第10話 ノイズ

         ノイズ



 ユナイトイーグル、ヘカトンケイルと相対すはオト。

 立会いも中盤。

 巧みなりヘカトンケイル。動作師匠付けたるは伊達にあらず。

 終に右肩に食い込む刃、オトの駆動装置、打つ。

 破壊、免れるも障害起こり、稼働時間、僅か。

 忽ち、オトの動き、精彩を欠く。

 ただ、攻めを防ぐのみに刀使うは、モノノベのもっとも厭うところ。

 右腕、ついに動き止める。オト、左手のみで刀持つ。

 不意にオト、背中向ける。負けを認めたるか。

 敵、勢いづく。その背に刃、突き立てんと。

 突如、オト、翻身。相手の剣、紙一重に避ける。

 オト、翻身の力、利用。

 その力、ヘカトンケイルの頸部を裂くに十分。

 辛勝なり。


 今期からモーションマスターを得たヘカトンケイルは、サーベルを使う。多彩な攻撃が売りのパワータイプ。

 繊細な動きが多少は出来るとはいえ、パワータイプではモーションマスターをおく意味がない、との批判もあったと聞く。逆に言えば技術が枯れ、パワーを得るためにモーターを使用するパワータイプでも、動きにかなりの精度を得ることが出来るようになったということでもある。

 だが、ヘカトンケイルの勝利は今のところは、ゼロ。付け焼刃の印象はぬぐえない。

 そして、今回、ヘカトンケイルは、牽制にオトの脚部を狙ってきた。

 上半身の百五十キロを超える重量を支える脚部はパワー、モーションの共通の弱点だ。そのため、脚部を狙うことはルール上、禁止されていないものの、攻撃の対象としないことが暗黙の了解となっている。

 パワータイプ、ヘカトンケイルが牽制として、モーションタイプの脚部を狙うのは、いわば敗北宣言してしまったに等しい。

「よく決断した」

 モノノベのつぶやきからは、冷静な響きしか感じない。彼我の能力を冷静に判断すれば、そうせざるを得ないだろうとでも言いたげだ。

 無論、オトには脚部への攻撃は、慎重に避けるように動作を教え込んでいる。あくまでも、牽制とわかってはいても、かすっただけで不具合が出かねない。

 隅に追い込まれないように、回避動作を繰り返す。繰り返すだけで攻撃に移ることが出来ないのは、相手の脚部への攻撃のタイミングが巧みだからだ。弱点への攻撃だけに慎重に動作することを見越している。

「バッテリー切れを狙っているか?」

 モノノベは相手の攻撃に、そんな意図を感じ取っていた。

 オトに限らず、機体の人工知能は感情や体調に左右されないから、突発的な行動にも十分、冷静に判断、対処できるが、今までの経験にない攻撃にどこまで対応できるか。

 バッテリーの容量はヘカトンケイルが上だが、こうまで一方的に攻撃を繰り返していれば、先にバッテリーが切れてしまうだろう。

 そう思った瞬間に、ヘカトンケイルが動いていた。まず、オトの足元を右に薙ぐ。そのまま、左に薙ぎにいかず、右手に高々と剣を掲げる。

 隙だらけの姿。

 好機と見たオトもすかさず、反応する。バッテリーの残量も残り少ない。一気に決着をつけるために、咽喉元めがけて諸手突き。

 その動作を検知したヘカトンケイルが、半身に体を引く。オトの切っ先がヘカトンケイルの喉元をかすめ、宙に吸い込まれる。

 すかさず、ヘカトンケイルの剣が動く。しかし、それで勝負は決しない。

 オトの小手をめがけて、打ち下ろされるはずの刃が砂地に足を取られて、バランスを崩したためだ。

 刀を両手で握るオトの腕の輪の中に、上から剣を差し入れたような格好。

 それでも、引き抜くときに剣がオトの右肩を打つ。いやな火花が一瞬、ひらめいた。

 攻撃を受けたときのプログラムに従い、オトは間合いを取るために離れる。

 すでに右腕は使い物にならなくなっている。左腕だけで刀を持っている。

「バッテリー容量が少なくなったら、突きで決めにいくパターンを読まれていたか」

 マイヤーの声。あくまでも冷静だ。

「終わりだね」

 マイヤーの言葉には、それなりに根拠がある。非力なモーションタイプにあって、十分な打撃力を得るための運用法として、両腕を駆使して戦う剣術を選択しているオトにとって、片腕のみで戦うことは戦闘力が半減か、それ以下になったに等しい。苦い顔でモノノベはその言葉を受ける。

