第6話 シケーダーーー劉英奇

 カテゴリー2の全試合終了後、フレデリク・ボーラーに特別インタビューの場が設けられたのは、その異様な勝ち方からと言っていいだろう。

 機体破壊でもって勝利を得るパワータイプと、突きによる機能停止コードを切断することによって勝利してきたモーションタイプ、そのどちらでもない勝ち方。

 完璧な斬撃でもっての勝利。

 圧倒的過ぎる勝ち方に注目が集まるのは当然といえる。

 そこに現れたのはシケーダのアノダイン、ペネロペ・クアントだった。

 ポッドに乗り込む際にも注目されていたが、改めて目を引くのはその姿態だ。

 黒髪。浅黒い肌。長身、グラマラスな体を黒のレザースーツに包んでいる。見事な肢体が映える。

 その顔立ちも濃いまつげが憂えたような感じを与える目、通った鼻筋。そして皮肉めいた笑みを浮かべる、肉感的な唇が印象的な美人。

 インタビューを行う女性レポーターも気後れしたように、ペネロペを見ている。

 黙ったきりのレポーターをペネロペは不思議そうに見る。それでわれに帰ったレポーターがやっと口を開く。

「まずは、おめでとうございます。個人参戦者が初戦で初勝利というケースは非常に珍しいそうです。まして、その勝ち方が、段違いの実力を見せ付けての勝利ということで、ぜひ、ボーラー氏にお話を伺いたいと思っていたのですが」

「博士は、今、シケーダの調整に手一杯です。早急なメンテナンスで、博士自身での調整が必要ということですので僭越ですが、私がインタビューに応じさせていただくことになりました」

 耳朶をくすぐるハスキーな声は、いかにも容姿と似つかわしい。

「博士、といいますのは」

「フレデリク・ボーラー博士は人工知能による、人型ロボットの制御研究を専門に研究されています。博士はシャフトにおいて完璧な挙動を可能にする人工知能を開発しました。今回の参戦はその研究成果の確認のためです。」

「シャフトにおいて完璧な挙動ですか」

「言い換えれば絶対に負けないということです。これは、言い過ぎではありません。シケーダは機体性能はごらんのとおり、最低レベルですが、勝ちました。シャフト史上、絶無の勝ち方で、です」

「はい」

 レポーターはうなずくしかない。

「これからもシケーダは勝ち続けます。間違いなく、です」

 妖しい笑みとともに吐き出される言葉にレポーターはただうなずくだけ。

「ありがとうございました。これからも連勝を重ねていく、ということですので、ぜひそれを期待したいと思います」



 クロムストーンのメンテナンスブース。クリスとマイヤーとモノノベがいる。

 三人はモニターを食い入るように見ている。

「最初は通常の速度で」

 マイヤーが端末を操作する。

 余裕を持った動きでシケーダがハリケーンを斬首する。

「次はスロー」

「シケーダの足元に注意して見てください」

 モノノベの言葉。

 ゆっくりとハリケーンがシケーダに近づく。

 この無意味に見えるシーンを、もっとも真剣に見ているのはモノノベとマイヤーだ。

 ようやく、ハリケーンがポールウェポンを振り上げる。

「あっ」

 と、クリスの声。

 シケーダの羽織るマントのすそが少し持ち上がっている。刀の切っ先が見えた。

「これはいつから?」

「ハリケーンが斧をふりかぶる直前かな」

 マイヤーの言葉にモノノベもうなずく。

 マントの奥から刀が跳ね上がる。刀がハリケーンの手首を切断する。

「これは刃筋を通してる?」

「かなり正確ですね」

 モノノベの言葉は淡々としたもの。

「それに、刀にかかる負担を軽減するために、ちゃんと手首の一番弱い箇所を切断してる。首もそうだね」

 モノノベはうなずく。

「詳しい解析は戻ってからになるけど、人工知能研究っていう肩書きを名乗るだけあって相当練りこんであるAIだね。完全にハリケーンの動きをコントロールしてた」

「突っ立ってるだけで?」

「ハリケーンの懐に入るためのポジショニングが抜群です。軽く刀を見せただけでハリケーンを攻撃動作に移らせた。一見、ゆったりとして無造作に懐に入ったように見える動作も、どこに攻撃されるかを事前に察知していたからこそできる。刀の操作も無駄がない。とても、このレベルのロボットにできる動作じゃない」

