第8話 対戦ーーー劉英奇2

 第三戦のプログラムがすべて終了した後にもかかわらず、空席はそれほど目立たない。客の大半は残っているようだった。

 それだけ興味をそそる対戦ということだろう。

 搬入口からオトが姿を見せると歓声が上がる。

 その姿を、モノノベは例によってモニターで見ている。横にはクリスとマイヤー。

「今回はデータ取りの絶好の機会と割り切ったほうがいいね」

 マイヤーがいかにも不満そうに言う。

「そうだね」

 応じるクリスに、唇を噛み締め沈黙したまま、モニターをにらみつけるモノノベ。

「悔しいのは私もマイヤーも同じだよ」

 モノノベはその言葉に答えることができない。

 戦いは始まった。


 二体、相対す。

 動かず。

 動かず。

 於菟、動けず。

 それ初端より見抜きしは虚蝉。

 漫ろに歩くが如き歩みにて虚蝉、於菟へ。

 なお、於菟、動けず。

 やがて、その距離、互いの間合い。

 それでも於菟、微動だにも出来ず。

 虚蝉、動く。

 外套持ち上げ、虚蝉、刀露わに。

 刀、於菟に向かわず。

 青く濡れた光、煌かせたる刃、向かうは己が左のまなこなり。

 躊躇なく、虚蝉、己が左まなこを貫く。ばちり、と火花散る。

 観客、悲鳴。

 刃抜く虚蝉。何かを待ちたる風情のまま立つ。

 呼応したるか。だしぬけに於菟、動く。

 於菟、虚蝉に拝跪す。

 さながら主に謁見するが如き。

 観客、どよめく。

 下僕が如き姿勢に満ち足るるか、虚蝉。

 首を差し出す於菟、斬首。

 観客、声もなし。


 声もないのは、戦いの様子を眺めていた三人も同じだった。

 シケーダが左眼を自らつぶし、オトが膝を屈した。アナウンサーの「オトが敗北を認めたァ!」という絶叫がここまで聞こえてくるほどの静寂だった。

「あれは何?」

 クリスの起伏のない声。

「オトが、相手への攻撃の成功の可能性を検証した結果、すべて見込みなしと判断した場合のみ、ひざまずくようにプログラムしたんだよ」

 机に座って頬杖を突いた姿勢で、それのどこが悪いというようなマイヤーの声。

「打つ手なしじゃああする以外にないだろ?」

 悪びれる様子もないマイヤーの頬を思いっきりクリスは張り飛ばす。次はモノノベの頬を張る。怒気のこもったクリスの視線がモノノベを射る。

「知ってただろう?」

「はい」

 ここでクリスは自分を落ち着かせるためか、深呼吸をしてみせる。

「この敗北は君たちが思ってる以上に、深刻な事態になるだろう。素直に負けるよりも、はるかに悪い。あんな負け方したんだ、コメントを求められるから、申し開きがあれば聞いておくけど? 無ければ、適当にでっち上げるよ」

 返事は無い。

「じゃ、適当に言っておく。あと、私が帰ってくるまでに、ほかにもあんな動作をするプログラムがあれば全て、報告するように。もう一度言うよ。全て、リストアップして私に報告するように。わかったね。返事は?」

「はい」

 という二人の声が重なる。

 返事を聞くや、忙しなく部屋を出て行く。

「殴ったのは悪かった」

 出て行きざまのマイヤーの言葉だ。

「思いっきりやられたね」

 真っ赤になった頬をさすりながら、マイヤーが言う。

「じゃ、リストアップでもしとくよ。君は災難だったね」

「気にしなくてもいい」


「あの動作は無論、私も知っている。劇的だっただろう? 実に強烈にオトの敗北をアピールしたからね。もちろん、悔しいよ。しかし、私個人の意見を言わせてもらえば、オトからあの動作を引き出したシケーダに素直に敬意を表するね。ただ、視覚センサーをつぶしたあの行動はAIの暴走かな。あまりにもこちらを舐めすぎている行動だ」

