第17話
次は私のオフェンスだ。私は白夜さんと違い正攻法でいく……というより、この距離からではシュートが届かないのだ。仮に届いてもすぐには打たないが。
私はドリブルしながらゆっくりと白夜さんに近づいていく。彼はディフェンスの基本である、腰を落とす事も手を上げる事もせず、少し前屈みなだけだ。
私は白夜さんの間合いに入った瞬間ギアを上げ、左サイド、彼の右サイドに切り込んでいく。
――抜けた――
私はそのままリングに向かい、レイアップの要領でボールを離した。が、バシッという音とともにボールはエンドラインを転がっていく。
――ブロックされた――
「今のオレにアンタのドリブルは止められない……」
最初からブロックショットのみ狙っていたのか……。ちぃっ、私とは正反対の作戦だな。
バスケにおける身長差はやはり大きい。
私のオフェンス時、ゴール下は無理だな。次からはミドルシュートを狙っていこう。私はフリースローラインからの半円がシュートレンジだ。そこで勝負するしかない。
――ここから白夜さんの一方的なペースになる。
白夜さんのオフェンス時、私は彼の『その場シュート』を全く止められず(ボールを投げると同時に突っ込んではいるのだが)、ことごとく得点を決められる。
私のオフェンスも最初こそドリブルで抜けていたのだが、ジャンプシュート時にブロックショットで止められていた。しかも回を重ねるごとに、白夜さんの反応が早くなり、まともなシュートにいけなくなるという悪循環。それもそのはず、彼に私が左手しか使えない事がバレたのだ(つまり白夜さんは自分の右サイドのみを警戒した)。
仕方なく私は難易度の高いシュート(フックシュート、ティアドロップ、スクープシュート)を繰り出すのだが、いかんせん知識はあっても練習した事が無いせいで、リングにすら向かっていかない。全部外れまくっていた。七回目に至っては、それすらブロックされた。白夜さんの反応が早過ぎる。
予報より早く雪が降り始め、悲壮感すら漂い、玲央奈さんとメイドさんが私に声援を送り続ける中、0対8で迎えた私のオフェンス時……。
私は地面に足を取られ(雪が溶けて濡れていた)、無様にも転けてしまった。コートに脚をぶつけ、ちょっと左膝を痛めた。大事には至らなかったようだが、
「……なぁ、もう終わりにしねぇか?」
白夜さんが心配そうに話し掛けてきた。このセリフ、以前にも聞いたな。玲央奈さんもウンウンと涙目で頷いている。メイドさんは車に飛び乗り走り去って行った。どこへ行ったのだ?
「『雪が降ってきたし、空が暗くてリングが見えにくくなってきたし、引き分けにしないか? もう十分だろ』と続くのか?」
「……これは勝ち負け決めないとダメだろ! ……もう負けを認めてくれ……」
「そうだな……。もしこの攻撃が失敗に終われば負けを認めよう」
「……っ……アンタ、どこまで負けず嫌いなんだ!?」
「当然だ、私を誰だと思っている? 『人類史上最強の一族、霧原の名を継ぐ男の嫁』だぞ? こんなところで負ける訳にはいかんのだ!!」
「誰が『人類史上最強の一族』だ!? しかもその理屈だと、オレの方こそ負けられないじゃねぇか!!」
「……私は今、目の前にいる心底惚れた男と、面白おかしい日々を一緒に過ごしたいだけだ……」
……と散々カッコつけてみたが、本心は「これで心揺らいでくれないかな~、ノーゲームにならないかな~」とほんのり期待している。
「……はぁ……、ホントこれで最後だぞ?」
あっ見事にダメだった!! 情に訴えかける作戦失敗である。
白夜さんは転がったボールを、立ち上がった私にフワッと投げ寄越してきた。
「……もしこれが決まったらアンタの勝ちでいい……」
それが最大限の譲歩か……。「もう一声!」と言える雰囲気ではないし……。
ここまで条件を引き出せたのはいいがどうしよう? はっきり言って手詰まりである。持っている手札、全部使ったしな……。
いやもう一つあったな、封印していたものが。
それは何か? そう、フェイダウェイシュートだ! ……何故今までやらなかったのかって?
