第7話 決戦 3
「『セレネ』・・・答えて。私はどうして生まれてきたの?・・・どうして、ギイスやアイリスと出会ったの?・・・」
だが、答えはない。他愛のないつぶやきとして、虚空に消えて行く。
そしてそんなトゥアの声も、他の人にはどうでもいいものだった。
「こちら側の、ジェネラの量が増大して行きます!」
それは、長い間ジェネラの不足に悩まされていたアルタキアスの人間を、狂喜させるに十分な知らせだった。パンドーリスすら、その背筋を駆け上がる快感に、身を震わした。
「うまく言ったか!・・・やはり、この娘は『水晶宮』の鍵、いや文字通り`意思`なのだ!ははははっ!こうなったら、『水晶宮』は、アルタキアスのものだ!」
「いや、いや!これはスゲェや!みんな、ごくろうさん!っと、いうわけで、お嬢ちゃんはいただいていくぜ?」
すると艦橋の中に、声と一緒に拍手する音が響いた。誰も聞いたことのない声だ。
「な、誰だ?」
「ありゃ?自己紹介しろっーの?・・・いやぁ、俺はこんなむさっくるしい男どもには、ゴメンだ。けど『24』ちゃんの前だしな、しかたねぇ、紳士の礼儀だ。」
その時、ケージに最も近いところに立っていた一人の兵士が、音もなく前のめりに倒れた。その裏から現れたのは、やはり一人の兵士だった。
「貴様、何を!?」
「おまえら、不用心すぎんだろ!俺たちの騎士団じゃ、んなこと許したら、ケイディズに真っ二つにされっぞ!?どーも!初めまして、お嬢さん。」
「ケイディズ・・・!」
パンドーリスがその言葉をつぶやくより早く、何人かの兵士が銃を取り出し、男に発砲する。
・・・しかし弾は不思議なことに、男の手前で光を放って消滅した。この中で、それが短剣の一振りであったことを見抜ける者はいなかった。
何が起きたかわからず、しかし相手の正体に気づき、兵士たちは戦慄し、無様にも棒立ちしてしまった。前線にしか出てこない彼らが、こんなところに現れたのだ。
「情けねぇな!ほらほら、飛びかかってこいよ!・・・ああ、この服着てっとあちぃから、もう脱がせてくれ!」
男はまるで動じる様子もなく、悠々と兵士服を破る。
ボトムズにノースリーブの場違いにラフな格好。サイドは刈り上げ、頭頂に残した髪を長く後ろに伸ばして束ねた髪型。そして、左頬を始め体の至るところに彫られたタトゥー・・・肩に、『2』の数字。
兵士たちは、ヘビに睨まれたカエルのように立ちすくむしかなかった。
「どうも!ディアズ・バイガ帝国宮廷騎士団ナンバー『2』、醒弥様だ!」
男は、前髪を上に大きく上げながら、ふざけたように名乗る。
「帝国宮廷騎士団・・・!」
「と、言うわけでっ、早いとこ仕事にかからせてもらうぜ!」
「わあああっ!」
すると突然、オスウィータが大きく揺れた。突き上げてくるような揺れに、みな吹き飛ばされてしまう。
床が張り裂け、目の前に現れたのは、機動人形の手だった。
「よし!『グロウズィ』!この船は、気にすんな!」
人間がすっぽりと包まれる大きさの手が、トゥアが入っているケージを、あっという間に船から切り離しつかむ。
しかしパンドーリスたちはそれどころではない。このままでは、オスウィータが墜落してしまう。船内はパニックに陥った。グロウズィの腕が引き抜かれると、そこから猛烈な風が吹き込んできて、船内の物が次々と地上に向って落ちて行く。
「ひいいっ、墜落するぞ!」
「残ったエンジンで不時着だ!早く!」
不幸中の幸いで、じょじょに降りて行くだけのエネルギーはエンジンの晶石に残っている。兵士の一人は、無様に自分の肩にしがみついてくるパンドーリスに耐えて、必死で舵にしがみつく。
「あれは!?」
ギイスが異変に気づく。オスウィータが炎上し、そこから一つの影が猛スピードで離脱した。その踊るような自在な動きとスピードは、アルタキアスの機動人形にはとらえられないようであった。
『とおっ!『13』!騎士団ナンバー『2』を追え!『24』が奪われた!わああっ!』
情けないパンドーリスの声が響く。
「・・・トゥアが!?くそっ・・・!」
ヴァイランスは魔導縛光板を羽ばたかせて、その影を追う。
『大丈夫ですか!?団長!』
「少しの間だけだ!すでにジェネラは回復している!ん・・・」
ケイディズは、こちらに向かってくるメガ・マシーンを認めた。
「あれはグロウズィ!醒弥か!」
グロウズィの灰色の地味な装甲、その隠蔽機能は世界最高クラスだった。その主人、ナンバー『2』醒弥はそれを使って、忍者のようにその巨体を自在に隠し、相手に奇襲を仕掛けることを得意としている・・・というより、いつもそんなことをしている、と言うべきか。
醒弥は軍人であってもまったく自分の思うがままに行動し、他人の命令を聞く人間ではない。騎士団長のケイディズすら、命令を出すこともできない。彼が団長に次ぐ『2』の栄光を与えられているのは、そのケイディズすら凌駕する能力を、野放しにしておかないためなのだ。
しかし彼にも、帝国は絶対の存在だ。それが醒弥を、騎士団にとって`敵ではない`存在にしているのだった。
「よ~お、ケイディズちゃん!見ろよ、こいつを、さ!」
グロウズィはトゥアの入ったケージを、お手玉のようにもてあそびながら、合流したディザイアに差し出した。
「醒弥!いつも女性は丁寧に扱え、と言っているだろう!」
「おいおい、お手柄の俺に、ずいぶんな口だな!帝国のために汗をかいたこの俺様をによ?大丈夫だってぇ、こんなことで伸びちまう『物』には、用なしだろうがよ、おまえもさ?え?」
そう言ってケージの中をのぞき込む。すると中のトゥアは気を失うわけでも、まるで動じるような様子もなく、すぐに醒弥と目を合わせてきた。
「あなたも・・・やっぱり人間なの。」
その目は、その言葉をそのまま表していた。
「『同情』・・・だと?」
こいつは確かに、『人間』などではない。その瞳に、彼の顔が歪んだ。
「・・・なあ、ケイディズよ。こいつをここで、今すぐ握りつぶしちまってもいいかぁ?」
音声だけの通信だが、その声を出す時には、どんな顔をしているかは、ケイディズにはよくわかっていた。
「・・・そんなことをしたら、どうなるかわかっているだろう。」
しかしケイディズの冷静さとは反対に、醒弥は頭を振り発作を起こしたように叫び始めた。
「人間じゃねぇんだよ!こいつはよ!・・・んでもって、機械でもねぇ!いやいやいや、俺にはわかってんぞ!こいつは・・・こいつは、『人間を超えたもの』だっ!そんな奴はよぉ!そんな奴は、ここで潰しちまうっ、潰しちまった方がいいんだよ!」
「おい!」
グロウズィは、その手に遠慮なく力を込める。あっという間にケージには亀裂が走り、前面のガラスが砕け散った。
「そこまでにしておけ!来るぞ!」
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