第2話 帝国の騎士
それは三百年前に突如宇宙から飛来した。
世界中の人々が目にしたそれは、途方もなく巨大な半透明のクリスタルの塊・・・高さ一キロメートルにも達しようか、という山塊だった。それがまったく不可解なことに、空中に軽々と浮かんでいるではないか。
当時、畑を耕し家畜を飼う、牧歌的な生活を営んでいたこの星の人間には、それはまったく『神』の具現化としか思えなかった。
そのあまりの輝きに、誰となく自然と、『水晶宮』と呼ばれるようになった。
そして『水晶宮』の飛来と同時に、宝石として流通していた『晶石』が光り始めたとか、浮き始めた、という話が、世界中からもたらされた。
その謎を解明するために、科学という学問が興った。
さらに百五十年の歳月が流れ、果たしてその真実は、この『水晶宮』全体が『晶石』であり、そこから目に見えない、未知のエネルギーが発散していたのだった。
それは星自体の地磁気と共鳴し、星全体を包んでいた。このエネルギーは晶石と反応して、途方もない力を発揮するとわかった。地下に眠っていた少数の晶石は、かつて宇宙から降り注いだ破片であった。
このエネルギーは『ジェネラ』と名付けられた。
『水晶宮』自体は、この星が属する『太陽系』に接近した、一つの遊星の重力の影響で、宇宙を漂っていたこの小惑星の軌道が狂い、この星の上空に飛来した、というのだ。
それからというもの、思いがけない宇宙からの贈り物に、科学技術は急速に発達した。晶石を凝縮し、精製して搭載すれば、ジェネラの恩恵を、ほぼ無限に受けられたのだ。
家電、自動車、高層ビル、飛行船・・・人々の生活は、飛躍的に向上した。
しかしそうなると当然のように、『水晶宮』での晶石の採掘を巡って戦争が起こるようになった。
この文明の根元、ジェネラの源を抑えれば、世界の覇権を握ったということになるからだ。
科学の発展は必然的に、兵器の発展をもうながした。
そして、巨大な空を飛ぶ戦艦、巨大な人型の兵器まで登場し、人類に多大な犠牲を及ぼした`大北希`大戦の結果、『水晶宮』はディアズ・バイガ帝国が握ることになった。帝国はそれ以来世界最強の国家として、実質的に世界を支配しているのだ。
しかしここに来て、もう一つの大陸にその領土を持つアルタキアス連合王国は、その支配に抵抗し反旗を翻したのだった・・・
―――――
すでに五百年の時を経ている『旧王宮』の一室は、闇に沈んでいた。
荘厳な大理石に囲まれた広間は、天井が高く、声が必要以上によく響く。これはディアズ・バイガ帝国がまだ王国だった頃、いにしえの王様が、お気に入りの歌手のために作ったとか、疑り深い性格のために、集まった人々のどんなささいな声も聞き逃さないために作った、とも言われている。
「帝国宮廷騎士団ナンバー『1』・・・ケイディズ・アラクル騎士団長、今回の失態の原因は何か?」
その真偽はさておいて、いまここで行われていることは、後者の理由による。闇の中に息を潜めているのは、仮面と黒いローブを頭からを被った、不気味な
それはまるで悪魔の儀式だ。しかしそれでも、その中心に立っている男は気後れせず、よどみなく質問に答える。
「ナンバー『5』・・・カレルモ・テルアリス正騎士を失ったことは、彼に警備を任せた私の責任です。」
するとケイディズの正面に、ひときわ不気味な雄山羊の仮面が浮かび上がる。
「帝国宮廷騎士団はこの星で最強を誇り、五十年前の`大北希`大戦以来、一人の殉職者も出しておらぬ。それが崩れたということは、ささいなことではない。」
「はい・・・われわれ騎士団員は一人の命が全員の命、全員の命は一人の命である、これが鉄則なのであります・・・しかし、帝国の騎士として、彼は立派な最期を遂げました。」
ケイディズは、まさに武人らしい無骨さで、堂々とした体躯に、整った顔と獲物を狙うような鋭い目を持っていた。銀色に濡れた髪はセットされながらも自由に毛先が遊び、獅子のような剛胆さを思わせる。腰には長剣と短剣を一本ずつ差している。
努めて冷静を装っているものの、カレルモの死はケイディズに重くのしかかっていた。彼らは家族兄弟以上の絆で結ばれているのだ。
雄山羊の仮面の男はそれを察したのか、いくぶんケイディズに同情的になって続けた。
「・・・われわれの間で責任を云々することは、私も気が進まん。今回のことは、アルタキアスに『
「はい、正直、奴の動きは想定以上でありました。」
「うむ・・・長い間アルタキアスは、人間の能力を超える『
複数の声が、天井に響く。
