それでもぼくらは天使のように~メガ・マシーン ヴァイランス~

森 翼

第1話 無意味な死闘

――――誰だ、そこにいるのは・・・?――――

『私はここにいる・・・』

――――どこに?――――

『あなたなら見つけられるわ・・・この声が聞こえるあなたならば・・・』


――――

 ここには、上も下も、空も大地も、重力すら、ない。


 そればかりか、人間が一瞬たりとも切らすことのできない空気すら、十分に存在しない。

 もし普通の『人間』がこの状態に置かれたとしたら、脳は揺さぶられ、五感は狂い、その体は破裂してしまうだろう。


 だがそんなことは、『人形フィギュア』である俺には、何ら関係がないことだ。


 目の前のモニターでは、天と地が上下左右に休むことなく入れ替わる。

 俺は三機の『機動人形メガ・マシーン』に囲まれ、休みない猛攻を受けながらも、その中心にいる一機に狙いを定めていた。


 俺の眼球や脳は、一つにしか焦点が合わせられず、その一人の相手に夢中になって、他の存在を忘れてしまうような『欠点』とは無縁だ。

 モニターの上で、好き勝手に踊るいくつものカーソルを、俺は冷静に追い続けた。


「敵確認・・・ナンバー『5』。」


 それは俺たちアルタキアス連合王国の敵、ディアズ・バイガ帝国の宮廷騎士団・・・世界最強と言われる戦闘集団の精鋭の一人だ。


 三機の漆黒の『機動人形メガ・マシーン』・・・まるで鉱石を組み合わせたかのような、不規則で複雑な装甲を持つ、人の背丈の十倍近くある巨体メガ・ボディ

 それが『ジェネラ』と『晶石』の途方もない力によって自在に空を舞いながら、こちらの出方をうかがっている。


 その中にいるパイロットは、間違いなく『人間』だ。


 奴らは『人形フィギュア』を使うことを好まない。それどころか、`俺たち`を憎んですらいる。その代わりバイガの連中は、人間を『人形フィギュア』のように使うのだ。

 

 サイドを固める二機の、同じく黒いメガ・マシーン。その背中にそれぞれしょっている巨大な二枚の魔導縛光板マギ・バインダーを羽のように展開した。


 遠距離からの『魔術』で、俺を翻弄しようというのだ。


 魔導縛光板マギ・バインダーに『ジェネラ』が貯まったことを表す蛍光が満ちるや、二機は少しの間を開けて、『雷火ライトニング』を放つ。


「対魔術防御・・・テレキネス・フィールド展開。」


 空中に飛び出したエネルギーの塊は、俺の近くで文字通り破裂すると、目をくらます稲妻を放ち、ほとんど遅れることなく空気を切り裂く轟音が襲ってくる。

 二機が少しの間を置いたことで、俺は稲妻が作り出した磁界にすっぽりと包まれてしまった。


 防御結界を使ってもなお、この攻撃は俺のメガ・マシーンの身を削る。表面の装甲が削り取られるかのような感覚・・・この巨体に与えられる感覚は、俺自身の感覚でもある。

 その間にすかさず『5』が、剣を手にこちらに突撃してくる。敵ながら見事なコンビネーションだった。


「『13』、三機とも仕留めろ。だがおまえの『ヴァイランス』には傷一つつけるな。回復には時間がかかるからな。まだ相手の勢力はずいぶん残っている。『水晶宮』の占領までは、おまえは重要な戦力だ。」


 体が炎に焼かれるような感覚に耐えながら相手を見据えていると、ずいぶんと悠長な通信が割り込んでくる。


「了解・・・」


 こんなことはいつものことだ。

 後方に浮かぶ艦隊『オスウィータ』の中で、俺たち『人形』の戦いを見ているだけのアルタキアス連合王国軍の貴族軍人、ウェアタナス・パンドーリス`緑`一尉にとっては、俺たちはただの機械・・・いや、それどころか、言ってしまえば『洗剤』のように、使えば消耗し補充するのが当たり前の存在でしかないのだ。


 その消耗品にして、俺の運命共同体・・・メガ・マシーン『ヴァイランス』は、相手と同じく複雑な、しかし反対に白い半透明の装甲を身にまとっている。背中や脚など、各所に魔導縛光板マギ・バインダーが飛び出ているが、これは『ジェネラ』を効率よく受けるためだ。


 とにかくこちらも、いまは部外者にかまっているヒマはない。『5』の持つ、防御結界すら貫き、すべての装甲を切り裂く剣が、あと一秒、といったところまで迫っているのだ。


 だが俺にも、反撃の時が来た。

「エネルギー・・・80・・・100!」


 その瞬間、俺はヴァイランスのエネルギーを解放させた。

 俺を包んでいた雷火が、その放出エネルギーと干渉して、すさまじい爆発を起こした。


 その勢いで『5』の剣の切っ先がわずかにそれ、こちらの装甲をかすめる。


 さしものナンバー『5』も、俺のヴァイランスが魔術を身に受けながら、少しずつエネルギーを吸収していたとは思わなかっただろう。

 そんなことは、『人間』のパイロットには不可能だからだ。


「T-ν2・・・反撃・・・!」


 俺は構えていた剣を、雷火ライトニングの電圧を頼りに・・・俺をもってしても、目の焦点を合わせるヒマがなかったからだ・・・突撃し、魔術を操っていた左のメガ・マシーンに突き立てる。剣は腹から魔導縛光板マギ・バインダーを一瞬にして切り裂く。


