第16話 取引2-決意ー
デイビッドが出て行った後すぐに、カロが病室の扉を開け、モノノベのほうを見る。
モノノベがうなずくと、ほっとした様子で病室に入ってくる。
「本当にいいんだね?」
「何なのよ。クビになっちゃったの?」
「今度はモルモットだ」
自嘲気味なモノノベの物言い。怪訝な顔のカロに、クリスがかいつまんで説明する。
「ひどいやり方」
あまりにも普通のカロの言葉にかえって二人は絶句する。
「でもどっちかって言うと、モノノベはこういうやり方には、徹底的に抵抗するタイプだと思ってたけど。クリスやマイヤーのことなんか気にしない。どうにでもなれって」
意外によく自分を見ている。とモノノベは思う。クリスはカロのあまりな言い様に絶句したままだが。
「そうだな。俺はそういうタイプだな」
急速に意識を失いながら、モノノベはそうつぶやく。もともと、話を長時間できる状態ではない。
「そうじゃないよ、カロ。モノノベはやはり……」
かばうことはない。カロの言うとおりだ。クリスの声を聞きながら、再び眠りに落ちていった。
目を覚ましたときには、転院させられているだろう。
決意
モノノベはドアの前に立つ。
義腕にしてから左手を意識して使うようにしている。
無意識といっていいほど、少し左腕に意識を集中させる。
モノノベには不満に感じる、わずかなタイムラグの後、左腕が動く。あるかなしかの振動を腕の付け根に感じる。
左手がドアノブを握る。
滑らかな動きでドアノブが動く。だが、あくまでもモノノベの表情は暗い。ため息をつく。
確かに動くが、それに満足することはない。
やはりタイムラグが気になる。それに、握りがきついようだ。かすかに、ドアノブがきしむ音がする。如何に人間が、微妙な力加減を無意識のうちに行っていたのか。改めて、感嘆の思いがする。
この義腕はモノノベのためにカスタマイズされた、かなり精度の高い物だが、日常的な動作で要求水準を満たしていないのだから、本格的な戦闘動作ではお話にならない。
要求水準を落とすつもりはないから、また、開発陣とつかみ合い寸前の議論をすることになるだろう。
いくつかの軋轢はあったものの、モノノベは再びクロムストーンの師範に迎えられた。
だが、以前のように、直接オトに立会いはもちろんのこと、トレースモード、ラーニングモードででも教育を行ってはいない。
もっぱら、動作を監督するだけになっている。
「もう動作の蓄積はかなりのものになっているから、君は要らないんだよ」
復帰に際して一番、軋轢のきついマイヤーが容赦ない言葉をかけてきた。照れ隠しなのだ、とクリスは言うが。
しかし、全体のコンビネーションとなると、どうしてもモノノベの助言が必要な場面が出てくる。
今のところは、モノノベはオトのモーションマスターでいる。
あれから、幸運なことにオトの動作からノイズは出ていない。まるでモノノベに勝ったことに満足したかのようだった。
ノイズの有無を差し引いても、やはりオトの動きはモノノベにとって不満だらけの物でしかない。
それでも、ひたすらに動作を追及してきた、この5年間とはまた違った目で、オトを見ること出来るようになっている。
自らの左腕が機械と化したことも関係しているのだろうか。
廊下の向こうから、歓声が漏れ聞こえてくる。
まだ、試合開始まで時間があるのに、会場はすでに満員のようだ。いつも思うことだが、日本での開催だけは、ほかの国とは明らかに盛り上がり方が違う。人型ロボットに対する許容度が高いと熱狂の度合いも、これほど桁違いになるものなのか。
ゆっくりと会場に向かって歩を進める。
モノノベの表情は硬い。
義腕を装着した状態で人ごみの中に入るのは初めてだ。
安定しているとはいえ、不意の暴走が起こらないとも限らない。なにより、好奇の目にさらされることへの危惧がある。
暴走への危険はマイヤーが鼻で笑って否定した。冬ということもあり、コートを羽織って手袋をしていれば、その動きで左腕が義腕と見抜く者などいないだろう。素人目にはその違いに気づくものなどいないだろう。
それでも、モノノベの表情が硬いのは、真智と会う約束をしているからだ。
「最終戦、招待してくれるんですよね」
そう真智のほうから連絡してきた。
モノノベのほうから誘った手前、断れる道理はない。
まだ、真智には自分の左腕が義腕になっていることは告げていない。
なによりも、真智に憐憫の目で見られるのを恐れている。
一回りも違う娘に何を意識しているのか。それは、単純に藤田の視線に遠慮しているわけではない。
まっすぐな娘だ。迷って、結局、弄ぶようなことはしたくない。彼女が思ってくれるなら、応えてやりたい。
