モーフィアスとハイドは白い木造アパートの前で車を止めた。

 一階の窓には鉄格子が付けられて、扉は檻で囲まれていた。

「お前、鍵は?」

 ハイドがモーフィアスに訊く。二人は扉を囲んでいる鉄格子の前に立っていた。

「お前が持ってるんじゃないの?」

 モーフィアスはハイドを見た。

「俺はないよ、お前が持ってるのかと思った」

「なんでないんだよ。お前がボスから話聞いたんだろ」

「話は俺が聞いたさ。けどそれだけだよ。鍵はお前が持ってるもんだと思ってた」

 ハイドが声を荒げる。

「静かにしろよ」

 モーフィアスはハイドの肩越しに見える街灯の下に立つ娼婦の女に視線を配る。深夜に大声を上げて言い争いをする二人を見ていた。「女が見てる」

「ねぇ、あんたたち、そのアパートに用事なの?」

 モーフィアスの視線に気づいた娼婦が、二人に声をかけた。

 ハイドは振り返り、近づいてくる娼婦を見る。下着のようなキャミソールと黒いレザーのミニスカートを履いていた。

「あっち行けよ、仕事中なんだ」

 ハイドが言った。

「あんたらみたいな、どっからどう見てもギャングな男たちが言い争いしてると、誰も寄りつかなくて商売上がったりなのよ。静かにしてくれない」

 女は右目の下に泣きホクロがあった。

「商売ってお前、幾らだ? どうせ一回三十ドル程度だろう? そんな金でよく商売やってるなんて言えるな」

「静かにしてって言ってるでしょ」

「お前がここから消えたら静かにしてやるよ、俺たちは今、仕事で重大な危機に瀕してるんだ」

「鍵が必要なんでしょ? 訊いてたよ」

 娼婦は黒いブーツの裾から銀色の鍵を取り出した。「これが欲しいんでしょ?」

「よこせ」とハイドが腕を伸ばして引っ手繰ろうとするが、娼婦はそれをかわす。

「商売してるの、あたし」

「幾らだ?」

「二百ドル」

「その半分の価値もない鍵が二百ドルか?」

「じゃいいのよ」

 娼婦は排水溝の指先でつまんだ鍵をかざす。

「わかったよ」

 モーフィアスが二人の間に割って入り、財布から百ドル札二枚を取り出した。

「毎度あり」

 娼婦は二枚の百ドル札をモーフィアスから受け取り、ブーツの裾に入れ込むと、鍵を渡した。「それじゃあね」

 娼婦は街灯の下に戻っていった。

「あんな女、殺して奪えばいいんだよ」

 ハイドは鍵穴に鍵を差し込もうとするモーフィアスに言った。

「もうこれ以上、死体は増やせないだろう」

 モーフィアスは鉄格子を開ける。赤く錆付いた格子を掴んで、それを引くと軋むような音がした。

 二人は鉄格子の中に入り、アパートの扉の前に立つ。

「おい、お前アパートの鍵はあるのかよ」

 モーフィアスがハイドに聞いた。

 狭い鉄格子の中で二人は向かい合う。

「ないよ、お前が持ってるんじゃないのか?」

「どうして鉄格子の鍵も持ってない人間がアパートの鍵を持ってるって思えるんだ? 馬鹿か?」

 二人が鉄格子の中で言い争っていると、「ねぇお二人さん」と、声がした。

 鉄格子の開いた扉の向こうに先ほどの娼婦が立っていた。手には鍵を持っている。

「二百ドルなんだけど」

 舌打ちをして、モーフィアスが百ドル札二枚を娼婦に押し付けて、鍵を乱暴に取った。

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