第4話 シャフト4ーーー刀鍛冶

       デモンストレーション



 シャフトが六カ国で開催されるに伴い、持ち回りでロボデックスは開催されるようになった。

 2018年はイギリスでの開催。

 一般に欧米では人間型のロボットの人気は低く、災害救助、警備、兵器といった類の目的に特化したロボットの比率が高い。

 人型ロボットの進歩の是非を問うシンポジウムが一つは設けられるのも通例だ。宗教的な色合いを帯びて、議論が決裂してしまうのも通例。

 その中で今期のシャフトの各チームの機体のお披露目が行われる。

 観客の入りもいまひとつの中で機体を公開しているブースにだけ、人が集まっている。

 唯一、採算の取れるほどの人気を誇る日本からの取材班とファンが各ブースを埋めているさまは、まさに黒山の人だかり。その熱気とあいまって一種、異様ですらある。

 SINCLAIRというロゴが掲げられたブース。

 多国籍複合企業、シンクレアグループはクロムストーンのメインスポンサーだ。

 ブースには強化ガラスで囲われたステージが設営されている。そのステージ上のオトが、ゆらゆらとオートバランスを保ちながら立っている。

 そのオトにフラッシュの光が浴びせかけられ、憶測の呟きが交わされる。

「上腕部と大腿部と脹脛、プラスチックで覆われてないな」

「人工筋肉の比率がだいぶ高いみたいだな。伸縮を妨げないように、柔軟性のある素材に変わってるみたいだ」

 その呟きをかき消すように大音量の音楽が流れる。

 舞台の袖からきわどい水着のコンパニオンが現れる。

「まもなく13時30分の第一回デモンストレーションを行います」

 ぱ、ぱ、ぱ、と舞台の中央のオトにスポットライトが降りかかる。

「起動準備が整うまで、今期のオトのスペックをご紹介いたします。新フレームの採用により関節自由度が前期に比して三〇パーセントアップ。全高は二メートルと、前大会とほとんど変わってはおりませんが、重量を百七十キログラムから百五十キログラムの軽減に成功いたしました。また人口筋肉の割合は人体換算で55パーセントに達しております。これにより、人間に匹敵する滑らかな動きが可能となりました。モーションマスター、モノノベとの動作トレース率も前期比より20パーセント高くなっています……」

 縷々とコンパニオンの説明が続く。

「バッテリーの小型化、フレームの新素材採用による軽量化により、長時間稼動、そしてオトの要となる瞬発力も向上いたしました」

 そこまで言ったところで、ヘッドホンから何か指示があったようだった。軽く耳元のヘッドホンを軽く押さえる。

「お待たせしました。ではオトのデモンストレーションの準備が整いましたので、スペック紹介は、ここまでとさせていただきます」

 コンパニオンに代わって、ステージ脇からクリスが現れる。

「お待たせいたしました。これよりオトのデモンストレーションを行います」

 観客の拍手とフラッシュ。

「本来ならオトのシハンであるモノノベが説明するところなのですが、いつものごとく、よんどころない事情により私が説明させていただきます」

 ステージにスタッフの手で、オトの両脇に巻き藁が据えられる。

 クリスはオトを指し示し、宣言する。

「クロムストーンの技術力の結晶であるオトが、モノノベの手によって新たな技術を身につけました」

 クリスはモノノベをモーションマスターと呼ばずに師範と言った。

「知ってのとおり、日本刀はその性能を十分に発揮するには熟練を要します。特に斬撃は難しい。そこで、今期のクロムストーンの課題は刺突に加えて、斬撃による勝利をオトに課しました。その斬撃の習熟度を測るのに、マキワラ斬りほど最適なものはないそうです。刃を対象に最適な角度に当て、引き斬る。その際の身体操作がスムーズに行わなければ、マキワラを真っ二つに斬ることはかないません。モノノベの指導の下、そのエッセンスを今期のオトはすべて吸収したという自負があります。と、前置きはこれくらいにして、何より、論より証拠。実際に見ていただきましょう。ただ、動作中、フラッシュは誤作動が起こる可能性があるため、ご遠慮ください」

