第18話
白夜さんを冷やかしていると、車に乗ったメイドさんが戻ってきた。屋敷に救急箱と私の着替え(玲央奈さんのお古)を取りに帰っていたらしい。
私はどこのメーカーか分からないボロジャージ(姉のお古)を捲り上げ、左膝を見てみると少し腫れているが、血は出ていなかった。ただの打ち身だろうと私は思うのだが、
「ダメだよ、ちゃんと病院に行かないと。お姉様の美しい体に傷が残ったりしたら、わたしは一生後悔するわっ!!」
と玲央奈さんが涙目で訴えかけてくるので、アパートへ着替えに帰る、白夜さん以外の三人で病院に向かった。
私は折角なので、メイドさんが持ってきてくれた包帯を膝に巻いておいた。
病院に着くと、診療時間ギリギリだったので、人は少なかった。待つ間にトイレで着替え、戻ってくると診察の呼び出しを受けた。
状況を説明し、少し触っただけで「ああ、打撲ですね」と言うお医者さんに玲央奈さんは食ってかかり、MRIでもっと詳しく検査しろと激しく迫った。
果ては、
「オ姉様ニ何カアッタラアナタノ家族、ドウナルト思ウ?」
と玲央奈さんのマ○ィア顔負け闇堕ち天使が発動し、お医者さんを交代させるという慎ましやかなサプライズがあったのだが、まぁご愛敬だろう。
取りあえずレントゲンだけ撮影し、異常が無かったので検査はそれで終了した。
塗り薬をもらい、ひとまず白夜さんのアパートに向かう。彼を乗せた後、玲央奈さんの屋敷に車を走らせた。
今日も夕ご飯を共に食べて欲しいと、玲央奈さんたっての希望だった。
もしかしたらこれからずっとこうなのでは、と危惧しないでもなかったが、病院に連れて行ってもらったし、屋敷の惨状(あの広さでメイドさんと二人きり)を知ってしまった今、断る理由が思い浮かばなかった。
屋敷に着くと、玲央奈さんに料理を作ってくれるよう頼み込まれた。
「ごめんね、お姉様に頼ってばかりで……。今回は材料、用意してあるから」
キッチンで材料を確認すると、高級そうな牛肉3キログラム程が鎮座していた。
そう言えば昨日のスーパーで、玲央奈さんはお肉がどうとか言ってたな。どうしても食べたかったらしい。
私は何を作るか、星の数程あるレパートリーから思案し、地元の料理である関西風すき焼きを作る事にした。
昨日の野菜も余っているし、これなら私もみんなも好きなだけお肉を食べられる。……実は私もお肉が大好きなのだ。いいお肉は値段が高いのであまり手を出せないが……。
鍋に油をひいて、まずお肉を焼き、醤油・みりん・砂糖等の調味料を加え、味見をした後、野菜を放り込んだ。
カセットコンロ(何故かあった)を事前に食卓のテーブルに置いておき、その上に鍋を乗せ出来上がりだ。欲を言えば、こしのあるうどんが欲しかったな。出汁が染み込んで美味しいのだ。
全員揃って「「「「いただきます」」」」と言った後、鍋をつついた。我ながら素晴らしい。味もそうだがこのお肉、まるで溶けていくようだ。柔らかさがハンパない。
いつも同じ感想しか言わないので割愛するが、他の三人もホクホク顔で箸を進めていた。
……お肉だけがエライ勢いで減っていく。余ったら頼んで持って帰ろうかなと思っていたが、この分だと無理そうだ。かくいう私も、ここぞとばかりにお肉ばかり食べているが……。
何だかんだで鍋が空っぽになり、洗い物をして白夜さんとアパートに帰るかと腰を上げかけたところで、玲央奈さんが憂いを帯びた声で、衝撃の一言を漏らした。
「わたし、明日からアメリカなの……」
それを聞いた白夜さんはビックリしていた。もちろん私もだ。メイドさんは平然としている。当然彼女も一緒に行くのだろう。
詳しく聞くと、中学校に上がる前からそういう話は出ていて、今まで引き延ばしていたのだそうだ。明日の飛行機でアメリカに向かうという。お父さんが迎えに来るらしい。
――道理で先程の勝負時、私のシュートが入ったなどとウソをつく訳だ。どちらにしろ一緒にいられないのだから、私に勝ちを譲ってくれたのか。