 続いてはペネロペ。

「まさか、あんな動作を用意しているとは夢に思いませんでした。個人的には、あの動作は潔くて、好ましい。ただ、クロムストーンはオトに武士の行動を教え込みすぎたきらいは感じますね。もっとも、こちらも相手のことは言えませんが」

 続いてインタビュアーがシケーダの自傷を見事に処理したことをたたえる。

「ありがとうございます」

 笑みを浮かべて答えた。

 次はカロのインタビュー。

「私はいったい何なのよ。やることなんて無いじゃんよ。出番なしか、手遅れかどっちかじゃん。いろいろ言いたいことが山ほどあるけど、ムカついて何にも言えないわ。はい終わり」


 暗い部屋にモニターの光。モノノベがモニターを凝視している。

 かすかな光で見える時計は、すでに八時。エキシビジョンマッチが終わってから、三時間が過ぎている。

 何十回目かのオトの斬首の光景を見て、ようやく、モノノベはモニターのスイッチを切る。部屋が暗闇に満ちる。

 スタッフルームを出る。

 誰もいないと思っていたら、マイヤーがこちらに来るところだった。

「早いな。今からホテルか?」

 マイヤーはオトのAIから機体の整備を一手に引き受けている関係上、もっと遅い時間、深夜まで居残っていることも珍しくない。必要なら、モノノベもマイヤーが納得いくまで、つき合わされる。反対もまた然り。

「ちょっと飲みに行かないか?」

「珍しいな。お前のほうから誘ってくるとは」

「君も飲んだほうがいいと思ってね。気づいてないんだろうけど、相当、怖い顔になってるよ」

「そんなことは……」

 言いつつ、無意識か、頬を撫でてみせる。

「君がそういうことをすること自体、おかしいんだよ」

 マイヤーが笑ってみせる。


 二人してコロシアムを出る。どこに行こうかと言うこともなく、繁華街のほうへと歩き出す。

 ほどなくガチャガチャという音が前方から聞こえてきた。子供の歓声も聞こえる。

 二人が音のほうに目を向ける。四、五人の学生らしき姿。それを取り囲む子供たち。その中心にモーターやフレームがむき出しになったロボットがいた。せわしなく手足を動かし、こちらに向かって走ってくる。走ってくるとはいえ、急ぎ足程度の速度。

 学生たちはロボットに直接つないだ端末から上がってくるデータを解析している。

 その様子を物珍しそうに子供たちが歓声を上げて、見つめている。

 ロボットは下半身のみというわけではなく、上半身も備えた本格的なタイプ。

 けたたましい機械音をたてて、二人の横を通り過ぎていく。

 普段なら路上でロボットを運用するには煩雑な手続きが必要だが、シャフト開催中はコロシアム周囲がロボット実験特区に指定されるため、研究目的であれば、周囲に介添人さえいれば、簡単に許可を得ることができる。

 今、横を通り過ぎていったロボットとその集団も、そのうちの一体なのだろう。

「ちょっと上半身と下半身のバランスが悪いね。あれだと向こうの坂で……」

 言い終わらないうちに、がしゃんと何か倒れる音。おそらくさっきのロボットだろう。

 同時に男たちの悲鳴と、子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。

 二人は顔を見合わせる。

「さすが」

 モノノベの言葉にマイヤーは軽く手を上げて応える。

 モノノベがちらりと後ろを見る。

 二人の横に黒塗りのリムジンが横付けされたのがその直後だ。車は最新の燃料電池を使用したタイプ。速度、パワーと静音性をかなり両立している。車は後部座席にかなりのスペースが取られている、いかにも、かなりの資産家の乗る車といった雰囲気だ。

