第二章 それは冒険ともピクニックとも
当日の朝。
こはなはみんなで約束したとおり、待ち合わせ場所である学校の最寄駅に来ていました。
艦外郭リニア鉄道。ゆりかご艦内での艦首と艦尾の長距離移動と、艦前後の貨物輸送を一手に担う鉄道路線です。
駅があるのは、エレベーターで深く深く潜った地下最深部。円筒のいちばん外側にあたります。なぜそんな深くにあるかといえば、列車は艦の分厚い外壁のすぐ裏を通るからです。
円筒の内側を使うより少し総移動距離は伸びますが、外壁が近いので容易に真空を走らせることができ、空気抵抗をほとんど考慮せずに速度が出せます。その上で騒音の問題もどうにかクリアした優れもの。
そんな高速鉄道に、いざ乗らんと――
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
「まだ私たち以外だれも来ていないんですが」
「…………だよね」
こはなが威勢よく声を上げたものの、残念ながらゆずほの言うとおり。
もう一つ壁を挟んで宇宙のこの場所で、こはなとゆずほは二人きりなのでした。
「なぜに?」
「むしろ、約束の時間よりだいぶ早く私が来たことに、お礼の言葉でもいただきたいぐらいです」
こはなはいつもの早起きで集合場所に一番乗りしたのはいいもの、いささか早すぎるにもほどがありました。
あまりに暇だったので、こはなはひとりでワンドのパズルゲームをやっていましたが途中で飽き、今度はPONでひたすら『かまって』メッセージをゆずほに送り続けました。すると、なんとこはなのメッセージ連投に耐えかねたゆずほが来てくれたのでした。ほとんど嫌がらせです。
「ありがとうねゆずちゃんだいすき!」
「……あんまりふつうにそう返されるとこまるんですけど……」
「ええー!? いつもこころにありがとうだよ! だいすきゆずちゃん!」
「いや、そのっ……い、いいですから! わかりましたから。そういうのいいですから……」
ゆずほの気持ちばかりの皮肉はド天然のこはなにはロクに通じず、打ち返された大好きオーラにゆずほはあわてて手をわたわたさせて抗議します。
こはなはよくわかっていないようでゆずほに大好き大好きと連呼していると、ゆずほは頭を抱えてうずくまってしまいました。
結局、こはなが退屈し始めてゆずほをのほっぺたや背中をつつきまわし始めるに至って、やっとゆずほはいつもの調子を取り戻したのでした。
*
「あ、さきちゃん、おそいぞー!」
「まったくです、みさきさん。ゆずほはすっかり待ちくたびれました」
「いや待って二人とも。いま約束の十分前だかんね? ふつうにセーフだよね?」
早く来すぎた二人からの理不尽な糾弾にみさきは真顔で返しつつ合流しました。
「だいたいゆずほも何でこんな早く出ていったの。家おんなじなんだからいっしょに出てもいいじゃん」
ゆずほとみさきは『ひまわり園』という、同じ施設に住んでいます。
自然出生で補えない人員の不足を地球から積んできた膨大な遺伝子バンクからの人工授精で、人工出生器から生まれる子どもたち。
少数の船団員同士の交配が続いて、遺伝形質が一定化してしまうことを避けるためにも、彼らの存在は必須として、艦内には複数の児童養護施設があります。
現在、乗組員の半数近くが試験管から出生するこの艦においては特に珍しい存在ではありません。
艦の運用のため必要な措置であることから、今では「そういうもの」として馴染んでいます。こはなたち子どもにとってはもう当たり前のこと。
「着信履歴がこはなさんでうめつくされそうだったので」
「こはな……」
「やー、ちょっと地下ってにがてで……」
たはは、とこはなは笑います。
住居区画や商業区画は艦の円筒の内側――つまり、人工太陽に近い表層に集中しています。
ここにあるのは公共サービスとしての無人売店と駅設備ぐらいのもの。