 さらにその勢いのままに、反対側のメガ・マシーンに斬りかかる。相手の左腕と両脚が、瞬時にして消滅する。


 俺の斬撃の光が、三日月型になって、青い空に浮かんだ。そのエネルギーに周りの空気は分子を破壊され、星を包む『ジェネラ』の流れと干渉し、ビリビリと震える。


 ほとんど間を置かず、二機の黒い機体から力が抜けた。その頭部の不気味な目から光りが消え、眼下の荒野に向って、ゆっくりと落ちていった。


 だがそれを見届けるヒマはなく、『5』がものすごいスピードでターンし、剣を振りかざしてこちらに向かってくる。

 

 仲間がやられて意気が上がっているらしい。バイガの戦士たちの結束の強さは有名だ。それに相手は最強の宮廷騎士団、油断はできない。


「・・・遭遇・・・」


 最初は真正面からまともに打ち合う。

 固体のみならず、液体にも気体にも、プラズマ状態にすら変化するが、原粒子ボソンによって固く『束縛』された範囲からは出ることができない・・・つまり、破壊はほぼ不可能なお互いの刀身は、激しくぶつかり合う機体のエネルギーにも刃こぼれ一つしない。


 これがメガ・マシーンの剣同士の打ち合いが、戦いの決定打となった最大の要因だった。剣はそのエネルギーを空に軽く受け流し、押しつけられた大気はプラズマ状態となり、断末魔の叫びを上げる。

「ジェネラ還流・・・αーλ5・・・!」



 さっと離れると、まもなく二機とも雲の中に突入する。同時にお互いの隠蔽機能ステルスが働き、姿が見えなくなる。

 こうなれば、どんな魔術でも見つけられはしない。戦いは、お互いの実力だけで決する。


 『5』は積極的に雲の中から姿を現し、何度も何度も、果敢に打ちかかってくる。

 相手もすぐに決着が付くとは思わないようで、徐々に、そして確実に、こちらを消耗させている。


 こちらも攻撃を受け流しつつ、相手に確実にダメージを与えている。

 しかしそれにもかかわらず、相手の気迫に俺は押されていた。

 相手の咆吼が、すさまじい風の流れを引き裂きながら耳をつんざき、俺の脳に響いてくるようだ。


(これが人間なのか・・・!)

 相手から一瞬たりとも目を離さないながら、俺はふとこんなことを考えていた。

(人間は自分が生きるために戦っているはずなのに、こんなに自分の身をかえりみないようなことができるのか・・・!)


 『5』のメガ・マシーンの装甲にはみるみる傷がついて行くものの、その気迫は一向に衰える気配がない。それどころか相手は、自分が死の淵に立つにつれて、ますますその剣は狂気を増して行くように感じる。


 何がそうさせる・・・?

 何が人間をそんなに・・・!!


 俺の心臓の鼓動が大きくなってくる。いくら人間以上の体を持っているとはいえ、俺の筋肉や内臓はちゃんと`生きている`・・・喉が震え、金属の骨格がきしむ。体が、どうしようもなく震えているのだ・・・!


 体内に埋め込まれた晶石がジェネラを受け取り、どくんどくんと注ぎ込まれるのを感じる。

 俺たちはジェネラがなければ、生きてはいけない。いまは正気を保つために、その命の元にすがり、飲み干さなければならなかった。


・・・だが、この体を嘲笑あざわらう者がいる。それは、俺自身の脳だ・・・!


『遊びはやめろ!人間ごときが、おまえの敵ではないだろう!』


 パンドーリスは独り言をつぶやいた。

「見よ・・・これが、天才オラクル・バングル名位博士の遺作にして最高傑作・・・栄光のラストナンバー『13ギイス』の力だ。」


「う・・・うおおおおっ!」

 俺の喉が、渾身の叫びを絞り出した。体から炎が吹き出したような熱に包まれる。

 それと同時に、ヴァイランスの顔にいくつも走った『眼』が、狂気の光を宿す。


 オオオオオオオッ!


 背中の魔導縛光板マギ・バインダーが、大きく開き、貯めていたジェネラを一気にはき出した。


 ヴァイランスの周りが、七色の光に包まれる。

 俺は大きく飛び上がり、雲を突破する。その後に、キラキラと輝く氷の粒を残しながら。


 『5』も俺の異変に気づいたようだが、あえて俺の剣の威力を増す高低差を詰めずに、このまま雲の中で隠蔽機能ステルスを発揮することを選んだようだ。

 確かに俺から『5』は見えない一方、俺は相手から丸見えだ。相手は俺が急降下した勢いを逆に使い、戦いを決するつもりだ・・・


 だが、俺の極限まで研ぎ澄まされた集中力は、相手の姿を本能的に察する。

 相手のあふれ出る『狂気』が、逆に俺に居場所をまざまざと教える

 ・・・もし相手が恐れていたり、弱腰であったなら、戦いに魅入られた俺には見つけることがきなかっただろう!


「がああああっ!!!!」

 重力とヴァイランスの機動力・・・その二乗の力が、俺の狂気に融合し、機体の限界を超越する。

 次の一撃で決まる。勝負・・・・・!


 一瞬のできごとだった。

 だが俺には、自分の存在の意味を決する、`すべて`の時間だ。


 『5』の切っ先は再び俺の装甲をかすめるに終わり、しかし俺の剣は狙いを違わず、その機体を縦に真っ二つにした。


 静寂・・・瞬間にして、無限の時・・・


 その時、露わになったコクピットが、俺の視線をとらえた。

 相手は腰のコクピットから、外殻を包む衝撃を吸収する液体をまき散している。その中で、『5』のパイロットの騎士服は少しも乱れていない。


 その顔がはっきりと見える。

 まだ若い・・・俺の『設定年齢』と同じくらいだろうか。その顔はみずみずしくも威厳に満ち、断末魔の苦しみなど、微塵も感じさせない。


「・・・ディアズ・バイガ帝国!サタルナス皇帝陛下!万歳!」


 その言葉が、はっきりと聞こえた。

 次の瞬間、『5』は機体内のジェネラが逆流し、爆発した。 命の終わりを、目の当たりにした。


 だが、俺は『恐れ』など感じない。

 俺は『人間』ではない・・・ただ、戦うために生まれてきただけの『人形フィギュア』なのだ・・・



 戦闘を他人事のように見つめていたオスウィータの中でも、張り詰めた空気が一気に緩んだ。


「やったか・・・まったく、肝を冷やされる!これは『13』の実力がそれほどでもないのか?・・・いや、宮廷騎士団の力が増している、ということか。奴ら『人形フィギュア』も使わないのによくここまで・・・『13』、輸送船の確保にかかれ。『大晶石』を回収しろ。」


 パンドーリスからの新たな命令が飛んでくる。喜びも、達成感もない。ただただ、任務を遂行し、それが成功するのは、当然なのだ。


 しばらく飛ぶと、事前にコンパスで察知した通り、雲の中に、帝国所属の一隻の輸送船が隠れているのを見つけた。

 護衛役の『5』が撃墜された時点で、彼らは逃げるのをあきらめていた。何人かの乗組員が飛行甲板に出て、降伏の合図を送っている。


 しかし俺はその乗組員たちには興味を示さず、エンジンの下の荷室を、船体がゆっくりと降下できるようにハッチをこじ開け、船体にヴァイランスを密着させる。

 俺は腰のコクピットのハッチを開けて、荷室に飛びおりた。機体の脇から入り込んでくる上空の風は冷たい。


 そしてそこにあったのは・・・まぶしいばかりに緑色に輝く、見たこともないくらい巨大な『大晶石』だった。

 遠くからでも計測器の針を振り切るようなジェネラの発生源・・・俺たちの戦利品はこいつだ。


―――私を見つけてくれたのね―――


 すると、この大晶石の・・・確かに内側から、声が聞こえた。誰かがいる・・・?そんなバカな・・・


「・・・俺に語りかけて来た奴か・・・?」


 俺はそれが、夢で見た声だということに気づいた。か細い、だけどはっきりとした、声・・・


 と次の瞬間、大晶石の光が、一段と増したのだった。

 いくつもの光の粒が現れ、はじけた。・・・そしてまったく不思議なことに、そこから立体映像が現れるように、一人の少女が現れたのだ。


 緑色や青色に輝く長い髪、まぶしいくらいに白いワンピース・・・まさに、妖精と言っていい可憐さ。しかしその服には、ところどころ線の模様が走っていて、俺たち『人形フィギュア』を思わせた。


 彼女は俺に歩み寄ると、手を差し出した。予想外のことに驚いている俺も、しかし思わず手を差し出し、その手に触れる。だが・・・


 冷たい。


 俺たち『人形フィギュア』と同じだ・・・生物も機械も生命活動をする以上、熱は発生するはずだが、俺たちはそのエネルギー消費効率を極限まで高めたために、俺たちの肌は冷たいのだ。


「ずっとここにいたの。長い間、ずっと誰かを探していた・・・」



 やわらかな風が吹く。

 俺は背後にかかる水平線から、まばゆく輝く『水晶宮』が昇ってきていることには気づかなかった。


 これが世界を包むすべての『恵み』の元であり、すべての元凶だった。

 そしてそれが、俺自身の運命を決定づけるなど、この時は思いもよらなかったのだった。

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