 いずれにせよダメージ判定は、即時、機能停止とはならないものの、常にアノダインは高レベルのペインイメージの嵐にさらされているはずだ。

「もって三秒ってところか」

 マイヤーの見立ては、一秒もはずれてはいないだろう。

 そのとき、オトがヘカトンケイルに、肩に刀を担ぐ格好で背を向ける。

「?」

 モノノベの怪訝な顔。

「あと二秒」

 マイヤーののんきな秒読みの声。

 背を向けたオトを決着のチャンスと見て、ヘカトンケイルは一気に間合いを詰める。

 その機先。オトは体を、まるでピッチャーが投球するように全身を使って翻転させた。

「何?」

 モノノベの驚愕の声。

 体を翻らせる、その勢いに乗せて、右手の刀を横一文字に切りつける。その動作は結果として、オトの背中を割ろうと振り下ろされたサーベルを紙一重によけてさせていた。

 そして、刀はヘカトンケイルの首のリーサルコードを切断している。

 残心もへったくれもない。オトは二本の足を紐のようにもつれさせ、グラウンドに倒れている。

 マイヤーは秒読みをやめていた。

 代わりに悲鳴を上げている。

「モノノベ! 調整終わったばかりなんだよ! あんな無茶な動きじゃ、また、一からやり直しじゃないか」

 モニターからは劇的な勝利に、アナウンサーの興奮した声が聞こえてくるが、モノノベは聞いていない。マイヤーの抗議に、ただ力なく首を振るだけだ。

「あんな動きは教えていない」


 オトの動作はモノノベの教育に強く影響される。

 それは前述したように、モノノベが自分の身に付けた剣術をロボットの動きに合うように選別、矯正したものをオトに教え込むからだ。

 基本的な動作、素振りから、斬撃まで膨大な数の動作をこれまで教え込んできた。オトの動きは、モノノベの教育した域を出ることはない。モノノベにとってどんな状況であってもオトがとるであろう動きは、ある程度予想することが出来た。

 しかし、対ヘカトンケイル戦での窮地の際のオトの動作は、モノノベの想定の範囲を超えていた。

 片腕が動かない状況では、オトのとる行動はカウンター狙いの突きしかない。

 それもバッテリー容量も少なく、機体も機能停止寸前となれば、相手は逃げ切りを狙うのが定石だろう。

 それをオトは背中を向けることで、相手の攻撃動作を誘った。

 すばやい翻身で刀には体重が乗り、右腕のみの斬撃のパワーを十分すぎるほど補う。

 むしろ、そのパワーは強力すぎた。斬撃の効果を得るためとはいえ、各部の人口筋肉に負荷がかかり、こなれたばかりの人工筋肉をすべて取替える結果となった。

 それをふまえ、モノノベは人工筋肉に、必要以上に負荷のかかるような動きは、教育していない。

 まして、自分の動作で足をつれさせて、倒れこむようなものは以ての外としている。

 こうした話も背中を向けたときに、すぐさま背骨を割られなかったからだ。それほどきわどいタイミングだった。

 モノノベとクロムストーンの一致した見解として、のるかそるかの戦法は排除することにしている。どうしても不安定になるし、ピンチになってからでは勝ち目が薄いというのもある。