特に目立った重要設備があるわけでもないこの駅は最速列車の通過駅でもあり、確かにやや物寂しい雰囲気です。
「ま、なんかさびしい感じなのはわかるけどさ……それはそうと、きりねは?」
「んー、きりちゃん、まだお返事なくって……」
こはながゆずほの次にメッセージを送っていた、今日の主役のきりね。
そろそろ一言ぐらいお返事が……とこはなは期待していたのですが、未だ返信はありません。
「きりねね……。あの子、ふだんはそんなねぼうとか遅刻とかしないんだけど」
「いえ。むしろ主役ですから……楽しみすぎてねぼうとか」
ゆずほの何気ない一言に、こはなとみさきは少しだけ考えて、それから三人で目を合わせてうなずきました。
「「「ありうる……!」」」
きりねがあわてんぼうの空回り屋であることは周知の事実です。前日遅くまで準備を頑張りすぎて寝坊はいかにもあり得るシナリオです。
「ど、どうしよ。きりちゃん、おむかえに行ったほうがいいかな?」
「行きちがいになってはいけません。電話しましょう」
言うやいなや、ゆずほは素早い指さばきでワンドからアドレス帳を開き『
こはなとみさきは揃って静かに耳を澄ませて待ちます。ゆずほの耳もとから、呼び出し音が一回、二回……。
「……でませんね」
五回を超えても出る様子はありません。呼び出し音は鳴り続けます。
「どうする? あたしが走ってこよっか?」
待ちきれずみさきが言います。みさきはこの中でいちばん運動が得意なので、走るとしたらみさき……なのですが。
「いえ、もう少し……あ」
ゆずほが何かに気づくと、こはなも、みさきも同時に気づきました。
たんたんたんたんっ、と走る足音。こはなたちと同じぐらいの女の子とわかる、軽くてあんまり速くない足音。
「きりちゃん!?」
こはなが角からエレベーターの方の通路を見れば、一生懸命走ってくるきりねが見えました。
だんだんとその姿が近くなり、ぜいぜいと息を切らしながら、
「ごめんなさ……っおそくなって……」
ようやくきりねはこはなたちのところまでたどり着きました。
「だいじょぶだよ、きりちゃん。お茶飲む?」
こはなはリュックから水筒を出して差し出します。
汗だくのきりねはそれをぐいっと飲み、ようやく一息ついたのか、ゆっくり話し出しました。
「お手紙ね、紙に、書いてたの……」
「お手紙? って、メールじゃなくて?」
「そう。……学校で、習った、やつ」
その言葉で、こはなは先日の授業を思い出します。
紙に、えんぴつというタッチペンのご先祖様で直に字を書く伝統文化の授業を。
先生は言いました。本当に大切な想いを伝えたいときなどに使う他『惑星に降りれば、そこの人たちとたくさん送り合うこともあるかもしれないから覚えておいてね』と。
こはなは手先が不器用で字を書くのはあまり上手くなかったので、すっかり忘れていましたが。
「アカウントとか、教えてもらえるかわかんないし……紙に書いた手紙だったら、会えなくても、ほかの人がとどけてくれるかもしれないから……」
……そっか。
こはなたちは子どもだから、ネットでアカウントを探すことはできません。だからPONやPNCは、だれかにアカウントを教えてもらわないと、あいさつ一つ、送ることはできません。
けれども、手紙を使えば。
きりねのそのアイディアに、こはなはどこか不思議な気持ちになりました。
「ところで……いま何時……?」
ようやく息が整ってきたのか、きりねが問います。
けれどもこはなは、きりねが来てくれたことで頭がいっぱいで、時間のことは頭から吹き飛んでいました。
「何時だっけ?」
こはなも残るゆずほとみさきに首をかしげて聞いてみれば、
「大した遅刻ではないのでぜんぜん平気ですよ。きりねさん」
「そうそう。そんな急ぐことも――」
