キリング・フィールド

@hiraiyosiki

火星のギャング

「エウロパはどうだった?」

 モーフィアスが助手席に座るハイドに訊く。

「寒いよ、寒い。寒いね、寒いんだ」

「飯はうまいんだろ?」

「養殖の魚ばっかだよ」

「俺の知ってるエウロパと違うな」

「火星の旅行会社を信用するなよ」

「それもそうだな」

「おい、信号、赤だぞ」

「構いやしないさ」

 モーフィアスは運転する車を減速することなく交差点に進入する。

 その直後、車のフロントに衝撃が走り、運転席と助手席のエアバックが車内で膨れ上がった。モーフィアスは咄嗟にブレーキを踏んでいたので、車は交差点の中央で止まった。周りに他の車はいない。

「ったく……」と、ハイドが呟きながらエアバックに埋まっていた顔を上げる。「何してんだよ、赤信号だって言ったろ」

「悪い」

 モーフィアスは呟いた。フロントガラスは亀裂が走り、白くなっていた。

 二人は車を出る。オレンジ色の街灯で交差点は照らされていた。周りにはもう閉じた商店が並んでいる。

「こりゃやっちまったな」

 車のフロントには血痕が残っていた。その血痕はフロントガラス、ルーフ、トランクと続いている。モーフィアスとハイドは血痕を追うように、車体の後ろに移動する。

 そこには男が一人倒れていた。白衣を来た初老の男だった。頭には血がべっとりとついていた。顔の横には曲がった眼鏡が落ちている。

 ハイドが足で、その顔を蹴って空を向かせる。

「死んでるな、こりゃ」

 ハイドが言った。

「ああ…」

 モーフィアスは目を瞑り、十字を切った。

「お前が殺したんだろうが」

 そう言いながらハイドは周りを見渡す。人の姿はない。「トランクに入れるぞ。頭を持て」

 ハイドは白衣を着た男の足側に回った。

「ちょっと待て、俺がこのグロテスクな頭を持つのかよ」

 大きな手振りを交えながらモーフィアスは喋る。

「そりゃそうだろ。俺は赤信号だってお前に忠告したんだから。これはお前の責任なんだよ。だからお前が、キツイ仕事をするのは当たり前だろ」

「俺は昨日も死体の頭のほうを持った。それはお前が殺した死体だろうが」

「あれは仕事だろう。ボスに頼まれて殺した、全うな仕事だよ。それにお前が頭を持つよ、とか恰好つけて抜かしたんだろう。いいから持てよ、誰かが来たらおしまいだろう」

 ハイドはトランクを開けた後、白衣を着た男の両足を脇に挟み、持ち上げる。モーフィアスは顔をしかませて、白衣を着た男の両脇に手を入れた。

「せーの」

 息を合わせて、二人は白衣を着た男の身体をトランクに押し込んだ。車体は一度、小さくバウンドした。

「余計なもん殺しちまったな」

 モーフィアスはトランクを閉じた。

「いつものことだろう」

 ハイドはそう言いながら、助手席に周り、中で膨らんでるエアバックに銃を向けた。銃声が鳴るとエアバックが萎んだ。

「お前、これはやり方があるんだよ」モーフィアスがいった。「見てろよ」

 モーフィアスはダッシュボードの点滅しているボタンを押す。すると、エアバックが萎み、小さな口に吸い込まれていった。

「なんでも銃で解決できると思うなよ、全く」

 モーフィアスが運転席に身体を入れる。

「殺し屋がいう台詞かよ」

 銃跡が残った助手席にハイドが乗り込んだ。

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