 ベストコンディションであれば、きわめて高い勝率が望めるようになってくれば、なおさらだろう。

 だから、窮地にあって、乾坤一擲をそのまま行動に移したような、このオトの動作は問題になる。

 まるで想定外の動作を起こした原因は何なのか。

 人間なら話は簡単だ。どうしてなのか聞けばいい。

 オトの場合はこの動作を起こしたバグがどこにあるのかを、これまでの膨大な戦闘経験で、ブラックボックスと化したAIから洗い出さなければならない。

 何かしら動作させるたびにバックアップを取っているとはいえ、原因はきっちり究明しておく必要がある。

 ソフト的なものであればいいが、ハードの不具合がこのバグを起こした可能性もある。

 フォーマットするという手段は、これだけの戦闘経験値を蓄積したAIでは考慮の対象にもならない。

 これまで、一度もこうしたトラブルが起こっていないことは、機体の管理を一任されていたマイヤーをはじめとする技術者のエンジニアとして、プログラマーとしての優秀さを物語っている。とはいえ、初めて起こったトラブルがこうした、予期さえしていなかったものであったことは、問題の前途多難さを感じさせた。


 クロムストーン。道場。

 モノノベが搬入されたばかりのオトの素振りの様子を見ている。マイヤーもクリスも横にいる。

 最初の一振りを見た、その顔は険しい。

 素振りは十一回。

「もういい」

 苛立ちを隠さない声。素振りを止めさせる。スタッフのおびえた顔。

「モーションを色分けして表示してくれ」

 それを見て、モノノベはため息をつく。

「これもノイズの影響だと思うか?」

 今回のオトのバグは便宜的にノイズと呼称する事にしている。

「まずどこが悪いの」

「刀のインパクトが一センチから二センチ短い。遠回りに振るから、速度も遅くなっている」

 素人目にはオトの素振りの問題点は分からない。そのことに、さらに苛立ちを募らせ、モノノベは言う。

「以前の素振りの動作と重ね合わせてくれ」

 強化ガラス越しに刀を構えるオトの姿に映像が重ねあわされる。

「素振りを、一回だけ」

 振り上げられる。それに合わせて映像も。

「まず最初、振りかぶったところから」

 モノノベの指示に従って二つのオトが刀を振り上げられる。

 その切っ先の角度。

 ノイズ前の動作。振り上げられた切っ先が、オトの後頭部より上に位置し、跳ね上がったような格好なのが、現在の切っ先は首の後ろ辺りまで沈み込んでしまっている。

「これだと、一旦、頭上まで持ち上げる分だけ、初動が遅くなる。次は軌跡を示して、素振りを最後まで」

 軌跡を示すと、その差は歴然となる。

 インパクトを頂点としたクチバシのような鋭い楕円を描く軌跡がノイズ前。インパクトの頂点があいまいで、クチバシというよりも半円になっているのがノイズ後。モノノベの指摘のとおり、インパクトの頂点もノイズ後は近い。

 軌跡もノイズ後の方が大きな円を描いているから、素振りが終わるのも遅くなっている。

「これは通常の素振りをさせただけ?」

「はい、通常のウォーミングアップメニューです」

「これがノイズの影響だってはっきりしてるの? ほかの可能性は」

「ほかの可能性はないね」

 マイヤーが断言する。

「これからほかの動作も検証しますが、基本となる素振りで、これだけのノイズが出ているとなると、複雑な動作では、その影響はより大きくなっている、と見るべきでしょう。何とか最適軌道に乗せていたものが、これほど歪んでしまうと、その修正にも時間がかかる。次の大会までに、すべての修正が間に合わなかったときのために、斬撃を後回しにして、突きを中心とした動作を中心に修正を始めていこうと思っています。試合のときは斬撃を封印せざるを得ないでしょう」

「うん、その方向で頼むよ」

 クリスはいったん言葉を切る。

「それにしてもノイズの原因は何なんだろうね。これまでの戦闘経験から、オトが新しい流派を興そうとしているのかね」

「新しい生命の誕生とでも言いたいの?」

「まあ、そうとは言わないけどね。ノイズの発生があまりにもいきなりだったから」

「馬鹿馬鹿しい。オトのAIがフレーム問題を解決できるようなものでないことは、僕が一番よく知ってるよ」

 マイヤーは一顧だにしない。

 フレーム問題はコンピュータ(AI)に人間と同様の知能を与えようとした場合に重要な難問の一つとなる。ロボットに「書店で本を買え」と命令した場合、現実世界では無限の問題が起こりうるが、大半は命令とは関係のない問題だろう。だが、コンピュータが複雑に高度になればなるほど、無限に存在し、大半は命令とは関係のない問題まで処理しようとする。そして、問題が無限に存在するだけに、その処理にも無限に時間がかかる。フリーズしてしまう。

