しました。ホロ画面の指示に従って移動してください』
フォン…という軽い効果音と共に、レインの眼前にナビバイスからホロモニターが投影され、矢印と移動コースが点々と点滅して表示される。
「よっし! んじゃ、行きましょうか」
最初の曲がり角を右へ。レインはどんどん奥へと進んでいく。
『あなたのナビバイス、いい加減新しいのに更新した方がいいわよ』
リアーナの忠告は、すでにレインの頭の中にはない。
実は数週間前、大規模な改装が行われ宇宙港全体の見取り図が大きく変わっていたのだが………更新されていないレインのナビバイスはそれを知らず、ただ古いデータを元にレインを導き続ける。
旧第7ゲートは、民間への開放を中止し鉱山区からの物資搬出港として利用されていた。
そしてそこに至るまでの道には……新たに作られた坑道の一部を通らなければならない。民間港時の快適な通路は、すでに取り壊された後だった。
それを知らず、鼻歌混じりにレインは………若干辺りが薄暗くなり始めたのを不気味に感じてはいたが、ナビバイスの誘導に従って歩き続けた。
そして………
「………ナニコレ」
眼前に現れたのは、厳重に閉じられた分厚い扉。まるで立体映画で見たことのある、大銀行の金庫扉だ。
「これが第7ゲート………?」
いくら何でも、「殺風景」過ぎる気がするのだが………
ナビバイスの矢印はこの先を示している。他に迂回できそうな道は無い。
ふと、横にあった端末を見つけて近寄ってみる。複数のコマンド表示の一つに【OPEN】の文字が。
触れてみると、ピピッという音と共に………次の瞬間重厚な音を立てながら分厚い扉が左右に分かれていく。
その先にも、薄暗い空間が続いていた。
「道、間違えちゃったのかな………?」
でも、この先に行かないと「第7ゲート」にはたどり着けない。
今、15時少し前だから、セキュリティチェックの時間等々も考えるとあと10分以内に到着しなければ………
それに、宇宙は地球と比べてまだ十分に開発がされてないとレインは聞いていた。まだまだ発展途上の宇宙では、このくらいが普通なのかも。
「………行って、みよっか」
意を決して、レインは扉の一歩先へ踏み出した。そして薄暗い通路をどんどん先へ………
が、その時だった。
【警告】
【セキュリティドア外部操作により開放】
【セキュリティ規定更新により再封鎖します】
ゴゴゴ………と地響きすら起こしながら重厚なドアが瞬く間に閉ざされていく。
「え、ま、待って!?」
慌ててレインは引き返したが、その一歩手前でドアは無情にも完全に封鎖されてしまった。
近くに操作できそうな端末の姿もない。
「そんな………閉じ込められた………?」
ナビバイスの誘導の通りに歩いてただけなのに………
そのナビバイスはレインの窮状を知らないかのように、ただ道の先を表示し続ける。遥か向こうに、明るい光が見えていた。
「あ……あそこまで行ったら」
たぶん、人がいる。
上手く係員の人を見つけて、事情を話して第7ゲートまで連れて行ったらもう、便には遅れるかもしれないけど、とにかく今はこの状況を何とかしないと。
外の光に向かって、レインはバッグを抱え直し、小走りで駆けた。
狭い通路から一気に広がる視界。
でも、それは………
「………え……………?」
宇宙港とは思えない光景がそこには広がっていた。
合金製の隔壁で、どこまでも閉ざされたドーム状の天井。
剥き出しの岩肌。舗装はどこにもない。
まるで、宇宙港から北アメリカ大陸にある………何度か観光したことのあるグレート・キャニオンに来てしまったかのような、荒涼とした景色。
「ここ………鉱山区………?」
ここでようやく、レインはナビバイスがおかしい、という事実をはっきり認識せざるを得なくなった。ついでに、リアーナからのメッセージも、思わず脳裏に再生されてしまう。
来てはいけない所に来てしまった。
「………っと、とにかく誰か探さないと………あのっ!!」
キョロキョロと辺りを見回して、レインは声を上げた。
鉱山なら、誰か働いている人がいるはず。ロボットでも、とにかくここから出る方法を見つけ出さないと………
あてどなく、ゴツゴツとした地面に何度も足を取られながら歩くと、………向こうに人影がいくつか見えてきた。
「あの、すいません! 私道に迷っちゃって………え…………?」
思わず安堵の表情を浮かべながら人影に駆け寄ったレインだったが………否応なく足下の「ソレ」に目がいってしまった。
すぐには、レインには「ソレ」が理解できない。
ボロボロの、空間作業服を着た黒髪の人が、男たちの足元で倒れている。
死んでいるその人は………大人じゃない。ちょうどレインと同い年か年下ぐらいの………
どくどく、と頭から血を流して。
血の池で、顔が沈んで見えない。
そして死体を囲む男たちの手に握られた、小銃。
それが意味するものは………
「あ………ぎ……ぁ………!!」
足が震える。それでも、自然と一歩、また一歩と後ずさる。
男たちがこちらに気付いた。何を言ってるかは分からない。恐怖で聞こえない。頭に入ってこない。
それでも、
「………、…………?」
「……! ……、……ッ!!」
男たちの銃口が一斉に、レインに向けられた。
隔絶された空間で、少女の悲鳴は、誰にも届かない。
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