12月22日 基本晴れ 夕方・忌まわしき雪
第15話
「……さ、さむい……」
私はあまりの寒さに震えながら目を覚ました。隣を見ると白夜さんの姿が無い。温源?ともいうべき彼がいないから、この体たらくか。壁の隙間風ハンパねぇ。ああかなわん……。
私が布団にくるまり震えていると、バイブ音的なものが枕元から聞こえてきた。白夜さんのスマホからだった。画面を見ると発信元が映し出されており、『☆オレのれ・お・な☆』と破壊衝動に駆られる表示がされている。とんだバカップルである。いや待てよ……彼は機械類が苦手で、玲央奈さんが設定したと言ってたな。つまりこれは彼女の仕業か……。
そんな事を考えている間もスマホは震え続けている。白夜さんの姿も見えないし、しょうがないな、出るか……。
「……もしもし……」
「あ、びゃっく……あれ、お姉様? おはよ~」
「おはようございます、玲央奈さん」
「あのびゃっ君は?」
「それが姿見えないんですよ」
彼は私を置いてどこへ消えたのだ? ……ん? そう言えば昨夜、朝ご飯を買いに行くと言ってたな。
「そうなの? まっいっか。今からそっちに行こうと思うんだけど……」
白夜さんが居ないので判断に困るな……。そうだ! 玲央奈さんに聞きたい事があった。ちょうどいい。
「かまいませんよ」
「じゃあ、すぐ行くね~」
通話が切れた。あの屋敷からだと十分ぐらいか。ひとまず着替えてお……。
「お姉様、来たよ~♪」
早くもドアの外から玲央奈さんの声が聞こえてきた。いくら何でも早過ぎだろう……。外で待っていたのか。
私はゲンナリしながらもドアのロックを開けた。玲央奈さん……と手にバスケットカゴを持ったメイドさんも入ってきた。そうだった、この人がいた。これでは話は聞けないな……。
玲央奈さんが改めて私に挨拶をし、メイドさんもそれに倣ってきたので、挨拶を返しつつ二人を部屋に招き入れた。
「さっきも聞いたけど、びゃっ君はどこに行ったの~?」
私の隣に座った玲央奈さんは、キョロキョロしながら尋ねてきた。
「恐らく朝ご飯を買いにコンビニに行ってます」
それしか考えられないからな。
「えっ? あ~もうちょっと早く連絡しておくべきだったね~」
玲央奈さんはそう言うとテーブルにバスケットをポンと置いた。メイドさんがぶら下げてきてたな。
「何ですか、これ?」
「ふふっ、開けてみて~♪」
言われて通り開けてみると、中にはサンドイッチがギッシリと詰まっていた。ハムサンドばかりだ。見た目は普通だがこの二人、どちらも料理出来ないからな。かなり不安だ……。
「……………………美味しそうですね…………」
「何、今の間!? もっと嬉しそうな顔してよ~」
逡巡した分、感想が遅れてしまった。まだ寝起きだし、脳が覚醒しきっていない。
「びゃっ君が何を買ってくるのか分からないけど、これも一緒に食べよ♪」
話っぷりからすると玲央奈さんが作ったのか。……何かいらんもん投入してそうだな、あのBL本の様に。
「玲央奈さん、味見はしました?」
せめて自分で試してるんだろうな?
「え〜っと……、……きっと美味しいよ♪」
ダメだこりゃ……間違いなくしていない。
参ったな、猛烈に食べたくないぞ……。せめて誰か最初に毒味を……。
「ただいま……ってあれ? 何で玲央奈達がいんの?」
こういう時だけ最も頼りになる男=霧原白夜降臨。よっし良くやった!
