第19話

 尋常ではない程豪華な部屋に入り、白夜さんがお風呂に向かうのを見届けると、バカでかいベッドに俯せに倒れ込んだ。

 ……はぁ、こんな事になるのなら聞くんじゃなかったな。むやみやたらに人の秘密を探るべきではなかった。いい教訓だ……。

 聞いてしまったものはしょうがない。だが私が知ってるという事は、白夜さんには黙っておこう。彼の方からいつか話してくれるかもしれないし。


 玲央奈さんには……口止めしておいた方がいいか。自分で聞いておいてなんだが、あの人口が軽いし。

 それにしても白夜さんがお風呂から上がってきたら、どう対応しよう。もう既に変な態度をとってしまった。普段の私は彼にどんな接し方をしてたっけ? よく思い出せない……。


 私が悶々としていると、部屋のドアがコンコンとノックされた。白夜さんならノックしないだろうし、メイドさんが来たのかな?

 私はベッドから降りドアを開けると、顔の赤い両手をモジモジさせた玲央奈さんが立っていた。


「……あの~、入ってもいいかな?」


 私が了承すると、玲央奈さんは妙に艶っぽい表情のまま、部屋に入ってきた。

 私と玲央奈さんはベッドの上に並ぶように座った。彼女は自分の髪を撫でながら、チラチラ横目でこっちを見てくる。目が合ったら逸らされた。一体何なのだ?

 ……玲央奈さんには悪いが、私は今白夜さんの事で頭がいっぱいだ。少し気になっている彼女の体調について聞いた後、上手く事を運んで自分の部屋に戻ってもらおう。


「あの、玲央奈さん。……どう、でしゅひゃ?」


 ……思いっきり噛んでしまった上に言葉足らずだ。やはりまだ白夜さんの事がショックで頭が回っていない。本当は「体調どうですか?」と聞きたかったのだが……。


「どうでした? あ、うん……すっごい気持ち良かった……。……あんなの初めて……」


「??? 気持ち良かった、とは?」


 どういう意味だ?


「こういうのって感想言うんだ……。えっと、施設での時は『もう少しでっ』ってとこでおあずけされちゃって、さっきはその……最後まで……」


 おっと? ドえらいピンクの香りが漂ってきましたよ!? 何を口走ってくれているのだこの人は! これ以上喋らすと色々マズイ!!


「玲央奈さんっ!」


「前回はシャワーを浴びながら自分で……だったから……」


 ダメだ! この人止まんねぇ!!


「もぅお姉様!! 『ごっど☆ふぃんが~♪』はわたし以外に使っちゃ、ダ・メ・だ・ぞ♪」


 『ごっどふぃんが~』って何!?



 記憶から抹消したい、ろくでもないやりとりの後、私は玲央奈さんに恥を忍んで、白夜さんとのギクシャクについて相談してみた。


「さっきびゃっ君の話を聞いてから、何故か意識しちゃって会話しづらい?」


「はい……」


 玲央奈さんは、白夜さんの家族の事が分かった時、どういう対応したのだろう。


「玲央奈さんはどうしました? 白夜さんの過去を知った時……」


「わたし? う~ん、あの時わたし自身も変わろうとしてたから……。あまり意識しなかったよ」


「意識しなかった?」


 結構思うところはありそうだが……。


「うん、わたしもママ、いないしね……」


「えっ、そうなんですか?」


 思い起こせば、父親の話しか聞いた事無いな。


「わたしのとこは、ただの離婚だけど……」


「離婚、ですか……」


 会えなくとも生きてくれているだけマシか。私の姉のように……。


「でもわたしも同情されたくなかったから、びゃっ君もそうかなって」


 同情……。そうか、私は白夜さんの事を可哀想な人だと思ってしまっていたのか。私より不幸な境遇の彼に……。なるほど腑に落ちた。

 こうなれば事のついでだ。もう一つ相談しよう。


「玲央奈さん、あの……。玲央奈さんから白夜さんの過去を聞いてしまった事、本人には言わない方がいいですよね?」


 玲央奈さんの誕生日エピソードとは重さが違うし。


「それはダメだよ!」


 即答!?