「このレベルだから余計にAIの能力が際立つというべきだろうね。それより考えるべきは、オトと対戦した場合だ。ハリケーンの鈍感な判断力から、呼び水代わりに刀を見せたんだろうけど、オトと対戦した場合、敏感すぎるほどのセンサーはシケーダの軽い挙動だけで容易に攻撃をコントロールされる恐れがある」

 モノノベもそこは懸念していた。

「しかし、これは」

 とクリスは言う。

「オトの目指す戦い方そのものだね」

 実にのんきな物言いだが、モノノベには実に重い一撃だった。

 安全なポジションから、必殺の一撃でもって敵を戦闘不能にする。エネルギーの消費を抑えるために、動きは少なければ少ないほどいい。

 これがオトの目標とする戦い方だった。それをオトに仕込むためにモノノベはいる。

 クリスの目は笑っていない。

 敗北を認めるかね、と問うていた。

「あれはアプローチのひとつでしかありません」

 モノノベの声。さらに続ける。

「シケーダのソフトとハードのアンバランスさは致命的です。あれでは限られた戦法しかできない。確かに、極めたといっていいあの戦法で、シケーダはある程度、勝ちを拾うことはできるでしょう。しかし、あれほど柔軟性に欠ける機体では、いずれ敗北は避けられない。とても、公言しているようにはいきません」

 マイヤーは何を当然のこと言う、というような顔をする。

 クリスはうなずく。その内容よりも、モノノベの決然とした態度に満足げな様子だった。

 モノノベのときにあいまいとさえ言える態度に、物足りなさを感じていただけに、いい発奮材料になったと思っていたようだった。

「どちらにしても手ごわい相手には違いない。来期のシケーダとの対戦は視野に入れておきたいね」

「ええ、それは」

 扉が勢いよく開けられたのはそのときだった。

「いつまで待たせんのよ! メシよ、メシ! みんな、待ってんだけど」

 カロだった。


 クロムストーンのスタッフ全員での会食というのは、それほど多いことではない。

 たいていの場合、こなれていない技術の集大成であるオトのメンテナンスに忙殺されるからだ。去年からの参加であるカロたちとは初めてになる。

 ブラジルはポーラの出身国でもある。

 会食にはうまいブラジル料理を出す店を案内する、とのことだったが、

「中華! 中華! 中華!」

 というカロの強硬な意見によって中華料理となった。

 そして世界のどこにでも中華料理店はある。

 四福飯店という、その店も結局はポーラが案内した。

「最近、中華に凝ってんの」

 はしゃぐカロは、明らかに不快げな顔のポーラも物ともしない。

「私も帰ろうかしら」

 カロの様子を見て冷ややかにポーラは言う。マイヤーはカロも行く、となった時点でこの会食を断っている。

「でも、君がいないとカロの手綱をとる人がいなくなるしね」

「私はカロのお守りじゃありません」


 個室に通されたスタッフの中にポーラの姿もあった。いかにも不承不承といった表情。

 十名のスタッフ全員が席につけるほど大きな長方形のテーブル。

 カロはテーブルの中央、クリスの隣。ポーラは角にいたモノノベの隣だ。

 ウェイターが持ってきたメニューを当然のように受け取ったのはカロだった。

 私が食べたいんだから、私が頼む、というような、いささかの罪悪感も感じていない表情。

「やっぱり帰る」

 と言う前にクリスと目が合った。懇願するような目。ポーラはため息をついて、改めて席に着く。

「鳥の冷製ハム。鶏唐揚げの甘酢かげ。フカヒレ、いいねぇ。水餃子。玉子巻。この上海蟹って、冷凍じゃなくて空輸したやつ? じゃそれ。エビのチリソース。すごーい、ここなんでもあるね。バンバンジー。マーボードウフ。ピータン。チャーシュー。ペキンダック。鴨の舌。鶏の足。蒸しウナギ。御当地魚丸揚げのあんかけ。ナマコの煮込み。まだまだみんな食べるでしょ」