 スタッフが刀掛けにかけられた刀を、オトのそばに置くと、すばやく袖に引っ込む。

 クリスの姿も消えていた。

 遠隔操作でオトが起動した。わずかに姿勢が伸び、それと知れる。

 傍らの刀に視覚センサーをやり、ゆっくりとした動作で刀を手に取る。

 巻き藁と距離をとるために少し歩く。

 それだけで観客の一部が沸いた。前期の動きとの差異を、すばやく感じ取ったどよめきだ。

「動きがいい。AIの姿勢制御能力がかなり向上してるな」

「人工筋肉の調整はかなりのものだな」

 そんなつぶやきさえ、そこかしこで交わされる。ウェブへ生中継するためのカメラがオトの動きを注視する。

 オトに限らずロボットの歩みは、スムーズになってもどこかに不安定なものを感じさせた。

 人間にとっては歩くという何気ない動作も、ロボットにとっては複雑な計算を持って行われるため、違和を感じるからかもしれない。

 その違和が今のオトの歩行では、大分解消されている。

 十分に間合いを取ったと判断したのか、オトが振り返る。

 振り返るや、正眼に構えた。

 その刀をゆっくりと頭上に持ち上げ、上段へ。

 その姿勢のまま、オトは動きを止めた。

 期待と不安の入り混じった、独特の緊張感が満ちる。このブースだけが静まり返る。

 ざわめきが消えていた。配信用の中継カメラの作動音だけが、あるかなしかの音を立てているだけ。

 オトが不意に動いた。

 一歩踏み込むや、まずは右の巻きわらを袈裟に両断。

 体を返す。演算が追いつかないのかオトは一瞬、動きを止めるが、程なく左の巻き藁を逆袈裟に斬り上げる。

 ぼた、ぼたと巻き藁の切れ端がステージに落ちる。

 巻き藁斬りを終えたあと、息を切らしたような上半身の動作がすこし気になったが、オトは何事もなかったかのように、右手に刀を下げ、たたずんでいる。見るものが見れば、その姿も微妙にかしいでいる。

 その違和を感じ取った観客がどれだけいたかどうか。割れんばかりの拍手が、一拍遅れて巻き起こる。

 フラッシュが再び瞬く。

 舞台の袖からスタッフが回収用カートを押して現れ、手際よくオトを収納する。

 オトの指先から水のような液体が滴り落ちている。スタッフは何気ない動作で、液体を布でぬぐい、覆って隠してしまう。

 入れ替わりに現れたクリスは拍手をもって迎えられた。オトとすれ違うときのクリスの目が少し気遣わしげだったが、それに気づいた者はいない。

 クリスは、まだステージに置かれたままの巻き藁の切れ端を手に取る。もう笑顔だった。

「どうでしょうか。オトは見事に二本の巻き藁を両断しました」

 クリスは巻き藁の切断面を、観客に良く見えるように掲げて見せる。

 切断された巻き藁は芯となっている竹棒も、その周囲に巻かれた藁の様子も良くわかる、見事な断面を見せていた。藁の一つ一つ、竹の芯にも乱れはない。通常、巻き藁の湿らせた藁の部分は肉、竹の芯は骨をあらわしているから、この切断面はそのまま、人間の腕なりの切断面に見立てることもできる。

 巻き藁の切れ端を一通り、めぐらせて見せる。また、フラッシュが瞬く。

「いわゆる刃筋を通さなければ、この切断面はできません。刀の刃と棟をまっすぐになるようにして、対象に当て、引ききる。それができなければ巻き藁に刀は食い込んだまま、無様な姿をさらしたことでしょう。そして、この切断面はオトの斬撃の技術を、何よりも物語っています。これまでの刺突という点の攻撃と、この斬撃という線の攻撃を巧みに組み合わせることにより、カテゴリー1の強敵と渡り合えると確信しています」

