第7話 劉英奇ーーー対戦
白鳥の首は白く細長い昆虫。胴体と大きく広げられた羽根は大きな蛙のものだった。
昆虫は首のあたりで曲げられ、白鳥が首をもたげた様子をかたどっている。腹部にはペーストが盛られている。香菜で隠されてはいるが、胴体の蛙は皮をむかれ、そのままの格好で皿の中央に鎮座している。足は切断され羽に見えるように飾られている。羽根の先端には水かきらしきものが見て取れる。
見れば見るほど悪趣味な趣向といえた。
どう見ても嫌悪感が先にたち、美味そうには見えない。
料理を見た、それぞれの反応を楽しむように劉は説明する。
「アマゾンの奥地から探してきた一品です。調べてみたところ、どちらもまだ発見されていなかった生物のようです。案内に雇った現地の部族でもめったに見ないものだとか」
淡々と劉は続ける。
「さて食材を見つけたはいいのですが、最適な調理方法を見つけるまでがまた、大変でした。昆虫に質の悪い毒があるとわかるまでに、五人。アルビノ種に毒がないことがわかるまでに三人。このような組合わせが最高とわかるまでに六人、計十四人の料理人が入院するはめに……」
そこで料理長が劉に耳打ちする。
「失礼。十七人とのことです。それだけ手間がかかっただけに味は保障しますよ」
言い終わると、料理長が自ら料理を切り分けて、配膳する。
「昆虫のペーストに肉を絡めて食べると最高です。ぜひお召し上がりください」
そう言われても、じっと皿を見ていることしかできない。
「これだけ厳選した素材だと、かなり高価なんでしょうね」
「値はつけられないでしょう」
クリスの不思議そうな顔。それを察して劉は言う。
「おそらく昆虫も蛙も、この皿に載っているものが最後の一匹でしょうね。相当数、試しましたから」
「絶滅したと」
劉はうなずく。
「おいしい!」
劉の言葉に何かしらの余韻を感じるまもなく、カロの叫び。
カロは、料理が何かを知って、劉の説明を聞いてなお、まったく物怖じせずに食べていた。
瞬く間に平らげ、まだ手をつけていないクリスの皿に手をかける。
「食べていい?」
手をかけたまま聞く。有無を言わせない様子にクリスはうなずく。渡りに船でもある。
「ありがと」
満面の笑みで皿を奪い、平らげる。それでも物足りないのか、スタッフの皿を見回す。
「良かったらどう?」
「本当?」
スタッフの一人が控えめにカロに切り出すや、皿はすでにカロの手の中にある。
全員がカロの様子を注視する。その視線に気づくや。
「みんな本当に食べないの? おいしいのに」
といいつつ、体をぐっと伸ばしてまで、まだ箸のつけられていない皿に手を伸ばしている。
スタッフたちは、これ幸いと、カロに皿を奪われるのを今か今かと待っている。
その様子を劉は何も言わずに、笑みを浮かべ見ている。
料理に対する自分たちの反応を楽しんでいるようでもある。いかにも底意地の悪さを感じさせる様子。モノノベはそれが気に入らず、劉を見た。
その劉といきなり目が合った。
モノノベの皿はまだ、カロに奪われていない。劉はどうぞ、というように手をあげて見せる。
そうされては食べないわけにはいかない。
箸を手に取り、皿に手を伸ばす。
横のポーラが信じられないといった目でモノノベを見る。
箸で蛙の腿肉を持ち上げる。肉は箸にほんの少し力をこめただけで切れてしまう。モノノベ自身驚くほどのやわらかさだった。
一気に飲み込んでしまいたいが、劉の手前、そうもいかない。言われたとおり、ペーストをつけて、思い切ってほおばる。
食べる前に想像したえぐみなど、まったくない。まさに美味だった。
肉は舌の上でとろける。噛み締めたとたん、渾然となった肉とペーストの滋味で口中がいっぱいになる。飲み込むのが惜しいほど。
カロと同じく瞬く間に皿を平らげてしまう。
まだ残っていれば、と思ってテーブルを見回すが、すでにすべてカロが平らげたあとだった。なまじっか食べて、その美味を知ってしまっただけに、カロにわずかな殺意さえおぼえてしまう。
「あ!」
そのモノノベに追い討ちをかけるように、カロの責める声。
「何でモノノベ食べんのよ」