「白夜、ちょうど玲央奈さんがサンドイッチを作って持ってきてくれたのだ。……キミもいただくといい……」
さも自分達はもう食べましたと言わんばかりの言い回しで、白夜さんにサンドイッチを勧める。
「えっ、サンドイッチ?」
彼はそう言うと、自分の買ってきたコンビニ袋を見つめた。
「オレ、サンドイッチ買ったんだけど……」
まさかここでかぶるとは。ブッチギリでそっちを食べたいぞ。
「何をやっとるか白夜、空気を読め!」
「無茶言うな!?」
「罰としてコレを食べろ!!」
「罰って何~!?」
最後の嘆きは玲央奈さんである。罰は言い過ぎだったな……。
しかし勢いで白夜さんに、玲央奈サンドを食わす作戦は失敗に終わった。最初に食べる事さえ避けられたら、私もやぶさかではないのだが。食べた人の感想を聞いて、心構えがしたいのだ。どんなにマズくても、礼儀として一切れはいただく所存である。
取りあえず今にも泣きそうな玲央奈さんに、一声掛けておこう。
「いやいや、玲央奈さん。罰というのは言葉の綾で、悪い意味ではないんですよ。何分、白夜さんが玲央奈さんの一生懸命、白夜さんの為だけに作ったサンドイッチに手をつけようとしないもので……」
私はフォローのようで何一つフォローになっていない、ただの言い訳をした。
「……わたし、お姉様にも食べてもらいたいよ~……」
玲央奈さんは俯き、目に涙を浮かべながらそう呟いた。
「……はぁ、オレ食べないなんて言ってねぇだろ……」
白夜さんはそう言うと、バスケットの中からサンドイッチを一切れ掴み、口に放り込んだ。
もはやこの雰囲気を打破出来るのは、彼の言動のみである。例えマズくても、笑いに変換出来る様なナイスなリアクションを頼む!!
「……何か味がねぇな……」
……コメントとしては最悪の部類に入るであろう白夜さんの感想が放たれた。何だそれ? ……私もいただくか……。
「……味が死んでますね……」
言葉通りである。そもそもこれ、パンにハムを挟んだだけで、マヨネーズやら、バターやらが入っていない。何だったらレタスもない。
玲央奈さんとメイドさん(今まで我関せずを貫いていた)もサンドイッチにパクつく。
「……お嬢様……」
「うぅ……お姉様の味がしないよ~……」
このサンドイッチ作成に、一切関与してない私の味がしないのは当然として……? いやちょっと待て、私の味とはこれ如何に?
ただサンドイッチに関しては、玲央奈さんに責任をとってもらうべきだな。今アパートに調味料等が無いので、他にやりようがない。
そもそもずぶのド素人が味見もせず、他人に食わそうとするとは。だが私も心無い一言で彼女を傷つけてしまったし、8:2(8は玲央奈さん)ぐらいでお互いが責任をとれる方法はないか?
私の味(よう分からん)がついていれば、玲央奈さんは満足して食べられる……。
――そうだ!――
「玲央奈さん! 今からこのサンドイッチを私が渡していくので食べてくれませんか?」
彼女はキョトンとして「意味が分からない」とばかりに小首を傾げている。
「えっと、それはどういう……?」
玲央奈さんが言い終わる前に私はスクッと立ち上がり、バスケットを片手に持ち、サンドイッチを口に咥えた。それを座っている彼女の前に突き出す。
「お、お姉様!?」
間髪入れず玲央奈さんはサンドイッチに食らいついてきた。同時に私は甘噛みしていたそれを口から離す。イメージとしてはパン食い競争だ。
「はぁぁぁ~~~…………お姉様の味がする~~~♪」
私は白夜さんとメイドさんがドン引きしている視線を背に、玲央奈サンドが無くなるまでこの作業を続けた。
玲央奈さんが満足し呆けている間に、私達三人は白夜さんの買ってきたコンビニサンドイッチを食べた。……神の味がした……。
「お~い、玲央奈っ!!」
白夜さんは、別の世界に飛び立たれた玲央奈さんを揺さぶり、現実に呼び戻した。
「ふぇっ!? えっ? な、なぁにびゃっ君?」
「玲央奈って、料理得意だっただろ? どうしたんだ今日は?」
……そうだ、白夜さんは知らないのだったな、彼女が料理出来ないの。だからさっき何の躊躇いもなくパクつけたのか。
