第4話
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家に帰るとコートを脱ぎソファに置いた。私はスーツ姿のまま寝室に行き、サイドテーブルの引き出しからサイセンサー付きのシグ・ザウエルP二三〇を取り出す。日本の警察が採用している銃だが、私が持っているものはそれとヴァージョンが違い安全装置がなく、必要な時に即座に撃てるものだった。私はマガジンを抜き弾丸を確認する。今夜、一人殺せばいい。八発しか入らない銃だったが、充分すぎるくらいだろう。
私は一度サイドテーブルにそれを置き、黒い革の手袋を嵌める。殺しをするときはいつもこのスタイルだった。指紋を隠そうという意図ももちろんある。だがそれ以上にこの手袋を嵌めると、自分の中の殺人者のスイッチがオンになる、そんな気がするからやっている。
私は銃を腰に挿してリビングに戻った。安全装置がない銃を腰に挿すなんて馬鹿げた行為だと自分でも思う。だが、ホルダーを持っていても結局身体と触れる距離に銃を忍ばせることにはなるので同じ事だろう。
リビングの熱帯魚たちに餌をあげた。魚たちは何も知らず黒い皮手袋の先から落ちる餌を食べに水面まで上昇してくる。可愛いとは思わない。ただなんとなく人を殺している分、どこかで命あるものに奉仕しなくてはと思い、ある日買い始めた。いわば義務感に駆られての行為だった。こんな熱帯魚の飼育で今まで私が殺した人たちが供養されるとは腹の底では思っていないが、何もしないよりはマシだろう。ただ人を殺したことに罪悪感や、殺した人に同情を抱いたことはこれまで一度もない。
ソファに座り、目を閉じる。テーブルの上には寝室から持ってきた書類が置いてあった。二枚あった。今夜、殺す人間のことが書いてある。僅かに心臓が高鳴った。
私はテーブルの下にある救急箱を取る。それをテーブルの上で開き、中にある袋に入ったマリファナと巻き紙を取り出した。巻き紙はいつもZigzagというものを使っている。アラブ人っぽい顔で髭を貯えた爺さんがパッケージに印刷されている奴だった。私は巻き紙にマリファナと解した煙草を開けて両手と人差し指を使ってそれを巻いた。巻き紙の端の糊面を舌で舐めてこぼれない様に封をするともう完成だ。手慣れたものだった。
巻き紙全体をライターで舐めるように炙るともうマリファナの香りが鼻から染みこんでくる。私は口に加えてその先端に火をつけた。酩酊感が少しずつ、私の頭に広がっていく。
覚せい剤は身体に合わなかったので、自然とマリファナに行き着いた。アッパー系と呼ばれる気分を興奮するクスリよりも、気分を落ち着かせてまどろませてくれるダウナー系の方が私の性に遭ったのだ。
私はもう一度、ゆっくりと今日殺す人間の名前を反芻する。
彼らがどんな事情で私に殺されるかは知らない。ただ私は依頼を受けて、その命を指定の日に奪うだけ。
それだけだった。
私はソファから立ち上がり、部屋の明かりを消す。救急箱とテーブルに開けられた大麻はそのままだった。
十月の夜はもう冬のそれに近い。私はポールハンガーにかけてあるコートを羽織るとマフラーを首に巻き部屋を出た。
エレベーターでマンションの駐車場まで降りる。この時間なので誰かと擦れ違ってもよかったが、あいにく今日は誰もいなかった。
私はクラウンハイブリットに乗り込みエンジンをかける。コートとマフラーは助手席に置いた。毎日乗っていないので車内の匂いがまだどこか新品のようによそよそしい。ラジオもBGMもかけずに車を発進させる。時刻は夜の十時四十分だった。
私は車道に出て目的地へと車を走らせる。毎日乗っていないことが証明している通り、私は車という乗り物にほとんど思い入れがない。大学生のときなど友人たちや、アメリカに留学していた時、同じく留学していた他国の学生が車の話題ばかりを話しているのを見ていて、軽いショックを感じたほどだった。
クラウンという一応高級車というものに乗っているのはセールスマンに進められたからで、ハイブリットを選んだのも同じ理由からだ。特に環境に気を使ったわけではない。
よって私は道路というものに明るくない。私はカーナビに言われるままに右折と左折を繰り返し桜田通りに出た。その後すぐに左折して白金方面へ進み、明治通りに出て首都高に乗った。不況だからだろうか、首都高に車のライトは少ない。トラックの数も以前より減っている気がした。私はそのまま首都高を芝公園を越え、浜崎橋ジャンクションを右折して零ボーブリッジに入る。お台場に来るのは久しぶりだった。昔、ある会社の説明会を聞きに友人ときたことがあった。その頃はまだお台場が出来たばかり、今以上に空き地が多い場所だった。
海の上から見る東京の夜はまだ輝いていた。相変わらずよく働いている。
レインボーブリッジを降りて湾岸道路に入った。
私はこのまま有明に向かった。
標的はこの乾いた埋立地にある製薬会社の研究施設で働いているはずだった。
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