 勝手に決めつけると、さらに注文を続ける。

 全員が唖然とそのさまを見ている。

「点心のワゴンはこっちに持ってきてもらえるのよね。このお勧め海鮮って、こっちのメニューにはないやつばっかり? じゃそれ。あとは紹興酒のいいやつを持ってきてよ」

 それでやっとメニューをウェイターに渡す。結局、すべて自分で注文してしまった。

「注文だけで腹いっぱいになった気になるね」

「まさか、冗談でしょ。食べなきゃ腹いっぱいになるわけないじゃん」

 クリスの上ずった声も、まったくカロには届いていない。

 実にうれしそうに、早く持ってこないかとそわそわと、扉を見ている。

「あれだけで足りるかな? もっと頼んでもいいんだよね」

 笑顔のカロに横のクリスが顔を引きつらせながら、うなずく。

 まずは紹興酒のボトルが運ばれてきた。

 それぞれの席にグラスを配り、ウェイターが注いでいく。

 琥珀色の液体がグラスに注がれるのを、カロはうずうずとした笑顔で見ている。

 ちなみにカロは十八歳。ブラジルでの法定飲酒年齢は十八歳。アメリカでは二十一歳から。

 全員に注ぎ終わる頃合に、まずは料理の第一陣が運ばれてきた。テーブルに載せきれないほどの数の料理。

「来た来た来た」

 カロは思わず声が出てしまう。

 早速、箸に手を伸ばしかけるのをポーラがきつい視線で見る。一瞬、カロがびくりと身をすくめ、刺すような視線の主が誰なのかを認めると、しぶしぶ手を引っ込めた。

 グラスを手に持ったクリスが立ち上がる。

「みんな、今日はご苦労様。カテゴリー1の初戦でこんな残念な結果になってしまったけど、これが実力じゃないって言うのは、みんなも良く知ってると思う……」

 続けようとしたクリスがちらりと横を見る。カロの恨みがましい目。

「じ、次戦はコリンズピットのウッドペッカーだ。連続した攻撃が身上の機体だからパワータイプとはいえ、油断は禁物。と、これぐらいにしとかないと、カロに頭からかじられちゃいそうだね。今日は遠慮なく飲んで食べてほしい。乾杯」

 クリスのグラスが掲げられる。

 乾杯と唱和が終わらないうちに、グラスを干したのはカロだった。

 ぷは、と吐息をつく。

「あいつ隠れて飲んでるな」

 というポーラも飲み干している。アルコールが入って、ほんのり赤らむカロに対して、まるで顔色の変わらないポーラはいかにも酒豪の面持ちだ。

 器用に箸を使ってカロが皿に料理をのせていき、頬張る。

 その食べっぷりは実にうまそうで、健啖家という形容が似合う。その合間に燃料代わりとでも言うのか、紹興酒を飲み干す。

「みんな食べないの?」

 自分の食べっぷりを呆然と見るスタッフに、そう言う間も箸は止まらない。それに触発されて、ほかのスタッフの食べるペースも上がる。

 ポーラはといえば、おぼつかない手つきで、皿に料理を載せようとするが、せっかくつまんだチャーシューをぼたっとテーブルに落としてしまう。

「モノノベ取ってやって」

 見かねたクリスが言う。

 モノノベがポーラの箸を取る。

「チャーシューとあとは何にする?」

「おまかせにする」

 ふてくされて言う。

 モノノベが適当に見繕った皿をポーラの前に置く。

「ハシって嫌いよ」

 一人ごちるポーラにモノノベもどう言ったものか、という表情をする。

「ブラジル料理だったらねぇ」

 そう言って、チャーシューをハシで刺して口に運び、グラスを干す。ますます、モノノベは気まずい。

「仕事のほうはどう?」

 モノノベはリラックスした場で、無粋なことを思わず聞いてしまう。

「猫に芸を教えてるような徒労感があるわね」

 わかるでしょ、というような目でモノノベを見る。

 何杯めかの紹興酒を飲み干し、再び精力的に食べ始める、食欲に支配されたようなカロを見て、モノノベはうなずく。

「見所がないわけじゃないんだから、もうちょっとやる気出してほしいんだけど」

 見ればカロを中心に料理は次々に平らげられていく。すでに第二陣の皿が運び込まれている。それさえも次々に消えていく。紹興酒もまるで水代わりとでも言うように消費される。

