第5話 刀鍛冶ーーーシケーダ

 川魚の焼き物、山菜の煮付けといった心づくしの料理が並ぶちゃぶ台。

「藤田さんのあとを継がれる?」

 モノノベの狼狽した声が食卓に響く。

 手土産にモノノベが持参した日本酒を飲みながら、藤田が言う。

「まあ今のところは見習いだわな。こいつの両親からは、さっさとケツまくるほどシゴいてくれって言われてるから、そうしてるよ」

 そういうと湯飲みの酒を一気に煽る。

「いい酒だね」

 酒精まじりのため息を吐き出しながら言う。

「いいじゃん。二十一世紀なんだから、女が刀打ったって。ね、モノノベさん」

「どこから立ち聞きしてんだか。ゴリラみたいになって嫁の貰い手がなくなるぞって、お前の親は心配してるってのに」

「じゃ、そもそも弟子入り許可なんかしないでよ」

「言い出したら聞かないからだろうが」

 二人の小気味よくやり取りするその様子を、モノノベはほほえましく見ている。

「大体しゃれっ気のまったくない格好ばっかりしやがって。巷じゃシースルーもはやってるって言うじゃないか」

「見せる相手がスケベジジイ一人じゃ張り合いもないわよ」

「言うに事欠いて、このガキ。じゃモノノベさんの前だったらどんな格好するってんだよ」

 二人の視線がモノノベに注がれる。思わぬ展開に箸の動きを止めて、モノノベは二人の顔を交互に見る。

 先に目をそらせたのは真智だった。

「そろそろお茶のしたくしますね」

 顔を伏せたその顔は、心持ち赤らんでいた。その後姿を、藤田はニヤニヤと見ている。

 どうにもモノノベは気まずい。


 真智がお茶を出してくるころには、夕食も終えている。いいタイミングだった。

「片付けちゃいます」

 そう言うと真智はちゃぶ台の食器を台所に持っていく。

 モノノベも食器を台所へ。

「いいんですよ。座っててください」

「真智さんこそ疲れてるでしょう」

 モノノベは真智にみなまで言わせずに、率先して食器を台所へ運んでいく。

「じゃ、こき使わせてもらおうかな」

「どうぞ」

 ちゃぶ台の食器をモノノベが運んでくる。残りものは真智が一つの皿にまとめる。

 真智が手際よく洗った食器を、モノノベが軽く拭いて食器かごに入れる。

 その様子を藤田は酒を湯飲みに注ぎながら見ている。存外、その目は冷めている。

「モノノベさん」

「はい」

 藤田のただならぬ調子。モノノベは振りむく。

「真智と結婚してやってくれ」

 モノノベの顔色が変わる。その顔のすぐ横を、真智の投げた食器が高速で通過していく。

 言えばどうなるかわかっているから、藤田はそれを難なくかわす。壁に当たった食器の割れる音。

「ジジイ!」

「俺は本気だよ。孫がゴリラになっちまう前に何とかしたいんだよ」

 もうひとつ、食器が飛ぶ。藤田はかわす。

「おまえだってまんざらじゃ……」

 それを言い終わる前に、悪運が尽きた。湯飲みが藤田の額に当たる。

 さらに追い討ちをかけるために投げられた皿。それはモノノベに受け止められた。

「これ以上は、ね?」

 モノノベの真剣な顔。その表情のまま、食器を真智に手渡すと、モノノベは藤田の介抱に向かう。

「もう!」

 真智の叫び。


 居間に飛び散った食器の破片を真智は片付けている。その顔は不機嫌そのものだ。そこにモノノベが姿を現した。

 モノノベも黙って掃除を手伝う。

「おじいちゃん、どんな感じです」

「こぶもできてたから、心配ないと思います。今は酔いもあるのか寝てますよ」

「そっか」

 破片を新聞紙でくるんで、台所の角に置く。

「洗い物、終わらせましょう」

 そう言ったのはモノノベ。そのまま食器を洗いはじめる。

「いいです!」

 真智は無理やり、モノノベの手から食器を奪い取る。それに気まずいものを感じたのか、

「私が洗いますから、拭いて食器かごに入れてください」

 とだけ言った。


 かちゃかちゃと食器の触れ合う音。

 気まずさだけが募る。

 不意に真智が口を開く。

「モノノベさん」

「はい?」

「私ね、ほんとは鞘って言う名前になるはずだったんですって」

 泡の付いた指で宙をなぞってみせる。

「それは藤田さんが?」

「当たり。おじいちゃんらしいでしょう。で、それじゃあんまりだからって、うちの両親が泣いて頼んで今の名前になったんです」

 いかにも藤田らしい逸話にモノノベの顔がほころぶ。

「ほんとに人の迷惑なんて考えないんだから、そう思いません?」

 それにはモノノベは何も言えない。

「藤田さんがいないと、うちは成り立たないですよ」

「そうなんですよね。かなり珍しいですよ。ずっと包丁とか鎌ばっかり打ってて、もう刀は打たないって、ずっと言ってましたから。おじいちゃん頑固だし、そう言うならそうなんだろうって」

 ふ、と沈黙。

「今日おじいちゃんが言ったことはひとまず、置いとくとして」

 真智はため息をついて前置きする。

「おじいちゃん、モノノベさんのこと心配してます」

 モノノベの手が止まる。

「それは、どういうことです?」

「本当は断るつもりだったんですって、この仕事。でも、モノノベさんに熱心に頼まれて、断るに断れなくなっちゃったみたい。で、断るためのちゃんとした理由がいるからって、ツテを使って調べたんですって。モノノベさんのこと……」

 最後は消え入るような声。真智の手も止まる。

「でも、引き受けてもらえたのは」

 しっかりしたモノノベの言葉に真智はうなずく。

「自分と重ね合わせてるみたい」

「……」

「『昔の自分みたいだ』って、そんなこと言ってました。これ以上は何を聴いても教えてもらえなかったけど」

 モノノベは黙ったまま。少しの間、食器の触れる音だけ。

「別にね。何も教えてもらえなくてもいいんですけど」

「けど、何です?」

「敬語」

「は?」

「やめてください。年上の人に言われるとくすぐったくなっちゃう」

「はい?」

「お風呂、入っちゃってください。後はやりますから。布団も敷いときます」

 それだけ言うと、また真智は洗い物をはじめる。ガチャガチャと乱暴に食器の触れ合う音。その横顔を見るにつけ、手伝える雰囲気ではない。

 なんとなくモノノベは声をかけるタイミングを失ってしまった。

「私も心配してるんですよ」

 洗い物に目を向けたまま真智がぽつりと言う。

「え?」

「だから、早くお風呂に入ってくださいって」

「はい。いや、うん、わかった」

 ぎこちなく返事。そのまま風呂場に。真智の忍び笑いの雰囲気。それを感じ取って、モノノベの顔が赤らむ。


 翌日の午前四時。

 鍛冶場にはもう明かりが灯っている。中からは物音が間断なく聞こえてくる。

 身支度を済ませたモノノベが鍛冶場に近づくと、ちょうど藤田が出てくるところだった。

「おはようございます」

「昨日はすまなかったね」

「いえ」

 モノノベは苦笑する。

「もう出るのかい」

「ええ、何かトラブルがあったみたいです。それがちょっと気になるので」

「そうか。まだ暗いから気をつけてな」

「ゆっくり行きます」

「真智、モノノベさん帰るとさ」

 鍛冶場の扉を開ける。真智の忙しく立ち働く姿が見えた。

 真智は準備の手を止め、汗をぬぐう。じっとモノノベを見る。モノノベを試すような顔。

「じゃ、また、来るよ。無理だけは、しないで、ね」

 モノノベのいかにも気後れした調子。真智は笑った。

「じゃ、また。気をつけて帰ってくださいね」



         第一戦 ブラジル



 オトの視覚を映し出すモニターが衝撃でゆがむ。

 後はホワイトノイズ。

「くそ!」

 クリスの罵声。


 観客の入りは五分といったところか。

 コロシアムの中は高湿地帯を再現している。ところどころに茂みも配されている。

 水気をたっぷりと含んだ砂地は軽く百五十キロを越えるロボットでは、ただ立っているだけで、めり込み、水がにじみ出てくる。

 それだけに足場は不安定で、一歩踏み出すだけでかなりの力がいる。

 こうしたシチュエーションはトルクに勝るパワータイプに分があった。

 もうひとつの問題は、精密機械の塊のロボットには大敵となる湿気だ。

 特にオトはこなれていない最新の技術がふんだんに盛り込まれている。高湿度での実験を経ているとはいえ、ちょっとした変化がトラブルになりかねない。

 しかし、シャフトに参加する機体は、そうしたさまざまな環境に対応していることが前提になっている以上、文句は言えない。

 その上、デモンストレーションの際のトラブルを、まだ引きずっている。

