エピソード03 -闘病の決意-

 ――気がつくと俺は病院らしき室内のベッドに寝かされていた。

 

 ネットで見たあの大八木啓子さんらしき人物が俺の体を入念に見ていた。

「気がついたようね。まったく日本に二体もリオンがでちゃうなんて忙しくなるわ。私は大八木啓子、あなたの事はこの子たちから聞いているわ。伊集院君」

「初めまして――ネットで検索してあなたのことは知っています」

「そう、まあリオン細胞研究者の責任者だから有名よね。リオン細胞の論文も発表しているし」

 白衣を着て髪の毛を後ろで束ねた、大八木さんは胸を張って見せた。どこか偉そうな態度は俺の性に合いそうにない。

「ケーコ先生、彼は?」

 椅子に座って心配そうなジョアンナさんの声はどこか震えていた。

「良性よ。意識もはっきりしているようだし害はないはず」

「じゃあ、として扱っていいのね?」

「彼が悪い行動にでなきゃね」

 また俺の方を向いて白衣を整え胸を張る。


 その時、病院に駆け付けた刑事さんが室内に入ってきた。

「初めまして伊集院君。刑事の藤満男ふじみつお、だ。よろしく」 

 病院で指揮をとっていた刑事さんは、顔を扇いでいた扇子をピシャと閉じると言葉を続けた。

「で、君の意思なんだがこの施設に特効薬が開発されるまでいるか、さっきみたいな怪物が現れたとき戦うか、どうするね?」

「――その前に俺どうなってしまったんです?」

「あなたは、リアンとして覚醒したの。これは極めてまれなケースだけど、意識が

 あって動植物の姿になるのは異例の事。その力は善に使えばいいのだけれど、悪用すればひとたびあなたはこの施設で隔離されるわ」

「お兄ちゃん、私と一緒に戦って?」

「何と戦うんよ?」

「悪性リオン患者とよ」

 間髪入れずに、大八木さんは切り込んできた。

「待ってくださいよ、病人と戦えってことですか?」

「そうよ。悪性リオン患者はその力を制御できなかったり、その力を悪用したりするの。それを止めるには良性のリオン患者、つまりリアンになった者が必要なの」

「リオンとかリアンと意味かわかんねーよ!」

 その時だったまた俺の体はライオンの姿になた。

「わかったわ。危険な患者としてここに隔離するわね」

 その時しばらく黙っていたジョアンナさんが椅子から立ちあがって、胸ぐらを掴んできて、

「あたしたちのママはリオンたちに殺されたの! 三年前のローマの多発テロよ。その時の死の恐怖から皮肉にもリオン化していまったわ。それからというもの研究材料として扱われて、酷い実験台にされ苦しんだのよ。あなたもなってみなさいよ、日本の研究者たちに貢献したらいいわ」

 そういい終ると、ジョアンさんの目には涙が浮かんでいた。マリアーナちゃんも椅子に座って涙を零していた。

「この子たちはイタリアの研究施設で三年も苦しんできたの。政府の命令でリオンが現れるたび戦ってきたわ。そこで私は何とか政府と交渉して、この子たちをリオン目撃情報がなかった日本に連れてきたのよ。だけど日本にもリオン患者が発症するなんて思ってもみなかった」


 しばらく室内は時計の秒針が進む音だけが聞こえていた。「ピシャ!」と扇子の閉じる音が聞こえて、藤さんの方向に目をやると、

「……。リオン患者に娘を殺害された。昼間の病院で、だ。さっきケータイに妻からメールがあってなそれを知った。俺は今リオンが憎く感じている――だがな日本政府はあくまでも患者として扱い、いかなる理由でも殺傷したらいかんのだ!」