 実に幸せそうな様子。ポーラの目が鋭くとがる。

「やっぱりムカつくわね。明日のトレーニングは覚悟してもらわないと」

 そう言ってポーラは再びグラスを干す。冷ややかにカロを見る目。その様子に明日のカロの運命を思い、自業自得という言葉と憐憫の思いが半ばする。

 料理をモノノベも食べているが、どれも絶品と言っていい。カロほどではないが夢中になるのもうなずける美味だった。

 やがて第二陣の料理もなくなる。それを成し遂げてしまったのが信じられない様子で、スタッフは目の前の空の皿の数々を見る。

 空になった料理の皿を見るカロの目は、少しもの足りなさげに見えた。

「どうする?」

 カロが言う。

 それがまだ注文するかという意味だと悟ったスタッフは、自分のこんもりと膨らんだ腹を見、戦慄とともに思わず首を横に振る。

 もちろんクリスもだ。そのクリスにウェイターが何か耳打ちする。

「ちょっと」

 クリスが呼びかける。

「ここの支配人が挨拶したいってことだけど、いいよね」

 それに別に依存はない。カロの矛先をかわせるなら、という思いもある。

 程なく、黒のスーツの男が、料理長らしき男を従えて入ってくる。

 中肉中背の体。癖のない髪。切れ長の細い目。口元にはあるかないかの笑み。高級そうな仕立てのスーツに身を包んだその姿は、典型的な華僑の御曹司といった風情だ。

 男は空になった皿の数々を見回し、わずかに感嘆の表情を浮かべた。

 その後、恭しく一礼。

「本日はご来店いただきまして、ありがとうございます。私は劉英奇。こちらは料理長の李です」

 そう言うと横の男が静かに頭を下げる。劉はさらに続ける。

「ざっと見ましたところ、当店の料理が気に入っていただけましたようで、大変うれしく思っております。聞けば、シャフトに参加されておられるクロムストーンの方々であるとか。そうであれば、その末席を汚す私どもにとっては、哥々も同じ。是非によしみを通じたいと思い、こうして挨拶の機会を設けていただいた次第でございます」

 哥々とは中国語で兄とか年長者ほどの意味。

「シャフトの参加チームというと、クラフトドラゴンの方ですか」

「チームの監督兼スポンサーを勤めております」

「中華料理屋がシャフトやってんの?」

 カロの素っ頓狂な声。

 モノノベもクリスもスタッフも全員、青ざめる。ポーラだけがものすごい視線をカロに送る。

 当の劉はといえば、何も気にした風はない。

「中華料理屋は、数ある私ども一族の生業のひとつになります。ですが、私はどうも鬼子と申しましょうか、親掛かり、兄弟掛かりでシャフトに参戦して、財産を食いつぶしておる次第で。いつも商売にならないことは早くやめろと説教を受けております」

「じゃ……」

 さらに何か言いかけたカロはポーラの視線に気づくと口をつぐむ。

「とりあえず、ほかならぬ、四龍飯店で知り合えたのも何かの縁でしょう。よろしければ特別料理を用意させたいと思うのですが、いかがでしょう? 味は保障つきですよ」

「食べる!」

 カロの叫び声が個室に響く。

「では、すぐに」

 劉はウェイターに目配せする。

「こんなことならマイヤーも連れてくればよかったね。あなたのチームの機体にかなり興味を示してたから」

「光栄です。クロムストーンのチーフエンジニア兼メインプログラマに、そう言っていただけるとは。彼はまさに天才といっていい。うちにぜひほしい人材です」

「あんなのなら……」

 カロが何か言いかけるが、クリスがそれにかぶせる。

「あれだけ人工筋肉の比率が高いと整備も大変でしょう」

「見抜かれましたか。そうですね。ああいう機体にしようと決定したのは私ですから、スタッフにはかなり恨まれてます」

「かなり高い技術水準をお持ちのようですし、ぜひともフレームや人工筋肉配置の詳しいところを知りたいですね」

「とてもお見せできるようなものではありません。こちらこそクロムストーンの技術を一刻も早く開示していただきたいと思っていますよ」

 当たり障りのない会話を交わしているうちに、料理が運ばれてくる。

 ワゴンの載せられた料理は、銀製の大皿に保温用の大きなボウル状の蓋がかぶせられている。

 カロは目を輝かせて運ばれてくる皿を見ている。それに比べてスタッフの顔はさえない。

 劉がいたずらっぽい笑みを浮かべているのを、モノノベはいぶかしげに見る。

 料理長の李が蓋を取る。

「わ」

 と、カロの声。

 それは一見すると白鳥に見えた。

 だが、白鳥を形作っているものが何かを理解したスタッフからは悲鳴にも似た声があがる。

「もう、何よこれ!」

 ポーラの怒声。

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