第11話 運命の始まり

「な、何だって!?」


 ジェネラの消失・・・それはやはり、世界の終わりを意味していた。しかし、それが現実になってしまったのだった。


「そのために、世界中の国家が協力することになった・・・皮肉なものだ。子供同士でおもちゃを奪い合っていたら、それが取り上げられて大慌てというわけなのだからな。」

「やっぱり、そうなの・・・私の予感はそれだったのね。」

 トゥアが胸の辺りを手で押さえる。

「どういうことだ?トゥア?」


「私の心に、ずっと語りかけている人がいるの・・・その人は『セレネ』って名前みたい・・・彼女が『水晶宮』の核、すべてのジェネラの根源みたいなの。セレネは、助けを呼んでいるような感じなの・・・もしかしたら、そのことなんじゃないかな・・・」

「トゥア・・・」


 ギイスは心配そうに、トゥアの腕に手を添える。

 ケイディズはその様子を、表には出さないが、驚きをもって眺めていた。

(もはや、完全に『人間』だ。これが『人形』だとは、信じられん。)



「・・・そこでだ、トゥア。君に協力してほしいのだ。」

 ケイディズは、ごく丁重に切り出した。

「え?」

 ギイスはその言葉に、胸騒ぎを抑えられなかった。

「私に・・・?」


「君は『水晶宮』を制御できる。そこで、だ。『水晶宮』本体をその自身の浮力にあらがわせて、地上に落下させようという計画なのだ。そして、金属製の網、もしくは薄く盛った土で、地上に繋ぎ止めておく。そうすれば遊星の重力も及ばず、『水晶宮』は永遠に、この星に留まり続けることになる。やがて本体を浮かせるだけのジェネラの流れは尽きるだろうし、晶石の採掘を中止すれば、何百年という単位で、『水晶宮』は安泰だろうと予測されている・・・そしてわれわれ、ディアズ・バイガがジェネラ制御のノウハウをもって、その計画を主導することになった。世界の状況は、すでにそこまで進んでいるのだ。」


 すでに日は傾いて、部屋の中は薄暗くなってきた。西日が三人を照らし出している。

「君たちは、『自分には決定権はない』と言うかもしれない。だが、私はこの計画の主導者として、君たちの意思にその決定を委ねたい。君たちはもう一人の独立した、立派な人間なのだから。」


 それはギイスが初めて、人間から『人間』として認めてもらった瞬間だった。しかしそれが、敵として戦っていたその人からだとは、想像も付かなかったのだが。


「・・・わかりました。私、行きます。」

「本当に?・・・それなら、俺もついて行く!ついて行くよ!」


 しかし、トゥアはギイスの手を握って言った。

「ギイスはたぶん、パンドーリスさんが許さないと思うわ。ギイスは『人形』の範囲を超えた、って、要監視対象になっているからね・・・大丈夫、私はすぐに仕事を終わらせて帰ってくるから・・・正直、どうやってやるかってことはわからないけど、とにかく『水晶宮』に近づけばできるような気がするの。」


 ギイスは不安を感じて、トゥアの肩に手を置いた。


「それに、ジェネラがなくなったら、ギイスも生きられなくなっちゃうでしょ?」

 そうだった。『人形』にとって、ジェネラは不可欠なものなのだ。もし『水晶宮』が宇宙の彼方に飛び去ってしまえば、『人形』はみんな死んでしまうのだ。

 ギイスはそれに恐れを感じつつも、トゥアを失うことへの不安の方が勝った。ギイスの目からは、再び涙がぽろぽろとこぼれ始めたのであった。


「俺は・・・いつも戦場で死を覚悟していたから、いいんだ。けどアイリスもトゥアもいなくなっちゃって、俺はいったい、どうやって生きて行けばいいんだ・・・?」

 そんなギイスの背中をさすりながら、トゥアはほほえんだ。

「大丈夫、人間はみんなそうやって生きているんだもの・・・これも、人間になるため。人間はみんな、自分で考えて、自分で制約を打ち破ろうとしてがんばるのよ。だから、ね?」