「だってこれからびゃっ君と一緒に住むんでしょ? 相手の事を知りたいっていうのは当たり前の気持ちだと思うよ。わたしから聞かなきゃ、びゃっ君からは決して話そうとはしないし。それに……」


「それに?」


「私達の好きになった人はそれくらいで怒る人かな?」


 玲央奈さんは優しい笑顔を向けてきた。そうだな、彼女のストーカーチックな行動も受け入れてるぐらい、白夜さんの器のデカさ、懐の深さは折紙付きだ。


「玲央奈さん、ありがとうございました。あとは自分で頑張ってみます」


「うん! ふふっ、わたしも少しはお姉様の妹らしく振る舞えたかな~♪」


 そこは普通に年上らしくとかでええがな!! 何でいらんオチつけんねん!?

 そうだ、あの時のお礼も言っとかないと……。


「バスケの時もありがとうございました。その、ウソまでついてもらって……」


「あれ? 気付いちゃってたの?」


「こんな事言うのはあれですが、バレバレでしたよ……。ただどうしてそこまでして……?」


「だってお姉様もびゃっ君も、お互いに必死なんだもん! これは引き離せないなって」


 私は白夜さんと一緒に居たくて必死だった。彼は……頭を打ちそうな私の事を、抱き止めてくれたんだったな。

 だがそれがなくとも、玲央奈さんがアメリカに行くのなら関係無かった気がするが……。


「あ~あ……。本当ならお姉様もわたしと一緒にアメリカだったのに……」


 ホワイ!? あんだって?


「えっと、どういう事ですか?」


「うん? あの時お姉様が負けたら私と……って事だったよね?」


「アメリカまで!?」


「もっちろん♪」


 あっぶねぇ~。首の皮一枚ではないか。白夜さんマジでよくやった。今度彼の好きな物食べさせてあげよう。具体的には……私自身かな!!


「それでその……何故アメリカ行きを決めたんですか?」


 今まで引き延ばしてたのに……。


「……ライバルが増えちゃったから、かな……」


 ん? 話が見えないな?


「それはどういう……?」


「このままだとびゃっ君、お姉様…………とかに取られちゃう気がしたから」


 ちょっと間があったが何だ? 他に誰かいるのか? 男じゃないだろうな!?


「それとアメリカ行き、関係あるんですか?」


 それならこっちに居た方がいいのではないか? 居ない方が私はいろんな意味で助かるが。


「びゃっ君ってほら、巨乳しか愛せないじゃない?」


 彼が言ったのはそんなニュアンスだったっけ? しかもそれだと私はライバルになりきれてないではないか。巨乳というにはもうあとほんのちょび~っとだけ胸囲が足りてないかも……若干だが。


「そして向こうには巨乳の人が多い……」


「えっ!?」


 まさかこの人……。


「アメリカでわたし、巨乳になるのっ!!」


「ぶはっ!? ごっほごほっ…………ばか……」


「だ、大丈夫お姉様!? あと、最後にバカって言わなかった!?」


 言った。言いました。どさくさに紛れてしれっと言いました!

 玲央奈さんは、むせ返った私の背中をさすってくれている。それにしても「ハリウッド女優になるのっ」みたいなノリで巨乳とは……。


「ふぅ……すみません……もう大丈夫です」


「うん。……ふふっ、私が巨乳になりたい理由はもう一つあってね……」


 玲央奈さんは人差し指で、私のほっぺをプニプニしながら、慈しむような表情で語った。


「お姉様の事、痛がられずに抱けるじゃない♪」


 私の痛がっていた理由に気付いていたのか。それにしても……。


「あの、『抱ける』じゃなくて『抱きしめる』ですよね?」


 でなければ、ある花の名前な感じになってしまうぜ。もう玲央奈さんったら、言葉足らずなんだからん♪


「ううん、間違ってないよ? わたし今度はお姉様にも気持ち良……」


 ああぁぁぁ~~~~~!! 急に眠くなってきたーーーーー!?




 ――ん、はて? 先程までの記憶が無いぞ? 私がアメリカに行かなくてすんだ話から先の記憶が無い。無いという事は大した話ではなかったのだろう。ガッハッハ!!


