エレベーターの扉には、黄色く変色してしまった紙が張られており、そこには故障中と書かれてあった。仕方なしにモーフィアスは階段を登って三階まで行くことにする。階段に敷かれている青い絨毯は所々が剥がれており、手すりは傷と落書きだらけだった。

 足音が止まると、そこは三階だった。

 モーフィアスは扉に書いてある数を眺めて、二号室の前に移動する。二号室は故障したエレベーターの隣の部屋だった。

 金メッキが剥がれたドアノブに手をかけて、扉を開く。

 深夜の一時過ぎだったので、部屋の灯りはついていなかった。

 部屋の奥からは激しい息遣いが漏れている。

 モーフィアスは腰から銃を抜き、安全装置を外す。廊下から差し込む灯りを頼りに、部屋の灯りをつけた。玄関を入って左手には台所、その前にテーブルが置かれている。テーブルの上には、ソースが付着した皿が二つ向かい合うように残されていた。

 モーフィアスは銃の引き金に手をかけたまま、息遣いが聞こえるほうに進む。

 僅かに開いている扉があり、喘ぎ声交じりの息遣いはそこから聞こえてきていた。モーフィアスは、その扉を身を預けるようにして開いた。

 薄明かりの中で、男の驚いたような声が聞こえる。

「動くな」

 モーフィアスは灯りをつけるために部屋の入り口付近の壁を探った。

 スイッチが見つかり、それを指で弾くようにあげると天井のランプが光った。

 ベットの上では裸の男が二人重なっていた。シーツは床に落ちている。下の男は、上にいる男を抱えるように開脚していた。

 モーフィアスはその男たちに銃口を向ける。

「名前は?」

「ペーター」

 上にいる男はモーフィアスに顔だけ向けて、固まっている。

「そっちは?」

「アクセル」

「とりあえず、壁に向かって立て。武器を持ってないのは一目瞭然だから手は挙げなくていい。別に挙げてもいいがな」

 モーフィアスは銃で壁を指示する。

 ペーターとアクセルは固まったまま動かない。

「勃起してたペニスが、萎えてきてるな。さっさと動けよ。死にたいのか?」

 モーフィアスはサイドテーブルに置いてあった花瓶を撃った。銃声と共に花瓶は砕けて、水が漏れてサイドテーブルの足を伝い、床に落ちる。

 ペーターとアクセルは肩をびくんと震わせてから、モーフィアスの顔を盗み見るように伺いながら立ち上がり、壁に向かった。

 モーフィアスは足元にあるゴミ箱を見る。口が結んである使用済みコンドームが幾つも入っていた。

「どうして、男同士なのにコンドームを使うんだ?」

 モーフィアスが背中を向けて怯えるペーターとアクセルに尋ねた。銃口は丁度二人の間に向けられている。「答えろよ」

「アナルにはばい菌とかいるので……」

 アクセルが答えた。

「お前、下にいただろう。ネコじゃないのか」

「下から突くのが好きなんです」

「じゃ、お前がネコか」

 銃口をペーターに向ける。

「いえ、僕は正確にはリバで」

「なんだよ、リバって」

「どっちもいけるんです」

「そんな気持ち悪いこと訊いてないんだよ、俺は」

 モーフィアスは足元にあったゴミ箱をペーターに投げつけた。

「うっ」

 ゴミ箱はペーターの背中に当たり、中身の使用済みコンドームが床に散乱する。

「おいお、そんな怒るなよ」

 顔をニヤニヤさせながら、ハイドが部屋に入ってきた。手には銃が握られている。

「仕事は終わったのか?」

 ハイドがモーフィアスに訊く。

「まだだ」

「おい、お前ら、うちのボスの息子をどこにやった」

「え、あ、それは」

「お前らが誘拐したんだろ? え?」

 ハイドの質問にペーターとアクセルは顔を見合わせる。

「答えろよ」

 ハイドは引き金を引いた。アクセルの白い背中から赤い血が吹き出る。

「ああ!」

 ペーターが悲鳴を上げた。

「死にたくなければ、ボスの息子の居所を言うんだ」

「わ、わかりました。キースは、モーテルにいます。モーテルです」

「どこだよ」

「ヴィヴィアットの西にあるコンゴっていうモーテルです。向かいに熊が経営する修理屋があります」

「知ってるか?」

 ハイドが隣のモーフィアスに訊いた。

「知ってるよ。熊のマメさんがやってる修理屋だろ?」

「ジョンの兄さんの店か」

「そう。そこだ」

「じゃそこ行くか」

「そうだな」

「おい、お前」

 ハイドがペーターに声を掛ける。「お前、服を着ろ。行くぞ」

「え?」

「いいから早く服を着ろよ」

「は、はい」

 ペーターはベットの脇にあるジーンズを慌てて履く。

「お前、パンツは履かなねぇのか?」

 モーフィアスが訊いた。

「僕は、そういう主義じゃないんです」

「ボスの息子さんが見つかったら、お前は速攻、殺す。速攻だ。お前みたいな気持ち悪い奴は速攻、殺す」

 モーフィアスは指をさしながらペーターに言った。

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