 二人が立ち止まると車も止まる。

 ウィンドウが音もなく下がる。劉の笑顔がそこにあった。

「こんばんは」

 意外ながらも、モノノベは会釈をかえす。

「そちらはマイヤーさんですね?」

 マイヤーの怪訝な顔。モノノベが耳打ちしてやっとうなずく。

「これから夕食でしょう? ぜひご馳走させてください。このような場所ではゆっくり自己紹介もできない」

 そう言って劉はドアを開けて見せる。

 が、前回のこともある。微妙な表情で乗るのをためらっているモノノベに劉は合点がいったように微笑んでみせる。

「クロムストーンの方を誘ったのですが、断られてしまいました。大丈夫です。前みたいな料理は出しませんよ。安心してください」

 そう言われては乗らないわけにはいかない。珍しくマイヤーも誘いに乗るつもりらしい。クラフトドラゴンのタイガーワンの機体について、何か聞ければと思っているのだろう。

 リムジンの後部座席は六人がゆったり座れるだけのシートが向かいあわせにすえられている。二人は進行方向とは逆のシートの方に乗り込む。

 が、同乗者の姿を見て、マイヤーは顔をこわばらせる。

 澄ました顔でカロがいた。マイヤーの顔を見もしない。珍しく着飾っている。そうしていると、いかにも良家の子女を言った風情。

 マイヤーにしてみれば、それさえも気に食わない。何も言わずに降りようとするマイヤーを無理やりシートにつかせる。自分ひとりでは、あまりにも気詰まりだからでもある。

 ドアを閉め、走りだし、モノノベに車内を見渡す余裕ができた。そこで自分の目の前にもう一人の同乗者がいることに、いまさら気づいた。

 気がついてみれば、これほど存在感のある女性もいない。ペネロペ・クアントだった。

 プローブスーツではない姿を見るのは初めてだった。白いシャツに黒のタイトスカート。無造作にアップにした髪。洒落っ気がまったくないのに、その雰囲気は、周囲の視線を一気に引き込んでしまう。物憂げに窓の外を見ている。