理不尽極まりないが、ほんの先ほどまで自分もカロに対して似たような感情を抱いただけに何も言えない。
さらに何か言いかけるカロに、
「いい加減にしな」
と、ポーラの一喝。
カロは不満そうに口をつぐむ。
「ではデザートをお持ちしましょう」
さすがに悲鳴が上がった。無論、カロを除いて。
CM
シャフト第二戦はアメリカ、ロサンゼルス。その開催一週間前、プライムタイムに集中して、こんなCMが流れた。
真っ黒な画面。静かな音楽。
白抜きでテロップが浮かび上がる。
「シンシア・マクドウェルさんは事故で左手を失いました」
当時の事故映像が白黒で。道路の中央で横転する、ぐしゃぐしゃにつぶれた自動車。半ば雪に埋もれている。
救急車のサイレン。
泣きじゃくる彼女の子供。
再び黒い画面。
白抜きのテロップ。
「私たちは彼女をほんの少し手助けしたいと思いました」
カラー映像。病院というよりも、研究所のような施設での研究員とシンシアの姿が次々と映し出される。
おそらくは時系列ごとに表示されているのだろう。戸惑い気味だったシンシアの顔が徐々に落ち着きを見せ、冷静に研究員と話し合うような映像に変わっていく。
音楽は一転して明るい調子に。
音楽とともに画面は夏の日差しのもと、ガレージ前の庭にホースで水をまくシンシアの姿。
高く放水される水を浴びてはしゃぐ子供。
ホースの口を器用につまむ彼女の左手は、外皮が透明な素材でできた義手だった。透けて見える、その内部は白く光る骨格と黒い骨格筋がせわしなく複雑な動作を見せている。
その義手にフォーカスが合わさったまま、かぶさるように画面はビジネスビルのオフィスへと移る。
キーボードを滑らかに叩く、シンシアの姿。左手には手袋がはめられている。
キーを叩くその動作には、まったくよどみがない。
部下らしき男が持ってきた書類に、利き手なのだろう、左手でさらさらとサインをする。
自宅の応接間。子供を膝に乗せて、シンシアはインタビューに応じている。
シンシアは左手を差し上げる。
「何よりも悲しいのは、この手はもうこの子のぬくもりを感じることはできないことです。でも、義手をくださったことで、この子が転んだときは手を取って助けてあげられる。それだけでも今の私にとっては十分すぎるほどの幸せなんです」
シンシアは、ぎゅっとひざの上の子供を抱きしめる。
「ママの手、大好き」
義手に頬ずりする子供。微笑むシンシアの顔。
秋、落ち葉舞う道。手をつないで歩く二人の後姿。つないだ義手と手。
それが大きく映し出される。
テロップがかぶさる。
「あなたの『ほんの少し』をお手伝いさせてください」
画面の下にシンクレアグループのロゴが浮かび上がる。
再び画面は黒。
画面右隅に小さくテロップ。
「シンクレアグループはシャフト参加チーム、クロムストーンのメインスポンサーです」
「幻肢を利用してるんだよ。あの義手」
メンテナンスルームでマイヤーが言う。目の前には右手から前腕にかけてプローブスーツを着けたモノノベと、カバーをはずされ、人工筋肉がむき出しになったオトの右腕が精査テーブルの上に対になるように乗せられている。
新しく納入された前腕部から手首にかけての人工筋肉が正常かどうか、また、モノノベの筋肉との比率が完全かをチェックするため作業を行っている。
マイヤーの指示でモノノベが手を握りこむ。それに合わせて人工筋肉が収縮し、オトも右手を握る。
マイヤーは特殊な眼鏡をかけている。レンズ部に内蔵された液晶にモノノベとオトの右腕の筋肉の同調の度合いが表示されるようになっている。
調整の間、CMの話になっていた。
CMは放送直後から、かなりの問い合わせがあり、回線のパンク状態が今も続いているという。
「幻肢というと、切断して、ないはずの指がまだあるって感じることか」
「大雑把に言えばね」
筋肉を動かすときには皮膚に電気信号が発生する。まだ指があったときの感覚が残っている状態が幻肢であり、電気信号もその状態を維持している。その電気信号を利用して動かしているのが、CMで使われている義手となる。
