第2話
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私のチームのスタッフがトレーディングルームに入室してくる。基本的に私のチームは、責任者である私が全ての決断を下すようにしているが、部屋の中央に円卓テーブルがあるように全体ミーティングも重ねていく。
スタッフは四人。
全員が集まると朝礼もかねたミーティングが始まる。他社がやっていそうな朝礼ではない。私が本田宗一郎の一日一話を読んで、その感想を神妙な顔を作った各スタッフが順に言っていくなんてくだらないことはしないということだ。
「おはよう」
私が言うと、スタッフ全員が「おはようございます」と返してくれる。唯一朝礼らしいところと言えばこれくらいなものだろう。
朝のミーティングは業務の確認と各自が現在抱えている問題点に関する事がほとんどだった。まずは経済指標の確認だった。これは山口という女性スタッフの役目だった。
「今日は午前中に二つの経済指標の発表があります」
何の感情も込めずに淡々と山口はプリントアウトした紙を見ながら読み上げていく。今日は特に指標の発表が重なっている日だった。山口は次々にその指標の名前と発表時刻を正確に伝えてくれた。
私は、ありがとう、と言った。
このミーティングは会社の方針でやらないわけにはいかない。嫌々やっている。そんな私の考えは、他のものも同じようで、山口は詳細は皆様にこのミーティングが終り次第メール致します、と言葉を付け加えた。私を含めてもちろん誰もそのことに異論はない。時間が短縮されることは良い事だった。
「それじゃ現在抱えてる仕事で何か問題がある者は?」
私はスタッフの顔を見渡す。仕事といっても実際のトレードのほとんどは事前に決められた運用計画によって行われるので、スタッフに任せている仕事はリサーチと計算、簡単な資料作成がほとんどだった。正直、問題など出る訳ない。もし出たとしてもその場で私に報告して解決するようにしている。形式だけの下らない質問だ。
スタッフは、特にありません、を繰り返す。
「それじゃ各自、業務を始めて下さい。今日もよろしく」
私たちは一斉に円卓テーブルから立ち上がり、自分のデスクに向かった。
スタッフにリサーチを任せている間、私はただデスクで動くチャートを無感動に眺めているわけではない。
親会社である証券会社からメールで送られてくるレポートに目を通して、簡単な今後の見通しを把握。またエコノミストとテレビ電話を使った会議も行う。くだらないと思う。株価を気にしながら、債券市場とマクロ情勢について語られてもさっぱり頭には入らない。時間の無駄だ。
そうして他人に時間を忙殺されると、いつのまには昼食の時間になっている。市場の休憩に合わせて朝買ったサンドウィッチで簡単に食事を済ませると、いつものように前日の私のファンドへの投資と解約状況レポートを持ったスタッフがやってくる。午後一番の仕事はこの解約に合わせた運用資金の調整だった。難しいことはない。解約が多ければ資金が少なくなるので、保有株を売る。反対に私のファンドに投資する人が多ければ、保有株を買い増す。それだけだ。
それも終わると、今度は単調な親会社のブローカーへの資料作成。予想の値動きから予想するパフォーマンス。舐めるような数字ばかりが続く、言ってしまえば嘘ばかりの数字が並ぶ資料を作るのだ。それに親会社の証券会社は、去年の世界経済危機で受けた壊滅的なダメージから復活できずにいた。身売り先を探している、なんていう噂もあるくらいだ。
金融の仕事を始めたときには、自分がこんなに刺激の少ない作業をすることになるとは思わなかった。
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