第14話 独白2ーーー立合い2
私はドイツに渡った。
ボーラー博士の研究対象になるということは、予想以上に覚悟のいる状況だった。
容赦がないのだ。
自分で自分の体を見るのが怖いほどの手術を施される。私は解体された。そして、ロボットを動かす。
もどかしいほどの動きしかできないロボットに苛立つが、ボーラーとペネロペにとっては、驚くほどのデータを採取できているということだ。
だが、私には用意されたロボットの動きは到底、満足のいくものではない。
私の理想には程遠い。自分の剣術を保存できるからと説かれたからこそ、誘いに乗ったというのに。
言葉さえ発することが困難になっていた私にできるのは、無言でロボットの操作を拒否することだけだった。
彼らはより良いロボットを用意すると約束はしたものの、いまだにそれは果たされていない。その状況は今になっても続いている。が、もう今は問うまい。
物部の姿を、彼の動きを模したロボットを見たからだ。
私のロボットよりはよほどましだったが、ひどいということでは一致する。
どうあっても消せない、物部の癖、としかいえないものを、そのロボットは動きの端々に感じさせた。
それを見てまず感じたのは安堵だった。
やめていなかったな。俺が不随となっても剣術をやめていなかったように。お前も業からは逃れられない。できの悪いロボットに動きを教え込むようなことでも、剣術にかかわることならばやらずにはいられない。
そして、憎しみがわきあがる。
結局、お前も私と変わらない。逃げ続けて、逃げ切れずに技術の切り売りか。
なら、開き直ってしまえばよいものを、何をこそこそと隠れている。
お前がそこに居場所を得たなら、それでいい。
同じ場所に私もいたというだけだ。お前には私の再戦を受ける義務がある。
私の移し身が、物部のロボットと対等以上に戦えるようにするには、どうすればよいのか。
技術面から、どうあっても、他のロボットを動作で凌駕することは不可能だった。なら、与えられた中でできる最適な戦闘動作を、私の技術の集大成をシケーダに叩き込む。
歩法にはまったく期待できないから、必然的に最小限の動きで最大限の効果を得るようにプログラムするしかない。
もっとも困難な作業だ。
まず、ポジショニング。武器の動きを直前まで悟らせないこと。完全に相手をコントロールすること。
シャフトに参加する、特に動きを重視したロボットを擁するチームが、そうした勝利を目指していることは知っている。それらの上手を行くには、特に苦手とするパワータイプに勝つには、どうするのか。
アドバンテージは、かなりの精度で私の意図する斬撃のタイミングをロボットに反映させることができることだ。ハード面では及ぶべくもないが、ソフト面では私の戦略を正確に行うことができる技術力もある。
むしろ、これだけのことが、ボーラー個人でできることの驚きもある。
異様な才能を、ボーラーが有していることの証でもあるのだろう。たやすくモラルを飛び越えて平然としていられるような。
私の技術の大半を切り捨てたが、シケーダの出来にはそれなりに満足はしている。むしろ、この完成度は制約の多さゆえ、私の技術思想のエッセンスが抽出されているとさえ言える。
この安堵感はボーラーが事前に行った執拗なシミュレーションで、私の動きはほとんどデータとして保存されているということもあるのだろう。実験動物さながらに、私に関するデータをすべて絞りつくそうとするような扱いが、ボーラーならば取り落としなく保存されている。大丈夫という確信がある。
初めて勝利したとき、あまりの呆気なさに目を見張ったものだった。この程度なのか。開催から九年を経ているには、戦術が稚拙すぎる。長年のパワータイプの優位性が完全に戦術面の向上を遅らせてしまっている。
新技術を取り入れ、動作にこだわるクロムストーンの見解は、やはり特筆に価する。モノノベの戦術思想とよくマッチしているのだろう。本来なら跡形もないはずのモノノベの動きの癖を、ロボットを通して私に感じさせたことが、それを物語る。
モノノベは恵まれた環境にある。少なくとも、近い将来には自らの動きを、ロボットに体現させることが出来るであろう環境だ。
シケーダはオトに勝った。
これ以上ないというほどだ。これは、今までの完璧な勝利も合わせて考えるに、シケーダの戦術とシャフトという競技の相性が、かなり良いということもあるのだろう。
将来を見据え、汎用性を念頭において、人間の動きをシミュレートするオトと、そのオトを倒すためだけに、一世代前の機体を突出したソフトでもって対応するシケーダでは、目指す場所に違いがありすぎる。
何より気にかかるのは、モノノベはシケーダの動きに私の動きの残滓を、ほんの少しでも感じ取れたのか、どうかだ。
もとより、素性を明かせるものではない私にとって、モノノベとのかかわりは一方的なものにならざるを得ない。だが、圧倒的な勝利でクロムストーンに、容易に抜けないくさびを打ち込むことには成功したと思う。
モノノベ。お前はこの敗北をどう受け止める?
