第10話 異世界の街並み②

 歩くこと数分。


(……本当に至る所にカメラがある……)


 里織の目は設置された無数の監視カメラに釘付けになっていた。

 監視カメラはまるで死角という死角を全て殺すように至るところに設置されていた。マンションの側面は勿論、街路樹にも設置され、そのレンズを怪しく光らせている。


(……それにパトロールしてる人も一杯……)


 里織の視線がカメラから道行く一部の者達へ移動する。

 その者達は海軍が着用するような白色の軍服を着込み、腕に巡回中の文字が入った腕章を巻いている。それだけでその者達がどのような組織に属しどのような者達役割を担っているのかは察することができる。


 別に治安維持組織がパトロールを実施してることに驚きはない。

 いくら監視カメラが沢山あるといっても、やはり人の目に勝る抑止力はないのだから。しかしその見回りを行っている者の人数には素直に目を見張った。


(ざっと見ただけでも30人はいる)


 驚くべきことに、これだけの監視カメラ群がレンズを光らせ警戒しているにもかかわらず、哨戒する者の人数は見える範囲内だけで軽く30もの数に達しているのだ。


(もしかして、治安が悪い……?)


 ふと、里織はそんな風に勘繰ってしてしまう。

 無理もない。これだけ厳重な警戒体制が敷かれていたら誰であろうとそう邪推してしまうことだろう。


(にしても、女の人ばっかりだ)


 女、女、女、女、女、女、女。

 どういうわけか見渡す限り360℃女ばかり。視界に映るのは皆同性で、異性の姿は一切確認できなかった。


(マンションばかりだし……もしかして女の人専用の住居区なのかな……?)


 思えば、元の世界にも女性専用車両や女性専用の宿は存在していた。ならばその延長線上で女性専用の住居区が存在したとしてもおかしくはない。

 無論、自分の故郷でそんな地区を作るとなると色々な問題が浮上し十中八九計画段階で頓挫するのがオチで、仮になんとか法案を通しそういった地区を創設できたとしてもその後も色々な問題が発生するだろうが……。


(……もしかしたら厳重な警備は治安が悪いとかじゃなくて、女性しかいない場所だからなのかな……?)


 武術を嗜んでいたりすれば別だが、 基本的に男と女では男の方が強い。なまじ武道の心得があっても素人に毛が生えた程度のものであったならば、習得した技術を満足に駆使する間もなく押しきられてしまう。

 それほどまでに男女の体格差というものは馬鹿にできない。故に肝要なのは問題が起きぬよう事前に対策を施すことであり、この要塞もかくやという堅牢な警備態勢ももしかしたらその一環なのかもしれない。


(……ん? あれ? あの人、こっち、見てる……?)


 と、きょろきょろさ迷っていた里織の視線がある方向で固定される。

 行き交う人々の中。さらしにホットパンツ、そして全開パーカーという露出度の高い格好をした、フードをすっぽりと被った褐色肌で銀髪赤眼の少女がこちらをじっと見つめていた。


(えっと……異世界から来たから、かな……?)


 大部分の人は興味がないのかちら見すらせず通り過ぎて行くが、だからといって全員がそうとは限らない。なかには異世界から来た者を一目見ようと考える者がいてもなんらおかしなことではない。


(なんだか、猫みたいな目……)


 彼我ひがの距離は然程離れていないとはいえ、人混みのなか、それも人の眼なんて小さな物をハッキリと識別するのは困難であるため絶対ではないが、こちらを視線で追いかける少女の瞳孔は縦長のように見えた。


(……まぁ異世界だし……そういう人もいてもおかしくない、か……)


 異世界。それも創作物に登場するような生物が普通に存在する世界だ。

 ならば猫眼の人種が居てもおかしくないだろうと里織は自己完結し、視線を外す。向こうが見ているからといって、じろじろ見続けるのは違うだろう。


「……あ、そうそう。里織ちょっといい?」


「あ、はい。なんですか?」

 

 と、丁度視線を前に向けようとしたところで呼び掛けられ、正面は向かずそのまま首を横へ向けると、隣で佐由美と談話していた深藍の視線が自分に向いていた。


「言い忘れてたけど……いや、里織なら一々言わなくても平気だろうけど、一応言っとくね? 和歌月じゃ人に迷惑かけたら即逮捕されるから。 後、故意にポイ捨てしたり街路樹傷つけたりしても逮捕されるから」


「あ、はい。わかりまし……ぇ? ポイ捨てで逮捕、ですか? 注意じゃなくて、逮捕、ですか?」


「うん。される。慌てて拾っても一度捨てた時点でアウト。拾ったからいいだろってのは通用しない。問答無用で牢獄に直行することになるから。だからくれぐれも気を付けてね?」


「あ、はい。それは、はい。でも……人に迷惑をかけたかどうかの基準って……」


「ん~。簡単にいうと、余所見してて通行人にぶつかるのは仕方ないけど、故意にぶつかりにいけばアウト。ちゃんとしたクレームはいいけど、難癖つけるだけのクレームはアウトって感じ。早い話、正当性の有無かな」


「なるほど。わかり、ました。くれぐれも気を付けます」


「うん。そうして。それと食堂まで後一時間は歩くけど平気?」


「あ、はい。大丈夫で……え?」


 反射的に返事を返そうとした里織は、数秒、硬直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る