第15話 決意

 「セレネ・・・ごめんね・・・あなたに逆らって。だけど私はこうしたい。そうしなければ、みんなが生きて行けないの・・・」

『あなたは・・・でも・・・』


 セレネの叫びは、トゥアの祈りにかき消された。

 トゥアはすでに強大な力を持って、もう一つの片割れであるセレネの力を凌駕していた。


「ギイス、アイリス、本当にありがとう・・・私はあなたたちのおかげで、短い間だったけど、人間でいられた・・・そして、『人間』っていうのがどんなにすばらしくて・・・そして、どんなに壊れやすいか・・・それを知ってしまったの・・・そう、天の贈り物だとしても、すでにそれを失うわけにはいかない。私が、私一人がその力になれば・・・これほどうれしいことはないの・・・」


 その時、『水晶宮』が鳴動し、激しい揺れが襲った。

 ケイディズとシンたちはすでに脱出し、採掘をしていた人間たちはもう誰もいない。

 地面にたたきつけて、粉々になる準備はできている。もちろんそうすればジェネラの流れは弱くなってしまうだろうが、それだけあれば、ギイスもアイリスも生きて行ける。完全に消失するよりも、何千倍も嬉しいことだ。


『トゥア、トゥア、聞こえているか!?やめてくれ、そんなことは!』

「でもギイス・・・こうしないと、みんな生きていられないのよ・・・」

『イヤだ!俺は・・・俺はっ・・・トゥアが生きてなきゃ、生きている意味がない!君が生きていなきゃ、俺はっ!』

「ギイス・・・」


 トゥアは、本当に幸福だと思った。消えて行く自分に、これほど惜しんでくれる人がいるのだ。「大丈夫。」

 トゥアはほほえんだ。

「生きていれば、死んでしまった人は忘れられる・・・それは悲しいことじゃない。悲しみを救ってくれる、とてもいいことなのよ・・・ギイスももう『人間』になったんだから、それができる。大丈夫、悲しいことじゃない。」

『トゥア!』


 それを最後に、トゥアの声は途切れてしまった。

 ヴァイランスのコクピットの中で、ギイスは虚空を掴もうとして、手を空しく突き出す。

 そしてやりきれない胸を押さえ、すべての真実に耐えなければならなかった。

 その胸だけが、いまや彼を突き動かしている。

 急げ、急げ!



『団長!アルタキアスの方から、メガ・マシーンの反応です!』

「やはり来たな・・・ディザイアが発進次第、おまえたちは下がれ・・・ここは地獄になるぞ。」

 ディザイアは輸送船の外に張り付いたまま出撃準備を終えると、その黒い羽根を羽ばたかせて、ゆっくりと空に飛び立った。


『水晶宮』から流れ出るジェネラの量は、いまだメガ・マシーンの巨体を自在に駆動させるに十分だった。

 だが、これが最後だろう。

 どのみち、この巨体はこれを最後に、永遠に動きを止めてしまうことになるだろう・・・


「おそらく、奴と接触してからは数分・・・5分といったところか・・・上等!そこに、私のすべてをかけるのだ!」

 ディザイアは剣を高く掲げた。その剣が残りのジェネラを吸収し、漆黒の機体に、無限の力を与えるようだった。


 ヴァイランスの驚異的な機動力はすばらしい俊足で、荒野の上に浮かぶ『水晶宮』の空域に達した。すでに日は傾き、夜の気配が包んでいた。

 確かに、そこに彼女の気配がする。ジェネラの奔流が、そのことをギイスの脳にまざまざと示していた。


「トゥア!・・・!」

 一瞬・・・ジェネラの流れが増大したかと思うと、上空から隕石が落ちたような閃光が走った。

 ヴァイランスはそれでもぎりぎりで装甲を逸らし、魔導縛光板を少し欠けさせるくらいにとどめた。


「ケイディズ・・・!」

 気づくとすでに、目の前に不気味な羽根を広げたディザイアの姿が立ちはだかっていた。その姿は悪魔というよりも、まさに『神』・・・ジェネラの激流を受け、装甲から燐光を立ち上らせ、後光を背負っているかのような姿だった。


「トゥアの邪魔はさせない・・・!私たちの、私の正義にかけても!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る