第10話 合同
トゥアを守ったギイスに対する戦勝の報酬、 それは栄光でも、財貨でも、そんなものではもちろんなかった。
「『13』。おまえは『人形』としての制限を超えた。研究所に入れ・・・再び、コントロールを受けるんだ。」
ギイスは、オラクル・バングル名位博士が遺した研究所に入れられた。そして『人形』の体が完成した後、その仕上げに受ける精神コントロールを、再び受けることになったのだった。
『人形』を再コントロールをしなければならないことはまずなかった上、博士がやったような方法は彼の死と共に失われてしまった。
そのために、ギイスはカプセルに寝かされ、チューブを体中に繋がれた上に、液体を注入されるという、向こうも試行錯誤、という状況に耐えなければならなかった。
そうしていると、気味の悪い数列のイメージが、脳に直接押し込まれる。それは脳を乗っ取り、支配してしまおうという意思を明確に感じるものであった。
だがギイスには、それは何の意味もないものだとは、外の研究者たちは確認する術がなかったのであった。
『何だ、これは?どうしてこんなことを?』
『・・・ギイス』
『あなたは・・・!博士!』
『・・・・、・・・・』
『何を言いたいのですか!教えて下さい、博士!』
すでにギイスの心は、彼らが思っているものとは別の存在になりつつあった。
それから、ギイスはより監視下に置かれるようになった。
繰り返すが、彼らは『道具』でしかないのだ。スプーンが勝手に動き出して、それを認める人間はいない。今度はちゃんと、鍵の掛けてある引き出しにしまうだろう。
しかしすぐに、アイリスからギイスとトゥアに呼び出しがかかった。しかも、彼女はあれ以来熱が下がらず、意識ももうろうとした
「アイリス!」
離宮の寝室にギイスとトゥアが入って行くと、アイリスはパジャマ姿でベッドに寝かされ、その周りを医者と侍女が取り囲んでいた。
「ギイス・・・トゥア・・・苦しいよぉ・・・」
トゥアがアイリスの額にキスをして、その頭を胸に抱いた。アイリスもその冷たさを求めて、トゥアの首に手を回そうとする。
ギイスも、パンドーリスの目にはかまわず、その体をさすってやる。
「トゥア、ギイス・・・私、ママのところに行けるのかなぁ・・・あのね、ずっと、ママの夢を見るの・・・小さい時のことしか覚えてないんだけどね・・・でも、ずっと、ママがやさしくしてくれるの・・・」
そう言って、赤くなった顔からぽろぽろと涙をこぼした。
「大丈夫、大丈夫だから・・・アイリス・・・」
「負けるな、アイリス。俺だって、勝ったんだ・・・だから、大丈夫だ。」
「うん・・・ありがとう・・・」
そう言って力なく笑った後、安心したように、アイリスは眠りに落ちた。
「それで、先生。アイリス様の病気は何なのですか?」
パンドーリスは廊下に出ると、担当医に問いただした。アイリスの病気はどんな医者にかかってもわからず、ついに症状に心当たりのあるという、この有名な医者にかかったのであった。
「・・・これは間違いない、『晶石病』です。」
「『晶石病』!?と、言うと、ここ数十年間、ディアズ・バイガ帝国で特に流行しているという・・・」
「左様です・・・人間の体が徐々に晶石化して行く、つまり『人形』と同じようになって行く病です。だけれども、人間が『人形』になることは不可能です。このままでは、アイリス様は・・・」
「いったい、どんな治療法があるのですか!?」
「いまだに、根治策はありません・・・ただ、晶石化を遅らせるために、反対の極性を持つジェネラを投与し続けなくてはならないのです。それで、晶石化に対抗するしかありません。それには最新の治療施設が必要ですが、しかしアルタキアスでは、この病気に対する対処の経験がまだ乏しく・・・満足に治療できる施設はほとんど・・・」
「そんな・・・」
「それならばわれわれのところに連れてくればいい。われわれには、長年のこの病気に対するノウハウがあります。」
「え?」
パンドーリスがその声の方を振り向くと、その男のマントには・・・この前まで自分たちが戦っていた相手、ディアズ・バイガ帝国宮廷騎士団の紋章と『1』の文字が描かれていた。
そう、ケイディズが、シンと帝国兵たちと一緒にそこにいたのだった。
「ケイディズ・アラクル帝国宮廷騎士団長!それは・・・」
「不吉ながら、われわれの国には、同じ患者が多数に上っているのです。ディアズ・バイガとアルタキアス・・・いや、世界中の人間が合同しなければならないこの時の、一つの象徴になると思います。もちろん、一国の王族として、特別な待遇の用意はあります。」
「・・・それで、アイリス様は、助かるのでしょうか!」
ケイディズはパンドーリスの顔に、本当にアイリスを心配している様子を見て、丁重な態度で続けた。
「いまの段階では、元通り健康に・・・というわけには、残念ながら参りません。ただ、軽度ならば、意識を保てる可能性はあります。もし重度であっても、反極性のジェネラを投与し続けている間ならば、決して命まで失うことには、なりません。」