 カテゴリー1に昇格しての初戦としては、この上もない最悪のスタートだった。


 オトの対戦相手はハンコックのワ―ルウインド。

 速攻に定評のあるタイプだ。そのスピードを支えるために装甲ではなく、防刃性の高いケブラー製のチョッキを身に着けている。

 武装は軍用シャベルを模したもの。総金属製で普通のシャベルよりも若干短い。先端は鋭角で意外に鋭い。これが馬鹿にしたものではないことは、シャフト開催以来カテゴリー1にとどまっていることからも明らかだ。先端の身幅が厚いから、かなり威力のある一撃を見舞うことができる。

 ヘルメット、防刃チョッキ、カーキ色に統一されたカラーリングから、その姿は第二次大戦中の陸軍兵士を思わせる。


 ともあれ

 始まる。


 オト、走る。

 泥濘をいたずらに歩むに蓄電池の費えを恐るためなり。

 オト、ワールウィンドのお株を奪う速攻狙う。

 敵も然る者。速度に勝るワールウィンド、オト近づかせず。

 茂み、巧みに使い、オトより距離とる。

 鬼渡しの様相に観客失笑。

 立ち回り、ようやく接近するも円匙でオトに泥濘巻上げ、逃げる。

 やがて蓄電池容量に劣るオト、消耗し、立ち尽くす。

 頃合見計らい、ワールウィンド近づき、オトの頭部を円匙にて粉砕す。

「茶番なり」

 と、モノノベ。


 試合後のコメント。

 クロムストーン、クリス監督。

「今度からオトに死んだふりでもさせるよ」

 ハンコッククラウド、モートン監督。

「地形を最大限に生かした戦法だよ。恥ずべきところは何もない」

「私の出番って本当にないのよね。勝つか、一瞬で負けるか、どっちか」

 とは、カロだ。


「茶番だ」

 メンテナンスルームのモノノベがはき捨てるように一言。

 マイヤーはすでに運び込まれている、オトの頭部ユニットを取り外して検分している。

 頭部に収納されている肝心の演算装置や戦闘記録は、対衝撃容器に入っているから損傷はない。

「だね」

「本調子じゃなくても勝てた」

「そう、だね」

「マイヤー」

 いらだつモノノベと相手にしないマイヤー。

「彼らもいいことはしてるよ。未調整の箇所を壊さなかった。よくいる壊し屋じゃなくて良かったよ」

 勝負が決した後も、対戦相手の機体を過剰に破壊するチームもいることはいる。たちは悪いが、アノダインが置かれる前の、確実に勝利を得るために必要な措置として、仕方なく認められている。

 君だってそうだろ? そんな目でマイヤーはモノノベを見る。図星でもある。

「それよりもっと言いたいことがあるんじゃないの」

「カテゴリー2の二体、どう思う?」

 ずっとかかりきりだった解析の手を休め、マイヤーが顔を上げる。

「面白い」

 その顔は真顔だった。


 カテゴリー2の二体。

 どちらも新規参入のチームの機体だ。

 一体はクラフトドラゴンのタイガーワン。

 華僑がスポンサーの機体。

 前世紀のムービースターだった武道家を思わせる、細身のシルエットが特徴的だ。

 武器は拳の部分を覆っただけの金属製のグローブ。剣、刀、槍、矛といった、ほかの機体の武器と比較してみれば、素手とほとんど変わらない。一応はレギュレーションを考慮した、というポーズのつもりなのだろう。