 車内に静かに満ちる、ペネロペの芳香がモノノベの鼻腔をくすぐる。

 逸してしまった、声をかけるタイミングをうかがううちに、ペネロペと目が合った。ペネロペの口元に、あるかなしかの笑みが浮かぶ。

 訳もなく顔が赤らんだ。

 顔をそらし、マイヤーを見る。こちらはこちらでかなりの問題が勃発していた。

 マイヤーは殺気の満ちた視線で、よりにもよって目の前にいるカロを見ている。

 カロを見れば、さっきまでの澄まし顔は消えている。笑みを浮かべ、マイヤーを睨み返している。その笑みはいかにも凶暴。

 劉はカロの態度の急変をおびえることなく、見ている。二人の関係を察した上で、思いがけない余興ととらえ、興味は尽きないという風だ。

 ペネロペも車内のただならぬ雰囲気に気づき、二人を見回している。やはり面白がっている様子。

 努めて平静を装いながら、モノノベはせめて車内では何もあってくれるな、と祈る。

「低脳」

 と、マイヤーの声が聞こえたのは、そのときだった。モノノベにしてみれば、天を仰ぎたい気分だ。

 普通の車に比べて格段に広いとは言え、二人がこれほど至近距離でいたことはほとんどない。

 二人の間の緊張は、先にマイヤーのほうが臨界に達してしまったようだった。

 マイヤーの言葉に、待ってましたというようなカロの満面の笑顔。

「ハゲ」

 笑顔のまま、言う。あとはただただ、単語の応酬。いかに相手より多くの悪口を言うかを競うような勢い。

「性悪」

「チビ」

「貧乳」

「ネクラ」

「大食らい」

「ムッツリ」

「胃下垂」

「猫背」

「タレ目」

「鉤鼻」

「ガリガリ」

「見栄っ張り」

「知ったか」

「あ……」

 とカロが言いかけたところで、車内に劉の哄笑が響き渡る。

 誰にはばかるところのない、二人のやり取りがあまりにも面白かったのだろう。

 ペネロペも肩を震わせ、笑いをかみ殺すのに苦労している。

 しばらくは劉の笑い声が車内に。

 ようやく収まりかけても、少しするとしゃっくりのように笑いの発作が出かける。

「いいですね、あなたがた。実にいい。こんなに笑ったのは久しぶりです。いや、これは夕食前の運動にちょうどいい」

 目の端にたまった涙をハンカチで拭きながら劉は言う。劉の笑い声に毒気を抜かれたように、マイヤーとカロは口を閉じるが、にらみ合う状況だけは続いている。

 クロムストーンの側として気まずい思いと、助かったという思いで、モノノベはシートにもたれかかる。

 しかし、休む間もなく、車が少しの体の負荷もなく、止まる。車のせいもあるだろうが、さすがは富豪の運転手と言うべきか。

「着いたようですね」

 ウィンドウの外には「四福飯店」と大書された看板が見える。

 ブラジルの四福飯店とは違い、かなり規模が大きい。本物の宮殿と見まごうような、いかにも高級店というたたずまいだ。

 店のボーイが恭しくドアを開ける。

「さあ、行きましょう。今日は貸切ですよ」

 意気揚々と劉が車から出る。飛び出すようにカロ。そしてペネロペ。

 車内にはマイヤーとモノノベ。マイヤーは運転席のほうを向いたまま、出ようとしない。

「マイヤー」

「見てみなよ」

 促されて運転席を見る。

 制帽と制服に包まれ、人間に似せてはいるが、そこにいるのは明らかにロボットだった。

「行こうか」

 手前勝手にそう言うと、マイヤーは車から出る。外を見れば、焦れたようなカロの姿。そして、劉とペネロペも二人が出てくるのを待っている。劉だけがバレたかというような顔でいる。

「待たせんなよ、バーカ」

 カロは、出てきたマイヤーに言い捨てて、さっさと中に入っていく。マイヤーは無表情にその言葉を受ける。こめかみに浮かんだ血管がマイヤーの心中を物語る。

「うわぁ!」

 とはカロの叫びだ。

 店内に至るまでの長い廊下には、ずらりと店員が両脇に並び、一行に向かって礼をしている。

 わぁ、わぁ、という感嘆の声とともに、カロは周囲をきょろきょろと見回しながら歩く。

「恥ずかしいんだよ」

 後ろからカロのはしゃぎぶりを見てマイヤーが吐き捨てる。

 マイヤーも、そしてモノノベも突然のことで着の身着のまま、それが劉とペネロペと一緒にいるさまは傍から見れば、かなり異様な一団だろう。

 廊下を抜け、広間に出る。

 きらきらとした装飾が目に付く広間は、その名称にふさわしいだけの広さがあった。通常なら二百人は収容できそうなスペースに配されたテーブルとテーブルの間隔は、食事をゆっくりと取れるようにという配慮からか、かなり広く取られている。これだと満席でも五十人位だろう。それが閑散には見えない、見事な配置だった。広間の奥には階段が見える。広間の二階席は個室だ。

 今はどこを見ても人一人いない。控えめな照明がしんとした広間を照らし出しているだけだ。

 今日は土曜。盛況であってもおかしくはない。

 劉は本当に貸切にしてしまったようだった。

 広間を通り抜け、階段に向かう。劉の目指す先は個室。

「どうぞ」

 劉に促され一同は個室に入る。五人なら十分すぎるほどの広さ。

 広間の調度類も十分豪華だったが、個室はそれに輪をかけて豪華だった。豪華の質が違うというべきか。いたずらに宝飾の類が配されているわけではない。個室ではいわゆる、本物ばかりが使われている。

 分厚い黒檀のテーブルや椅子、間仕切りには熟練した職人の手作業だろうか、凝った彫刻が施され、いかにも見事。壁の柱さえも黒檀。それらすべてが年月を経ているのがわかる。

 一見すれば、シンプルな室内なのに、かもし出す雰囲気で気後れさえ感じる。

 さらに劉に無言で促されるまま、席に着く。

 劉が目で合図すると、ドアが開き、給仕たちが現れる。体にぴったりとしたチャイナドレスに身を包んだ女性たち。トレイには紹興酒とジュースとグラス。

「これはなんとも豪華だね」

 マイヤーの心底驚いた声。部屋に入ってきた四人の給仕すべてが女性型のロボットだった。

 マイヤーは後は無言で一挙手一投足を注視している。

 ロボットたちは、トレイを取り落としてしまうような不安など微塵も感じさせない。

 なまめかしささえ感じさせる、滑らかな挙動で、それぞれの前にグラスがおかれる。

 そのグラスに給仕たちが紹興酒を注いで回る。

 給仕がマイヤーのグラスに注ぐ直前、マイヤーがすばやくグラスの上に手を載せる。その行動を予想していたように、紹興酒の入ったポットがぴたりと止まる。一滴もマイヤーの手にこぼれることはなかった。

