第12話 晶石病
「アイリス!」
ディアズ・バイガ帝国の首都オルクレタイズの中心部から離れた森の中に、その巨大な病院は存在した。まさにハイテクの塊とも言えるその施設の中では、カプセルに入れられた多数の人々が、微動だにせずに横たわっている。そしてその中からは、ジェネラの流れを示す燐光が、ほのかに漏れてくるのだった。
その特別な一室に、アイリスの姿もあった。カプセルの中に横たわる彼女は、まるで眠り姫のようだった。
「治療が遅れてしまったので、いまは意識はありませんが反極性ジェネラを投与し続けたら・・・もしかしたら、意識は取り戻せる・・・かもしれません。」
白髪と白ひげをたくわえた人の良さそうな医者は、言いにくそうだった。それが、この病気がどれほど深刻でやっかいなものかを、如実に示していた。
「そんな・・・ジェネラがなくなったら、ギイスだけじゃなくて、アイリスまで・・・!」
「われわれはこの病気と、すでに二十年は闘い続けている。」
後ろにいたケイディズは言った。
「原因はおそらく・・・ジェネラの過剰流入、大量の晶石によって増大した空間のジェネラの流れが、人体に悪影響を及ぼした、といったところか。」
「・・・!なぜ?なぜ、それなら、ジェネラを大量に消費するメガ・マシーンを使っているの?」
当然の疑問に、ケイディズは少しうつむいて答えた。
「国家の政略は、そんなことで左右はできない。ディアズ・バイガ帝国は世界最強の国家として、この地上に君臨しなければならないのだ・・・たとえそれで、自国民を犠牲にしても、な。」
冷徹な声。だがそこには、ケイディズ本人の人間としてのやるせなさも、確かに混じっていた。
「晶石とジェネラの使用量は、昔からディアズ・バイガが突出していましたから。アルタキアスも、『人形』やメガ・マシーンの増強によってジェネラの流れが増大し、病弱な王女を襲ったのでしょう。」
隣にいたシンもそう言って、アイリスの入ったカプセルをなでた。
「じゃあ・・・ギイスの存在が、アイリスをこんなことにさせてしまった・・・」
トゥアは胸で手を重ねて、うつむいてしまった。かけがえのない友達として、三人は共に喜んでいたはずだった。
それが実は、お互いがお互いの苦しみの原因となっていた、という現実に、トゥアの小さな胸は張り裂けんばかりだったのだ。
「そんなに苦しむことはありませんよ・・・これはわれわれ個人には、どうしようもないことなのです。だからそれで、押しつぶされそうになる必要はありません・・・それより、これから、どうするか考えるのが、一番賢いと思いますよ。」
シンはやさしくそう言って、トゥアの頭をなでた。その優しさは、トゥアの心にも届き、満たしてくれるようであった。
「とにかく、この病気の根治策が見付かるまで、ジェネラの投与を切らすことはできません。『水晶宮』が宇宙に飛び去ってしまうことは、この人々を見捨てることになってしまいます。」
医者が続けた。その言葉に、トゥアは決意を新たにしたのだった。
「わかりました・・・私のすべてを尽くしても、この人たちを助けます。」
「ありがとうございます。トゥアさん・・・それで、もう一人お友達を紹介したいのですが。彼女は奥の長期病棟の方で眠っているのです。」
「シン!」
「団長、トゥアさんはわれわれを信じてくださいました。それならば、われわれも心の内を明かさなければ、彼女に失礼ですよ?」
シンにしては、断固たる口調だった。
「・・・わかった。知ったところで、別にどうということもない。」
――――
「ケイディズ、あなたは自分が思っているよりも、弱い人なの。それは戦いに出る時は、いつも肝に銘じておくこと、いいわね?」
ケイディズとシン、そしてリィニスの三人は、子供の頃からいつも一緒だった。
険しい山々に囲まれた田舎町、都会の繁栄も届かない場所で、彼らは育った。ケイディズが生まれた時にはすでに、その体の大きさと産声の大きさに、みな、ただ者ではないと驚いていたという。
彼は周囲の期待通りに、剣術に非凡な才能を発揮した。シンはそれよりも、人々をつなぎ合わせることに才覚を発揮した。
そしてリィニスは、芯が強く、美しい女性だった。二人と違って目立った才覚はないが、期待を背負って非凡な存在だと特別視され、賞賛され、また嫉妬を受ける二人とは、いつも気安くつきあってくれたのだった。
そんなケイディズとリィニスは半ば公認の仲として、周囲からも認められていた。二人は端から見てもお似合いだったし、またその心の深いところで、繋がっているように、いつもシンは感じていたのであった。
ケイディズとシンが学校を卒業することになって、いよいよ宮廷騎士団員としての厳しい試験を突破した時にも、彼女はケイディズについて、首都に出てきてくれた。
しかしまさにその時に、『晶石病』を発症してしまったのであった。
――――
長期病棟は音もなくて薄暗く、廊下の隅の方にはホコリが溜まっているようだった。
ほとんどの患者の家族は、完治の見込みのない病気に疲れ果て、大切な存在であったはずの人を、半ば見捨ててしまっていることを、否が応でも思い知らされた。
その一部屋に、リィニスは眠っていた。
しかし病室の中は外の廊下と違って明るく清潔であった。白を基調とした壁紙に、彼女が故郷にいる時から好きだった黄色と赤の花々が上品に生けられ、味気ない窓からも、なるべく採光しようと気を遣っている。そこはまるで、おしゃれなマンションのような感じであった。
「リィニス、新しいお友達をつれてきたよ。」
シンが、昔なじみの気安さを見せて、カプセルの中の彼女にほほえんだ。そして枯れかけた花を、部下から受け取った新しいものに変えた。ここがキレイに保たれているのは、シンの配慮のおかげであった。
トゥアはその彼女の顔を、しげしげと眺めた。金色に輝く長い髪は昨日梳いたばかりのようにみずみずしく、その顔は、アイリスのように苦痛の果てに沈んでしまったものではなく、長い間の安らぎの中にいるような、穏やかなものであった。その唇はやわらかそうで、いまにもしゃべり出しそうだ。
彼女の顔は二人よりも若く、この病気が成長を阻害してしまうことがわかった。
「キレイな人・・・」
「そうです。リィニスは町一番の美人さんとして有名でしたからね。もう数年間もこのまま、あの日と同じような姿で眠っているのです・・・」
「もしジェネラがなくなったら・・・」
「すぐに晶石化してしまうでしょう。彼女も他の人もみんな、『人形』以上のジェネラによって、命を繋ぎ止めているのです。それで意識が戻った人々も、少なからず存在しています・・・けれど、リィニスはいまだ、目を覚ましてくれたことはありません。」
「そんな・・・」
トゥアは、ずっと黙っているケイディズの顔を見た。その視線はリィニスの顔にまっすぐに向けられ、感情を表に表さないように努めているものの、そこには確かな愛情が、隠せずにあふれているのであった。
「・・・あなたがこんな優しさを持っていたなんて、知らなかった。」
するとケイディズは照れくさそうに、彼のイメージとは正反対に顔を少し赤らめ、視線を逸らして言った。
「だ、誰だって、人の子だ。」
トゥアはほほえんだ。
「・・・これでわかっただろう。私たちは、ジェネラを断つわけにはいかないのだ。今回の『水晶宮』の固定は、何としても実現させなければならん。」
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