 その動きに、真っ先に反応したのは、たまたま、つけっぱなしだった中継カメラを目にしたマイヤーだった。

「肩と腰にインナーマッスルを備えてるな。全体の人工筋肉の比率も高い。うちより高いか」

 そうつぶやき、あとは黙ってタイガーの動きを注視し続けていた。

 見るものが見れば、動きがいいことはわかるが、それが何に由来しているのかを見抜いたのは、おそらくマイヤーを含めた何人かの専門家だけだろう。

 タイガーに対するのはパルスのネオンテトラ。武器に鎚矛を使用したオーソドックスなパワータイプ。

 タイガーは後ろ足に重心を置いた、ボクサーを思わせる構え。

 相手は武器もないに等しいとみたネオンテトラは、一気呵成に突進してくる。

 間合いに入り、鎚矛が振り下ろされる瞬間、タイガーはネオンテトラの懐に入っていた。そのまま、みぞおちの機能停止コードに掌底をうちこむ。

 タイガーのいいところはここまで。

 掌底の一撃は機能停止コードを切るほどの威力はなく、その上、その一撃で手首を壊してしまっている。

「機構がデリケートすぎだ」

 という、マイヤーの言葉通り、精彩を欠いたタイガーはネオンテトラの次撃であっけなく頭部を粉砕された。


 もう一体。

 フレデリク・ボーラーのシケーダ。個人参戦の機体。

 シャフトの初期こそ、個人参戦の機体はないではなかったが、企業の大資本が投下されるようになった今日では、撤退するか、吸収されるかされ、皆無となっている。

 目を引くのは頭部ユニット冷却のための、髪の毛状の熱放射糸だ。金色の短髪がきらきらと光る。

 それに体をすっぽりと覆ってしまう厚い生地でできたカーキ色のマント。

 体高2メートル25センチ。

 姿かたちもパワータイプとモーションタイプの中間といったところだ。

 パワータイプほどのボリュームはなく、モーションタイプほど動きを重視して余分な部分をそぎ落としているわけでもない。

 パワータイプ、モーションタイプという、戦術に基づいた機体設計がなされるようになってからは、こうした機体は淘汰されていった。

 シケーダの姿は仰々しさと、どっち付かずという印象を与えて、会場からは失笑さえ漏れる。

 対戦相手はルナリーダー、ハリケーン。

 今期は武器を長柄の先に斧がついたポールウェポンに変更している。武器のリーチのなさという前期の反省を素直に反映させている。

 モーションタイプの武器はほとんど変更されることはない。モーションマスターの学んだ武術に大きく左右されるからだ。それに比べて、パワータイプはしばしば、武器の変更を行う。

 パワータイプを採用しているチームはモーションマスターを置かない代わりに、軍隊経験者や、アメリカンフットボールの戦術コーチ、果ては数学者などを採用して、その方針を決定させている。


 シケーダの武器は見た目ではわからない。

 一応、発表では刀を使うとなっている。マントを羽織らせる前に事前に協会のチェックを受けているから、刀であることは間違いはないのだろう。

 しかし、普通の人間でさえ、もてあましそうな大きなマントを羽織らせるのは、いまだ動きに未熟な点の多いロボットにとって自殺行為といえた。

 刀をマントに引っかからずに出すのにさえ、どれほど手間のかかることか。

 その上、その動作。

「話にならないな」

 と言ったきり、マイヤーは一言もない。

 実際、動きは数年前、数世代前の動きだ。一年、半年で世代交代することさえ珍しくないシャフトでは致命的といえる。一歩踏み出すのにさえ、ほんの少しだが、演算のためのタイムラグが見られる。

 目の前のハリケーンはパワータイプで、動きの良くない部類に入るが、それにも見劣りする。

 観客の誰もがわかるほどの動きの差。個人レベルでの参戦の限界を誰もが思った。


 試合開始。

 その場に立ったきりのシケーダに、ハリケーンは突進する。

 自分の間合いにはいるや、肩に担いだポールウェポンを振りかぶり、一気にシケーダの頭部に叩き込む。

 ただ、迫るに任せているシケーダの機動性では、この一撃を避けることはできない。受けても、パワーの差を思い知るだけだ。

 当たる直前、シケーダが一歩踏み込む。その一歩でまるで予定されていたように、ハリケーンの側面に回りこんでいる。刀がゆったりと持ち上げられる。

 澄んだ音。

 それとともにハリケーンの手にあったポールウェポンが、手首ごと消えていた。

 そのポールウェポンが空中を回転している。それが落ちるよりも先に、シケーダがもう一歩。

 完全にハリケーンの懐に入り込む。

 シケーダは刀を無造作に振るう。

 落下したポールウェポンが横ざまに地面をたたく。

 ハリケーンの頭部が重い音を立てて地面に落ちる。

 観客は声もない。

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