「あまり意地悪しないでいただけませんか」

「失礼」

 何食わぬ顔で、マイヤーはグラスの上から手をはずす。グラスに紹興酒が注がれる。それでもロボットの動きから目を離すことはない。

「ロボットに嫌がらせ。嫌な奴」

 そして、カロのグラスにはジュースが注がれた。カロはいかにも理不尽な仕打ちを受けたような顔をする。

「アメリカでは飲酒は二十一歳からですからね」

「えー」

 不満の声はそこにいる四人の無言の圧力で却下される。

「黙ってりゃ、わかんないじゃんよ」

 誰に言うでもない独り言だ。

「まずは乾杯といきましょう」

 劉がグラスを掲げる。一同もそれに倣う。

「最強のチームと、最高のチームを迎えられた喜びを祝して」

 乾杯、と唱和する。モノノベは軽く口をつける。マイヤーは飲まないから、口をつけもせずにテーブルに置く。カロは仕方なしに飲むといった風情。ペネロペはといえば、軽く飲み干してしまう。グラスを置くと、頬にす、と朱がさす。いかにも艶のある飲みよう。

 ほどなく、テーブルに料理が運ばれてくる。

「やった」

 カロの歓声。酒が飲めない以上、食事に専念することに決めたようだった。

「車のドライバーのことだが」

 単刀直入にモノノベが言う。

「ロボットです」

 にこやかに劉が受ける。

「ロボットが公道を規制も受けずに単独で運転することは、法規に違反していたはずでは?」

 自然とモノノベの声は詰問調になる。実際のところ、誤動作の危険性を最大限回避するために、ロボットの運転は事前に申請し、交通規制を受けなければならない。

「え、あの運転手、ロボットだったの」

 食べカスをまき散らしながらの、カロの間抜けな声は無視する。

「不安はありましたか?」

 モノノベが自分に問いかけたように劉も直入に聞く。

「私のドライバーはこれまでに幾度となく公道を走ってきました。もちろん規制は受けていません。当初からそうですが、それほど危険を感じたことはありません。一度だけ下手なドライバーがやらかすような軽い接触はありましたが、逆に言えば、その程度ということですよ。危険なのは十分承知していますから、AIは事前に相当、練り上げましたしね。何より、おかしいと思いませんか、すでに無人自動車が実用化されているのに、ロボットの運転だけは規制するなんて」

 マイヤーは、その通りというようにうなずく。

「あれの運転する車に乗るなら、私ならロボットのほうに乗るね」

 「あれ」は今まさに食事に専念している。意味するところは本能的に察したのか、マイヤーを睨みつける。

「さすがにこの道を修められている方は違う」

 こうなってしまうとモノノベも黙らざるを得ない。文字通り苦虫を噛み潰したような顔。その顔を見てペネロペがくすりと笑う。

「それより聞きたいことがあるんだけど」

 マイヤーが劉に言う。

「なんなりと」

「給仕ロボットにこれだけ金をかける意味はあるの?」

「参りましたね」

「タイガーよりも金がかかってるみたいだけど」

 劉がうなずく。

「そうなのか?」

 というモノノベの問い。

「あれも相当、常軌を逸した人口筋肉比率だけど、この部屋にいる四体はそれ以上だ。内臓に関係した筋肉も少しだけど配置されてるね」

 劉は目を丸くしてマイヤーを見る。感に堪えないといった表情だ。

「素晴らしい。やはり、あなたは優秀な技術者だ。あの研究所を……」

 マイヤーはちらりと劉を見る。劉は肩をすくめ黙る。

「で、私の言いたいのは、トレイや皿を置くために、こんなメンテナンスだけでここの売り上げを何割か、もってかれるものを作ってどうするのかってことなんだ」

 この会話をしている間も給仕ロボットたちは、かいがいしく五人の給仕を行う。特に、うわばみといった趣で杯を重ねるペネロペと、怒涛の勢いで皿を平らげるカロたちの周りを忙しく移動している。

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