「別に昨日今日から、研究されてる技術じゃない。2002年ぐらいから元になるものはあったしね。ただ、ここまで失う前の感覚で使える義手がなかったってだけだ。動かせる関節の数も普通の手の60%と、これまでのものとしては桁違いだし」
「これからはああいう義手が主流になる?」
「これからっていうのが、ここ二、三年のことを言ってるなら、疑問だね」
「?」
「ああいう演出だから、誰でも訓練すれば使えるって思われがちだけど、被験者は厳選されてる。最低限、幻肢の感覚が残ってないと使えないってことだよ。知り合いに聞いてみたけど、まだまだ試験段階で、メンテナンスが相当厄介だって。CMに出てた彼女も、メンテナンスに1日あたり3,4時間は費やさないといけない。出力も不安定だし。もしかしたら、誤作動で子供を握りつぶしちゃうかもしれない。いいことばっかりじゃないんだよ。それなのに、なぜこのタイミングであんなCMを流したかって言えば、シャフトに客を呼ぶためだろうね。クロムストーンはシンクレアグループの中でも不採算部門だしね」
「客を呼ぶためだけに、いたずらに希望だけ煽ったのか」
「そうだね。ま、グループが本気を出せば、本格的な実用化もそんなに遠いことではないと思うけど……。それにしても、この長母指伸筋の反応はいまいちだな」
「実用化か。マイヤー、私はあのCMを見て、ある種の危うさみたいなものを感じたんだが」
マイヤーは実に不思議そうな目でモノノベを見る。
「何で? 危うさって言うのが、人として侵すべかざる領域を侵してるってことなら、オトにこそ感じないとね。あの義手の技術はまさにオトに使われてる技術のスケールダウン版なのに。君のオトに対する常軌を逸した高度な要求がそのまま、あの義手に反映されてるといってもいい」
「危うさというのは、将来的な兵器の利用ということだ」
「全身をサイボーグ化した兵士が戦場で戦うって?」
モノノベはうなずく。存外その目は真剣だった。
「今のところは、そっちはないんじゃないかな。こんなしちめんどくさい、ちょっとしたトラブルで運用不可能になる代物つけて戦争なんかできないね。どっちかといえば、人の死なない戦争が、しばらくはトレンドになると思う。ロボット同士が銃を使って戦うって言うほうが現実的だね」
「そういう用途ならパワータイプの機体はどうだ?」
マイヤーはばれたか、というように舌を出して見せる。
「もう採用の動きはあるって聞いてるよ。遅すぎるくらいかな。そろそろ公開されると思うよ」
「義手にしても、もっと高性能でメンテナンスフリーで、細かな動きのできる義手が開発されると思ってるんだろう?」
「当たり前。良きにつけ悪しきにつけ、こういう動きは誰にも止められないよ。全身を高性能の義肢で固めた人間が出てくる可能性も大いにあるね」
「無意味に義手に交換するような、人体の希薄化も」
もうマイヤーはメンテナンスに集中している。うなずくだけ。
人体に関する認識の明らかな齟齬。モノノベは思わず、右手を握り締める。
「もう少し手をゆるめてくれ、数値が取れない」
敗北
シャフト第三戦、ロサンゼルス。
試合中、オトは斬撃で決めるチャンスは三度あった。それをすべて逸し、結局は喉もとの突きで終了という課題を残す結果となってしまった。
コリンズピットの機体、ウッドペッカーは、その名を思わせる、細いツルハシを武器として使用する。ツルハシの先端部分に特殊ガラスを使った、壊れることを前提とした武器だ。相手の外装に使われている強化プラスチックに食い込むだけの力がガラスに加わると、微小なガラス片となって壊れるように計算されている。相手に打ち込まれた、細かなガラス片は機体の内部に入り込み、電装品の不具合を誘う。壊れた後はハンマーになったツルハシで相手を倒す。
武器に動力といった、特殊な機構を施してはならないとされている、シャフトのレギュレーションぎりぎりの武器だ。
しかし、打ち合いを前提としているからこそ、有効なこの武器も徹底的に見切りに特化したオトには相性が悪い。
まだまだ、ロボットの動きは人間に比べるべくもない。柔軟性を犠牲にしてパワーを追及したパワータイプなら、なおさら「起こり」といった動作の初動も捉えやすい。そもそも、モノノベのオトへの教育も、最初はパワータイプの起こりの捉え方から始まっている。