「えっ、え~っと、あうん。そうそう、今日は何か調子悪くって……」
苦しい言い訳だな……。
「……実はあれ、琉川さんに作ってもらったの」
「えっ!?」
メイドさん、そう言えばそんな名だったか。それよりとんだとばっちりだな……。
「あとで特別手当出すから話合わせて! そうよね、琉川さん?」
「分かったッス! いや~何せ初めて作ったもんで、申し訳ないッス~」
全く申し訳なさそうな満面の笑みで、メイドさんは玲央奈さんに話を合わせていた。これでお金が発生するのだから儲けものだろう。
「それでだったのか。いや、普段と全然違うから」
普段も出来合いのものだぞ……。知らぬが仏というやつか。
「メイドさん、やっぱり料理出来ないんですね」
「……やっぱり?」
白夜さんの物言いにメイドさんは、ちょっと引っかかったような表情をしていた。
――学校に行く前にトイレで白夜さんのスマホ(持ったままだった)の連絡先をイジり『☆オレのれ・お・な☆』から『天羽さん?』と他人行儀に変え用を足す事なく出ると当の玲央奈さんが入れ違いに突入してきて「あれ? 全然匂いしない……? ちょっとお姉様? おねぇさま~!?」と私に訴えかけるパチモン妹を無視しサッと着替えを終えると「今日は送るッス」と言うメイドさんに連れられ車に乗り込んだ。
「うぅひどい……グスン……先にお姉様の学校へ行こっか?」という半ベソ玲央奈さんの提案を固辞し先に中学校へ車を走らせてもらい白夜さんと二人降りていくのを確認すると「登校時間ギリギリに着くようにお願いします」とメイドさんに頼み込み軽くドライブした後小学校に止めてもらった――
車を降りると妙な倦怠感が襲ってきた。本能が学校に入るのを嫌がってるな。施設と全く同じ意味でここも好きではない。好かれ過ぎてホント嫌になる。
だがここでウダウダしててもしょうがない。……はぁ、覚悟を決めるか。
私が校門に入っていくと、遅刻ギリギリの時間帯にも関わらず、入り口の脇に軽い人だかりが出来ていた。見なくとも、とある銅像に祈りを捧げているのが分かる。毎日の事だしな。
私は出来るだけ見ないようにして校舎に入ろうとすると、聞こえてこなくてもいいのに祈りの内容が聞こえてきた。
『美宇様……どうか成績が上がりますように』
『美宇様……どうか私に彼氏が出来ますように』
『美宇様……どうか俺に彼氏が出来ますように』
『美宇様……どうか手酷く罵ってくれますように』
彼等はある一部分以外、私にクリソツの銅像に届きもしない祈りを捧げていた。前半三人の生徒はまだ分かるとして、最後の人、あれはウチの担任である。もうゲッソリですわ……。
教室に辿り着くとクラスメイトが全員、もれなく私に寄ってきた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「みうさま、おはよ~」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「……おはよう……」
「みうさま、からだ、だいじょうぶ?」
「まだちょっと身体ダルいの……」
「みうさま、ふっきいわいに『どうあげ』してもいい?」
「えっ!? ごめん、よく聞こえな……」
最後の子の言葉だけよく聞こえなかったので、私が聞き返そうとすると、5~6人に持ち上げられ、14、5回、宙を舞う羽目になった。……何か知らんが多過ぎだろう……。
ちょっとした浮遊感で少し気分が悪くなりつつ、フラフラッと自分の席に座る。
しばらくすると担任の先生がやってきて、出席を取り始めた。ウチの小学校の低学年では担任がほとんどの授業を一人で教える。別の先生と関わるのは基本体育だけだ。点呼は最初の授業の時だけである。
「朝比奈美宇様!」
「…………はい…………」
……他の子の時は男子なら『くん』、女子なら『ちゃん』なのに私だけ様付けである。
何故こんな状況になったのだったか、少し思い返してみるか……。
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