第16話

 ――昨今の少子化で学校の統廃合が進んでいる。この学校も例に漏れず、その煽りを受けた。近隣の小学校との統合である。

 しかし統合の折、どちらの学校を残すかという話になった。市やら町やらの教育委員会はどちらにするか決めかね、結局実力テストたるものの、結果が良かった方を残す事に決めた。

 各学校の生徒(当人達には学校の運命が決まる事は伝えず)の成績上位者が集められ、試験が行われた。

 当然、どちらの学校も六年生が出向いたのだが、どういうわけか私もその中に入っていた。というのも押しの強さは超ワールドクラスのあの施設長がこの話を聞き、施設の良い宣伝になると企み、私を推薦したのだ。

 当然ウチの校長先生は苦りきった顔をしていたが、予行演習と評して行った選考会で、私は見事満点を取った(高校の範囲まで勉強した私には児戯に等しい)。 ……取ってしまった為、出陣と相成った。

 この時に私に対する先生達の評価が跳ね上がったのだ。もしウチの学校が無くなる事になれば、彼等は失職する訳だから、私は最高の切り札という事になる。

 実力テスト当日の話である。ウチの六年生達は、あろう事か食中毒にかかってしまい、全員欠席。

 相手の学校はというと……明らかに体格がおかしい。とても小学生には見えない。それもそのはず、あとから聞いた話では、彼等は高校三年生だったのだ。完全なる出来レースである。

 「彼等はれっきとしたウチの愛すべき生徒ですっ!!」と唾を飛ばしながら言い張る、相手小学校の頭の禿げ上がった教頭に押し切られ、釈然としないままテストは始まった。

 このテストでは各学校の平均点で優劣が決まる。つまりウチの学校は私一人の成績が反映される訳だ。

 当然私には余裕で、満点を確信した。時間内にテストを終わらせ、退室しつつ相手校の様子を見てみると、全員頭を抱えていた……。今思えば頭を抱えたいのは彼等の保護者だろう。

 後日テストの結果が伝えられ、ウチの学校が残り、相手校が廃校になる事が決まった訳だが、どっかのエライさんの「ワシに相談もせず勝手に決めるな。無効じゃ!!」の二言で、結局この話自体立ち消えとなった。めでたく両校とも生き残る事になったのだ。

 問題はここからである。ウチのズラ丸出し校長は何をトチ狂ったのか「この方の銅像を建てよう。きっと有名になる!」と少なくない私財を投じ、私の銅像を建ててしまった。

 しかも本人には生えてもない翼までつけてしまったものだから、経緯を知らない生徒達は勘違いをして、やれ「あの子は天空の城の生き残り」だの「女神の落とし子」だの「トイレの住人」(悪口ではないか?)だの噂が広まってしまい、今に至る訳だ――




 昔を思い出している間に休み時間になった。玲央奈さんが来てしまった為に、アパートで用が足せなかった私は、トイレに向かった。

 トイレに着き、ドアを開ける直前に声を掛けられた。


「みうさま、ひとりでだいじょうぶ? てつだおうか?」


 この子そう言えば登校時に、私の体調を聞いてきてたな。返答をミスった。心配して付いて来たのか。


「大丈夫だよ! ありがとう」


 私は手を振り、大丈夫だという事をアピールする。

 彼女は静かに立ち去り、私は便座の前に立った。

 パンツを脱ぐ直前になって、隣のトイレから彼女の声が聞こえてきた。


「みうさま、だい? しょう?」


「えっ!?」


 彼女は一体何の心配をしているのだ?