もちろん私は気付いていた。そして恐らく白夜さんも。
なぜなら、サイドラインから近寄ってきた玲央奈さんが、ボールを持っていたからである。
私が頭をうたなかった以上、気を失っていたのはほんの数秒だ。
仮にシュートが入っていたとしても、その数秒でリングの下に転がるボールを拾って、またサイドラインに戻っていく? ありえない。そんな無駄な行動をする時間も無ければ意味も無い――
「それでね、びゃっ君、お姉様……」
玲央奈さんは、白夜さんと私の顔を交互に見た。
「今日、泊まっていって欲しいな……」
媚びるような声で私達に頼み込んできた。明日旅立つ人間の頼みだ。これは断れないだろう。
「……分かった、いいぞ」
「もちろん、構いませんよ」
玲央奈さんと居られるのは、あとちょっとか……。
悲しいとか寂しいとか助かったとかの感情もあるが、私をより支配していたのは、白夜さんの『ちょっと』について聞き出す事である。
今日を逃すと厳しい。明日はバタバタするだろうし、どうにかして二人きりに持ち込まなくては。
……すぐに方法は思いついたが、あまり実行したくないよ~……。
「あの……、玲央奈さん」
「うん? なぁにお姉様?」
――だが背に腹は代えられん――
「今日一緒にお風呂はぃ……」
「すぐ準備するわっ!! 琉川さん!!」
……まだ言い終わっていないのにこの食いつき……、どれだけ私の事が大好きなのだ。
ふぅ……覚悟を決めないと。もし体に何かあっても心まではっ。
メイドさんに「先程、お風呂の準備もしておいたので、いつでも入れるッス」と報告された玲央奈さんは全速力で準備を終わらせ、私を脱衣所に引きづり込んだ。
「おっねぇさま~、脱がせっこしよ♪」
言うやいなや玲央奈さんは、瞬く間に私の服を脱がせ始めた。しかも一枚脱がせるたびに、じ~~~っくり匂いを嗅がれるので、こっちの精神力の削られ方がハンパではない。
さっきの選択は間違えていたのだという事を、この瞬間に確信した。……もう手遅れだが。
ささやかな抵抗としてパン一にされた時、靴下の匂いを嗅がれている間に、私は自分でパンツを脱いでやった。
「さ~て、最後にメインディッシュを…………? 何でもう脱げてるのっ!?」
「靴下の前に脱がされましたよ?」とデマカセを言い、「そうだったっけ……? あれ!? 脱衣所に入ってからの記憶が無いわっ!?」と言う悪魔天使の服を、私は出来るだけ手早く脱がせていった。しかしスカートを脱がせたところで手が止まった。……コノヒトハイテナイ……。
「えっへへ~、あの時からクセになっちゃって♪」
……遠くアメリカの大地が、この変態の性癖を治してくれるよう願ってやまない……。
「じゃ~あ~、洗いっこしよっか♪」
お風呂場で玲央奈さんに髪を洗ってもらい、私もお返しに洗ってあげた。長くて綺麗なブロンドの髪だ。サラサラしてる。……彼女は私が洗っている間中、私の黒髪をしきりに頬ずりしていた。
髪を洗った流れで、先に玲央奈さんの身体を洗っていく。ちなみにタオル等は使わない。冬場は肌が乾燥している為、傷つけないように手洗いである。
私は話の切り出すタイミングをはかる為、ねっとりと時間をかけて全身を洗っていく。……そろそろ仕掛けるか……。
「玲央奈さん、聞きたい事があるんですけど……」
「……う……ん……、……なぁに……?」
顔を上気させながら、気怠そうに返事をする玲央奈さん、若干のぼせ気味だ。呼吸も荒い。
「……白夜さん、小学校の頃『ちょっと』何かあったそうなんですけど、知ってますか?」
私はとうとう確信に迫った。
「……ちょっと……? ああ……あの……事か……な……」
やっぱり知っているのか。
「……びゃっ君の家族ね……みんな、火事で死んじゃったの……」
「えっ!?」
思っていた以上にヘビーな話だった。
「全員……ですか?」
私には姉が残ったが……。
