第14話

 屋敷の中を見て回りたいのは山々だったが、白夜さんのヨボヨボな姿を見て思い直し、キッチンに案内してもらった。調理器具は一通り揃っているが、使われている形跡がないのは彼のとこと同じ。だがこちらは手入れだけはされている。洗う手間が省けた。これならすぐ使える。

 メイドさんに米が無い事を告げられ、それなら先に言ってくれていたらやりようがあったのに、と内心ちょっぴり毒づきながらも料理は完成した。朝食用に買い置きしてあるというパンは大量にあるので、適当な数を温めておいた。足りなければまた温めればいい。とりあえず米代わりだ。


 料理を台車に乗せ、キッチンに隣接している食堂へ運ぶと、三人から喜悦が上がった。大分お腹が減っているようだ。内緒だが私は調理中、味見としてつまみ食ったので絶好調だ。

 よく見ると白夜さんと玲央奈さんの服装が替わっていた。私の調理中に着替えたのか。そうだ、玲央奈さんにワンピースとパンツを返しておかないと。帰りにでも渡すか……。

 テーブルに料理を並べていくと、口々に感想を言ってきた。


「おお、美味そう」


「食欲がそそられるいい匂いッスね~」


「あれ? これにお魚って入ってる?」


「ええ、ちょっと埋もれてしまってますが」


 作ったのはタラと野菜の甘酢あんかけ。タラが見えないのは野菜を大量投入したせいである。


「では、食べてみて下さい」


 私が促すと三人は一斉に両手を合わせ、「いただきます」と言って口に運ぶ。席はいつぞやと同じだ。


「うっま!」


「ほんとだ、おいしいね~。そこはかとなくお姉様の味がするし~♪」


「この子本当に料理上手いな……」


 どうでもいいが白夜さんと玲央奈さんは褒め言葉のレパートリー少ないな。昼間と全く同じではないか。メイドさんは普通に感心していた。またッスを忘れている。

 私も後に続いてパクついてみた。先程つまみ食っているので分かりきっているが、美味しかった。ご飯があればもっと食が進むのだが、それだけが残念だった。


「結構パンと合うなぁ」


「いい感じだね~」


「パン、買い置きしておいて良かったッス」


 ……ふむ、三人が満足しているのなら、それでいいか……。


「そうだ、施設の方はどうだったんだ? すげぇ時間かかってたな。玲央奈の服も替わってたし」


 食事が終わりかけた頃、白夜さんが切り出してきた。


「えっと~……、その~……」


 玲央奈さんはどう説明すればいいのか迷い、私の方をチラチラ見てくる。

 結果だけを考えれば大成功なのだが、その過程がちょっと説明しづらいな。玲央奈さんに恥をかかさないようにする為、事実を少しねじ曲げるか。


「……交渉自体は早めに片が付いたのだが、その時私がお茶を零してしまってな。玲央奈さんの服にかかってしまったのだ。下着までネチョネチョになってしまった為、私の部屋でシャワーを浴びてもらっていたら、あれだけ時間がかかってしまった訳だ」


「何で擬音がエロティックなのか以外は分かった。玲央奈、ありがとう」


 白夜さんは玲央奈さんに礼を言っているが、当の本人は……、


「はぅぅ……おねぇさまぁ……」


 上手くごまかせた事に喜んでいるのか、目をハートマークにして私を見つめていた。どこに惚れとるんじゃい!


「それよりもきんつばを食べませんか?」


 いよいよ満を持して本日の主役が登場だ。私は一日くらいなら三食和菓子でもいける口である。つまみ食いしてしまったせいでお腹はいっぱいだったのだが、これは別腹だ。どんな事があっても食べる。