 逆に言えば、人間は無数の問題の中から、命令に関連することだけを選び出し、実行することが飛びぬけて早い。あるいは命令に関係のないことは、無視すると言ってもいい。なおかつ、さまざまな問題に対応できる。

 フレーム問題の解決はAI研究において、かなり大きな比重を持っている。

 むろん、オトのAIは人間の動きという複雑な動作を統括し、最適な動作を選び出すことの出来る優れたAIだが、シャフトという競技にのみ特化されているだけだ。行動が近視眼的ということでもある。

 目の前の対戦相手の動きにしか対応していないし、対戦相手が攻撃を仕掛けてくるであろう方向以外から、何か物が飛んできても何も出来ない。そういう状況をはじめから考慮させていないからだ。

 手持ち武器のみを認め、弓などの飛び道具が禁止されているのは、そういった理由もある。

 一対一、手持ち武器のみ、目標は目の前の相手の破壊、追加として特定部位の破壊、というふうに、なるべく状況を限定させている。

 それでも、シャフトの理念の中にAI研究の振興があるのは、ロボット技術の向上にAIの発展は欠かせないという理由からだ。どうあっても、フレーム問題には直面する。現状は、それを克服する可能性を模索している段階だ。

 クロムストーンはオトの構造からAIの製作まで、マイヤーに全権をゆだねている状態だから、大規模な研究チームを組む必要のあるフレーム問題に踏み込めるレベルではないことは確かだ。マイヤーは優秀なだけに、フレーム問題は興味のあるテーマだから、それに携わることが出来ないのは、忸怩たるものがあるのかもしれない。

「まあ、そうだけど」

「動作を完全に元に戻すのは……」

「そこまでする必要はないかもね」

 モノノベの言葉をさえぎって、マイヤーが言う。

「バックアップを使うのか?」

 モノノベの問い。

「それは最後の手段だろう? そうじゃない。ノイズで起こった不具合は修正できるところは修正して、キミはその監修にあたってみるって言うのはどうだろう」

「何?」

「オトの『考案』した技を、キミが修正して使えるようにするってことだよ。オトに生命が芽生えた云々は与太話としても、今回のバグは非常に興味深い。出来れば、このままオトのメインAIとして使用したい。モノノベ流オト派剣術の誕生というわけだ。」

 クリスも最初は怪訝な顔をしていたが、モノノベ流オト派剣術という響きには少し興味を持ったようだった。

「戦闘経験を元にロボットが編み出した剣術というわけか」

「バグの解析はもちろんやってるよ。じゃないと制御できないしね。実地検証できるとなればなおさらだ。この絶好の機会を逃す手はない」

「面白いね。それにいいプロモーションになる」

「私は反対だ。そんないい加減なものに責任は持てない」

「モノノベ」

 とは、クリス。

「怖いのか?」

 マイヤーがモノノベを見据えながら言う。

「怖い?」

「オトがキミの手を離れることにだ。これまでキミの剣術を忠実に実行してきたオトが、今度は立場が反対になる。オトからアウトプットされたカタナのコントロールを試合に通用するように調整することが、キミには我慢が出来ないんじゃないか」

「マイヤー、それは言いすぎだよ」

 なんともいえない緊張した雰囲気。

「そうかな」

 マイヤーはそれほど気にした風もない。モノノベはしばらくマイヤーを見る。

 やがてあきらめたように笑う。

「やるからには手抜きをする気はない。ものにならないなら、すぐに廃案にしてもらう」

「無論だね」

「でも、モノノベは明日から日本に行くんだったね」

「カタナか?」

「ああ」

「じゃ、とりあえず宿題は持っていってもらうよ。帰ってくるまでに仕上げておくこと」

 モノノベは苦笑する。

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