第9話 異世界の街並み
マンション五階。共用廊下。
(なに、これ……私の国と全然違う)
外に出た里織はそこから一望できる景色に呆気に取られていた。
窓越しに見える空の近さから薄々そうではないかと思っていたし、外に出る前から開けた玄関ドアの前に廊下が見えていたため、今まで自分がいた場所がマンションの一室であることに対しては特に思うことはない。
だが、眼下に広がる街並みには素直に圧倒されてしまう。
整備はされているものの舗装はされていない様子の茶色一色の地面。
大通りを分断するように中央に列なる木々。
一定間隔で建ち並ぶ未舗装の道路とは不釣り合いな無数のマンション群。
まるで江戸時代に近代的な建造物が突如現れ軒を連ねたような景観。
あたかも田舎と都会がうまい具合に融和したような光景。
「里織~?」
「あ、今、行きます」
新鮮味ある街並みの景色に目を奪われ立ち止まっていた里織は深藍の呼び声で我に返り、慌てて足早に深藍の後を追い共に階段を下りていく。
「どう? 道路が舗装済みか未舗装かで大分見映えが違ったでしょ?」
「あ、はい」
里織は頷く。
深藍の言う通り道路を舗装しているか否かで全然違っていた。
風情、とでも言えばいいのだろうか。コンクリートではない純粋な地面からは独特の味わいのようなものが感じられたのだ。
「やっぱり? まぁ記憶を見た感じ里織の居た世界の交通路は大体が舗装された物だったからね。未舗装の交通路を新鮮に感じるのは当然だと」
「深藍さん、今から朝食ですか?」
と、深藍の声を遮るように聞こえる声。
聞き慣れぬ声に骨髄反射的に肩を上下させた里織が恐る恐る声のした方へ視線を動かすと、いましがた下の階の共用廊下から姿を現しただろう先程までいなかった一人の女性がこちらを見上げていた。
「あら? そちらの方は……あぁ。異世界から来た御方ですね」
「え、あ、あの……私のこと……知って、るんですか……?」
「えぇ。既に周知されていますわ。異世界の社会がどういう物だったのかは記憶を見ていないわたくしは存じ上げませんが、わたくし達の生きるこの国の社会は人と人との直接的な繋がりが重要ですからね」
「同じ地区に住んでる人は皆顔馴染みといえるほどです。ですので、新しく住民が増える場合は事前に告知しておかないと混乱を招いてしまうのですよ」
大和撫子という言葉がぴったり当て嵌まりそうな艶々しいロングの黒髪を一房に纏め垂らした、モデルのようなスレンダーなスタイルを持つ麗人の説明に里織はなるほど、と思った。
正直、科学の発展やサービスの充実に伴い人と人との繋がりが薄れ始めていた社会で生きていた里織には地区に住んでる者全員が顔馴染みというのはぴんとくる話ではなかったが、それでも言わんとすることは理解できた。
(けどそれならどうして人が集まらないんだろ……?)
しかして、疑問が解消した矢先に次はまた別の疑問が生じた。
里織は「そういえば深藍さん」と会話をしながら階段を下りていく二人に追随しながら頭を捻る。
自分を知ってるのは既に告知されていたから。告知したのは要らぬ混乱を避けるため。ここまではいい。だが異世界からの来訪者がいるなんて告知をされればだ。普通、メディアがこぞって押し掛けるものではないのだろうか。
少なくとも里織の世界に異世界人が現れ、その辺のマンションに居るとなれば相手の心情など意に返さず取材陣が殺到しあることないこと記事にすることだろう。そうでなくとも野次馬は確実にできる。
(もしかして国民性の違い? それとも社会構造の違い……?)
あり得るならばその辺だろうか。
この世界についての情報が足りないので確証はないが。
「……あ、それじゃ食券取ってくるから二人は先外行ってて」
「わかりましたわ」
と、思考に耽っていた里織がそんな二人の会話で我に返るとどうやら既に一階に下りていたらしく、深藍はなにやら一階に設置されたポスト群の方へ向かって行くところだった。
「それでは、わたくし達は外に行ってましょうか」
「あ、は、はい」
はっきり言って初対面の相手と待たされるなんて、コミュ力ゼロのヒキニートには大変心臓に悪い話であるのだが、そうしてと言われ更には行きましょうと面と向かって誘われては従う他なく。
里織は数多あるポストの中の一つから紙切れのような物を取り出す深藍を視界の端に捉えながら女性と共に外へ出た。
「……そういえば自己紹介まだでしたね。わたくしは
「あ、はい。私は
それは外に出てすぐのことだった。
不意討ち気味に自己紹介された里織は慌てて名を名乗る。
「そうですか。里織さんと言うんですね。これからよろしくお願いします、里織さん」
「あ、はい。こちらこそ」
そんな風にペコリと会釈し合う二人の元へ深藍がやって来る。
「さ、取ったし行こっか。……里織、佐由美さんも一緒でいいでしょ?」
「あ、はい。勿論」
「あら? そうですか? それではお言葉に甘えてご一緒させてもらいますね」
そんな会話もそこそこに三人は歩き出すのだった。
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