「もし、といれっとぺーぱーが『わんろーる』でたりなかったらいってね!」


「どっちにしてもそんなに使わないよ!?」


 ……結局私は何も出来ず、次の授業中に抜け出して用を足す羽目になった……。


 三時間目は体育である。体を動かすのは好きだ。しかも今日はバスケときている。

 放課後の白夜との対決を前に肩慣らしといこうか。


「やいやい、このやろー!」


「このやろ~」


 ん? ああ、やたら私に突っかかってくる双子の女の子か。


「なぁに?」


「きょうこそしょうぶにけっちゃくをつけるからなー!」


「からな~」


 今日こそもへったくれも私の全戦全勝である。

 準備運動が終わり、二面に別れた後、ミニゲームが始まった。

 ……空気の読めない事に彼女達と試合する事は無かった。


「きょうのところはひきわけでゆるしてやるー!」


「やる~」


 ……ちょっぴり和んだだけで終わってしまった……。



 午後一時半、私は学校の外を歩いていた。給食後に早退したのである。どうにもいたたまれなくなったからだ。

 一時間目と二時間目は大人しかったのだが、体育を挟んだ四時間目から、ある人物が本性を現し始めたのだ。ある人物とはウチの担任である。

 新卒の彼女はウチのクラスのみならず、学校中の生徒、先生から好かれている人気者である。だがドMだ。私に罵られる事のみを生き甲斐とする変態である。


 四時間目の授業、彼女はワザとらしく問題の答えを間違え、私に視線を送ってきた。さあ、罵ってくれとの合図である。

 無視を決め込むと、昨日私が休んだせいで鬱憤が溜まっていたのか、彼女はエスカレートし、出し抜けに服を脱ぎ始めた。さあ、叱り倒してくれとの合図である。私は無視を決め込んだ。

 そんな騒ぎを聞きつけた、隣のクラスの担任が彼女を連行し、代わりに教頭先生が授業を受け持ちかけたのだが、私の姿を認めると波○カットの彼はあろう事か、私に授業の続きをするようにと申しつけてきたのだ。……百歩譲ってここまではいい、まだ続きがあるのだ。


 私が授業すると聞きつけた他の先生達は、この教室に大挙として押しかけ、生徒達の後ろに立って聴講し始めたのである。ちょっとした授業参観である。ただし見られているのは私だけだ。

 この時間はしょうがないので授業を進めたが、五時間目以降は流石に無理だった。何より私のクラス以外は、授業が自習という名のカオスになるのだから、ちょっとしたテロである。

 そんな事情もあって、私は早退した。これは私が悪いのだろうか? うん、白夜さんが悪い!


 白夜さんで思い出した。早退ついでにあのプラモデルを買ってこよう。

 壊したまま知らんぷりを決め込む程、私は落ちぶれていない。放課後までの時間稼ぎにもなるし、玩具屋さんに足を運ぼう。

 幸い補導される事無く玩具屋さんであのプラモデルを手に入れた私は、アパートに戻って来ていた。そこで時間を潰し、中学校が放課される時間を待って出掛けた。


 中学校の校門に着くと、見慣れた高級車が止まっていた。近づくとメイドさんが降りてきて、私に車の中に入るよう薦めてきた。


「小学校にも行ったんスけど、入れ違いだったみたいッスね」


 小学校の方が早く終わるから、先に迎えに来てくれていたのか。悪い事をしたな……。


「すみません……」


「ん? 謝んなくてもいいッスよ」


 そんなやり取りの後、しばらくすると白夜さんと玲央奈さんが姿を現した。何故か小走りである。その後ろから何人か男子生徒が付いてきている。

 彼は車に乗るなり「早く出して下さいっ!」とメイドさんに頼んでいた。一体何だ?


「……今日スッゲぇ冷やかされた……」


 今朝は車で玲央奈さんと同伴だったからな。そりゃそうだろう。玲央奈さん、性癖さえバレてなければこの見た目だ。かなりモテそうだし、男共が嫉妬するのも無理はない。

 だが玲央奈さんに聞くと、そういう事でもないらしい。


「びゃっ君って男子にも人気あるから……」


 車の後ろを振り返ると、先程の男子生徒達が白夜さんに向かって叫んでいた。ちなみに三人共、タイプこそ違うが結構男前である。


『霧原~、何で部活やめるんだよ~。俺お前がいるから続けてたんだぞ~!』

『お前の事を考えると毎晩お尻が疼くんだよ~。どうすりゃいいんだ、この気持ち~!』

『あの夜の事は一生忘れないからな~!』


 ……一体彼らに何があったんだ? 白夜さんを見ると、首をブンブン振り回し「最初のやつ以外、身に覚えがない」と言い、塞ぎ込んでしまった。しかもそれ、私のせいではないか。