「お姉様、わたしの分も食べていいよ」


「オレのもいいぞ」


「えっ!? あ、あたしのも……どうぞッス……」


 ……前言撤回だ。状況に応じて食べる。いやいやちょっと待て。何故そんなに食いつきが悪いのだ? メイドさんは渋々といった感じだが、それにしても……。


「皆さん一緒に食べましょうよ」


「あんこって食べたことないの。太りそうだし……」


「オレは小豆が苦手で……」


「……だってお嬢様が食べないんだもん……あたしだけって訳にも……」


 メイドさんは玲央奈さんが食べないからか。という事は玲央奈さんの疑念を晴らせば、二人共いけそうだ。白夜さんのは……う~ん、ちょっと詳しく聞いてみるか。


「白夜さん、小豆のどこが苦手なのですか?」


 彼は私が丁寧に聞いてきたので、少し戸惑っている。


「えっ? いや、あの赤飯に入ってるのがダメだから……」


 なるほど、あのパサパサなのが苦手なのだな。それならば話は早い。


「白夜さん、きんつばの小豆はまるで別物ですよ。凄く瑞々しいです。それと玲央奈さん、あんこの方がケーキ等に使っている生クリームより、カロリー低いんですよ」


「そうなのか?」


「そうなの?」


 「じゃあ……」と言いつつ、二人はきんつばをゆっくりと口に運ぶ。メイドさんもそれに倣った。


「ん? 結構いけるな……」


「お姉様の味がしないのは残念だけど、美味しい……」


「久し振りッス~♪」


 白夜さんと玲央奈さんも美味しそうに食べている。メイドさんはウットリしていた。この人やはり和菓子好きだ。機会があれば語り合いたいな。

 それにしても良かった。下手をすればグルメハラスメントだからな。好みを押しつけるのも考えものだ。今後は気をつけよう。

 私もきんつばをいただき、玄米茶を四人で嗜んだ後、白夜さんと共にアパートに帰る事にした。時間も遅いので、メイドさんが車で送ってくれるそうだ。玲央奈さんは用があるので屋敷に残ると言っていた。……うむ、チャンスはここだ!



 ――玲央奈さんにトイレの場所を聞き「分からないからついてきて下さい」と二人きりになれる状況を意図的に作り出した私はアレらを手渡し「そんな……せめて小だけでもしていって。にお……思い出が欲しいのっ!!」と宣うイカれた彼女を一人屋敷に残し車に乗り込んだ。

 私は助手席に座りメイドさんと和菓子談義に花を咲かせアパートに着いた後も興奮冷めやらないのでまた語り合う事を約束し固い握手と感極まった抱擁を交わしておっぱいの余韻に浸りつつアパートに歩み入った。

 「お互い疲れ切っている上に効率が悪いだろう」と言葉一つで白夜さんとお風呂に入り「筋肉痛がぶり返してきた」とホラを吹いたおかげで身体をしこたま洗わし歯を磨かす事にも成功した私は布団を敷いた後なるべく離れた所で寝ようとする彼に「話がある」と近くに転がり寄った――



「顔が近ぇよ!?」


 私は持ち前の空間把握能力を使い、ちょっぴり間違いが起きればキッス出来ちゃう距離感で、白夜さんと顔を突き合わせた。


「……はぁ、……なぁ話ってもしかして……?」


 これ以上後ろに下がれば布団からはみ出してしまう彼は、何故か不安そうな顔で話に乗ってきた。


「私の巧みな話術で玲央奈さんから無理矢理聞き出したのだが……」


 実際には彼女が勝手に喋り出したのだが、正直にそう言ってしまうと告げ口みたいで嫌だったのだ。


「キミは去年、それまで口をきいた事がない玲央奈さんに、誕生日プレゼントを渡しただろう。それは何故だ?」


 玲央奈さんの話によると、白夜さんは玲央奈さんに無視され続けていたはずなのだ。イタ○アンマ○ィア的な意味でなら話は分かるが、今の関係を考えるとどうにも辻褄が合わない。


「ん? ああ、それか……。口をきいてないってあれは、玲央奈が気を利かせてくれてただけだろ」


「? どういう事だ?」


「オレに話し掛けないよう、学校中に言って回ってくれたんだぞ」


「はぁ!?」


「……小学校の頃、オレちょっとあってな。一人で居たかったんだよ」


「『ちょっと』って何だ?」


「……悪ぃけど、話したくない……。それよかプレゼントは毎年持って行ったぞ」


「そうなのか?」


「渡せてねぇけどな」


「ダメダメじゃないか……」


「いや屋敷までは行ったんだよ。ただ……中には同学年の奴等がたくさん居てだな、その……『別にオレ要らねぇじゃん』って思っちまったんだよ」


「それで入らなかったのか」


「……あと人だかってるとこ苦手なんだよ。気分が悪くなっちまうから」


「それは私も同じだが……」


 つまり何だ……。玲央奈さんは悪意でシカトしてたのに、白夜さん本人にとってはそれはもうありがたい事だったのか。何という運命の悪戯っ!