性能で圧倒的に劣るシケーダに完膚なきまでに叩き潰されて。
向かってこい。何度でも叩き潰してやる。
もう終わったことについて、取り留めのない思索に耽りすぎたようだ。
ペネロペが心配そうな目でこちらを見ている。
「今は少しでも多く休息をとりなさい」
ああ、そうだな。少し休もう。少しだけ。
最適軌道
道場の中でオトが型を繰り返し行っている。
解析室でモノノベのオトを見る目が、鋭く細められる。
その違いはモノノベにしかわからない。
オトの踏み込みが、甘い。
モニターには次々と型の軌跡が重ねられていく。その軌跡が徐々に鋭い弧を失い、鈍い円運動に収縮していきつつある。
マイヤーがモノノベを見る。モノノベと目が合う。
マイヤーは咎める目つきを、半ば諦めたようにそらす。
一回限りのはずだった、モノノベのオトへの直接の立合いによる調整は、常態化してしまっていた。
ノイズの根本的な対処が進んでいないためだ。立合いの後、すでに二度、ノイズが起こっている。
そして、いまだにオトの挙動は不安定で、いつノイズが再発してもおかしくはない。
次の試合が近いこともあり、これ以上、調整を遅らせるわけにはいかない。
なまじ、直接の立合いが、ノイズに対して効果があったことが、この悪習を常態化させた。
だが、立合いがノイズを矯正するのに、どのように作用するのか。
結果だけを記せば、今期中にノイズが解明されることはなかった。
オフシーズンに、完全に解体して頭部演算装置、眼球ケーブル間と頭部演算装置、脊髄ケーブル間の一本に接触不良が見られたこと、以降、ノイズが発症していないことから、これが原因と考えられている。全身の情報を統御する頭部演算装置と、神経の役割を果たす、ケーブル間の不具合と結論されてはいるが、はっきりと断定されてはいない。
「やはり、やめよう」
この期に及んでもマイヤーは、そう言わざるを得ない。
すでに道場で、スタンバイを済ませているモノノベは、その声に答えない。
オトと対峙し、極度の集中に入っているため、聞こえていないのかもしれない。
モノノベは、当初から変わらず、立合いでオトが真剣を使用することを頑なに主張しているから、極度の集中を必要とするのも無理はない。
これまでうまくいったからといって、プログラム通りに自分の息の根を止めようとする、原因不明のバグを持つ機械を相手に、今度もうまくいくとは限らない。
ここまで自分を危険に晒す必要があるのか。マイヤーは何度もモノノベに問いかけたが、モノノベはこれくらいでは危険の内に入るとは思っていないのか、ただ、笑うだけだ。
だが、モノノベにはマイヤーに言っていないことがある。
最初より、二度目、二度目より、三度目、徐々にオトは手強くなってきている。
直接の立合いによるノイズの矯正は、多少なりともノイズの影響を小さくしてはいるようだった。それはその分、モノノベが手こずることを意味する。
前回は思ったよりも、早い太刀行きに、ひやりとする場面もあった。
相当、覚悟してかからなければならない。
「始める」
まったく、マイヤーの言葉に頓着することなく、モノノベはスタートを宣言した。
しかし、オトは動かない。
「どうした?」
「いやな予感がする」
マイヤーの言葉もモノノベには、自分を引き止める口実にしか思えなかった。
「本当に大丈夫だと思っているのか? 今度も無事とは限らない。何が起こるかわからないのに。この状態のオトを試合に出すこと自体、私には正気の沙汰とは思えない」
「二度、三度とこの危険行為に加担していることは忘れていないだろう?」
唇をかむマイヤーの姿が想像できた。
「スタートさせる」
マイヤーの声。
どれだけ回数を重ねても慣れることはないのだろう。モノノベがオトの刀の間合いに入るたびに、マイヤーの悲鳴にも似た声がヘッドセットを通して聞こえてくる。その声にテンションを乱されないように、声が聞こえるとスイッチを切るようにしている。