 玲央奈さんいわく、今の三人は白夜さんと特に仲が良く、休み時間になるたび四人連れ立ってトイレに行くらしい。……毎時間トイレでナニをしているのだ? 今度懇懇と聞いてやろう。

 白夜さんのアパートで私と彼は着替え、運命の出会いを果たした思い出深いバスケットコートに向かった。



 今まで晴れていたのに、ちょっと黒い雲が広がってきた。天気予報では夕方から雪が降ると言っていたし、コートに誰もいないのはそのせいだろう。


「勝負の方法はどうする? 本当にワンオンワンでいいのか?」


 前回のシューティング勝負では、実質私の負けだった。白夜さんはフォームこそ気の毒だが全く外す気配が無かったし、長引くと体力の差で私が負ける。ワンオンワンでやるしかないだろう。


「ああ、それでいい。先に十回得点した方の勝ちだ」


「なぁ、それだとオレが有利じゃねぇか?」


 彼が言ってるのは私のディフェンス時の事だ。この身長(140)では白夜さん(160ぐらい)のシュート時に、私のブロックは届かない。だがそれも折り込み済みだ。ようはシュートを打たせなければいい。


「前回は私の圧勝だった。まぁ余裕というやつだ」


 ここで白夜さんを挑発しておく、と。


「……はぁ、アンタがそう言うのならいいか……。んで、どっちが先攻?」


「前回は私からだった。キミからでいい」


 細かいルールを確認した後、白夜さんはスリーポイントラインから、リングを背にしフリースローラインに立つ私に、ワンバウンドでボールを投げ渡してきた。私も同じ要領で彼に返す。ワンオンワン開始時の儀式みたいなものだ。


 ――白夜さんは部活にこそ入っていたが素人だ。雑用しかやらせてもらっていない。シュートが何故あないに入るのか知らないが、ドリブルなんてまともに出来ないだろう。慣れないと難しいのだ。ボールをバウンドさせながら、自分の思い描く進路に行くのは。まして立ち塞がるのは、女子バスケ日本代表エースの姉を持つ私である。身体能力に関しても絶対的な自信がある。まぁそれはともかく――


 勝機があるのはそこだろう。シュート前に刈る、ボールを掠め取る。……と思案してるのだが白夜さんめ、一向にドリブルをしないのだが。5秒ヴァイオレイションを宣告するか?

 私がそう伝えようとすると、彼は不意に、けったいなシュートモーションに入った。おいちょっと待て、まさか……。


「ふっ」


 その場所から一歩も動かず、シュートを放ってきやがった!


 ――ボフッ――


 リングには入ったのだが、相変わらずのしょっぱい音である。いやそれよりも、


「……白夜君、これは一体どういう事かね?」


 私は白い目を向け、白夜さんに問いかけた。彼はバツが悪そうに目を背ける。


「『君付け』て。……オレはアンタを抜く技術なんざねぇんだから、これはしゃーねぇだろ?」


 この男、開き直ってやがる。


「……玲央奈さん達を見てみろ……」


 勝負の邪魔にならないよう、サイドライン近くで見守る彼女達は、本来白夜さん側の人間である。

 特に玲央奈さんは私と一緒に居たくてしょうがないので、心の底から彼を応援していた。


「……びゃっ君……」


「……白夜様……」


 二人は百年の恋も冷めたという感じで、「ないわ~」という表情をしていた。


「ぐっ……。ほ、ほらアンタの番だぞ。早く終わらせようぜ」


「キミはホントにそれでいいのか?」


 確かにルール上、何の問題も無い訳だが……。


「……いつかに言ったろ。オレはいい奴じゃ無いって……」


「勝つ為には手段を選ばないという事か……。面白い!」

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