「話は終わりか? 終わりだな、よし寝よう!」


「……? そうだな……?」


 白夜さんはやたら寝たがってるな。相当疲れているのか?

 彼の『ちょっと』の内容を聞きたいが、本人ではまず無理だろうし、そうなると……。

 利用しているようで悪いが、また玲央奈さんに聞いてみるか。あの人探偵を雇って調べたとか言ってたし、また上手い事二人きりになる状況を作らないと。

 あっ、大事な事を一つ思い出した。


「すまない白夜」


「げっ!? な、何!?」


 何故こんなに慌てふためいているのだ?


「パンを買い忘れた。もう米しか残っていない」


 今日の朝、食べきってしまったので買おうと思っていたのだが、バタバタし過ぎてコテッと忘れていた。ちなみに私は朝からご飯派なのだが、白米のみで食べられる程の猛者ではない。


「ふぅ、そんな事か……。それなら明日早めに起きてコンビニで買ってくるよ。アンタ食いたいものあるか?」


「私は特に無いが……」


 もの凄くホッとした表情をしているな。何なのだ一体? 

 !、そうか思い出したぞ! 白夜さんが警戒しているのは昨日の宿題の事だな。

 よっし、思い出したからには全身全霊をかけて答えを聞きまくろう……といきたいが、むしろ彼が忘れた頃合いに聞いた方が面白くなりそうだ。身構えているところに聞いても、どうせろくな答え言わないだろうし。

 夕ご飯をお腹いっぱい食べた為、私のまぶたが大分重い。そろそろ限界だ。


「それより白夜さん、今日はもう寝ましょうか?」


「ああ、そうだな……んじゃ、おやすみ」


「ふふっ、おやすみなさ~い♪」


 では早速昨日と同じアレを……、


「……………………ぐぅ………………」


 おいこら、ちょっと待てぃ。


「……何してるんですかぁ? むしろ何でしないんですかぁ!?」


 私は白夜さんの肩を揺さぶった。


「……ぅ……え……? ……な、何だ……?」


 わずか数秒で完全に眠りに落ちていた彼は、寝ぼけた様子で私に問いかけてきた。


「も~っ!! 『最近美宇の為だけに生まれてきた気がする』とか言ってた癖に、何やってんですか~っ!?」


「言ってもねぇ事捏造すんな!! 最近も何も運悪く出会ってしまったのは昨日だぞ!?」


「運悪くってなんですか!? それより時間なんて関係ないですよ!! その証拠に私なんて、昨日一緒に寝てから白夜さんの事しか考えられなくなったんですよ!? とんだNTRプレイヤーじゃないですか! あの快楽、ああたまらんっ!!」


「やっぱバカだろアンタ!? いかがわしい表現はホントやめてくれ!! このアパート、壁が薄くて声が外まで筒抜けなんだぞ!?」


「だったら今すぐ私を体に取り込んでしまうぐらいの勢いでキツく抱き締め、頭を必要以上に撫で回しながら、キッスの一つぶちかまして下さい!! 今日はそれで許します!!」


「そっちのが世間的に許されないぞ!?」


「いいんですよ、バレなければ!! さぁ早くして下さい! 出来ないと言うのであれば、私は一晩中白夜さんの下腹部にお尻を押し当て、モゾモゾしまくりますよ!?」


「アンタ、オレを社会的に殺すつもりか!? ……えぇい、くそっ! どうせ今日で最後だ!!」


 白夜さんは私を抱き寄せ(ああこの感じ……)、頭を優しく撫でながら(はぁぁこの感触♪)、長い髪の先っちょにキスをした(おい!! どこにしとんねん!?)。


「……明日私が勝った暁には、どう足掻いても私無しでは生きていけない身体に仕立て上げますからね……覚悟してて下さい……」


「……今更だけど、アンタ……マジで末恐ろしいな……」

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