 するとギイスも自分の弱気が自分で恥ずかしくなって、涙を拭き頭を上げた。

「・・・そうだよな。何か、根拠もないことで妙に弱気になっちゃった・・・わかった。俺もこの計画に、できる限り協力したいと思う。」


 ギイスはトゥアの額にキスをした。

 やっぱり冷たい。だけどその心は温かい。


(私とリィニスの間にも、あんな時があった・・・)

「ケイディズさん・・・あなたのような人間に、トゥアを任せられてよかった。トゥアを、よろしくお願いします。」

「ああ、女性にはやさしくするさ。それがわが騎士団の掟なのでな。」


 ケイディズはそう言ってほほえんだ。この屈強な戦士にもそういう面があるのがなんだか意外な気がして、ギイスとトゥアもほほえんだのだった。



 ギイスには当然のことながら、パンドーリスの待機命令が出た。

 監視がさらに強化された中で、相変わらず王都近郊の軍事基地で、ヴァイランスの整備にいそしまなければならなかった。


 今回の戦争は終わったが、もし『水晶宮』の固定が成功したら、再び争いが起きるかもしれない。その時のために、備えなければならないのだった。


 ギイスは『人形』だ。『人形』は戦争のために生みだされた兵器、ただの道具なのだ。こういった、人間の間の不信、憎悪、冷徹な現実的思考・・・それらを受けることこそ、その使命なのだ。


 ギイスはふと、隣を見た。もちろんそこに、『16』の姿はない。

 もちろん彼の愛機にして、その『棺桶』、エスピディランスの姿もなかった。

 彼の頭の中に、ふと『16』の最後の言葉がよみがえってきた。

『ありがとう・・・』


(なぜだ?なぜ彼は、そんなことを言ったんだろうか・・・?俺たちの間には、何の会話も、何の絆もなかった・・・なぜ、そんなことを・・・)


 そういった疑問が心の中を駆け巡っている内に、ギイスの目には、またしても知らず知らずに、涙があふれてきた。

 自分たちの間に、確かに連携感や絆が生まれていたのだ、ということを、ギイスは感じたのであった。言葉がなくても、お互いに何かを交わし合える、人間でもそこまでは思いつかないことを、彼は痛切に感じたのであった。


(そうか・・・同じ空間、同じ空気、そして同じジェネラ、これを共有していただけで、俺たちの間には何かが生まれていたんだ・・・)



「『13』、どうした!」

 ふと気づくと、一人の監視役の兵士が、しゃがんでいたギイスの傍らに立って、こちらを見下ろしている。

 そこには軽蔑の表情が、確かに見えた。しかしそれと同時に、何らかの『恐れ』の感情も、また見いだしたのであった。


「いえ・・・何でもありません。すぐに腕の調整を終わらせます。」

 しかし兵士はその言葉が耳に入らなかったように、また独り言のようにつぶやいた。

「・・・なぜ、上の人間は、『人形』なんてものを作ったのか。なんでこんな『化け物』みたいな奴らに、人間の命運を託さなきゃならないんだ・・・!こいつらは『人間』になろうとしている・・・俺たちを嘲笑いながらな・・・!」

「うっ!」


 次の瞬間、ギイスは背中に兵士の蹴りをもろに受けた。続いて二、三発の蹴りと、さらに銃座での殴打が一つ、肩にふりかかった。

「おまえたちなど、死んでしまえ!もういらない存在なんだ!」

 兵士はそう吐き捨てると、すぐに後方に戻っていった。

(人間は、何をそんなに恐れているんだろうか・・・)


 しかしギイスは兵士に対する怒りなどは湧かず、その心の原因を考えていたのだった。

 人間になること・・・そのある面の恐ろしさを、彼は痛感していたのだった。すると、むしろいまの兵士に対して、同情のようなものすら感じるのであった。


(人間は、何て悲しい存在なんだろう・・・)


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