ないよ、というみさきの言葉に被さるように駅のスピーカーから案内が流れはじめました。
《――行き列車。まもなく一番ホームへ参ります》
合成音声のアナウンスは、改札前のこはなたちにもばっちり聞こえました。
それにいちばん反応したのは、当のきりね。
「も、もうすぐ電車来ちゃうじゃない!?」
「え……うん、そうだね? でも――」
そんなあわてなくても、すぐに次が来るからいいよ。というこはなの言葉が終わらぬままに、きりねは風になりました。
「早く乗らなきゃ――っ!」
それはもう、鮮やかなスタートダッシュを決めて、改札を駆け抜けていったのです。
「ちょっ、きりちゃん!?」
「あ、あたしらも追うわよ! ゆずほ、こはな!」
置いて行かれたこはなたち三人も急いで改札を通ります。こはなも自分のワンドをセンサーに通すと、リロン♪ と音が鳴りました。
いつものこはななら、その音と改札を通るドキドキをじっくり楽しむところですが、今はそうもいきません。
改札を抜け、階段を走って下りて、ホームへ。
細長い通路のようなホームの右側に、電車が入ってきていました。真空のレールチューブとホームを隔てる透明な保護壁越しに電車が見えます。
乗降用のタラップが繋がり、何人かのお客さんが降りてきました。
発車メロディが鳴りはじめます。きりねは一足先に電車に飛びこみました。もう行くしかありません。
……ごめんなさいごめんなさい……っ。
こはなは心中で駅員さんとパパとママと先生に謝りながらも、大事な友だちのためには止まれません。
足の速いみさきが先に飛び乗り、次にこはなが飛びこみました。そして、
「ゆずちゃん……!」
「こはなさ――」
最後に飛び込んだゆずほをこはなとみさきで抱きとめると、それを待っていたように自動ドアが閉まりました。
しつこいほどに鳴り響いていた発車メロディがようやく止み、電車は真空のチューブを走り始めました。
*
《――発車間際の駆けこみ乗車はご遠慮ください》
ふらふらと四人がけのボックス席に着き、ぜーはぜーはーと四人揃って息を整える中、そんなアナウンスが聞こえてきて、ようやくみんなで顔を合わせました。
「これはまた、的確なアナウンスですね……」とゆずほ。
「そりゃ、こんなのはあぶないっしょ……」とみさき。
「でも、間に合ってよかった……」
心底ほっとしたようなきりね。
「…………」
でもこはなは少しだけ頬を膨らませて、考え込んでいました。
自分の中のもやもやをどうしようか、と。おバカな頭で考られるだけ考えて。
「きりちゃん」
「なに……あたっ」
こはなはぐーでこつん、ときりねのおでこをつつきました。
「だめだよ。一人で走っていっちゃ」
「あっ……」
こはなの様子にきりねは一瞬だけ呆気にとられました。
いつも能天気なこはなの、めったに見ないちょっとだけ悲しそうな顔。
「みんなでいっしょのだいさくせんなんだから。みんなでいっしょじゃなきゃ、やだよ」
けれどもその言葉に、きりねも理解しました。こはながどうしてそんな顔をしているのかを。
だから、
「あ……ごめん……なさい……」
素直に謝ると、こはなは一転していつものひまわりのような笑顔に戻りました。
「わかればよろしい! よしよし」
小突いたところをこはなが撫でると、きりねは少し照れくさそうに笑います。
それを見ていたみさきも、
「そうそう……って委員長のあたしが最初に言わなきゃか。てか、あたしたちをおいていくのもダメだけど、かけこみ乗車はもっとダメだかんね?」
「ごめんさい。キリ、おそくなって、あわててて……ユズも、ごめんなさい」
「いえ。……はぁはぁ……うんどう、ぶそく、の、私っ、が、わる……」
ゆずほはまだ息が整わずに苦しそうにしていました。
こはなはゆずほもよしよししてあげようとしましたが、ゆずほは無情にもその手をはねのけました。