要するに嫌われたくはないのだ。
ともあれ、待ち合わせの時間だ。
観客席に続く扉を開ける。
歓声を直接聞こえてくる。
「モノノベさん」
扉を出た途端に声をかけられた。
真智がいた。待ち合わせにはまだ十分あるが、すでに待ち合わせの扉の前に来ていた。
「良かった。本当にここでいいのか、すごい不安だったんですよ」
言葉の通り心細かったのだろう、ほっとしたような笑顔でモノノベに言う。
実際、知名度はあるとはいえ、支持するのは圧倒的に男性の比率の高い会場で、待ち合わせさせるのは無理があった。
「本当に真智さん?」
反省すると、同時に口をついて出る。
「どういう意味ですか? それ」
意地悪そうな笑みを浮かべて真智が言う。
真智のいでたちはといえば、藤田宅での作務衣姿とはがらりと違う。
普段、鎚を振るっているとは思えない、ほっそりとした体に、タイトなスーツ姿が良く似合う。ひっつめた髪もすっきりとおろし、艶やかなロングヘアが際立つ。
モノノベが聞き返してしまうほどの変わりようだった。
この日のために髪型を変えてもいるのだが、モノノベは印象がちょっと違うと思うだけで別に口に出すこともない。
真智にしてみれば、それが不満であることなど知る由もない。
ただ、モノノベはじっと真智の顔を見ているだけだ。
少し気後れしたような真智の顔。それから小さくうなずき、モノノベの顔を見た。
「なんだか変わりましたね」
この娘にはかなわない。
「そうかな」
「そうですよ。どう言ったらいいのか分からないけど」
「立ち話もなんだし、移動しようか。いろいろ話したいこともあるんだ」
「そうですね。いろいろ話してください」
「もちろん」
「やっぱり変わった」
「左腕、怪我か何かしたんですか」
控え室のドアを開けるとき左腕を使ったのを見て真智が言う。右腕を使うつもりがいつもの癖で左腕を使ってしまった。
物部はドアを閉めて、ため息をついてみせる。
「真智さんには隠し事なんか出来ないな」
「?」
かえって都合がいい。開き直ることができた。
「これを見てほしい」
物部は左腕の手袋を取り、ゆっくりと真智の前にかざして見せる。
真智が息を呑むのがわかった。そして、平静を装うとしていることも。
真智に椅子を勧め、モノノベはぽつりぽつりと、事の経緯を語った。
「こんなことになって、迷ってたことにケリがついた様な気がする。俺は日本で傷害事件を起こした。真剣を使った決闘だよ。十年来の同門の人間とね。その彼に再起不能の傷を負わせた。あのころ俺は、自分の身につけた技術を試したくてしょうがなかったんだよ。だから、彼に決闘を持ちかけた」
真智は黙って、顔を伏せたモノノベの顔を見ていたが、ポツリとつぶやく。
「彼となら勝てると思ったから? 彼なら殺せると思ったから?」
はっとして、モノノベは真智を見る。真智の悲しげで真摯な目。
「いや、彼と俺は互角の実力だった。俺が彼のようになっていてもおかしくはなかった。所詮、言い訳だが。今、俺はこうしてここにいるんだからね」
「大体、おじいちゃんから聞いてたとおりです」
「いつ?」
思いがけない言葉にモノノベは驚きを隠せない。
「本当にあいつの事を思ってるなら、知っときなって。知って、それでも思うなら、行けって。だから、来たんですよ。誰よりも物部さんから、この事を聞きたかったから」
改めて言われれば、事の経緯を知っている藤田が、真智にそれを告げていてもおかしくはない。
「そうか」
としか、言いようもない。
「で、ケリって何ですか?」
「?」
「さっき言ってたじゃないですか」
「ああ、そうか」
「しっかりしてくださいよ」
とは言うが、思いがけない展開に狼狽してしまっているモノノベは完全に絶句してしまっていた。
「ケリって言うのは、そうだな。結局のところ、俺は自分の身につけた技術から逃げられなかったってことなんだ。この技術で人一人を再起不能にして、こうして左腕を失ってもなお、拠り所になってしまっている。もうこの技術と寄り添っていくしかない。それを決意させるための代償がこの義腕なんだ」
「決意表明ですか」
「そうだね」
「私にもあります」
そう言って人差し指で、自分の目の下の火傷の引き攣れを指差してみせる。
「これが、私が刀鍛冶をやっていくための決意表明です」
「うん」