「……そう……だね……ご両親に、3つ上のお姉さん……双子の妹に、2つ下の妹……全員……」
それで一人で居たがったのか。気持ちの整理をつける為に。
「…………もう……らめ~~~っ…………!!!!!!」
ん? 玲央奈さんの様子がおかしい。よく分からないセリフの後、身体を伸び上がらせてビクンビクンしながら倒れ込んだぞ? ……マズくないか、これ……。
私は軽く身体を拭いた後、お風呂場を飛び出して客間に向かった。お風呂に入る前、白夜さん達はそこにいると聞いていたのだ。
客間のドアを開けると、彼とメイドさんが向かい合わせで椅子に座り、談笑していた。
「大変だっ!!」
「ぶっ!? アンタ、何で素っ裸!?」
「それよりも玲央奈さんが倒れた!!」
「「え!?」」
それを聞いたメイドさんは機敏に立ち上がる。
「白夜様も一緒にっ!」
メイドさんは白夜さんの手を引っ張って、一緒に向かおうとしている。
「いや、男はマズいっしょ!?」
「あたしだけの力では、お嬢様を持ち上げられないッスから……」
「それは……そうか……」
私達は急いでお風呂場へ向かった。
「あたしが合図したら入ってきて下さいッス」と白夜さんに言い残し、お風呂場に入ったメイドさんは、玲央奈さんの身体にタオルを巻き付けた。
脱衣所で待機していた白夜さんに、入ってきて欲しいと呼び掛け、頭部をあまり揺らさないよう持ち上げてと頼んでいた。その間私は、突っ立ったまま何の役にも立っていない。
これからは時間がある時、筋トレでもするかと考えていると、メイドさんが玲央奈さんを運び出しながら、「湯冷めするから入り直した方がいいッスよ」と私に言ってきた。
確かにそうだ。言われてみると寒いし、自分の身体はまだ洗えていない。ここは言葉に甘えよう。私がいても邪魔にしかならないし。
それにしてもメイドさん、やる時はやるんだな。ちょっぴり見直した。
玲央奈さんがあんな事になって少し罪悪感を感じながらも、私はお風呂にゆったり浸かった。
お風呂から上がり、脱衣所に行くとバスローブが用意されていた。シルクの肌触りが何とも言えない。これ、無駄に高級感に溢れているな。私は普通のパジャマの方が好みだ。
脱衣所を出て、玲央奈さんの様子を見に、彼女の部屋へ向かった。
ビビる程豪勢な部屋には、ベッドで眠る玲央奈さんと、その彼女を膝枕したメイドさんが居た。
玲央奈さんは気を失ったままだが、バスローブを着せられており、ドライヤーで髪を乾かされている。
「大丈夫ですか?」
私はメイドさんに訊ねた。
「大丈夫ッスよ。えっと……ちょっとのぼせただけッスから」
メイドさんは玲央奈さんの髪をとかしながら答えた。何故ちょっと詰まったんだ?
「お風呂が空いた事、白夜様に伝えてもらっていいッスか? さっきの客間にいるッスから」
正直、白夜さんと面と向かうのは避けたかったが、メイドさんが動けない以上、仕方がない。「分かりました」と答え、私は客間に向かった。
客間のドアをノックし、「どうぞ」と返事を聞いた後、ゆっくりドアを開けた。
「……白夜さん、お風呂、空きました……」
私は俯いたまま彼に用件を伝える。
「ん、そうか、わざわざありがと……? どうした、俯いたままで?」
「いえ、あのその……。さっき、不意に裸を見られたので……」
そんなものむしろ見せつけている。これは私の咄嗟のウソである。とにかく今は白夜さんの顔が見れなかったのだ。
「そう、だったな。……どうする、今日は別々に寝るか? 一応同じ部屋で用意してもらってるけど……」
今日避けてしまったら、ずっと避け続ける気がする。折角一緒に居られるようになったのに、それは嫌だ。
白夜さんがお風呂に入っている間に、気持ちの整理をつけよう。
「……一緒が、いいです……」
「……そうか。部屋に案内するよ」
私は白夜さんの後ろを、彼から距離をあけてついていった。
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