地味にショックを受けたこはなはちょっとしょんぼりして外を向きます。
窓はありません。けれど、大判のディスプレイが組み込まれており、その風景は艦外壁のさらに外、宇宙を映していました。
「……あ、ほら、みんな。もうお外見えてるよ!」
外壁に設置されたデブリ観測システムの映像を流用したものですが、CG処理によりシームレスに繋がれ、本当に外を走っているような風景となっています。
ぐるん、とゆりかごに合わせて外の宇宙は回っていきます。だいたいは点のようなお星様たちが流れていくだけなのですが、
「……見えました、お月さまです」
ゆずほが見つけたのは、ふたつのお月さま。
こはなたちのご先祖様がいたという地球の〝月〟にそっくりの丸くて大きな白い月と、ちょっとぶかっこうで小さめの赤い月。
二つの月の上でところどころ小さな光がチカチカしているのは、宇宙港や工場のようです。
「あの、青いのって――レアルフじゃない?」
次にみさきが見つけたのは遠く、小さな青い惑星。
こはなたちが生まれる前はいろいろな人がいろいろな呼び方をしていましたが、十数年前に『惑星レアルフ』と呼称が統一された惑星。
大量に投下された無人情報収集機の奮闘で明らかになった、現地人類型生物の言葉で『大地』を意味する名前です。
「きれいだね……」
こはなたちは、ただその姿に憧れます。
映画やゲームでもたびたび見る地球と、まるでそっくりのその姿。
いつかあそこで暮らす日が来るかもしれない。そのためにこはなたちのご先祖様はこの艦『ゆりかご』を造り、こうしてここまで来たんだと、大人たちはいつも言っています。
……いつか、あそこで。
同じ人間が住んでいるらしいとか、ドラゴンとか、異種族とか、魔法使いがたくさん住んでいるとか。
そんな星に、こはなたちも、いつか。
そうして四人は蒼い星をじっと見ていたのですが、やがて回転していく艦の陰に三つの星は隠れてしまいました。
「あー、行っちゃった……」
こはなが残念そうに見送ると、みさきが慰めます。
「また遠足とかで外に出る機会もあるかもだし、そのときにじっくり見たらいいっしょ」
「うん。そだね。また」
そうしてこはながまた流れる星に視線を戻した時でした。
《次は、神宮公園前。神宮公園前――》
流れたのは、次の駅への到着を告げるアナウンス。
「あれ、もう着くの?」
公園、と言いました。けれど事前にみさきが立てた計画では、到着はもっと後のはずだったのですが。
……おや? そういえばなんだかへんなアナウンスだったような……。
「……待ってください。いま〝神宮公園〟って……」
こはなが首を傾げるのと、ゆずほが何かを確かめるようにつぶやいたのは同時でした。
「言った……ってことは」
みさきもゆずほを見て言いましたので、やはりこはなの聞き間違いではなかったようです。
〝神宮公園〟。
よくよく思い出さなくても、それはけっこう近所の公園の名前です。
地球のご先祖様といっしょに乗ってきた神様を祭ってある『ゆりかご神宮』。
天照大神を中心に有名どころの神様を一通りと、航海の安全の神様をありったけ乗せてきたそうです。
ここでお願いしとけばだいたいなんでもお願いがかなうのよ、とこはなのママは言いますが、毎年お参りしてもこはなの身長はなかなか伸びないので、こはなはあまり信じていません。
問題は、その公園はこはなたちの乗った駅よりもさらに艦首側、前方にあるということで――
「「「「反対だ……!!」」」」
こはなたちの目的地は艦の後ろのはしっこ、街と宇宙港の間にある〝自然遊園〟。
いまたどり着こうとしているのは、艦の前の方、宇宙港と街の間にある〝神宮公園〟。
つまり長い長い艦の反対も反対に着いてしまったということで。
「しくじりましたです。行き先表示をちゃんと見ていれば……!」
