何かいる!!
積田 夕
その音の正体は
毎年新緑の季節になると、2階の戸袋にムクドリが巣を作りにやってくる。
今年も巣作りの為に運んできたと思われるワラのようなものが、玄関の周りに落ち始めた。
そろそろ始めたらしい。
カラリと晴れた雲ひとつない朝、早起きした私はパソコンを開いてネットサーフィンしながらのんびり一人の時間を楽しんでいた。
2階の戸袋付近で、ガサガサ音がする。
ああ、ムクドリの奴頑張ってるな~~。
……と思っていた。
気がつくと、そのガサガサ音は戸袋の反対方向からも聞こえてくる。
「ん?」
私は音の方向を見遣って、首をかしげた。
初めて聞く音だ。
しかも、かなり近い!!
じっと耳を澄ましてみると、それはどうやらリビングの天井裏から発生しているようだ。
時折、砂を撒くような「ザッ・ザッ」という音も聞こえる。
なぜか木をつつくような音も聞こえた。
…………何かいる!!何かいる!!
やがて音は更に大きく響き、ドスンと何かが飛び降りるような音も聞こえ始めた。
ふと、以前お隣さんが
「うちのネコ、ハクビシンを捕まえてきたことがあったのよ」
と言っていたのを思い出した。
音の大きさからして、かなり大きな動物のような気がする。
もしかしてハクビシンなのでは。
屋根裏に住み着くという話も聞いたことがある。
起きてきた小学2年生の息子も、正体不明の音におびえてパニックになった。
「おかーさんっ、この音、なにっ?!!」
早速ハクビシンをネットで検索する。
見た目はともかく、どうやら住み着いたら厄介な害獣らしい。
性格も凶暴らしく、危ないとのこと。
そして一番厄介なのが、コイツが動物保護法でなぜか守られていて、 捕獲するには資格を持った者が捕獲申請を出して捕まえなければ法律で罰せられるらしい。
要するに、専門の業者に頼まなくてはならないのだ。
正体不明の不気味な音を聴きながら、私と息子はかき込むように朝食を食べた。
怯えて私の足にへばりつく息子を無理やり引きはがし、学校に行く準備をさせる。
「帰ってきたら、この音なくなってるよね?ね、約束して」
家を出る間際、涙目で尋ねてきた息子に「その約束はできない」と言った私は鬼母だろうか。
原因不明なのに約束なんかできるわけがない。
えーーーっ、と再びパニックになりかけた息子を玄関から押し出して、後ろ姿を見送った。
部屋に戻ると、音はさっきよりも激しさを増していた。
「キキッ」という声らしきものも聴こえて、恐怖は最高潮だ。
慌てて、いくつかピックアップした業者に電話する。
一件目はまったく電話がつながらない。
もう電話受付時間は始まっているのに。
チッと心の中で舌打ちする。
二件目の業者はワンコールで受話器が上がった。
しどろもどろになりながら現状を話す。
「それは確実に何かいますねぇ。分かりました、見に行きます」
調査・見積もりは無料だから安心してくださいね~と、実に明るい。
ありがたい話だが、こっちはそれどころの気分じゃない。
ハクビシンだったらどうしよう……。
奴らは入居したて(と言っていいのか)は警戒して足音を立てないで生活していると書いてあった。
音に気がつき始める頃には、ずいぶん滞在している、と。
滞在だけならまあいいが、習性で多量の排泄物を屋根裏でするため天井が腐り落ちてしまうらしい。
業者駆除も、頼むとなると相当な金額になるらしく。
しかし頼まないわけにもいかない。
って、ハクビシンと決まったわけじゃないわ。
私は気を取り直して、洗濯物を干しにベランダに出た。
その時、ベランダのすぐ上の方でガタガタ大きな音がした。
何?何?何かいる?!
覗きたいのに、ひさしが邪魔で見ることが出来ない。
そうするうちに、ダダダダダっという足音?が聞こえた。
どうしても姿が見えないので部屋の中に入ると、どうも部屋の天井から音が聞こえる。
……この音、もうハクビシン決定か……。
きっと奴は1階天井裏から壁裏伝いに2階天井裏に上ったに違いない。
業者が来る約束は昼過ぎ2時。
とりあえず、ずっと家にいるのが怖くて買い物に出かける。
天気もすこぶる良く気持ちのイイ空なのに、気分はサイアクだ。
なんてったって、頭の中はハクビシンの顔で埋め尽くされているのだから。
家で昼ごはんを食べる気にならず、パン屋のイートインで手早く済ませる。
約束時間ギリギリに帰宅すると、玄関先で後ろから厳ついニイチャンが声をかけてきた。
「こんにちは!ハクビシンです!」
……言いたいことは、よく分かる。
しかしその自己紹介は、あまりに直接的だろう?