だからこそ、一度も相手の攻撃を受けずに自分の攻撃だけをヒットさせる、現実にはありえないこともできるし、それがモーションタイプの持ち味でもある。
啄木鳥、鶴嘴、振りあげ、オトに迫る。
まず、一撃。オト、一足、退けば、その間合いの外。退くや斬撃。然れども、啄木鳥わずかに身じろぐ。
その僅差にて、斬撃、わずかに啄木鳥の喉をかするのみ。
返す刀の鶴嘴がオトの頭に。体勢の崩れが幸いし、空振りに。
間合い離れるも、啄木鳥の攻勢に防戦一方。最中にオトの斬撃はあと二度。
小手に一度。肩口に一度。ペインメーターさえ動かず。
いずれも決定打に至らず。
オト、避け続け、闘技場の角に追い込まれる形勢。角、追い込まれれば、避け続けること難し。オト、方針変える。
壁際へ。次の啄木鳥の攻撃を寸前にかわす。鶴嘴の先端、壁際に当たり、砕ける。
狙い澄ました突き。
オト、勝利。
「予想以上に斬撃は難しいね。とてもシミュレーションどおりにはいかない。パワータイプにしてさえこれだ」
さらにマイヤーは付け加える。
「どっちにしてもウッドペッカー側も斬撃に対する研究はかなりしてきてるね。ロボットには、斬撃は難しいということはわかってるみたいだ。オトの斬撃はほんの少し目標が動くだけで効果は得られないことを十分、見越してる。オトの攻撃を受けるような状況では少しでも動いて斬撃のポイントをずらそうとしている。少しでもポイントをずらせば、刃筋が通らないから、簡単にはダメージにならないしね。戦法で言うなら、巧みにコーナーに追い詰めようとしている形跡も見える」
「斬撃での勝利はもう少し、経験を積ませないと難しいようです。刀を的確な角度で相手の部位に侵入できるように。あと、斬撃目標として頚部に重点を置いた戦法も修正が必要ですね」
うん、とクリスはマイヤーと二人の言葉にうなずく。
「やはりシケーダの斬撃での勝利はかなり高度といわざるを得ないわけだ」
カテゴリー2、シケーダは危なげなく、斬撃での勝利を得ている。
「あれはすごいね」
マイヤーがそう言い、うなずく。
「あの性能であそこまでできるものなのかな」
クリスがモノノベに聞く。
「シケーダは相手が回避できないポジションに移動するのが、巧みです。異常と言ってもいい」
「だから必ず当たる」
モノノベはうなずく。
「あそこは超高度なAIが戦法を決定してるって触れ込みだけど、本当はモーションマスターをつけてるんじゃないかと思うほどだね。それもタツジンクラスの。案外、モノノベの師匠かもね」
マイヤーの冗談にモノノベの顔が曇る。その顔色をクリスは見逃さなかった。
「何か心当たりでも?」
口ごもるモノノベを追究しようとする、クリスの携帯端末が呼出音を鳴らす。二、三の小声のやり取り。
「えっ!」
というクリスの声。あとは、ただ返事だけを繰り返す。
通話が終わると途方にくれたようなクリスがポツリとつぶやく。
「シケーダと急遽、エキシビジョンマッチで対戦することになったよ」
シャフトではエキシビジョンマッチが行われること自体が珍しい。
対戦を申し出たのはフレデリク・ボーラー側。
「一度、お手合わせを願いたいのですが」
ペネロペは言ったという。来期にはカテゴリー1に昇格は確実と自他共に認められていると、見越した上での申し出だった。
協会としては何かしらの目玉がほしい。
ダメージがあれば、対戦は実現しなかっただろうが、双方無傷。メインスポンサーのシンクレアもシャフト中、もっとも巧みな身体運用を実現したはずのオトの上を行く、と目されているパワータイプのシケーダは気に食わない。
クロムストーン側の思惑とは違い、対戦すれば勝利するという自信もシンクレア側にはある。断る理由はない。
かくして、対戦は実現した。
「何で、そんな会社の意向ってやつに、従わないといけないんだよ」
と、嫌がるマイヤーを拝み倒して、オトの整備を行わせる。
「とっととバラしときゃよかった」
これは聞こえないふりをした。
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