「ああもうドジった……! と、とりあえず次でおりて、折り返して……ああ、どうしよ、時間、時間大丈夫かな……!?」
珍しくみさきが慌てています。でも、こういう時は慌てたら負けだとよくアニメで言っていますので、こはなは落ち着いて諭します。
「だめだよさきちゃん。あわてたらまたまちがえるよ?」
「こはなは落ち着きすぎ!?」
しかし、普段の行いのせいでみさきを逆なでしただけでした。
「どどどどどどどどうしようどうしようキリのせいでキリのせいで」
「みさきさん。きりねさんが頭かかえて震え始めちゃいましたですけど」
「ああああ落ち着いてきりね! まだ十分も乗ってないし、すぐ反対の電車に乗れば――だああもう泣かない! 大丈夫、大丈夫だから!」
なんだかとってもトラブルの予感しかしないまま、まだまだこはなたちの大作戦は始まったばかりです。
*
「とうちゃーく!」
きりねも泣きやんで、今度こそ四人は自然遊園駅までやって来ました。
本当はこの先、二一五ふとう駅が一番近いのですが、今日は自然遊園に遊びに行くという建前なのでそれはできません。
教育課程の学生は交通機関の利用は基本的に無料なのですが、代わりに乗車記録は保護者のもとに届くので、嘘がばれないようにそこは慎重に動かねばなりません。
駅からエレベーターで上がれば、狭い地下から高い空、人工太陽の下へ。
目の前は芝生の広がる広場があり、遠くには林やアスレチック遊具などが見えます。
そんな自然遊園の中を皆で並んで歩いていくと、色々なものが目につきます。例えば、動物園への案内板などが。
「どう、ぶつ、えーん……」
どうしたことでしょうか。こはなの身体が見えない何かに引っ張られるように動物園へ傾いていきます。
こはなは、両親の仕事の関係もあり、家族揃ってのお出かけは意外にできません。かといって動物さんと戯れたいなどとお子さまな理由で友達を誘うというのもどうなのか、などと小さなプライドもせめぎ合い、ここのところずっと動物園とは疎遠でした。
「ひつじさん……うさぎさん……」
結果、抑圧されてきた欲望がついに理性を吹っ飛ばし、こはなはゾンビのように動物園入口へと吸い寄せられていき――
「ちょい待ちこはな! そっちはダメだって! 行ったらもどってこれなくなるから!」
飛び込む前に、みさきに首ねっこをおさえられました。
ですが、こはなはうつろな目のまま、ぐりんとふり返ってみさきを見ます。
「でも、だってさきちゃん……ひつじさんだよ? うさぎさんだよ? かわいいよ?」
こはなは知っています。みさきは、クラス委員長の立場を利用して『うちの学校にもうさぎ小屋を作りませんか』と再三先生に要求しているのを。
ゆずほから聞いた話では、夜寝るときにうさぎさんのぬいぐるみを大事に抱いているのだとも。
「ぐっ、ぬぬぬ……だから言ってるでしょーが……あそこは……」
「うさぎさんはいいよぅ? ちっちゃくてあったかくてふわふわだよぅ……?」
「あ、う……こはな、冷静になりなさいよ! 大好きなきりねが、泣いちゃってもいいの!」
「うぐっ」
その一言で、吹き飛んでいたこはなの理性のネジが若干帰ってきました。
今回の旅の目的は、きりねのお兄さんを見つけるため。自然遊園はただの通り道に過ぎないのです。
「で、でも、ふあふあ、もふもふが……」
欲望と理性がせめぎ合い苦しみだしたこはな。
そこでゆずほがこはなの袖を引きました。
「こはなさん、こはなさん」
「ゆずちゃん……?」
ゆずほからこはなの気を引こうとすることはめったにありません。
どうしたのかな、と袖を引いたゆずほの手を握ると、すかさず振り払われました。こはなにはゆずほがわかりません。
「そろそろお昼ごはんにしますですか?」
予想外の一言。けれど思い出したようにこはなのおなかがご飯を求めて鳴き声をあげました。