思わずプッと吹き出して、私はニイチャンに敷地に入ってもらった。
彼はとりあえず家の外周をぐるりと回って、侵入経路を確認した。
そして家の中から屋根の様子や屋根裏の様子を丁寧に探ってくれた。
およそ30分くらいゴソゴソとやっていただろうか。
「結論から申し上げます」
ニイチャンは神妙な顔で、説明を始めた。
あ~、これはもうハクビシンなのだ。
お気の毒に、という表情をしている。
「……何もありません」
「?」
「足跡も、糞もまったくない、綺麗な状態です」
「???」
「まず、絶対にハクビシンではありません。ハクビシンが入れるような穴は、この家には空いていませんから。それに、ハクビシンなら必ず足跡がついているはずです」
「でも、すごい音がしていましたよ?以前飼っていた猫が屋根裏に入ったことがありましたが、それに匹敵するような」
「敢えて言うなら、もしかしたらネズミかもしれません。でもそれすら可能性というだけです」
「ホントに何もないんですか?」
「この状況では、何もいないと言わざるを得ませんね」
ニイチャンは困ったような笑顔をみせる。
何が何だか分からなかった。
そういえば業者が家に入ってから、あんなにひどかった音がしてない。
ニイチャンはまったく音を聴いていないのだ。
こんな風に業者まで呼んでしまったけど、もしかしたら幻聴だったのか?!
私は激しく混乱した。
いやいや、息子も音を聞いているのだ、そんなことはないはず。
あ、でも息子も幻聴?
もしかして、親子そろってストレスか何か??
これはヤバい、この状況をどう取り繕うか……。
すでに私の思考もおかしくなっていた。
その時、リビング天井裏でガサガサ音がした。
私とニイチャンは同時に天井を見上げた。
「あ、これです!この音です!」
「もう一度覗いてみましょう」
……良かった~、幻聴じゃなかったわ。
ニイチャンがユニットバスの点検口から天井裏を覗く。
かなり丁寧に覗いたが、姿は確認できなかったようだ。
「これは多分ネズミだと思います。ネズミは目視できにくいんですよ」
「ネズミ?!音は猫くらいの大きさでしたよ」
「天井ってものすごく音が響くんですよ。ですから、ネズミくらいの大きさでも相当響きますよ」
結論はネズミとなった。
ネズミ駆除の説明を受ける。
私の頭の中は、今度はネズミの顔でいっぱいになった。
ネズミだったら、まさに「ネズミ算式」に増えてしまうではないかっ!!!
もうなんでもいいから「お願いしよう」というキモチが固まりかけた時だった。
ガサガサ、ガタっ、ガガっ
壁伝いに何かが落ちる音がした。
「ちょっと床下を見せてください」
ニイチャンが素早く床板を開けてもぐりこんだ。
うちは地下車庫と1階床板の間に、1m20cmほどの高さの床下空間がある。
リビングのフローリングに、床下にもぐるための取り外せる床板があるのだ。
「あ…………」
「いましたか?!!」
ギャー、ネズミ見たくないわーーーっ
「……鳥です」
「?」
「正体は、この子ですね。」
懐中電灯の光の先に、可愛い鳥の姿が浮かび上がった。
この子、いつも戸袋に巣を作っているムクドリだ。
「10年この業界にいますが、鳥は初めてです」
ニイチャンが言うには、まず鳥は屋根裏に入ることはあっても、 こうして床下まで落ちてくることはないそうだ。
侵入経路は多分、巣を作っている戸袋の裏に空いた穴だということ。
そこからすぐに1階天井裏まで落ちたのだろう。
巣に帰りたかったムクドリは、しばらくそこで動き回っていたらしい。
そして今、床下に落ちてしまったようなのだ。
ハッキリ言って、かなりどんくさいムクドリだ。
「鳥は、申し訳ありませんが駆除していないんですよ」
このまま床下で命が消えるのを待つか、どうにかして外に逃がしてやるかのどちらかだそうだ。
こんなにも丁寧にイロイロ探ってくれたのに、ニイチャンは最初の電話の説明通り
「調査と見積もりしかしてないから、お代はいらないです」
と、爽やかに言い放った。
おぉ、なんていい業者なんだろう。
今度ハクビシンやネズミが住みついたら、絶対にこのニイチャンに頼もう。
とりあえずムクドリには、今晩床下で過ごしてもらうことにする。
学校から帰ってきた息子にも説明してやると
「そっかー、鳥だったんだー」
と、ひどくホッとした顔でうなずいた。
「オバケだったら、どうしようかと思ってた。トイレに行けなくなるところだった」
一体何を想像していたのだろう?
子どもの考えることは現実離れしていておもしろい。
翌日の朝。
床下に続く板を外して、窓を大きく開けてやった。
人の気配がしているとなかなか出てこないだろうから、部屋の向こうから息を潜めて床穴を見つめる。
間もなくムクドリが部屋に飛び出してきた。
そろりと部屋に入り、床板をはめて再び床下に潜らないようにしてから、空けた窓に誘導する。
一日飛べなかったムクドリは、丸一日の絶食のせいもあってかヨロヨロと飛行し、仲間の盛大な鳴き声に迎えられて照れているようにも見えた。
昨日朝からの音騒動は、これにて一件落着した。
ところで、ふと思った。
正体がムクドリだということは分かった。
今日一日、昨日のような音はもうしない。
今まで通りの静かな家だ。
鳥は2階からどんどん落ちて、最終的には床下に落ちた。
それなら、昨日洗濯物を干していた時に聴いた激しい足音はなんだったのだろう。
そもそもあの足音なら、なにかしらの足跡がついてないとおかしい。
もしかしたら。
去年亡くなった猫のタロウが来たのかもしれない。
家の中に入った鳥を狙ってタロウが走り回った音だったのではないか?
そう思うと、なんだかタロウらしいような懐かしい気持ちがした。
それにしても今回はムクドリで済んだが、最近本当にハクビシン被害が急増しているらしい。
一軒家の人、たまにはしっかり耳を澄まして、音を確かめてくださいね。
何かいる!! 積田 夕 @taro1999
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