第三話
「あぁ・・・やはり」
桃太郎は空を仰いだ。
風が髪を吹き上げて顔に絡みつく。
「やはりそうか・・・」
ぽつり、桃太郎は呟いた。
そして、三人のお供を振り返る。
美しい顔にはいつもの柔和な笑みをたたえていた。
「鬼の居場所は鬼ヶ島じゃない。」
薄く微笑む唇でそう言った瞬間、お供三匹に衝撃が走った。
そんなことがあるのか・・・?
私達は鬼ヶ島に鬼退治をしにここまで来たのに。
三人は困惑の表情を見せた。
「ご、ご主人様・・・何を仰るのですか?・・・ここまで来るため、どれだけの鬼と戦い・・・どれだけの同朋を失ってきたか・・・」
犬女がくぅうんと鳴くように言った。
「鬼の住処である鬼ヶ島・・・わたくし達は己の卑しき出生を、奴らを滅ぼすことで終わらせようとここまできたのですよ…」
首を左右に振りながらキジ女が言った。
「ご主人様!どういうことですか!?では一体、鬼はどこに!どこから来るというのでしょうか!」
やや興奮ぎみに猿女が言った。
チャキッ
ジュアリィィイン
刀が、抜かれた。
桃太郎がいつも帯刀していた刀は、幼い頃年老いた両親から授かったものだった。
何匹もの鬼の血を吸ってきたその刀身がなまめかしく光を反射する。
刀を見た三人の背が凍りつく。
桃太郎の顔は笑みを浮かべたままである。
「地獄。」
桃太郎は言った。
「鬼は地獄にいる。」
三人はもはや言葉を失っていた。
理解が追いつかず、固まるしか無かった。
刀が向けられた。
桃太郎の腹部に。
「私は地獄に行く。」
反射的にはお供三人は止めようと足を踏み出した。
「止めるなっ!」
一瞬風が止まったかのような怒号。
目を釣り上げた、桃太郎が見せた初めての怒りに、お供達は思わずすくんだ。
「桃太郎様っ!」
「お止めくださいっ!」
「一体どうしたのですかっ!?」
主人のその行動を必死で説得しようとする三人。
理解は出来ないが、死んで鬼のいる地獄に堕ちようというのか。
「地獄は罪を犯した者達が堕ちるところです!」
「桃太郎様は、卑しい生まれのわたくし達をお救い下さいました!鬼どもを滅して大地を浄化しようと戦い続けて来ました。」
「それを何故?罪があると仰るのでしょうか?」
三人は桃太郎に向かって叫ぶように訴えた。
叫びは灰色の空に吸い込まれていった。
「・・・・・・」
刀は降りない。
桃太郎は三人を見つめた。
悲しい目で見つめた。
「罪は・・・とうの昔に犯している・・・」
桃太郎は儚げに微笑んだ。
「私は自分が時おり恐ろしくなるときがある。」
鬼の硬い皮膚をいとも簡単に刀で一刀両断する。
鬼の目玉を蹴り潰す。
鬼の頭の角を素手で引っこ抜く。
生まれもって、桃太郎は鬼に対してのみ異様な戦闘力を発揮していた。
どこにでもいる年老いた夫婦に育てられ、薪割りなどの力仕事で程よく筋肉はついていたが、特に武を極めたりはしていなかった。
しかし、鬼と対峙したときに湧き上がる感情が桃太郎の力を何十倍に跳ねあげた。
「殺す。」
鬼を見ると瞬時に殺意が身体中を満たす。
桃太郎一人で四、五匹の鬼を相手にできた。
桃太郎にとって鬼は粘土のように脆く感じた。
桃太郎はそんな自分が不思議でならなかった。
「私は何故こんな事ができる?」
まるで、鬼を殺すことを誰かに定められたかのような…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます