第13話 運命の交差
ギイスは宿舎の中で、軟禁生活を余儀なくされていた。
鉄格子のはまった殺風景な部屋の中で、粗末なベッドに座ってギイスはあれこれと考えていた。
もとより自由はない生活に変わりはない。だが『心の自由』が広がって行くうちに、いままでの生活が、いかに窮屈で退屈、そして恐ろしいものであるか、ということが身に染みてきたのだった。
しかも、もはや戦争どころではなくなっている。戦争のために生まれてきた自分たち『人形』が、戦争がなくなってしまえばどうなるか・・・
(もう、俺には生きる意味はない・・・そうすると、その先は・・・)
「トゥア・・・」
その名を、何度もつぶやく。
トゥアは無事なのだろうか?
・・・いや、再びトゥアがアルタキアスに戻ってくるまでに、自分は生きていられるのだろうか?
その頃トゥアはケイディズとシンに連れられて、その本体、『水晶宮』に上陸していた。
その巨大な山塊の中腹、採掘によって穴の開いたところに、飛行船は滑りこんだ。そこには一応港と言える設備が存在していた。
降りると、人間にすら異様な感覚が襲ってくる。まばゆいばかりに輝く晶石が、大量のジェネラを発して、空気すら歪ませているからだ。視界がすべて半透明に輝く壁というものは、異世界への入り口にすら思えてしまう。いくつかの隔壁の向こうに、大晶石の存在する中心部があるのだ。
晶石病が発覚してから、人間がこれだけ大量のジェネラを浴びるのは危険とされていたが、いまはそんなことは言ってられない。
廊下を歩いて行くと、開いた隔壁の向こうから、光が漏れてきた。
「これが・・・中心の大晶石・・・」
それは、空中に浮いていた。
形は完全な菱形で少しの歪みもない。半透明の中では、光点がいくつも走っている。これが濃縮されたジェネラの流れであった。
「・・・感じる・・・『セレネ』・・・」
「やれるのか、トゥア?」
ケイディズをもってしても、ここにいるのは恐れを感じるのであった。
「ええ、感じる。この意思を・・・」
トゥアは目を閉じて、自分に問いかけてくる存在に心を開こうとした。
「『13』の処遇が決まった。やはり、『処分』だ。」
パンドーリスは、国会で議論を重ねて決定された事項を、簡潔に部下たちに知らせた。
「『人形』が人間に逆らう、または『それ以上』の存在になることは、アルタキアス連合法で禁じている。にもかかわらず、オラクル・バングル名位博士がそれに違反し、『13』に過大な能力を与えたことは明白。だが名位博士を罰しようとしても、本人はすでに天国にいる、というわけだ。目下のところ、名位博士は『13』だけに、何か特別な能力を与えたようだからな。」
「それで日時は?」
「明日の夜。宿舎の処置部屋で反極性晶石を投与し、眠ると二度と目を覚まさない、というわけだ。」
「・・・しかし、この頃の『13』の行動を見ていると、そういったことも感づき、われわれに抵抗することも考えられますが・・・」
「それは私も懸念している。しかしどのみち、処分するのだ。力尽くでも構わないだろう。」
――――
『・・・ゥ・・・トゥア・・・』
「あなたが・・・セレネ?」
『そう、私がセレネ・・・なぜ、なぜそんなことをしようとするの?』
「そんなこと?」
『この・・・この星の人たちが水晶宮と呼んでいるこの『星』を、この星に落とすだなんて・・・』
「・・・どうして?あなたはそれに反対なの?」
『いいえ、そんなことはできないの、不可能なのよ!』
「不可能?私には、その力が感じられるわ!」
『遊星の力・・・いいえ、もっと言えば、それは宇宙の力なの・・・あなたたちは知らないかもしれないけど、この太陽系を包む、この星系を包む、とても大きな力が、この『星』を動かしている・・・ちょうどこの星が太陽の周りを回っているように、『星』にはそれに逆らうことも、動かすこともできないの・・・』
「でもっ、この星に墜落させてしまえばっ・・・!」
『いいえ、それでも、それでも、遊星はこの星から、『星』を去らせる・・・』
「でもっ・・・でもっ、どうしたらいいの!?そんなことになったら、ギイスも、アイリスも、リィニスさんもっ・・・死んでしまうのにっ!」
『残酷だけど、命というものはそういうものなの・・・いつかは消えてなくなる・・・これは、人間を超えた『私たち』にもどうにもならないことなのよ・・・』
「そんな・・・そんな・・・!」
『それよりも・・・トゥア、あなたも『星』と一緒に、宇宙に帰らなければならないのよ・・・』
「え?」
『あなたはこの『星』そのもの・・・本来は、私と一体の存在・・・だから、もうこの星にはいられないの・・・』
――――
「何が起こっているんだ・・・?」
目の前の大晶石が、まるで生き物のように鳴動した。そしてジェネラの流れが目に見えて、トゥアの方に流れ込んでくる。空間が歪んで見え、体をジェネラの流れが刺すような感覚は、恐怖すら感じさせた。
しかしやがて突然、大晶石とトゥアの間のジェネラの流れが断ち切られたのだ。
「・・・どうした?」
トゥアはしばらく大晶石の方を見つめていたが、しばらくしてから、ゆっくりこちらを振り返った。
しかしその目には、ジェネラの光点が宿り、異様な輝きを見せていた。ケイディズとシン、そして付き従っていた兵士たちは、その姿に後じさりしなければならなかった。
「大丈夫・・・水晶宮はこの星に残る。さあ、始めましょう・・・」
部屋の外では、小鳥たちが盛んにさえずっている。緑を湛えた木が、部屋の中にも木陰を落としている。
その穏やかな世界の中で、ギイスは己の命の終わりを、確かに感じていた。
「もう、終わりなんだ・・・もう、トゥアにも、アイリスにも会うことはない・・・俺も『16』と一緒のところに、行ってしまうんだ。」
これが『人形』としての運命なのだ・・・どうしても避けられない運命だったはずだ。
と、その時、ギイスはハッとした。
「ジェネラの流れが変わった・・・!」
ジェネラは風と違って、窓の強化アクリルなどすり抜けてくる。彼の鼻は、確かに感じた。
『におい』がする・・・しかも懐かしいにおい・・・
それは遙か空の彼方から、流れてくる。
『ギイス!』
「・・・!トゥアか・・・!トゥア!」
ジェネラの流れが、電波を伝えるようにこの心の声を届けさせていた。少し前に別れたばかりだというのに、ひどく懐かしい。
「大丈夫なのか!?」
『・・・うん、心配ない。だけど・・・』
「どうしたんだ・・・?」
『・・・お別れを言わなきゃ・・・』
「・・・!どういうことだ!」
『『水晶宮』はね、このままだと、宇宙の彼方へ飛んで行ってしまうの・・・セレネは、それは変えられない運命だって言っていた・・・だけど、そうしたら、みんな生きてはいけない・・・だから、私はセレネに反抗することにしたの・・・彼女の力を振り切って、私が『水晶宮』を地上に降ろす・・・
だけどそれには・・・私自身の体の大晶石を使わなければならない・・・私がいなくなれば、『水晶宮』は、形を保ってはいられないかもしれないから・・・そうすれば、破片だけでも、地上に残り続けるの・・・』
「・・・!」
ギイスは、言葉が出なかった。
彼の心の中で、いろいろなものが弾け、あたかも色の付いた液体が心に染み渡るような感覚を覚えたのだった。
怒り、悲しみ、欲望・・・そして、それがすべてない交ぜになった、人間の最も計りがたい感情である『愛』・・・正義でもなく、悪でもなく、そのすべてが混ざり合った感情・・・
その意味を、ギイスは知ったのだった。
彼から、すべての覆いが取り払われた。その心にあるさまざまなものが、ついにその姿を現したのだった。
「おい!何を騒いでいる!」
廊下の方から、複数の足音が響いてくる。
ついに、自分の最後の時がやってきた。
だが・・・もちろん・・・
ギイスは、踊るように立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
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