 その後、スペックに関する、いくつかの質疑応答に答え、第一回のデモンストレーションは終わった。


 クリスが拍手に送られながら、ブース背後のメンテナンスルームに下りてくる。そこにステージ上で見せた明るい表情はない。

 メンテナンスルームは騒然としていた。

 中央のメンテナンススタンドにはオトが据えられている。そのそばでいつもよりいっそう難しい顔をしたマイヤーがオトの腕のカバーをはずしている。

 はずすや、人工筋肉を満たしている湿潤液が漏れ出す。部屋に特有の潮臭い匂いが満ちた。本来なら、湿潤液を満たしておく関係から、人工筋肉はチューブに収納されている。

 しかし、トラブルでチューブが破裂したようだった。

 予想済みなのか、クリスも含め、スタッフの顔に狼狽はない。マイヤーは黙々と人工筋肉を機体からはずしている。

 次に腰のカバーを開く。こちらからは機械油のこげるいやな臭いがした。

 遠巻きに見ていたクリスは、マイヤーがいったんオトから離れたのを見て状況を聞く。

「どんな感じ?」

「モニターしてたときの状況だと、巻き藁の二本目を切ったときに、体勢が崩れたのに無理に続行したのが悪かったね。各部に負担がかかりすぎた。目立つのは右手首と、右腕、腰、膝だけど、すべての部分を再点検しないと。また、調整のやり直しになる。モノノベがこれを知ったら、どんな顔をするだろうね。特にインパクトのときの腰の回転や、手首の締めだとかは、モノノベの特にこだわってたとこだし」

 マイヤーの意味ありげな視線。クリスは黙ったままだ。

 急遽、巻き藁切りを一本から二本へと変更したのは、ロボデックスでのデモンストレーション当日になってからだ。

「一本では地味だ。一本できるなら二本でもできるだろう」

 というセンサー関連のパーツを供給しているスポンサーの意向を受けてのものだ。なんでも、別のチームにパーツを供給しているライバル会社の機体が、一本の試し切りを成功させたからだという。

「あちらの機体はパワータイプで、斬るときの技術はオトのものとはまた違う」

 とも説明し、

「まだ不安定だから巻き藁切のデモンストレーションの際は、一本だけに」

 というモノノベの注意もむなしく、結局は二本に変更された。

 さて、どう説明したものか。そんなしぐさでクリスは、手の中の携帯端末をもてあそんだ。


 九州北部の山中深く、わずかな平地を切り開き、民家、そして、たたら小屋、鍛冶場が建てられている。

 鳥のさえずる声。

 民家の縁側に面した、床の間のある座敷。

 モノノベが端座している。

 目の前の刀掛けには刀が二本、掛けられている。ひとつは二尺七寸、もうひとつは三尺一寸。

 二振りの刀はほぼ相似形だった。反りの具合から刃文の形まで。

 相似形である以上に、二振りの刀は異様な感覚を見るものに与える。。

 その異様さは三尺のほうからだ。単純に長さが三尺以上の刀なら、いくらでもあるが、これは厚みから何から何まですべて二尺七寸の刀を、そのまま拡大コピーしたようで、柄もその分だけ太く大きい。人間がしっかり握りこむことができないだけの太さがあった。

 すなわち、これは人間用ではない刀ということになる。

 モノノベの手には奉書紙。まずは二尺七寸のほうから、奉書紙で刀のなかごを握り、縁側から差し込む日の光に刀身をかざす。

 化粧研ぎなど見栄えのする研ぎをかける前の刃だから、光沢はなく武骨だ。

 反りは若干、深い。

 刃文は起伏のない直刃とよばれるもの。

 光にかざすと、刀身に木目を思わせる模様が浮かび上がる。

 そのときに光の加減で刃文に、沸えと呼ばれる細かな光る粒が確認できる。

 モノノベは真剣な表情で刀身の光にかざす角度を微妙に変えながら、刀を検分する。

 やがて得心がいったのか、刀掛けに刀を置く。

 そしてもう一本、三尺一寸のほうへ。


 もう一本の検分が終わるころ、縁側に影がさす。

 モノノベが目を上げる。

 作務衣を着た老人がいた。小柄。

 年のころは六十歳というところか。痩せてはいるが、それは老いからのものではなく、引き締まっているという印象を与える。背筋も伸び、若々しい印象を与えているから、もう少し、年齢は上かもしれない。