 そう言うと、藤さんは俺の胸ぐらを掴んでききて、今にも殴りかかってきそうな顔をしていた。


「……。俺、戦います。リオンとして人間として――そして何よりもみんなを悲しませたくない。持ってしまったこの力、善に活用します!」

「ショーヤ。ありがとう」

「お兄ちゃん、一緒にリオンを撲滅していこうね」

 俺は姉妹と誓いの握手をした。

「ただ、もしあなたが暴走してしまったら二人はあなたを全力で攻撃するわよ?」

 啓子さんは睨むように忠告してきた。

「その時は拘束してしかるべき施設で隔離してください。藤さんもお願いします」

「わかった。お前たちはリオンじゃない、人間だ」

 藤さんは扇子を広げて顔を扇ぐとまたピシャっと閉じた。


「ところでここはどこなんですか?」

「日本政府がリオン患者テロに備えて設立した、リオン撲滅組織日本支部の本部よ」

 俺の質問に啓子さんはまた睨むように強い口調で答えてきた。それほどリオンに対して厳しいようだ。

 人の命がかかっているのだから当たり前なのだが、この人は厳しく怖いと感じた俺はどこか苦手意識が芽生えてしまった。


「それと、リアンの姿になったときの勝也君の名前は、ビ・レオーネ・リアンよ。意味はイタリア語でAのライオン。リアンの姿に変身したら必ずこのコードネームで本名がバレなようにしなさい。さもないと周囲の人々はあなたを怪物扱いしてイジメたり、殺害される危険性も出てくるわ」

 俺は息を飲みうなずいた。

「――はい」

「じゃあ、家に帰ろう!」

 ジョアンナさんは俺とマリアーナちゃんの手を引っぱりこの室内から出ていく。


 俺たちは外に出る前に目隠しをされ車に乗せられた。普通の乗用車とは座り心地が違っていたのが感触で分かった。

 そこから車に揺られて、アイマスクを取るころには夕方で、東名高速に入っていた。どうやら東京周辺の施設にいたらしい。

 車はパトカーで運転していたのは藤さんだった。俺は助手席に座っていた。バックミラー越しに後ろを見ると、ジョアンナさんとマリアーナちゃんが後方座席にいた。

「コードネームだけどあたしの事は、イプスィロン・ローザ・リアン。覚えといてね。イタリア語で意味はYの薔薇よ。マリアーナは朝にも呼んだけど、ゼータ・チーニョ・リアン――」

「――Zの白鳥なの。よろしくね、お兄ちゃん」

「あ、うん。俺は、ビ・レオーネ・リアン、か。なんでアルファベットがつくんだ?」

「それはリオンの目撃順番にアルファベットを付けているから。ローマのテロ事件の犯人は全員で二四人いて、あたしたちをあわっせると二六人になる。アルファベットと同じ数よ」

「へえ。でもわざわざイタリア語にするのはどうして?」

「ケーコ先生がリオン患者を、動植物の姿からイメージしてイタリア語でそう呼んでいるのよ」

「なるほど!」

「朝に目撃されたリオン患者だけど、日本で言う鬼の姿だったわね。おそらく、ア・オルコ・リオンってところね」

ジョアンナさんは唇を嚙みしめていた。

「それと俺、見たんだけど赤い目の少年もリオンなのか?」

「――っ!?」

 バックミラー越しにジョアンナさんを見ると息を飲み込み顔を曇らせた。マリアーナちゃんは目を逸らしていた。

「え、俺まずいこと言った?」

「ショーヤ、その子には気を付けて。おそらくローマのテロ事件で主犯格だった人物よ。まさか日本に来ているなんて思わなかった――ドッピョヴ・リカントロポ・リオンの少年」

「やたら難しい名前だな。意味は?」

「Wの狼男――情報はそれだけ」

 マリアーナちゃんがバックミラー越しに俺を睨みつけていた。


 そんな会話を続けていたら自分の家の前でパトカーは止まった。

 政府の機密組織だったらしく情報は隠ぺいされて、藤さんが東京で迷子になっていたと母さんに事情を説明していた。

「あなた、この子たち東京まで行ったそうよ。そこで迷子って」

「未成年者が三人でよくも新幹線のれたな、ははは。お金はどうしたんだ?」

「あ、うん、俺の貯金から下ろしたんだよ。おかげで貯めてた五万がぶっ飛んだ」

 俺は頭に手をやり目を泳がせた。

「親に勝手に何やってんの? 心配するじゃない」

「ママ、私が行きたいって言ったんです。お兄ちゃんを巻き込んでごめんなさい」

 マリアーナちゃんは潤んだ目で訴えかけて、母さんに許しを請う。

「許そう。ただし今回だけだぞ、ははは」

「もう、あなたったら。仕方ないわね、今回だけよ?」

「ごめん。父さん、母さん」

 俺はこうして、リオンとして人間のため、リオン患者のために戦う決意をした。

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