「われわれは長い間、『水晶宮』からわき出るジェネラの正体を、血眼になって探り続けた。そして採掘が進んだ結果、その中心部にひときわ濃度の高い『大晶石』がいくつか現れた・・・これが、ジェネラの源だとわれわれは推測したが、それを確かめようと国に搬入する前に、アルタキアスの連中にみすみすやられるとは!」
「実際に、『水晶宮』からのジェネラの放出が減少したことを観測した。これこそ、あの小娘が現れたあの『大晶石』が、『水晶宮』全体の要石であることの証明だ!」
「もしかして、あの小娘こそ、『水晶宮』の`意思`と呼べるものではないだろうか?」
「まさか・・・ではどうして、いまそれが出てくる必要が?」
場がざわついた。しかしどこからともなく木槌を叩く音が響くと、みな口をつぐむ。雄山羊の仮面の男は再び語り出した。
「とにかくみなが知っての通り、最近の『水晶宮』の、ジェネラの不安定な挙動に、あの小娘が関係していないなどとは言えん・・・さらに、宮廷騎士団員がやられた。これはささいなことではない。無敵を誇った我が帝国の、ほころび以外の何者でもない。アラクル騎士団長・・・」
「はい。」
「アルタキアスから、あの小娘を取り戻すのだ。すでに戦争は始まった。世界に思い知らせてやるのだ。アルタキアスなど敵ではない、われわれディアズ・バイガ帝国が、『水晶宮』の支配者であり、すなわち世界の支配者であることをな・・・」
その言葉に、みなの意気が上がる。
「そう、ディアズ・バイガは、戦士こそ誉れの軍事国家!戦いを恐れるのは恥だ!」
「ディアズ・バイガ帝国!サタルナス皇帝陛下!万歳!」
それらの声を聞いているうちに、ケイディズの心の中にもアルタキアスへの、『
カレルモは、若くして騎士団長という名誉を得た自分に憧れ、忠実な崇拝者として、自分に尽くしてくれた有能な若者だった。メガ・マシーンによる一対一の模擬戦では負け知らずだった。
(カレルモを、あろうことか人間ではなく、『
この事実が、ケイディズの心に
ケイディズも宣言した。
「私がこの手で、必ず・・・必ず『
すると明かりがついた。
一瞬で部屋の中はいつものがらんどうとした広間に戻り、ついさっきまでの雰囲気は跡形もない。
ケイディズは部屋を出ると、待ち構えていた召使いから騎士団の紋章の入ったマントを受け取り羽織る。今夜は珍しく冷え込む。
「お疲れ様です。ケイディズ団長。」
同じく騎士団のマントを羽織った男が、労をねぎらった。
「あれだけの人間が集まって、けっきょく何が得られたわけではない。それぞれの無知と甘さを思い知らされただけだ・・・結論はいつでも一つ、『実行あるのみ』だ、シン。」
「そうですね。団長らしいです。」
そう言って、シンは柔らかい笑顔を向けた。眼鏡を掛け、髪型をきっちりときめた彼は武人らしくない物腰の柔らかさだ。彼は騎士団長の秘書役で、実戦には出ることはない。
彼らは廊下を歩き始めた。
「しかし、不安ですね・・・ジェネラの放出が減少した、というのは。どんな事情であれ、そんなことはいままで起きたことがありませんよ。」
「ああ・・・ことによっては、あの噂の通りになるかもしれんな。」
「え?」
シンには、意外な発言に思えた。いいかげんなことが嫌いなこの男が、そんな根も葉もない噂を持ち出すとは。
「そんな・・・ジェネラの消失ですか?それはすべての機械が動かなくなってしまうことを意味します・・・それは文明の消滅ですよ。」
いや、ジェネラというエネルギーに頼り切っている人類にとっては、もう『世界の終わり』に等しいだろう。
「しかし、いつそれが起きてもおかしくはないじゃないか?われわれはただ、天から与えられたエネルギーを使っているだけだ。ならば、それを人間から取り上げるのも、ただ天の采配しだい、というわけじゃないか?」
「・・・」
非常に彼らしい考えだと思った。だがそれがケイディズにとって、どんな意味を持っているのかを、シンは一番よく知っていた。
幼い頃から一緒だったケイディズとシン、そしてもう一人の、かけがえのない親友の少女・・・いまは不幸の縁にある彼女の、その運命を左右しかねないことを意味しているのだ。
「・・・これからリィニスには、お会いにならないのですか?」
それが、その少女の名前だった。ケイディズはその言葉に胸がざわついた。
「いまはいい。『
「わかりました。」
「もし小娘が『水晶宮』のジェネラの放出をコントロールできるならば、居場所は『水晶宮』のジェネラの磁性を観測すればわかるだろう・・・騎士団員に伝えろ、いよいよ戦いが始まる。`大北希`大戦以来の大きな戦いだ!この戦いに身を捧げることこそ、われらが誇りだ、とな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます