第4話 人形と人間らしさ
「アイリス様、お時間です!」
数回ノックした後、勢いよく扉が開かれ、パンドーリスが両脇に二人の兵士を連れて部屋に入ってきた。
もし彼が中の状況を知っていたら、アイリスを起こさないように、そっと二人を連れ出せただろう。だが、いつも『13』を連れ出す時の面倒をあらかじめ考慮した体制が、逆にあだになってしまったとは、皮肉なことだった。
もっとも、彼は無骨な外見で任務には忠実なものの、どうも間が悪く、少し抜けたところがあった。
アイリスは目を覚まし、しばらく寝ぼけているようだったが、パンドーリスが近づいてくると、一瞬で事態を察し、さっと身を躍らせてパンドーリスの前に立ちふさがった。
「あら、パンドーリス。まだ時間じゃないでしょ!」
また始まった・・・まあ、これもパンドーリスの日課だ。
「お時間です!もう『13』は、営舎に戻らなければなりません!ほら、外も真っ暗です!」
そう言って、パンドーリスと二人の兵士は自分の腕時計をアイリスに示した。だだっ子には、これくらい大げさにやらなければならない。
「ウソよ!どーせ、また時計を進めたんでしょ!子供だからって、バカにしないでほしいわ!」
アイリスはぷうと頬を膨らませて抗議する。パンドーリスもそれに対抗するように、頬に力を入れて反論する。親子ほど年が離れている二人だが、まるで兄弟げんかのようだ。
「何度も言っているとおり、これは軍の精密な電波時計です!十年に一秒も狂いはしません!さあ『13』!宿舎に戻るんだ!『24』は、研究所に戻るように!」
「了解。」
「わかりました。」
ギイスに否応はない。アルタキアスには何の義理もないトゥアにぞんざいな言葉をかけるのは、みな彼女を『人形』としてとらえている証に思える。だが彼女も、それを拒むわけではないようだ。
だがアイリスはというと、ギイスがそういう風にできていると知っていても、自分を見捨てていってしまうように思えたのだった。
「嫌、嫌だってば!もう、パンドーリスなんて、大臣に言って降格してもらうんだから!」
アイリスはもう涙を浮かべて、しゃにむにギイスとトゥアにしがみつく。しかし彼女の頭に、二人はそれぞれやさしく手を載せた。
そこでギイス・・・『13』が、確かに笑ったのを、パンドーリスは目にしたのであった。
「アイリス、わがまま言っちゃだめって、言ったよな?俺は・・・アルタキアスの人間のために生まれたんだ。だからアルタキアスの役に立たなきゃならないんだ・・・だいじょうぶ、俺はまた、ちゃんとアイリスのところに帰ってくるから・・・俺はこう見えて、アルタキアスの『人形』の中では、最強って言われてるんだぜ?だから、だいじょうぶだよ。」
「アイリス、私も、やらなければならないことがあるの。自分がどうして生まれてきたかってことを、解明してもらわなくちゃならないの。」
すると、ぐずっていたアイリスも二人から離れ、うつむいた。自分の中で、さまざまな葛藤を処理しているのだろう。
アイリスは決してわがままなだけではない。一国の王女として、自らの責務もちゃんと感じている。ただどうしようもない寂しさだけが、彼女を動かしてしまうのだ。
「・・・『13』は、こういう目的がなければ、そもそもここにはいないのです。ご理解を。」
「また帰ってくるわ。」
そう言って、トゥアはアイリスの涙をぬぐうように、頬にキスをした。
と、トゥアは、アイリスの肌が火照っているのを感じた。熱を持たない分、人間の体温には敏感だ。
「アイリス、ちょっと熱があるの?」
「う、うん。ちょっと体が重い・・・」
「何?熱?ちょっと失礼を・・・」
パンドーリスはアイリスの額に手を当てた。
「ああ、少し熱がありますな。はしゃぎすぎです。今夜はゆっくりと休みください・・・お大事に。」
病弱な彼女には珍しいことではなかった。パンドーリスが指示を出すと、侍女たちが部屋に入ってきて、着替えや食事の準備を始めた。
「じゃあまた、アイリス。」
二人はとりあえずソファに横になったアイリスに別れを告げた。
「うん。またね。かならず、帰ってきてね。」
ギイスとトゥアをそれぞれの居場所に送り出すと、パンドーリスと兵士たちは一息ついた。庭に出ると、今夜も『水晶宮』が彼方の空に見えた。いま、あそこは憎き敵に占領されているのだ。しかし一行には別の懸念があった。
「・・・見たか?あの『13』の表情。」
「ええ、あれは『人形』のものではありません・・・あれは・・・」
「『人間』・・・って言ってもおかしくはないな。」
パンドーリスは腕を組んで考え込んだ。
「『人形』には、複雑な思考というものがない。だから必然的に、自分のさまざまの考えとか要求が錯綜して起こる『感情』というものがない。奴らの思考は、1と0しかないコンピュータの延長上にしかすぎない。『無駄なこと』がないから、奴らは人間的にはなれないはずだ。だがそれが・・・」
「やはりそれは、オラクル・バングル名位博士の『遺言』に関係しているのでしょうか?」
「そうとしか思えんな・・・どうもあの中に、今回の事件の発端、と言うべきものが隠されている気がするんだよな・・・」
「名位博士は、この事態を、すでに予期していたと?」
「アルタキアスの・・・いやそれどころか、この星で史上最大とも言える天才だ。ジェネラの研究から何かを察知した、ということは十分に有り得る。」
人間を超える能力を持った『人形』を生みだした天才、オラクル・バングル名位博士の遺したデータの中に、厳重にロックのかかった『遺言』と名付けられたファイルが見つかった。
しかしそれはさすがに無二の天才のものと言うべきで、国家の最高の頭脳を使ってなお、いまだそのロックは解除することができないでいたのだ。
「『人形』に感情を搭載できなかったのは、倫理的なこともあるが・・・まあ最大の理由は、何のことはない、ぶっちゃけ人間自身が、自分自身の思考を把握できていない、ということだ。『感情』は誰でも簡単に表してはいるが、その実、複雑きわまりない思考から生まれるのに、その自分の考えていることすら人間はわからない、ってなありさまなんだからなぁ・・・人間がこういうものである限り、『人間』は再現できはしないだろうな。」
「名位博士には、それがわかった、と?・・・そして『13』に、その機能を隠したということでしょうか?」
「その可能性も十分あるだろう。まあ、俺たち凡才がどうのこうの詮索しても仕方ない・・・だが、」
パンドーリスは、自分の任務が大きな困難に直面しているのを予感した。
「問題は、そのために『13』に、われわれの反抗心が芽生えないか、ということだ・・・『人形』はしょせん機械にすぎない。われわれの言うことを忠実に聞いてくれないのであれば、たとえ最強のパイロットであろうと・・・処分もやむを得ないだろう。」
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