「おじい、いえ師匠に弟子入りしようとしてたときです。そのときはまだ、師匠に甘えてたんですね。無理矢理にでも弟子入りしてしまえば、許されるだろうって、師匠が留守のときに勝手に鍛冶場に入って、火を熾して見様真似で積み沸かしを鍛錬してたときに、破片が当たったんです。そのときは大丈夫だと思ったんですけど、思ったよりひどい火傷で、こんな跡が残っちゃいました。でも、整形手術で消せないわけじゃない。実際、師匠からも手術受けろって何度もせっつかれましたけど。でも、自分が造ろうとしてるのは、ちゃんとした技術がないとこんな火傷だけじゃはすまない。それを私に教えてくれたんです。刀鍛冶をやっていくときの自分の原点なんです、これ」
「そうか」
「もちろん、それだけじゃないですよ。師匠の打つ刀が好きだから。この美しくて危険な物に魅せられてるからです。それを造りたくて……。付け足しみたいですけど、そうじゃなくて、これが私の弟子入りの動機です。本当ですからね」
自然とモノノベの顔がほころんでいた。
喋りすぎたと思ったのだろう、真智のはっとした顔。
「ごめんなさい。モノノベさんを前にして」
「そんなことはない。何が大事かは、人それぞれだから。この義腕はやっぱり持ち重りがするから、気が滅入りがちなんだけど、真智さんのおかげで気が楽になった」
「そうかな」
「そうだ」
大真面目にモノノベが言う。
その様子に真智が顔をうつむかせ、肩を震わせる。笑いをこらえているようだった。
「何か、おかしい?」
「お互い真面目にしゃべりすぎてますね。実際、真面目な話なんですけど」
「そうだな」」
「そうですよ」
モノノベの顔から心なしか、かげりが消えたようだった。
「約束どおり、オト君、見せてください」
「そうだな。刀の事も気になるだろうし。それと」
「それと?」
「もう少し砕けた喋り方してもいいんじゃない」
「意外に執念深いですね」
「執念深いよ」
真智が笑う。
「行こうか」
「うん」
オトも刀も機密事項に属する事項だから、控え室で部外者の真智のために情報漏洩誓約書にサインしてもらう。サインを済ませた真智にモノノベがカードを手渡す。
「ここから先はこれを身につけとかないと、警報が鳴るから」
最後に念を押す。真智の顔がかすかに緊張にこわばる。モノノベは少し笑って格納室に続くドアを開ける。
部屋の中央にオトがいる。その周囲で整備員が黙々と整備を行っている。指示をしていたマイヤーがこちらを見た。部外者の姿に明らかにいらだっている様子。
「どういうつもりだ」
怒気も露わに真智を指差す。
「彼女はオトの刀を打ってくれてる刀匠の弟子だよ。今日の試合は特別だから来てもらった。話してただろ」
「女とは聞いてなかったけど」
「初めまして、藤田真智です。今日は忙しいのに、お邪魔してしまい申し訳ありません」
真智はごく普通に英語で挨拶してみせる。
「刀を打つような日本人は英語なんかしゃべれないと思ってた」
そんな嫌味に真智はにっこり笑ってみせる。
「彼女に刀を見てもらおうと思ってる。どこにある?」
「隣の装備室」
こちらを見もせずに、つっけんどんに返してくる。
「悪いね」
装備室のドアを開けながら、モノノベが謝る。
「気にしてないです。師匠で慣れてますから。ああいう物言い」
「そうだったのか」
「はい。師匠が機嫌がいいのって、物部さんが来たときぐらいですよ。孫みたいに思ってるんじゃないかな。やっぱり女より男の孫が欲しかったんでしょう」
「嫉妬してる?」
「少し」
笑いながら真智が言う。
刀の収納されたケースは備品室中央の棚に置かれていた。1・8メートルほどの細長い、金属製のケース。ケースを引き出し、テーブルに置く。モノノベは真智に手袋を手渡し、自分も手袋をはめる。
モノノベは鍵を取り出し、施錠されているケースを開錠する。
ケースを開け、刀を取り出す。鞘から抜き、近くの刀掛けにそっと置く。
真智の目が細められる。口元をハンカチで覆って、顔を刀の前に近づける。
手元にはLEDライトが握られている。それで刀身を照らしながら切っ先から刃区までじっくりと見る。
「できれば茎まで見たいんですけど、無理ですよね」
モノノベを振り返って言う。
「悪いね」
「いいです。ざっと見た限りでは状態はぜんぜん問題なしです。私が言うのもなんですけど、出来物だと思います。師匠が銘を切りたくなったって言うのもうなずけます」
藤田は自分の打った刀に銘を切るのを嫌っている。名を残すことに執着がないのだろう。その藤田が言うのだから、よほどの出来なのだろう。
「俺もそう思う。けど」
「けど、何です?」
「もしかしたら、出来物だから、出来物にしかできないから、今日の試合で潰してしまうかもしれない」
「どういうことですか」
「もうひとつの心残り」
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