オトも狡猾になっている。耳元にあるヘッドセットのスイッチを切るために、右手を離す。その動作の隙を突いて、オトが切り込んできた。重量のある踏み込みは、鋭い。
臆することなくモノノベはオトの間合いに飛び込んだ。飛び込みつつ、ヘッドセットのスイッチを切る。大音響のマイヤーの悲鳴がぶつ切りに。
体の右側で重い風切り音。
今回のノイズは踏み込みの甘さから来る軌跡の修正だから、オトが体勢を立て直す前に間合いを取るため離れる。
オトの刀が最適軌道なら届く、ぎりぎりの距離。
もう一度、オトの斬撃。まだ、踏み込みは甘い。届かない。
だから、その距離を正確に保つ。ほとんど動かずに、オトの斬撃を紙一重で避けてみせる。
自分の技量なら、という実力に裏づけされた自信があるから出来ることだ。そして、マイヤーが毎回、叫び声を上げるのも無理はない行為だ。
ノイズが最初に発生した時、カプセルの中でカロは異様な遊離感を味わっていた。
もともと、仕方なしにはじめたこととはいえ、回数を重ねるにつれ、オトに対して一種の共感を抱くようになった。
最初は木偶としか感じていなかったオトの痛みを軽減しているという実感さえあった。
それをノイズは一瞬で断ち切った。
その動揺は普段のトレーニングに現れる。
「レベル3でのキューブの阻止率50パーセント。先週より更に5パーセントも低下してます」
スタッフの言葉。ポーラの厳しい顔。
アノダインとしてキューブの阻止率は、最低でも90パーセントを維持する必要がある。間断なく、時速100キロを超えて迫るキューブの群れのうち、半分を見過ごしていては、一秒もたたないうちにオトは戦闘不能に陥ってしまう。
「前みたいに跳ね返ってたなら、どやしつけてなんとかなってたけど、いまはそういう状況じゃなさそうだしね」
カプセルから出てきたカロがポーラのほうを見る。なんともないという風に気丈を装ってはいるが、これまでカロを見てきたポーラにはどうにも目の陰りが気になる。
「もう一回でしょ」
挑むようにポーラに言う。ポーラは頭を振る。カロの怪訝な目。
「話がある」
周りのスタッフに目配せする。打ち合わせ済みのスタッフたちは部屋を出ていく。
部屋の中にはカロとポーラだけ。
「ちょっと調子を落としてるだけなのに、ずいぶん大げさなことするね」
黙ってポーラはカロに椅子を勧める。
居心地が悪そうに椅子に座るカロを見ると、ポーラは部屋の隅のコーヒーメーカーで、二杯のコーヒーを注ぐ。一杯をカロに手渡す。
「砂糖とミルクはたっぷりだったね」
要領を得ない顔でうなずく。
ポーラもカロの対面の椅子に座ると、一呼吸、間をおいて切り出した。
「話ってのは……」
「阻止率が低下してること?」
「それもある。でもそれだけじゃない。肝心なのはあんたの落ち込みっぷりなんだ」
「あたしが? 落ち込んでる?」
ポーラがうなずく。
「何で落ち込んでる?」
「ちょっと待ってよ」
「あれで隠してるつもりなら本当にあんたは馬鹿だよ。見るやつが見れば分かるんだ」
「要するにポーラがってことでしょ」
ポーラはうなずく。
「何でそんなに落ち込むんだよ。どんな失敗したって、いっつも平気な顔してたのに」
「だから……」
なおも言い募ろうとするカロをポーラが正面から見つめる。
カロはその目から逸らすことが出来なくなっていた。カロを本当に気遣う目。
しばらく、見詰め合っている。ポーラの目が少し緩む。カロも目をそらした。
「サボってばっかだったけど……」
観念したように話す出す。
「ん?」
「この仕事嫌いじゃない」
「うん」
「ノイズだったっけ? あれが初めて起こった時、オトと断ち切られたような気がした」
「どういうこと」
「あくまでも私の感覚なんだけど、ポッドの中にいると、あたしとオトは何かつながっているって感じてたの。オトの痛みを一緒に感じているような。ただ、あのノイズが起こったとき、それが全くなくなったんだ。今もそう。いつもとはどこか違う。前はおぼろげだけど、オトがダメージを受けたとき、それを少しだけどポッドの中で気づくことが出来たの。今はそれがない。怖いの。こんなふうに一方的につながりをきられるの」
