第6話 決戦 2

『クワンド型晶石ジェネレータ三十二基、ジェネラの充填完了!』


 戦場の後方、『水晶宮』に近いところに浮かんでいるディアズ・バイガの戦艦『ティリギンティアス』の甲板では、宮廷騎士団の栄光のナンバー『1』、ケイディズの『ディザイア』の発進準備が進められていた。


 ディザイアは、ディアズ・バイガ帝国が生みだした、国家の・・・いや、世界最強のメガ・マシーンだ。ヴァイランスですらその性能は及ばないと、アルタキアス軍内でもささやかれているくらいだ。

 だがその姿は意外なほどほっそりとしていて、腰や二の腕などは折れそうなほどだ。その代わり、最高性能の硬度を持つ黒曜石のような美しい装甲と、複雑に絡み合った高い角、そして世界広しと言えどディザイアだけの装備として、細かく、複雑に重金属を編み込んだ、マントのような羽根をまとっている。この羽根は空気の風ではなく、ジェネラの流れを感知してたなびくのだ。


 腰にはただ一振りの剣だけが差してあった。これだけが、ケイディズの戦士としての`魂`だ。

 その姿は悪魔のようでもあり、しかしまた、緑色に輝く三つの目は、何者にも動じない『神』のような印象を受ける。


『ケイディズ団長!発進準備完了です!』

 しかし、コクピットから答えはない。周りにとっては、この数秒は最も緊張する瞬間だ。

 この瞬間から、ケイディズは『生の人』ではなく、『死の人』となるのだ。

「俺はこいつに乗る以上、常に生きては帰らないつもりだ。」

 それがいつもシンに言って聞かせる、ケイディズの口癖だった。

 戦いとは、死に場所を求めること・・・戦場で勇敢に戦い、立派に戦死すること、それがディアズ・バイガでは最高の栄誉なのであった。


「・・・ディアズ・バイガ帝国宮廷騎士団、第176代ナンバー『5』、カレルモ・テルアリス正騎士・・・おまえたちも愛した、カレルモに栄冠を与えてやってくれ。出るぞ!」

「はい!」


 その言葉だけで、艦内のすべての人間の意気が上がる。部下を自分の命と感じている彼には、帝国最強の地位を占めるにふさわしい人徳が備わっていた。

 ディザイアは、ほとんど音もなく空に飛び立った。

 空気とジェネラをすさまじい勢いで切り裂いている、ということを少しも感じさせない飛翔だった。


『ケイディズ団長!ナンバー『4』、ガリス・マイノルフ正騎士が、『13』を発見したということです!現在交戦中!』

「わかった!そちらの空域に到着次第、俺が相手をする!ガリスには、極上の酒でやる気を出させてやれ!・・・それから、ナンバー『2』、`醒弥`の奴は?」

『あの、それが・・・昨日から相変わらず、連絡が取れない状態であります・・・』

「やはり、いつものことだ!あいつを心配する方がどうかしている・・・いい、そっちはあいつに任せる!いくぞ!」

 ディザイアは、羽根を大きく羽ばたかせた。



「『水晶宮』は見えるか?」

 その頃、パンドーリスは後方の艦隊『オスウィータ』の中で、戦場越しに見えるはずの『水晶宮』を探していた。

「ええ・・・しかし、もう少し近寄らなければ、ジェネラの濃度が足りません。」

「いや、このくらいでもだいじょうぶだろう。奴らに気づかれるわけにはいかない。こっちには奴らに簡単には渡せない『宝物』を載せているんだ・・・とにかく奴らを攪乱して、『24』の居場所を悟られないようにしろ。さすがにディアズ・バイガともあろう連中ならば当然、『水晶宮』の観測なんかで、『24』の力に気づいているだろうからな・・・」


 その彼のそばにあったのは・・・オラクル・バングル名位博士が『人形』を作る時に使っていたケージであった。『人形』の完成後、最後に大量のジェネラ・・・『命』を吹き込む装置として使っていたものだ。

 外気に触れないように密閉された、その装置の中心に立っていたのは、トゥアだった。


「さあ、始めるんだ。」

「・・・はい。」

 トゥアはごく落ち着いて答えた。今回はこの装置を、ジェネラの`交感`に使うのだ。


「『水晶宮』・・・いえ、『セレネ』・・・あなたの分身である私に、力を・・・」


 すると、オスウィータの艦橋にある計器の針が、一斉に`増大`を示し始めた。

 と同時に、その場にいる人間に奇妙な感覚が訪れた。まるで空中に浮き始めるような感覚・・・自分自身に、機動人形のエンジンが付いたような浮遊感・・・

「これは・・・?」

 それは確かに、本来人間にとって無害無感触のジェネラを、肉体が感じ始めたことを意味していた。


 そして次の瞬間、計器の針が一斉に振り切ったかと思うと、オスウィータのエンジンに使っていた複数の晶石が、まばゆいばかりの光を放ち始めたのだ。

(!・・・何だ、この感覚!)

 その異変を、自らもその消費者であるギイスも感じたのであった。自分の中に、さらなる力が湧いてくる。まるで自分が、一つ上の存在になったかのようだった。


 と、相手のクライスの動きが、少し鈍ったのがわかった。コントロールしようとしても、思った通りに動かない。

「・・・!どうしたんだ!?」

「うおおおっ!」

 その一瞬の隙を突いて、ギイスは相手の装甲に斬りかかる。

「しまったっ!」


 一瞬の斬撃は斜めに三日月を描いて、空を震わせた。それはギイスが『5』を仕留めた時の`ターボ状態`よりも、さらに強力に思えた。

 『4』のクライスの、左腕が粉々になって、空中に消えて行く。衝撃波は左脚にも襲いかかり、その機能を停止させた。機体はたちまちバランスを崩した。

「くそぉ・・・!何てこったっ!・・・やむを得ん!離脱する!すまねぇ、カレルモ!」

 致命傷ではなかったので、ガリスは賢明な判断で、急速に離脱して行った。


「・・・!これは・・・!」

 ケイディズが見たのは、これまでになく『水晶宮』が輝く様子だった。

 あふれ出て、周りに立ち上る七色の光・・・まるで星を包むジェネラの強力な流れが、直接目に見えるようだった。


 そしてその流れが・・・次々と、アルタキアスの方へと流れて行くではないか。

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