医者がその言葉を続ける。
「この病気は、足が速いのです・・・一刻も早く、最新施設の整った病院で、治療を受けないと・・・」
「国王陛下も、われわれを信頼して下さいました・・・敵同士でなければ、われわれはもっとよい関係を築き上げられたでしょう。しかし、それをいまから取り戻しても、何の不都合もありませんでしょう。」
ケイディズの様子は礼儀正しく、本当に心からの信頼を寄せている様子がありありと伝わってきた。
「・・・わかりました、アラクル騎士団長。アイリス様を・・・よろしくお願いします。」
「少し前まで敵同士だったわれわれが信頼してもらえるのは、本当に嬉しいことです。シン。」
「はい。」
シンはそれだけですべてを了解して、部屋の中に入って行く。
「ところで、パンドーリス殿。『13』と『24』・・・いや、王女閣下はギイスとトゥアと呼んでおられるとか・・・彼らは、そこにおられるのでしょうか?」
「え、ええ。」
「当然、彼らには今回の事情を説明してはいないのでしょうな?」
「ええ、もちろんです。彼らは・・・いや『24』は違うとは言え、『人形』です。事情を知るまでもないでしょう。」
「それなら、彼らに私から、今回のことを説明しても、構わぬか?」
「それは!・・・しかし・・・」
意外な言葉に、パンドーリスには否定する理由もあった。
「もしそれで『24』が、今回のことに対して協力を拒否したなら・・・」
「私は、戦士としてのギイス、そして『人間』であるトゥアに、あの戦場で敬意を抱いたのだ。彼らはもう、一人前の人間として取り扱ってもいい、いや、敬意を表して、是非とも知らせるべきでしょう。もしそれで、彼らが混乱し、拒否反応を示しても、です。」
ケイディズはあくまで慇懃に礼儀正しく、嘘偽りのない心からの言葉であることは、パンドーリスにも十分伝わってきた。本当に、騎士の称号にふさわしい人間だ。
「・・・わかりました。貴殿の方が、私よりもあの二人を信用しているようですね。それに思慮も勝っています。お任せしましょう。」
「・・・!あなたは・・・!」
ギイスは部屋に入ってきた男の紋章を見て、本能的に警戒心を露わにした。当然だろう。この前まで、この紋章を付けた人間たちと殺し合いをしていたのだから。立ち上がって、本能的に警戒感を露わにした。
しかしシンは指を口に当てながら、にっこりとほほえんだ。
「しっ、静かに・・・初めまして、ですね。ギイスさん、トゥアさん。私はシンと言います。よろしくお願いします。」
血なまぐさい紋章のイメージとは正反対のシンの態度に、二人はいささか拍子抜けしてしまった。
「実は、アイリス様は重い病気にかかってしまって・・・これからディアズ・バイガの病院で治療をしなければならないのです。」
「・・・何だって?」
「・・・あなたの言っていることは、本当ですね。私にはわかります。」
トゥアはすぐに、シンを見抜いた。シンの態度は穏やかで、本当に柔和な人間性が表に出ていた。
「ありがとうございます。美しいお嬢さん・・・それでは失礼します、お姫様・・・」
シンは羽織っていたマントを優雅に脱ぎ、半ば気を失っているアイリスのふとんをはぐと、そこにかけてやりそのままくるんで、ひょいと持ち上げる。非戦闘員ながら、やはり騎士団員らしく力もあるようだ。
シンはそのまま、アイリスの顔をしげしげと眺めた。
「本当に美しいお顔ですね。僕たちの大切なお友達、リィニスにもそっくりです・・・でも、彼女も、同じ病気で苦しんでいるのです。」
「リィニスさん・・・?」
「はい、いま外にいるケイディズが、彼女のことをよく知っていますよ。ねえ?」
シンは扉に向って、いたずらそうに笑った。
「余計なことを言うな、シン。それよりも、早くお連れしろ。」
そう言いながら、ケイディズが一人で入ってきた。
「わかりました。大丈夫です、この子は。見るからに意志の強そうな子ですから。」
シンは兵士と共に出て行き、パンドーリスにも下がるように頼んだ。離宮には三人だけになった。
「・・・ナンバー『1』!」
もちろん、ギイスの驚きはどれほどだっただろう。しかしトゥアがその手に手を重ねる。
「ギイス、大丈夫。この人はもう敵じゃないわ。」
その言葉を受けて、ケイディズは丁寧に語り始めた。
「そうだ。われわれディアズ・バイガとアルタキアスは、和平を結んだ。事態が、世界の存続を左右するようなものになったのでな。」
「世界の存続・・・?」
「そう・・・三百年の昔、『水晶宮』をこの星に送り込んだ遊星が、再び接近している・・・そして世界各国の計算によって確定したが、『水晶宮』は再び宇宙に飛び出して行くというのだ・・・つまりこのままでは、ジェネラが消失してしまう、ということになるのだ。」
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