確かにモノノベやマイヤーの悪口は一日と空けず聞くが、オトのことは悪く言ったことはない。
何より驚きなのはカロの感覚だ。優れたアノダインほど、機体とダメージを共有しているような感覚にとらわれる傾向がある、という報告を読んだことを思い出した。
そして、つながりを一方的に切られることに対する恐怖を吐露したカロ。ポーラはカロの生い立ちに思いをはせた。
ポーラは出来るだけカロを安心させるような、笑みを浮かべる。
「大丈夫。それはあんたが自分の仕事に誇りを持ってる、いいアノダインって言う証拠だから。心配しなくていい。だけど、一言、相談してほしかった。あんた一人で悩んでたってしょうがない。つながりって言うのはそういうもんだろ」
カロは怒鳴りつけられるとでも、思っていたのだろうか。ぽかんとした顔でポーラを見る。
やがて、得心がいったのか、カロの顔に笑みがぱっと広がる。明るい笑み。
「とにかく、もう気に病むな。ノイズの事だってマイヤーやクリスが何とかしようとがんばってるじゃないか」
マイヤーといったとたん、カロの顔が露骨に曇る。
「そんなにマイヤーが嫌い?」
普段は聞くに聞けないが、今はそういう質問も許す気安い雰囲気があった。
「ブサイクなのに私をフッた奴に似てるから」
本当にわかりやすい。とはいえこれをマイヤーに言ったらどんな顔をするのだろう。あの仏頂面が無様なほど崩れる様を想像して、思わずこみ上げてくる苦笑を我慢する
とはいえ、カロは本当に吹っ切れたように椅子から立ち上がる。
それを潮と見たのか、ポーラも立ち上がる。
「じゃあ、練習、続けようか」
「えっ! もう終わろうよ」
間髪いれず、ポーラの怒号が部屋に響きわたった。
これが、三回目のオトとモノノベの立合いの始まる、七時間前のこと。
次の試合が近づいてくると、カロたちアノダインのスタッフも、ファクトリーの居住区域に寝泊りする。どんなことから、情報が漏洩するか、分からないからだ。
どうにも寝付けない時、カロは夜中、道場にオトの姿を見に行くことがある。
その日も、そうだった。
だが、最新機器の塊のオトは厳重に管理されている。オトに限らず、ファクトリー内のすべての設備は申請とIDカードなしには、トイレさえ使用することも出来ない。夜中ならなおさらだ。セキュリティは、特にオトの格納されている道場の辺りが、最高レベルに設定される。もともと、道場は完全に外部から切り離された状態で運用されているし、夜間は決して人が入り込まないように、監視カメラはもちろんのこと、温度、湿度変化、二酸化炭素の濃度変化さえモニターされ、完全に監視下に置かれる。
そのセキュリティを逆手にとる術をカロは心得ていた。
逆手、というべきか。ベッドに寝転がったままのカロは、おもむろにベッドサイドの携帯を手に取る。登録された番号のひとつを呼び出す。
「ああ、ボブ? 今日当直よね。いつも悪いんだけど、ちょっとだけ、ほんの十分だけ警報切って。いいよね。今度は、絶対、いい娘、紹介するから、絶対、いい娘だから。え、まだ切ってない? どうして? まだ、モノノベとマイヤーが使ってる。二人だけで。ふーん、ありがと、ちょっと見てくるわ、夜更かししないで、子供は早く寝なさいって叱ってくる。じゃーね。またよろしく」
一方的に携帯を切る。
カロはベッドから跳ね起きて、部屋を出る。
とりあえず、オトは動いているだろう。その姿を見さえすれば満足だ。だが、解析室に入ってマイヤーと鉢合わせするのは、むかっ腹が立つから、搬入庫側からそっと見ればいいだろう。手前勝手にそう判断して、鼻歌交じりに廊下を進む。
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