第8話 相性が悪かった
「なんだか華林が迷惑かけたみたいでごめんね。大丈夫? ほら、華林も謝って」
「きゅーん」
「あ、いえ、はい。大丈夫です」
華林を抱き抱え、謝罪する深藍。里織はそれを素直に受け取る。
というか、耳を垂らし尻尾を下げ申し訳なさそうにしゅんとする華林を見て謝罪を受け取らないという選択肢を選べるわけがない。
それに所詮は動物のやったこと。害が出たならあれだが出てないのだからむしろ謝罪されても逆にこちらが申し訳なくなるというかなんというか。
「もう。里織が許してくれたからいいものの、もうやったらダメだよ?」
「きゅーん」
床に下ろされた華林は再度謝罪するように里織に向かって一鳴きすると、とぼとぼ扉の隙間からリビングダイニングへと消えていく。
その後ろ姿からは哀愁のようなものが感じられ、気の毒にすら思えた。
「……因みに、気持ちよかった?」
「ぇぁ……ぅゅ」
深藍の予想外のセクハラ紛いの質問に里織はどう答えて言いかわからず言葉にならない声を漏らす。その表情はかぁと見る見るうちに羞恥から赤みを増していき、一瞬で完熟トマトのように真っ赤になる。
無論、言うべくもなく華林に胸を弄られて発情したなんて事実は存在しない。なのでこれは恥部を指摘されたがための赤面ではなく、単純に面と向かってそういうことを聞かれたが故の赤面で決して深い意味はない。
「あぁもう。本当、一々反応が初々しくて可愛いな里織は。冗談だよ、冗談。からかっただけだから。ごめんね?」
「ふぅぇ? じょ、冗談……? あ、はい。そう、ですね。冗談、ですよね」
「うん。冗談、冗談。と、そろそろ支度しよっか」
言って、深藍は高級感漂う立派な箪笥へ接近。
「はい、朝食食べに行くからこれに着替えて」
「あ、はい……ぇ? あの、私お金……」
「ん? 別に心配いらないよ? タダだからね」
「タダ……?」
里織は頭上に疑問符を浮かべながらも深藍が箪笥から取り出した服一式を受け取り、とりあえず言われた通り着替える。同性とはいえ着替えを見られるのは恥ずかしいので深藍が自身の服を取り出してる間に手早く。
その後は深藍が着替え終わるのを待ち、着替えた深藍と共にリビングダイニングを通り玄関へ向かう。
「さて、それじゃ行こうか」
「はい」
「それじゃ、華林、またね」
「えっと、またね華林ちゃん」
とことこと。恐らく見送りのためについてきただろう華林に別れの挨拶を告げ、深藍が玄関ドアを押し開け外へ出る。里織もそれに続く。
正直いえば自室に籠り続けた里織にとって外出というのは不安にもなるし緊張もする一大行事だ。否、一大事と言った方が適当かもしれない。
それほどまでに里織にとって外出とは難関であり、安易に越えられぬ事象なのだが、それでも里織は深藍に続き玄関ドアを潜った。
別に快活な深藍に触発されたわけでなければ、異世界に来て心構え気構えが変わったわけでもない。そも、そんな呆気なく変わるようなら引きこもりが社会問題になったりしない。
だからそう。これはただ単に里織が「早く早く」と笑顔で手招きする深藍とならば外に出てもそう悪いようにはならないだろうと判断したという、それ以上も以下もないただそれだけのつまらない話なのである。
★★★★★
ばたん、と閉じられる玄関ドア。
「里織のおっぱいどうだった」
「とても柔らかかったわ」
隣にいる深藍の質問に答えながら華林は思い出す。
深藍より少し小振りながらも形の整った柔らかい淡い果実のことを。張りも艶も申し分なかった。だが、それだけに惜しかった。
華林は心底残念そうに呟く。
「ただ一つ言うとすれば、母乳が出なかったことが悔やまれるわ」
それは聞く者が聞けばトチ狂ったのではないかと勘繰られるだろう一言。しかし深藍は邪見に扱うような真似はしない。ドン引くこともない。それどころか笑顔で応対する。
「華林は本当に母乳が好きだね」
「えぇ。大好きよ。胸の柔らかい食感もあの名状しがたい母乳独特の味もね。……にしても、本当に里織は臆病ね。狐姿の私にされるがままなんて。これも身を置いていた環境のせいなのかしら?」
「まぁあれだけすぐキツいことを言う連中に囲まれてれば当然かもしれないけど。窓を開けっ放しにしただけでねちねち責めて、自分が閉め忘れて責められたらあんたもやってるでしょって逆ギレするような連中が周囲を固めてたらそりゃ怖がりにもなるわよね」
「ん~。確かにあの環境が里織の人格形成に一役買ってるのは否定できないけど……でもだとしても、あの人達が悪いことにはならないよ。同じような環境に身を置いても行動的な人はいるからね」
「まぁだからって里織が悪い訳でもないけどね。強いて言うなら相性が悪かったんじゃないかな。里織と家族の相性が。そして里織と社会の相性が、ね」
「相性、ね。確かに精神の弱い者とそうでない者をいっしょくたに扱ってる社会と、里織みたいなタイプの相性は最悪ね。……ところで、部屋戻らないかしら? いつまでも玄関に突っ立ってても仕方ないわ」
「そうだね。戻ろっか」
そんな会話もそこそこに二人はどちらからともなく踵を返し、寝室へと戻るのだった。
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