――私がまだ、兵庫県下の神聖極まりないある島に住んでいた頃の話である。
姉が家に帰って来ず、一人寂しく留守番をしていた私は、庭でシュート練習をしていた。
普通のジャンプシュートに飽きちゃった私は、新たな刺激を求めフェイダウェイシュートに手を出した。
このシュートは、後方に仰け反るようにジャンプしてシュートするというものだが、力加減を誤り、仰け反り過ぎた私は着地に失敗。しこたま後頭部を打ちつけ、一人のたうち回った。
私が地べたでダンスを踊り狂っている、ちょうどその時に帰って来た姉に連れられ病院に行った。
レントゲンを撮った結果、異常は無かったが、姉にシッポリ絞られた挙げ句、一人でのバスケを禁止されてしまった。苦い思い出である。
手に入れたのは、後頭部に出来たたんこぶ(それもいつの間にか無くなっていた)、そして姉に鬼の形相で怒られた為生まれたトラウマである。
そんな経緯もあって、封印せざるを得なかったのだ――
「9……8……」
そんな世界中が嘆き悲しむ私の過去を振り返っている間に、白夜さんがカウントダウンを始めた。
このワンオンワンは、白夜さんの提案で正規の試合と同様、24秒ルールで行っている。つまりオフェンス側はその時間内にシュートを打たなければ、攻撃終了となる(そのルールが無ければ私は永遠にドリブルを続けて、引き分けに持ち込んでいただろう)。
……えっ、あと5秒だと? ちょっと待て! くっ……しょうもない昔話に花を咲かせている場合では無かった。全くシュートまでのビジョンは描けていないが……しゃあねぇ突っ込むぞ!!
私はバカの一つ覚えの様に、白夜さんの右サイドにドリブルを仕掛けた。この攻撃に慣れきった彼は、抜かれないようにコースを切ってくる。
ここで急ストップからのフェイダウェイっといきたかったのだが、止まった瞬間、左膝がガクッとなり、私の体勢が崩れた。同時にボールも手から離れ、地面に叩きつけ過ぎた挙げ句、後方に舞い上がっている。
私は必死に身体を仰け反らせつつ左手を伸ばし、ボールを手に乗せた。このまま右手をボールにそっと添えて……と思ったのだが、白夜さんの超反応を考えると、それではブロックされる為、手首を返しつつ、リングがあるであろう方向に放り投げた(最早シュートではない)。
そして静かに目を閉じた……。運を天に任せた? い~や、このままでは確実に、地面と我が愛すべき後頭部がごっつんこだからである。痛みに備えたのだ……――
――力強さと温かさが同居した、不思議と安心出来る心地良さを感じながら目を開けた。
はて? 何故白夜さんの顔が目の前に? まさか私、天に召されたのか?
だったらしょうがない。この現世で愛した男の唇に、キッスの一つかますとするか――
私は再び目を閉じ、唇を尖らせつつ、顔を近づけていくと、両肩をグッと押し出された。
「……アンタ、今何をしようとした……?」
「ん?」
地面に転がっている、限りなく白夜さんに近い顔をした男が顔を真っ赤にして、分かりきった事を訊ねてきた。言わせたいのだろうな。ふふっ、仕方ないな~。
「感極まったので、現世で出来なかった接吻を……」
「何考えてんだアンタ!?」
そう言いつつ彼は私を優しく押しのけ、程良く引き締まった国宝級のお尻を払いながら立ち上がってきた。
「私は死んだのではないのか?」
結構な勢いで後頭部を地面にぶつけたと思うのだが、不思議と痛くない。
「美宇ちゃんが地面に当たる前に、びゃっ君が抱き止めたから……」
ボールを手に持った玲央奈さんが、サイドラインから私に近寄ってきて、その時の状況を説明してくれた。
そういう事か。念の為、頬を抓ろうかと思ったが、その前に左膝が痛んだ。私はしっかり生きているようだ。
「ありがとうございます白夜さん! この、いくじなし!!」
「おいちょっと待てっ!! それが恩人に対して言う言葉か!?」
感謝3:ガックリ7ぐらいだ。キスを拒まれたのはこれで2回目だぞ。渾身のキス顔だったのに……。
そんな事を思っていると、白夜さんが私の頭に軽くチョップしてきた。
「いてっ?」
ホントはそんなに痛くない。反射的に口から出たのだ。
「もうあんな無茶すんなよ。危ねぇからさ」
話を聞くに私は思っていた以上に、上体が反り返っていたらしい。バック転の手を使わないバージョンか。うん、死ねるな! しかしそんな状態で打ったシュートとなると……。
「……私、負けたんですね……」
ただそれだけが残念だ……。
「…………お姉様のあのシュート、入ったよ?」
何ですと?
「は!? いや入って無いだろ?
」
白夜さんも思わず玲央奈さんに聞き直す。
「びゃっ君は見えたの? あんな必死に、お姉様を抱き止めに行ってて……」
白夜さん……。
「確かに、見えては無いけどさ……」
うむ、彼には私の事しか見えてなかったしな。そして、これからも――
「わたしはずっと見てたから……」
白夜さんはまだ釈然としてないが、まぁ何だ……。
「白夜さん、どんまい♪」
「やかましいわ!!」
――これからもずっと一緒だ!
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