「おお! そうだったね。みんなお昼食べよ……!」
「では、あそこにベンチがあるので――」
「おっひるー! ごっはんー! ほらみんなも早くー!」
ゆずほの話も終わらぬ間に、こはなは走り出しました。
もうこはなの頭の中はお昼ご飯のことでいっぱいです。
残されたゆずほは、
「…………ふ」
不敵な笑みとともに、みさきときりねに向けてブイサイン。
「さすがゆずほ……」
「ユズ、おそろしい子……」
あっさりとこはなを操縦して見せたゆずほの手腕に、みさきときりねはただただ戦慄するばかりだったのでした。
*
そこはもう自然遊園の隅の方でした。
工場や基地の建物がごちゃごちゃ並ぶ向こうに、疑似重力ブロックの端であることを示す巨大な円形の壁が見えます。あの壁の向こうには副宇宙港や、今はお休み中の巨大な核パルスエンジンがあるはずです。
そんな自然遊園の隅っこで、四人は机付きのベンチに座って、ランチョンマットを広げていました。その上にはそれぞれのお弁当箱。
「今日のおべんとはなにかななにかなー」
そう言いながら、こはなは実は中身を知っています。これはこはな流の一種の様式美です。
開ければ今朝に見た通り、こはなのパパが作ってくれたサンドイッチでした。
チーズとハムとトマトと、レタスのサンドイッチと、大好きなたまごのサンドイッチです。パパが奮発してくれたので、今日のレタスとたまごは合成ではなく艦内の農業工場でとれた生育品。もちろん他はすべて合成代替品ですが、どちらも美味しくいただけるのでこはな的にはオッケーです。
「うへへへ……」
「ハナ、よだれたれてるわよ……」
「わっとと。……そう言うきりちゃんはダイナミックなおにぎりだね!」
きりねの大小二つのお弁当箱に詰まっていたのは、おにぎりとおかずでした。
大きい方のお弁当箱には、海苔巻きおにぎりと、梅しその紫色のおにぎりと、青のりの緑色のおにぎり。小さい方には、からあげや野菜、たまご焼きが入っていました。
どことなくおにぎりが不格好なのが気になるのか、きりねはしきりにお弁当箱を隠そうとします。
「あ、あんまり見ないでよ……はずかしいから……」
「なんで?」
「ママ、りょうり下手だし……」
「そうなんだ。うちのパパもね、サンドイッチ用のおかず買ってきてパンではさんだだけって言ってたよ!」
「そ、そういうのは言っちゃだめなんだから……」
「そうなのかな?」
こはなのパパは『栄養取れりゃいいんだハハハ』という人なので、こはなにはそういうのはよくわかりません。
「そうそう。あたしらのおべんとも配給品だし。気にすることないんじゃない」
「です。そんなものですよ」
ゆずほとみさきの二人は同じお揃いのお弁当です。
オレンジ色のお弁当箱にはたまご焼きや星型のにんじん、たこさんウィンナーなどなどのつめ合わせ。うめぼしの乗ったごはんにもお店のお弁当のようにゴマがふってあります。
「うう、サキとユズのおべんとうは可愛いじゃない……」
「そっかな……工場からどっさり同じのが届くのを見ちゃうと、きりねのおべんとうとか、いいなって思うんだけど」
みさきたちのお弁当は前日までの事前申請で朝に施設に届けられる工場生産品。
質は下手な自家製より良いですがバリエーションには欠けます。
「大きさだけは選べるのですが、ゆずほたちは二人とも〝小〟なのでまったくのおそろいになってしまうわけです。おいしいので私は特に気にしないのですが」
「なるほど……」
それぞれのごはん事情に、こはなも興味を惹かれましたが、そろそろ空腹が限界。
みんなも手を合わせ始めたので、こはなもあわてて両手を合わせ、
「「「「いただきます」」」」
そうして、みんなでつかの間のお昼ご飯となりました。
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