「じゃあ、そろそろ……」


 やっぱり一緒に寝るのかな? はぁ……これでは意識を吹っ飛ばした意味が無いではないか。


「わたし、部屋に戻るね」


 あれ? 意外だな。この為に来たのではないのか?


「そうなんですか?」


「一緒が良かった?」


 全力で首をブンブン振りたい。が自重し、目を逸らすだけに留めた。


「あっ、ひっど~い。ふふっ、ゆう……琉川さんとも最後だしね」


 琉川さん? はて誰だったかな……。ああ、メイドさんの事か。あれ? あの人こそ一緒に行くのではないのか?


「メイドさんはアメリカに行かないんですか?」


「うん……。琉川さん、こっちでやる事があるから……」


「はぁ……」


 あの人の仕事は玲央奈さんのお世話ではないのか?


「琉川さんは、お姉様とびゃっ君の保護者代理として残るの」


「保護者代理?」


「うん。保護者はわたしのパパだけど、こっちには居られないから……」


 そういう事か。


「……わたしは別の人を雇うつもりだったけど、本人がどうしてもって言うから……」


「えっ、何ですか?」


 声が小さ過ぎてよく聞こえなかった。


「何でもな~い。明日出発前に買い物に行きたいから、びゃっ君と一緒に付き合ってね。じゃあ、おやすみ。お姉様」


「あ、はい。おやすみなさい……」


 なるほど、これを言いに来たのか。


 玲央奈さんは部屋のドアを開けて出て行……こうとしたが、外にいる誰かと話をする声が聞こえてきた。


「きゃっ!? びゃっ君? ビックリした~。何してるの?」


「いや、その……今風呂から上がって来たところで……」


「へぇ~……。ふふっ、お姉様待ってるから早く入ってあげて」


「……ああ……」


 玲央奈さんの足音が遠ざかる中、バスローブ姿の白夜さんが、頭を掻きながら部屋に入ってきた。私もベッドから立ち上がる。


「美宇……」


「白夜……さん……」


 ダメだ、まだ空気が重い……。早く謝ろう。


「あの、ごめんなさい……」


「えっ?」


「玲央奈さんに、白夜さんの家族の事を聞いて……」


「うん……」


「それで……変な態度をとってしまって……」


「ああ……うん……」


「すみませんでした」


 私は思いきり頭を下げた。


「ちょっ、顔上げてくれ。いいよいいよ、気持ちは分かる。中坊が一人暮らししてりゃ、家族はどうしたんだって誰でも思うよ」


「白夜さん……」


「……あと、オレも謝る……」


 うん? もしかして今まで夜寝てる間に、何かされてたのかな?


「……さっきの玲央奈との会話……聞いてた」


「はぁ!?」


 おいおい、マズいぞ。後半はともかく前半の話は!


「え~っと、どこからですか?」


「……「玲央奈さん。……どう、でしゅひゃ?」の辺りから……」


 いっちばん最初からではないか!? ちぃっ『ごっどふぃんが~』の件は聞かれたくなかった。彼はホントにお風呂入ってたのか? 着替えただけじゃないのか? しかも噛んだところまで忠実に再現しやがって~! この屈辱、晴らさでおくべきか……。


「ゴメン……」


「ダメです。許しません。おしおきです」


 そう白夜さんに告げると、私はベッドに入り、布団を捲り上げた。


「言わなくても分かりますね?」


「……はい……」


 白夜さんはゆっくり私の横に入ってきた。私はすぐさま彼に抱きつく。ほんのりシャンプーの匂いがする。お風呂は入っているようだ。ただ……、


「白夜さん……、冷たいですね……」


 寒い廊下に長時間居た為、白夜さんの身体は氷のように冷たかった。


「ゴメン……」


「いつもは暖めてもらってますから、おかえしです……」


 だがこのままでは何の罰にもならないので、あれを実行に移すか。

 私は白夜さんの冷たくなった手を握り、彼の目を見つめたまま語りかけた。


「白夜さん……。……男同士のアレでも【祝☆卒業】となるんですか? ぜひ、教えて下さい!!」


「アンタ、どんなタイミングでそれを聞いてきやがる!?」


 ほ~ら、暖かくなっただろ? くふっ♪

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