 鋭い眼がモノノベを見ている。

 それを受けてモノノベは軽く目礼すると、また検分を進める。

 老人も何も言わず、自分で座布団を出してきて、それに座る。そのままモノノベの検分の様子を見ている。

 やがて、検分も終わり、刀を戻す。

 床の間に刀掛けを置き、刀に軽く一礼。

 今度は老人の前に座るや、畳に額が触れるくらいの礼をする。

「まずは顔を上げなよ」

 低い声で老人が言う。

 その声でモノノベは顔を上げた。

 老人は笑っていた。

「これだけ礼を尽くしてもらって、うれしくないわけじゃないが、堅苦しいねえ」

 刀の検分の途中にうかつに口を開いて、唾が刀身にかかっては、錆の原因となりかねない。モノノベが老人が現れても、ものも言わず検分を進めたのはそのためだ。

 それより、と老人は続ける。

「出来はどうだい?」

 モノノベはここで初めて笑みを浮かべた。

「申し分ありません」

「そうかい? 注文どおり、反りを深くつけてみたが、そいつはうまくいってたかい。重心の具合も、ちょっと気になってたんだが」

「これ以上のものは望めないでしょう」

 その言葉に老人の顔が引き締まる。

「そいつは侮辱ってもんだよ。俺はロボットが使う刀だからって手抜きした覚えはない」

 どうとでも取れる発言をしてしまったことに、モノノベが気づき、口を開きかける。

「冗談だよ」

 その前に老人が言う。口元には笑み。

「藤田さん……」

 藤田と呼ばれた老人はかっか、と笑う。

「すまんね。あんたがあんまりにも堅苦しいから、からかいたくなったんだよ」

「あなたにへそを曲げられたら、どうしようかと。オトの刀を打とうという方は、あなただけでしたから」


 オトの動きはモノノベの学んだ剣術をベースにしたものに、という基本方針が決まってしまえば、当然、オト専用の日本刀が必要となる。しかも、きちんと刀匠に打ってもらったもの。これはモノノベの譲れない一線だった。

 しかし、いざ、その作刀を依頼する段になって、それは難航することになった。なかなか、打とうという刀匠がいない。

「同じ反り、バランスの二本の刀を作ってほしい。一本は人間が。もう一本はロボットが使う」

 たいていの刀匠が伝統を重んじるし、馬鹿にされたような気分になるのだろう。まして難度の高い依頼だけに断られてもしようがない。

 そこで、たまたま変わり者がいるから、ということで紹介されたのが藤田忠行だった。

 今まで無名なのが不思議なくらいの腕前だった。

 生半な腕では打とうと言ってもらっても断るつもりだったが、その刀の数々を見て、改めて膝を屈して、依頼した。

 そして、藤田はモノノベ自身が直接受け取りに来るなら、という条件付きで請け合った。藤田はこれまで、モノノベの注文を十分満足のいく出来で、提供してくれている。


 まあ、ねと藤田は前置きする。

「二十一世紀なんだし、ロボットが刀を持ってもいいって思ったんだよ」

 そういうと、照れたのか、あわてて付け加える。

「なんてな、面白そうだったからってだけだよ。それだけだ」

 それに、と声を低める。こころもち前かがみに。つられてモノノベも前かがみに藤田と顔を突き合わせる格好になる。

 そのモノノベの目の前に、藤田は人差し指と親指で輪っかを作って見せる。藤田のひょうげた笑み。不思議と嫌な印象はない。

「こいつが良くなけりゃ造らねえよ」

 縁側に影がもうひとつ。

「そのお金だって木炭と砂鉄とお酒に消えちゃうんですよ」

「真智さん」

 そこにいたのは藤田と同じ紺の作務衣を来た女性だった。年のころは二十二といったところか。肩までの黒髪をひっつめ、頭をタオルで覆っている。汗まみれの、その顔は真っ黒に焼けている。顔立ちはクラシカルな日本美人といっていいが、その左の目元に、小指の先ほどの火傷の引きつれがある。化粧っけがまったくないだけに、それは目に付くが、本人は気にしていない風だ。

「立ち聞きか。はしたない」

「片付け終わりました。シショー」

 悪びれる様子もなく言う。

「師匠?」

 へへ、と真智はモノノベを見て照れ笑いを浮かべる。

「片づけが終わったらメシだ。お客が来てるんだ。早くな」

「はーい」

「はい! だ」

「はい!」

 改めて返事を返すと、あわてて台所へ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る